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1巻

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   プロローグ


「アダムさんは、時計の読み方は覚えていらっしゃいますか?」

 胡散臭うさんくさい笑みを浮かべる目の前の男性の声を掻き消すように、王都の中心にある時計台の鐘がカーン、カーンと二度鳴った。
 夏の青空に向かって、白い鳩が飛び立つ。

(幸運を運ぶ白い鳩だっ。すごく気持ちよさそう)

 僕とは真逆の存在がとにかく眩しかったけれど、しっかりと目に焼き付ける。
 午後二時を知らせた大きな時計台を、僕は首が痛くなるほど見上げていた。
 道行く人々は、誰も足を止めない。
 でも、つい最近まで田舎暮らしだった僕にとっては、迫力満点だった。

「アダムさん? 今、何時かわかりますか?」

 高身長の美しい男性に、丁寧な口調で問いかけられる。
 僕が記憶喪失だと思っての質問なのだろうけど、なんだかとげのある言い方に聞こえたのは、僕の気のせいだろうか。

(もしかして、僕をバカにしてる……? ヴィンセント様に限ってそんなことはない、よね……?)

 焦茶色の瞳は湖面のように静かで、なんの感情も読み取れなかった。
 十年ほど前から婚約関係だったとは思えないくらいに他人行儀な男――ヴィンセント・ロックハート公爵子息。
 何を隠そう、アダムの婚約者である。
 周囲からは、僕たちは親しい間柄のように見えているかもしれないけれど、僕は壁を感じていた。
 そして、その高い壁をぶっ壊したいと願う僕は、笑顔で答える。

「時計の読み方はわかります。今は午後二時、ですよね?」

 一瞬、驚いたように目を丸くしたヴィンセント様だったけれど、すぐに表情は元通り。
 口角だけを上げている、機械人形のような笑みだった。

「よかった。では、鐘が六度鳴った時に、またここでお会いしましょう」

 そう言って僕に背を向けたヴィンセント様は、そのまま迷うことなく歩いていった。

「…………え? うそ、でしょ?」

 なんの興味もない宝石店の前に置き去りにされたことに気付いたのは、ヴィンセント様の背が見えなくなった時だった――
 慌てて追いかけたけれど、息が上がってしまう。
 運動不足の体は、すぐにを上げていた。

「はぁっ、はぁっ……ヴィンセント様っ、どこに行ったんだろっ……」

 周りの人々に怪訝けげんな顔で見られているけれど、誰も声をかけてはこない。
 関わりたくないと思っているかのように、すぐに目は逸らされる。
 田舎町より何十倍も人がいるというのに、世界にひとりぼっちになった気分だった。

「……どうしよう、道がわからない」

 王都を歩いたのは、今日が初めてだ。
 痛む心臓を押さえる僕は、必死にヴィンセント様を探した。
 荒い呼吸を整えながら周りを見回せば、周囲の人より頭ひとつ分高い、焦茶色の髪の男性の姿を発見する。
 友人と約束をしていたのか、同世代の者たちと合流したヴィンセント様がいた。
 ――アダムには見せたことのない、屈託くったくのない笑顔を浮かべて……

「っ、な、なんで……? 今日って、デートじゃなかったの……?」

 家を出る前から熱が出そうな予感がしていた。
 けれど、ヴィンセント様とデートの約束をしていたから少し無理をして外出していた僕は、ふらりとその場に崩れ落ちていた――


   ◇ ◇ ◇


 僕の名は、アデル・グランデ。
 由緒正しきグランデ侯爵家の人間だ。
 でも、世間は誰も僕の存在を知らない。
 僕の住むジェミナイ王国は、双子は災いをもたらす存在だと認知されている。
 そのせいで、双子が生まれた場合は、どちらかを秘密裏に処理する家が多かった。
 そして、グランデ侯爵家にも双子が生まれた。
 瓜二つのアダムと、アデル。
 処理されたのは、後に産まれた『アデル』の方だった――
 僕は生まれた時から体が弱く、五歳まで生きられるかわからない、とお医者様に言われたのだ。
 グランデ侯爵は、迷うことなくアダムを選んだ。
 だからといって、僕は父様を恨んではいない。
 もし僕が当主だったなら、家族を守るためにも同じ決断を下すしかなかったと思うから。
 でも、グランデ侯爵夫人は違った。
 命懸けで双子を産んだ母様は、僕を信頼する者たちに託したんだ。
 ――奇跡を信じて……
 そして母様の願いが天に届いたのか、自然豊かな田舎町に引っ越してから、僕の体調は少しずつ回復していった。
 今でも定期的に熱は出るけれど、僕は無事、十七歳を迎えた。
 母様が熱心に祈りを捧げてくれたおかげだと、僕は信じている。
 とはいっても、両親からは僕の身を案じるふみが届いたことは一度もないから、ふたりの本心はわからない。
 でもアダムだけは、ずっと僕を気にかけてくれていたと、自信を持ってそう言える。
 両親に選ばれたアダムを羨ましく思うことはあれど、妬ましいとは思わない。
 だって僕も、アダムが大好きだから――
 アダムから届いたふみは、僕の一番の宝物だ。
 友人と喧嘩をし、十人相手に勝利を収めたのに父様にぶん殴られたこと。
 大切な試験の時に名前を書き忘れて、点数をもらえなかったこと。
 ちなみにその時も、父様にぶん殴られたらしい。
 もちろん冗談だと思うけれど、毎日変わり映えのない日々を送る僕を、クスッと笑わせてくれるようなふみを書いてくれた。
 そして、アダムは生涯を共にしたい人と出逢う。
 生まれた時から、政略結婚をすると決められているアダムにとっては、辛いことだった。
 結果、どうしても初恋を諦めることができなかったアダムから提案された。
 ――瓜二つの双子なら、誰も見分けることなんてできない。入れ替わることは簡単だ、と……
 その魔法のような言葉に一縷いちるの望みをかけ、僕たちは十八歳になったら入れ替わろうと、密かに約束していた。
『僕がアデルではなく、アダムだったなら……』と考えたことは、実は何度もある。
 愛する家族と他愛もないことを話し、両親におやすみのキスを送りたい。
 学園に通ってみたいし、親しい友人とお茶会をしてみたい。
 生涯を共にする婚約者ができて、パーティーではダンスも踊ってみたい。
 やってみたいことは無限にあった。
 とはいえ、生まれた時に引き離されてから一度として会うことは叶わなかったし、ふみでの約束だったため、あまり期待していなかった。
 だって僕は、生きているだけでもありがたいと思わなければならない存在なんだ。
 そんな僕が夢を抱いても叶うはずもないし、傷つかないためにも、夢は持たない方がいい。
 今まで生きてきた中で、僕が学んできたことだ。
 それに、生まれた時に処理されなかったのだから、その時に一生分の運を使い果たしている。
 今後、もし僕の存在が露見されれば、二度目に生き延びるチャンスはないだろう。
 だから僕は、死ぬまで息を潜めて生きていかなければならない。
 でも……もし約束が果たされるのならば、僕は両親にもらった『アデル』という大切な名を捨て、アダムとして生きてみたいと思っていた。


 ――アダムと再会する直前までは……




   第一章 容姿が別人なのですが……!?


 約束の日より、半年も早く訪ねてきたアダムと、僕は感動の再会を果たした。
 ……はず、だった――
 理解が追いつかないのは、寝起きだからか、はたまた昨日まで熱が出ていたせいだろうか。
 アダムを、されるがままになる僕の脳内は、絶賛混乱中だった。

「アデルッ!! 俺の救世主ッ!! ようやく会えた……っ!!」

 朝を知らせる鳥よりも騒々しいアダムに、力一杯抱きしめられる。
 アダムの硬い胸板に顔を押し付けられ、男らしいスパイシーな香りに包まれた。

(あ、あれ……? 思っていた展開と違う……)

 刺激的な香りに頭がクラクラとしている僕は、アダムの鍛え上げられた腕の中にすっぽりとおさまっていた。

「いやぁ~。アデルが結婚に乗り気で本当に助かったぜ!」

 軽い口調のアダムが、右手を上げる。
 同じようにしろ、とアダムにあごで指示を出され、恐る恐る右手を上げれば、パァーンといい音が響いた。

「今日から俺は、ただのアデルだ。そしてアデルは、アダム・グランデとして生きてくれよな!」
「…………」

 初めてのハイタッチはじんじんとしたけれど、心地のよい痛みだった。
 でも、ゴツゴツとした手のひらの感触に、痛みも忘れて固まるしかない。
 剣ダコ、だろうか。
 血のにじむような努力をしたことがありありとわかるあかしに触れた、その結果。
 僕は喜色満面のアダムとは反対の顔で口を開いていた。

「えーっと。ごめんね……? 無理、かも……」
「…………は!? いや、なんでだよ!?」

 動揺するアダムだけれど、どうして交代できると思っていたのか、謎でしかなかった。
 何せ、中性的な容姿の僕と瓜二つだったはずのアダムの容姿が、大きく変わっていたのだ。
 金髪碧眼は同じだけれど、アダムはヤンチャといった言葉が似合う青年で、令嬢と間違えられるような容姿の僕とは雰囲気が全く違っている。
 まず、引き締まった筋肉を身にまとうアダムの姿は、立派な男だと強く感じさせられる。
 高級な服を着崩していても似合っているのは、おそらくスタイルがいいからだろう。
 アダムの方が、僕より少しばかり身長が高かった。
 差は十センチくらいだけれど、足の長さが違ったことに地味にショックを受けた。
 驚くことはそれだけではない。
 アダムの色白だった肌が、健康的な小麦色に変わっているのだ。
 ここ数年で一体何があったんだと聞きたくなるほどシミや肌荒れが目立っており、以前送られてきた姿絵とは、似ても似つかない姿だった。

(でも、生き生きしていてすごくかっこいい……)

 アダムの表情は自信に満ち溢れており、僕にはとても眩しく映る。

「いつからそんなに鍛えていたの? それを知っていたら、僕だって……」
「ん? 七年くらい前か?」
「っ、な、七年も……!?」

 アダムがあっけらかんと答えたけれど、僕はどうして教えてくれなかったのかと絶句する。
 ……いや、事前に聞いていたところで、運動なんてしたことがない僕が、アダムのように鍛えることはできなかっただろうけれど。
 それでも知っておきたかった……

「アデル、大丈夫だって! 脱がない限り、別人だってバレる心配はねぇよ。……俺に触れられる人間なんて、そうそういねぇからなァ?」

 どうしてか自信満々のアダムに、親しげに肩をバシバシと叩かれる。
 スキンシップが多く、前向きで明るいアダムはみんなに好かれる性格だろう。
 でも、アダムの力が想像以上に強すぎて、僕は骨まで振動が響いた気がした。

「身長はシークレットブーツを履けばいいし、顔は化粧でごまかせるだろ? 解決策はいくらでもある。だから、細かいことは気にすんな!」
「……え、化粧……?」

 無茶だよ、と弱音を吐こうとした僕は、広大な海を連想させる青い瞳に射抜かれる。
 木々が芽吹き、過ごしやすい季節だというのに、僕は背にじんわりと汗をかいていた。

(っ、正気なの……!?)

 幼さの残る顔立ちだが、アダムの表情は引き締まっており、真剣そのもの。
 むしろ、得体の知れない圧も感じる。
 決して冗談を言っているわけではないようだ……

「長旅でお疲れでしょう。お茶にしませんか?」

 沈黙を破る、天の声。
 僕の育ての親である、カンナだ。
 素敵なグレイヘアをきっちりとまとめているカンナは、ただそこにいるだけで、周りを和やかな気持ちにさせてくれる女性である。

「そ、そうだね! お茶は僕が準備するよ! カンナは苺をお願いしてもいい?」
「畏まりました」

 ふわりと微笑んだカンナは、庭に向かった。
 僕の住む辺鄙へんぴな田舎町の小さな家に、人が訪れたのは初めてのことだ。
 おもてなしするため、僕は丁寧にお茶を淹れる。

「お待たせいたしました。形は不揃いですが、味は保証いたします」

 涼しげなガラスの器に盛った新鮮な苺を、カンナがテーブルの中央に置いた。
 いつのまにか戻ってきていたカンナは、七十を越えているけれど素早い身のこなし。
 肌も艶があり、年齢を感じさせない美人である。
 そんなカンナにも同席してもらい、アダムとアダムの付き添い人の女性と卓を囲んだ。

「……おっ。薔薇ばらか? うまいな」

 どこか緊張感のある空気の中、アダムが僕のお気に入りのローズティーを飲んで呟いた。
 シャツのボタンを外しているけれど、だらしなく見えないのはどうしてだろうか。
 鎖骨まで伸びるアダムの金色の髪は、後ろに一つでまとめられていて、凛とした印象を受けた。
 一方、僕は生まれた時から髪は伸ばしっぱなし。
 今では、お尻あたりまで伸びていた。
 僕が髪を伸ばす理由は、髪は長ければ長いほど、高値で取引されることを知っているからだ。
 不定期で届く母様からの仕送りがなくなってもいいように、カンナに頼んで伸ばしていた。
 手入れは大変だけど、今後も髪を売る日が来ないことを願っている。
 だってその日が来たら、僕は今度こそ、家族に見捨てられたことになるのだから――

「アデル、さっきは無理言って悪かったな……」

 僕がひとりでしゅんとしていたからか、アダムが謝罪する。
 勘違いしてほしくなかった僕は、慌てて笑顔を向けていた。

「全然! 気にしてないよっ! ……それで、気持ちは変わらない……?」

 最終確認をすれば、アダムは力強く頷いた。

「ああ。俺は、政略結婚なんかしたくねぇんだ。自分の伴侶は自分で決めたいと思ってる」
「…………そっかぁ」

 うまく言葉が出てこなかった僕は、小さく頷く。
 政略結婚を拒んでいる――つまりアダムは、次期当主失格ということだ。
 アダム自身も、事の重大さを承知の上で、僕に入れ替わりの話を持ちかけたんだろう。
 今日だって、相当な角度を持ってきたはずだ。
 だから僕はアダムの力になりたいと思うけれど、ひとつだけ気がかりなことがある。
 後継者を産む役割についてだ。
 出産は命懸けだ。
 昔は、出産時に母子が命を落とすことが非常に多かった。
 そこで当時の国王が、男性もその役割を担えるようになればよいのではないか、と考えた。
 子を産む役割は貴族女性の義務だと認識されていた世の中で、その考えは異端だった。
 しかし、女性人口の急減は止められず、それから医師たちが長い年月をかけて研究した。
 その結果、開発した特別な薬を処方すれば、男性でも妊娠、出産ができるようになったのだ。
 この一件でジェミナイ王国では医療が発展しただけでなく、出産時の死亡率も格段に下がった。
 そして、その研究は今も続いている。
 特にジェミナイ王国で男性同士の婚姻が多く見られるのは、そういった経緯があるのだ。
 さらに政略結婚においては、性別関係なく相手を選べるようになった。
 選択肢が広がり、同性婚をする者たちが増えていったのだ。
 その事実は、当然ながらアダムも知っている。
 それでも了承できないのは、きっとアダムが子を宿す側になるからではないだろうか。
 グランデ侯爵家では、跡取りが子を宿すことが多かった。
 なぜならアダムが妊娠すれば、夫が誰であれ、子は確実にグランデ侯爵家の血を継いでいることになるからだ。
 だから両親は、アダムに子を宿す側になれと言いつけているし、体の弱い僕が見捨てられたのも、そういった深い理由があるのだ。
 僕が期待に応えられるかはわからないけど、毎月ふみを送ってくれるアダムが僕を大切に思ってくれているように、僕だってアダムに幸せになってほしい……
 でも、子供の頃は瓜二つだったはずの容姿が今はあまり似ているとは言えず、中身も別人だ。
 僕はうまくアダムになりきれる自信がなかった。
 だけど、もし僕が入れ替わらなければ、アダム・グランデは死亡したことにしなければならない。
 理由は、アダムがロックハート公爵家の次男と婚約しているからである。
 格下のグランデ侯爵家から婚約解消を申し出ることはできないし、両親もそんな愚かな真似をするつもりはないだろう。
 そしてロックハート公爵家との共同事業が、今、軌道に乗ったばかりなのだ。
 それなのにアダムが婚約破棄でもしようものなら、ロックハート公爵家の怒りを買ってグランデ侯爵家は潰されかねないそうだ。
 権力なんてものとは無縁の環境で育った僕にとっては、とても恐ろしい話だった。

「あの男自らが、婚約解消を望んでくれるのが一番好ましい展開だったんだが……。その可能性は皆無だ」

 あの男、とはアダムの婚約者――ヴィンセント・ロックハート公爵子息だ。
 アダムからのふみに、ヴィンセントの名は一度たりとも出てきたことはない。
 ふたりが婚約した十年前から、一度も……
 これ以上話を聞いてしまえば後戻りできない気がして、僕はおじけづいた。
 けれど、アダムはお構いなしに愚痴をこぼす。

「向こうも俺と同じ気持ちだろうが、アイツは次男だ。俺と婚姻すれば、いずれはグランデ侯爵位を得られるんだから、いくら俺を嫌っていたとしても、婚約破棄なんてするはずもない。本っっ当に最悪な野郎だぜ」
「……そ、そうなんだ」
「ああ。プライドは高けぇわ、態度はデケェわ、背もバケモノみたいにデケェ。そんでもって、可愛げはゼロ」

 真顔のアダムが、立てた親指で首を掻っ切るようなジェスチャーをする。
 アダムの口の悪さに、カンナが驚いたように目を丸くしていた。

「しかも、両親があの男を気に入ってるんだ。人前ではいい子ちゃんぶってるだけで、本当のアイツは紳士の皮を被った悪魔みてぇな野郎なのにな?」
「っ……」

 忌々しげに告げたアダムに、僕は絶句する。
 アダムの言葉遣いが下品だからじゃない。
 だって僕がアダムと入れ替われば、悪魔のような相手が付いてくると確定しているんだ。

「……身長以外は、アダム様も同じでは?」
「っ、ノア! 一言余計だぞっ!?」

 婚約者をけなすアダムに、隣に座る女性が冷静なツッコミを入れた。
 アダムの専属メイド――ノアさんだ。
 僕より十歳上だと聞いていたけれど、同学年と言われても違和感のない幼顔。
 ふわふわとした桃色の髪が可愛らしく、守ってあげたくなるような小柄な女性だ。

「とにかくっ! アイツは性悪の腹黒! ちょっと剣術ができるからって、すかしてやがるし……」
「……妬んでいるだけですよね? それ」

 苦笑いするノアさんに指摘され、アダムが舌打ちをした。
 要約すると、アダムはヴィンセント様と反りが合わないみたいだ。

「俺は、いけすかねぇ公爵子息となんか結婚したくねぇんだよ……。だって俺は、昔っからノアみたいな、可愛らしい子が好きなんだよっ!」

 突如として、アダムが愛を叫んだ。
 僕がびっくりしてノアさんを見れば、ノアさんのくりっとしたエメラルドグリーンの瞳には、アダムと同じ熱が宿っているようだった。

「――……っ、ア、アダム様っ!?」

 頬を赤らめるふたりが見つめ合う。
 お似合いのふたりだ。
 僕はまだ恋をしたことはないけれど、なんだかこっちまでくすぐったい気持ちになった。
 僕がアダムになりきりさえすれば、僕は両親と暮らせるし、アダムとノアさんは隣国で結ばれる。
 みんなハッピーエンドを迎えられるだろう。
 でも、問題があった。
 いくら辺鄙へんぴな田舎町といえど、僕の存在が世間に露見しないよう、基本的に家の中で過ごす僕とは違い、アダムは剣も扱えるし、馬にも乗れる。

「協力したい気持ちはやまやまだけど、僕は月に一度は熱を出してしまうし、運動はからっきしだよ? 乗馬は一生無理だと思う……」
「っ、アデル……。心配すんな! そん時は、足を怪我したとか、てきとーなことを言っときゃいいから! …………嘘がバレても、誰も俺には逆らえねぇしなァ」

 何やら低い声で告げたアダムが、ニカッと無邪気に笑った。
 でも、僕は不安を拭いきれない。
 僕がこの十七年で関わってきたのは、カンナとカンナの息子のダンさんだけ。
 祖父母と孫のような関係性だ。
 友人はひとりもおらず、自分に自信がなかった。

「ふたりの力になりたいけど、僕は体も弱いし、存在自体が家族に迷惑をかけて……」
「っ、そんなことねぇよっ! 両親だって何も言わねぇけど、毎日アデルを気にかけてるに決まってるっ!」
「……そう、かなぁ」
「ああ。それによく考えてみろ!? 三つ子はよくて、双子は災いって、どう考えてもおかしいだろっ! 隣国じゃ、ありえない話だからなっ!」

 苛立つアダムが、金髪を掻きむしる。
 双子が忌み嫌われているのは、ジェミナイ国だけの話だ。
 周辺国に行けば、僕は家族となんの問題もなく一緒に暮らせるだろう。
 でも、僕の家は由緒正しきグランデ侯爵家。
 僕の両親は、貴族としての義務を放棄できないし、僕もそれを望んではいない。
 それに、嘘でも『アダムが死んだ』なんて悲報を聞けば、両親は悲しみに暮れるだろう。
 両親に悲しい思いをさせるくらいなら、僕が代わりになった方がいい。
 そう判断した僕は、覚悟を決めた。

「わかった。僕、今日からアダムとして生きていくっ!」

 イレギュラーがあって、入れ替わりを躊躇ちゅうちょしていたけれど、声にしてみれば不思議なことに迷いが消えた。
 アダムとは、入れ替わりを何年も前から約束していたんだ。
 僕は、約束を守らない人にはなりたくない――
 ただ……

「アダムみたいに、なんでも完璧にこなせないと思うけど、それでもよければ……」

 びしっと言い切れなかったけど、僕は声高らかに宣言した。
 ぱあっと表情が明るくなったアダムに、僕も喜びが伝染して自然と笑顔になる。

「っ、いいのか!?」
「うんっ! 僕、ずっと家族の役に立ちたかったんだ。だから、アダムの力になれてすごく嬉しいっ」
「~~~~っ、アデルッ!!」

 僕は双子の兄とひしっと抱き合う。
 双子とはいえ、同年代の子と触れ合える環境になかった僕は、なんだか胸がぽかぽかとする。

「アダム様とアデル様。お姿も違えば性格まで正反対だったとは……」

 アダムに対して、まるで珍獣でも見ているかのような失礼な視線を送るカンナに、ノアさんが同意する。

「俺様悪役令息と、天使ですね」
「…………オイ、ノア。今なんか言ったか?」
「あ。この苺、美味しいっ」

 半目のアダムを華麗に無視するノアさんは、苺を食べて目を輝かせている。
 マイペースで可愛らしい人だ。


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