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5巻
5-1
しおりを挟む第一話 魔神アトモスのダンジョン・前編(結構厄介なんですよね、
ここって……)
僕、リュカは、一人、ダンジョンを歩いていた。
少し前までは手の甲にある紋章から召喚したタイニードラゴンのシドラと一緒に行動していた。
だが、シドラはこのダンジョンに食べ物がないと知ると、すぐに紋章に引っ込んでしまったのだ。
一人というのは中々に寂しいものだなぁ……それにこのダンジョンの攻略は相当大変だし……。
僕は内心で文句を言いながら、ここに来た経緯を思い出す。
元々、僕は妹であるリッカや、その他の仲間と共に、七大陸にある穢れを浄化する旅をしていた。
しかしその最中、とある魔物に呪いで子供の姿に変えられてしまった。
そのため元の姿に戻る手がかりを探しに、英雄である家族が暮らす故郷のカナイ村へ帰還。
だが、カナイ村は魔猟祭という狩猟祭を行っている最中に襲撃してきた、闇の魔力の塊である魔獣、黒天球に壊滅させられていた。
その後、僕が何とか黒天球を吸収したことで危機は去り、ついでにそれを体に取り込んだことで僕の姿も変化した。
まぁ、魔力を取り込み過ぎたせいで、逆に普段よりも成長した姿になっちゃったんだけどね。
そんなこんなで今度は壊滅した故郷の復興を手伝っていたら、元気になった家族により、修業という名目で、仲間と一緒にこのダンジョンにぶち込まれたというわけである。
相変わらず家族の皆はめちゃくちゃで参るよ……。しかもダンジョンに入った瞬間、仲間ともはぐれているし……。
ちなみにこのダンジョンはアトモスのダンジョンといい、魔力の宿った本――魔書の中に広がっている。
つまり、僕らは今、本の中にいるというわけだ。
《おい、相棒、このダンジョンにはどんな敵が出るんだ?》
腰に差している魔剣、アトランティカが念話で話し掛けてきた。
魔剣や聖剣などの特別な武器とは、鍛錬によって心を通わせると、会話が出来るのだ。
「そうだね……」
僕は過去にここに来たことがあるから、ある程度は敵やギミックのことを知っている。
記憶を辿ってから、アトランティカに説明を始める。
「ボスを除けば、基本的にこのダンジョンを徘徊している敵は二種類だけだったよ。それとは別に宝箱に擬態しているミミックはいたけどね」
《二種類?》
「うん。絡まった鉄の棒が人の形をしているような敵と、よく分からない六角形の敵がいたね。大きい知恵の輪とか、ルービックキューブに似ているかも」
僕が例に挙げたおもちゃは、かつてこの世界を魔王サズンデスから救った英雄、ダンが広めたものだ。
ダンは異世界から来た転移者で、ダンの世界にあったものを色々と伝えているらしい。
僕は過去を思い出しながら続ける。
「適切な対処が出来れば問題はないんだけど、厄介なところもあったなぁ」
《適切な対処とは?》
「そいつらはね、弱体魔法の類がほとんど効かないんだ。それに知恵の輪に似た方は細身で変なふうに動くから剣も当てにくい。だから広範囲をカバーできる攻撃魔法で戦うのが効率的なんだ」
《なら、シオンには不利な敵ということにならないか?》
「そうだね。天敵じゃないかな」
僕と一緒にこのダンジョンに入ったパーティメンバーのシオンは、その身に宿った呪いの影響で、通常の状態では攻撃魔法は一切使えない。
そのため、彼は補助魔法や弱体魔法を駆使して戦うのだが、それはつまり弱体魔法が効かない相手には攻撃手段がないということでもある。
一応魔力で杖に剣を生やして物理攻撃することは出来るのだが、シオンは剣士じゃないし、弱体魔法が効いていない敵に太刀打ちするのは不可能だろう。
アトランティカは悩んだように言う。
《覚醒を使えば多少は戦えるだろうが、それも時間の問題だろうしな……》
覚醒とは、聖剣や魔剣の力を身にまとい、自身を一気にパワーアップさせる技だ。
僕もシオンもリッカもこの覚醒を使えて、シオンはこの覚醒状態の間だけ、攻撃魔法を使用できる。
だが、覚醒できるからといって、全ての問題が解決するわけではない。
「シオンが覚醒を維持できる時間は五分弱だからね」
魔力を大量に消費する覚醒は、人によって使える時間が異なる。
僅か五分しか攻撃魔法が使えないようでは、このダンジョンを攻略できるとは思えない。
《当然、覚醒が切れたら……》
「なす術はなくなるだろうね、シオンが早々に誰かと合流していることを願うよ。でもこのダンジョンには面倒な仕掛けが一つあってね……」
《まだ何かあるのか?》
「このダンジョン内では、空間系の魔法が一切使えないんだ。だから転移魔法で効率よく移動することも出来ないんだよ」
この仕掛けがなかったら、姉妹武器の元に転移するアトランティカの能力――[同調]を使えば楽にシオンと合流できるんだけど、そう簡単にはいかないということだ。
《なるほど、それは面倒だな。それに空間系の魔法が使えないということは、収納魔法も使えないのだろう?》
アトランティカの問いに僕は頷く。
収納魔法は生物以外の物ならなんでも、時を止めた状態で異空間に収納できる便利な魔法だが、これも空間系の魔法なのでここでは使えない。
「その通り。だから収納魔法に入れている魔道具とか食料とかも取り出せないね」
僕が最初にこのダンジョンに入ったのは十四歳の時だけど、その時は食料が足りず、最終的には数日間くらい飲まず食わずだったんだよね。
そのせいで力が出なくて、最終的にボスに負けてしまったんだ。
《つまり、早々にクリアしなければマズいということだな》
「そうだね。最悪ミミックを食べることになるかもしれない」
ミミックは一応食べられなくはないのだが、全く美味しくない。
当然、そんな事態は極力避けたいに決まっている。
僕がミミックを食べる場面を想像していると、アトランティカが思い出したように言う。
《そういえば先ほどミミックがいると言っていたな。ここには宝箱が多く置かれているのか?》
「そうだね。昔僕が入った時は、色々なところに宝箱が置かれていたよ。レアアイテムが入っていることもあったけど、ミミックも多かったな」
《[鑑定]スキルで調べられなかったのか?》
「このダンジョンの難易度が高いからなのか、[鑑定]を使っても偽装が見破れなかったんだよね」
《そうか、すると約一名、思い切りミミックに引っ掛かりそうな人が思い浮かぶな》
アトランティカの言う人物とは、お宝やお金が大好きなリッカのことだろう。
そういえばリッカはここに入る直前に逃げ出したけど、結局どうなったのだろうか。
まぁ、家族の皆から逃げられるとは思えないし、結局捕まってこのダンジョンに入れられているとは思うけど……。
[鑑定]で判定できないとなると、もしお宝好きのリッカが宝箱を見つければ、あっさりとミミックに引っ掛かりそうだ。
そんなことを思っていると、突如として周囲に嫌な気配を感じた。
僕は咄嗟にアトランティカを抜き、身構える。
するとアトランティカは不思議そうに言う。
《敵の反応か? 索敵魔法には引っ掛らないが……》
「このダンジョンでは敵は突如として壁や床や天井から出現するからね。索敵魔法は当てにならないんだ。肌の感覚だけが頼りだね」
剣であるアトランティカは普段から魔法やスキルで索敵や敵の分析をしてくれているけれど、このダンジョンでは頼れないというわけだ。
このダンジョンの厄介さをつくづく感じていると、やはり壁から大量の魔物が現れ始める。
「来たね……知恵の輪の方の敵だ」
気が付くと、あっと言う間に僕の目の前には、数十体の魔物が並んだ。
《相棒の言う通り、鉄の棒が人の形をしているといった感じだな。かなり細身で動きも独特だ。これは確かに剣で攻撃を当てるのはキツそうだな》
「分かってくれた? あっ、そういえばさっき魔法で攻めるのが有効って言ったけど、あともう一つの倒し方もあった」
《なに? どんな方法だ?》
「仲間と協力して敵を押さえ付けてから、知恵の輪みたいになっている頭の結合部を解けば、アイツらは動きを止めるんだ」
《なんていうか……ふざけた魔物だな!》
アトランティカの言う通り、本当にふざけた魔物だ。
ちなみに魔物の頭部の知恵の輪は全てが全て同じ作りをしているというわけではない。
低難度から、高難度まで様々だった。
以前ここに潜った時、低難度のものはすぐに解けたんだけど、高難度の場合だと難しくて解くのを断念して、結局皆で袋叩きにして無理矢理倒したことがあった。
その時は、アイツの硬さにビックリしたことを覚えている。
あっ、折角だし、当時と今でどれくらい僕が変わったか、試してみるか。
僕は口を開く。
「ちなみにアトランティカに聞きたいんだけど、あの敵は斬れる?」
《対象物に触れてみないことには何とも言えないが……鉄程度の硬さならば切断は可能だろう》
「なら、攻撃を当てて試してみよっか!」
僕はアトランティカを振りかぶり、魔物に斬りかかっていった。
すると、僕の斬撃により、魔物はあっさりと真っ二つになる。
斬った感触がないくらいに簡単に切断することが出来た。
それに感動を覚える。
これは僕の腕が上がったこともあるだろうが、武器の差も影響しているだろう。
以前は鋼鉄の剣を使っていたけど、今回は伝説の魔剣であるアトランティカを使っているからね。
僕は伝説の魔剣を使えることが嬉しくなり、次々と魔物を切り伏せていった。
◆ ◆ ◆ ◆
ボク、シオンはダンジョンの中で、無数の宝箱が設置されている宝物庫を見つけた。
ちなみにボクの隣には、リッカさんの姿もある。
たまたま近くに出現したボクとリッカさんはすぐに合流できたのだ。
ちなみにリッカさんは彼女の父方の祖母であるカーディナル様に捕まり、このダンジョンに入れられたらしい。
気の毒だとは思うけど、リッカさんと合流できたのはボクにとってはラッキーだ。
リュカさんに以前聞いていた通り、ここの敵には弱体魔法がほとんど効かない。
でも攻撃魔法が得意なリッカさんと合流できたことで、ボクは無事でいられたのだ。
そうして二人で探索を続け宝物庫を見つけたのだが、それを前に、リッカさんが叫ぶ。
「もう、何で収納魔法が使えないのよ⁉ これじゃあお宝が持って帰れないじゃない!」
「転移魔法も発動できないですし、このダンジョン内では、空間魔法の類が使えないみたいですね……そういえば、ここに入る前にカーディナル様が、生きて帰れたら伝説級のアイテムを持って帰れると言っていましたが、その表現にも納得です」
以前聞いた言葉を思い出し、ボクは呟いた。
するとリッカさんが疑問を投げ掛けてくる。
「どういうこと?」
「収納魔法にお宝を入れられれば、殺されてダンジョンの外に出ても、お宝をゲットできるじゃないですか。でもここでは空間魔法が使えないので、お宝が欲しければ自分で抱えて正式にダンジョンをクリアしなければならない。そういうことですよ」
説明を聞き、リッカさんは怒ったように地団太を踏む。
「リュカ兄ぃはこのダンジョンに入ったことがあったんだし、前もって言っておいてよ‼ これだけのお宝を持って帰れないだなんて……生殺しだわ!」
ボクは特に財宝とかには執着がないので、持っていけないのなら置いていくしかないと思う。
でもリッカさんは意地でも持っていこうとしているようで、ひたすら空間魔法を使用しようと足掻いていた。
その様子を見て呆れつつも、少しの不安も感じる。
ボクもリッカさんも移動する際は荷物のほとんどを収納魔法に入れている。
そのため、現時点でアイテムや食料などは持ち合わせていない。
これでは長期間ここで過ごすことは出来ないはずだ。
ボクが今後のことを考えていると、リッカさんが口を開く。
「そういえばさ、シオンってリュカ兄ぃと同じで闇魔法の[奈落]が使えるって前に言っていたよね?」
「まぁ、使えはしますが……」
[奈落]とは対象を小さい闇の球体の中に閉じ込める魔法だ。
「ならさぁ、シオンの[奈落]でお宝を持ち運び――」
「出来ません」
リッカさんの狙いを理解したボクは、最後まで言葉を待たずに返答した。
「え、なんで?」
「ボクの[奈落]は有機物しか入れられないんですよ。無機物は入れた瞬間に消失してしまうんです。だから物を持ち運ぶのには使えませんよ」
「そっか……[奈落]って言っても、リュカ兄ぃと同じものではないのね」
リュカさんはボクより闇魔法のレベルが圧倒的に高い。
そのため、同じ魔法でも効果が違うのだ。
リッカさんはがっかりしたように肩を落としたが、小さく「あっ」と漏らすと、すぐに顔を上げた。
そしてボクの服を見ながら口を開く。
「シオン、服を脱いで」
「はい?」
突然の言葉に、思わず変な声が出てしまった。
そんなボクを無視してリッカさんは続ける。
「収納魔法が使えないなら! 自分の手で抱えるしかないでしょ! シオンのローブは大きいし、それに包めば持ち運びやすくなるはず!」
その説明を聞いてリッカさんのやりたいことが何となく分かった。
要するにボクの服を手ぬぐい代わりにして、それに包んで宝箱を持っていこうというのだ。
まぁ、それなら素手で抱えるよりは多少は持ち運びやすいかもしれないが……。
「絶対に嫌です」
別に外套を脱いでも、下には服を着ているので問題はない。
だけど、そんな使い方をしたら服が傷むに決まっている。
しかしリッカさんはボクに詰め寄ってきた。
「ちゃんとダンジョンから出たら返すから!」
そういう問題じゃないし、リッカさんなら最悪服を返してもらえない可能性すらある。
でも彼女のこの熱量、回避できる言い訳は何かないかなぁ?
そんなことを考えていると、リッカさんは背後に立ってボクの外套の紐を外し始め……。
「って、何をするんですか⁉ やめてくださいよ‼」
咄嗟に振り向き、リッカさんから距離をとった。
すると彼女は悪びれもせずに言う。
「シオンが踏ん切りが付かないみたいだから、脱がせてあげようと思って」
「踏ん切りが付かないんじゃなくて、嫌だって言っているんですよ! やるなら自分の服でやったらいいじゃないですか!」
ボクが叫ぶと、リッカさんは自分の体を腕で抱き、ボクにジト目を向けてくる。
「私の服ってそんなに大きいものでもないし、そもそもこれを脱いだら下着になるんだけど……」
「ボクは別に気にしませんよ、リッカさんの下着姿を見たところで何とも思いませんし」
「シオン、それはどういう意味⁉」
「言葉通りの意味ですよ」
リッカさんは怒っているようだが、ボクは続ける。
「まぁ、リッカさんは外見は美少女ですし、スタイルもいいと思いますけど……中身を知ると、まぁ……って感じですからね。お金には汚いですし、性格もずる賢いですし、とても聖女候補とは思えません。そんな人の下着姿を見たところで何とも思わないですよ」
常日頃から思っていたことを言うと、リッカさんはボクを睨みつけてきた。
「シオン……よくもまぁ、本人を目の前にして好き放題言ってくれるわね」
普通の人ならその視線に怯むこともあるかもしれないけど、リッカさんの中身を知っているボクは怖いとは思わなかった。
ボクがケロッとしていると、これでは効果がないと思ったのか、リッカさんが溜息を吐き、口を開く。
「……分かったわよ。頼みを聞いてくれたら、今度デートをしてあげる」
「遠慮します、ボクにも選ぶ権利はありますので」
しかし、今度も即答する。
するとリッカさんは再び怒り声を上げる。
「私じゃ不服だとでも言いたいの⁉」
「デートをしたとしても、費用は全てこっち持ちで、さらに有り金まで全て奪われそうなので」
ボクの言葉を聞くと、リッカさんは文句を言いながら両手をブンブンと振りだした。
彼女の外見に騙されている人がいたら、この姿を見せてあげたいよ。
リュカさんは謙虚で人当たりもいいのに、同じ血が入っているとは思えないなぁ。
しかしそんなことを考えていても埒が明かないので、ボクは落ち着いて言う。
「ボクの服を使うことは諦めてください。でもどうしてもお宝を持っていきたいと言うのなら、アイデアを提示することくらいなら出来ます」
「アイデア?」
「単純に、箱を手で抱えて運ぶんですよ。宝箱の大きさ的に二つは抱えられるはずです。ボクが身体強化の魔法を掛けますから、それならリッカさんでも持ち上げられると思いますよ」
「女の子に宝箱を担げって言うの⁉」
「それ以外方法がないんですから仕方ないじゃないですか。嫌なら置いていくしかないと思います」
ボクは落ち着いた口調で答えた。
するとリッカさんは少し悩んだ後で、半ばやけくそといった感じで叫ぶ。
「無事にダンジョンから出られたら、このお宝は全部私のものだからね!」
「いいですよ。ボクは別にお金に困っているわけではありませんから。それより、さっさと皆と合流しましょう」
そう言って、ボクはリッカさんに身体強化の魔法を掛けた。
すると、リッカさんは宝箱を二つ積み上げ、手を掛ける。
「分かったわよ! って、重っ!」
「いくら身体強化をして力が上がっているとはいっても、重さを感じないわけではないですからね」
「シオン、一つ持ってくれたりは?」
「しませんね。自分で持っていってください。持っていけないのであれば、いつでも置いていっていいんですし」
ボクがそう言うと、リッカさんはブツブツと文句を言いながらも二つの箱を持ち上げる。
そうして、ボクらは歩き出した。
こんな状態で敵に出くわさなければいいんだけどな……。
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