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1巻

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   ◆プロローグ


「ティーリア、俺の言いつけを守らないで、どうしてこんなドレスを着ているのかな?」
「だって……これが流行だからって、聞いて」

 アーヴィンは胸の谷間がちょっとだけ見える、普段より扇情的なドレスの胸元に人差し指を入れると、ぐいっと下ろす。

「ひっ」

 豊満な胸がふるりと揺れる。あと少しで先端が見えるところで指を止めると、彼は切れ長の目を細めてティーリアを見下ろした。

「ほら。ちょっと触っただけで、赤い先端がこぼれてしまうよ。まさか、俺以外の男に見せたなんてこと……」
「あっ、ありませんっ!」

 ティーリアは顔をひきつらせながら否定する。両腕を持ち上げられ、高い位置で魔法金属ミスリルの輪を使って縛られた。壁を背にして立ったまま逃げられなくなり、背中には嫌な汗が流れてくる。
 ――どっ、どうしてこうなってるの?
 いつも鷹揚おうようほがらかで明るくて『爽やか王子』と言われている彼は、ティーリアの前でだけ豹変する。
 ――おかしい。

「アッ、アーヴィン様っ。なんで腕……」
「解いたら、俺から逃げる気満々だよね」
「ち、ちがっ」

 ――違わないけど!
 反論する前に、いきなり柔らかい唇で口づけられる。「悪い子の口は、塞いでしまおうね」と言い、本当に塞がれて息もできない。

「んん――っ! んっ、んんっ!」

 頬を骨ばった手で挟まれ、顔を動かせない。唇の裏側の柔らかい部分を重ね、熱い舌先が歯列を舐める。
 息をしようと口を開けた途端、彼の舌が入り込んできた。
 ねっとりとなぶるような口づけが続き、苦しさで目をぎゅっと閉じる。彼を叩きたくても、腕を縛られているから動かせない。
 ――くっ、苦しいっ!
 まなじりにうっすらと涙がたまったところで、アーヴィンはようやく顔を離した。すぐ傍にある彼のつややかなあおい瞳に、ティーリアの潤んだ漆黒しっこくの瞳が映っている。ふわりとカールした鮮やかな紅赤色の髪が、自分の頬にかかった。

「はっ、はぁっ、ぁっ……」

 やっと息を吸えるようになり呼吸を整えていると、彼は形の良い口の端をくっと上げた。そしてティーリアの顔にはりつく髪を取り、そっと耳にかける。

「口づける時は鼻で息をするようにって、言ったよね」
「っ、でもっ」

 ――慣れないんだから、しかたないじゃない……!
 訴えるように見上げた先には、整った顔をした彼が爽やかに微笑んでいる。普段と変わらない笑顔に、やっぱりこんなのは冗談よね、と言おうとしたけれど――

「じゃ、下のお口も栓をしておこうか」
「えっ」

 聞き終わらないうちに、彼は手を伸ばしスカートをまくり上げた。そしてドロワーズのクロッチ部分に触れたかと思うと、いつの間にかトラウザーズをくつろげた彼が腰を押しつける。

「ああっ、やっ!」

 どちゅん、と音がしそうな勢いで太い雄杭が体の中に入り込んできた。まだ男のソレに慣れていない媚肉をかき分けるように、彼は遠慮なく突き上げる。
 でも、痛みはない。むしろ濡れている。キスだけで大洪水になっていた。
 初めての時も大した痛みがなかったのは、この世界でティーリアが果たす役割のためなのか。
 そう、ティーリアは転生する前の人生で夢中になっていた乙女ゲーム『あなたの愛淫に囚われて』の中で、身体を使って次々に攻略対象を誘惑するタイプの――悪役令嬢だ。
 そして今、攻略対象の中でも熱狂的な人気を誇っていた彼――アーヴィン・ケインズワース第二王子に襲われている。

「はぁっ……あっ……んっ」

 最初から遠慮のなかったアーヴィンは、次第に腰遣いを激しくする。
 くちゅ、くちゅっとはしたない水音が響き、ティーリアは官能を拾いやすい身体を恨みながらも、声を上げそうになる。でも、口を手で覆うことができない。
 人通りが少ないとはいえ、ここは王宮にある庭園に面した廊下だ。まだ日も高く、大きな円柱から影が伸びている。
 誰かが近くを通ったら二人が何をしているのか、一目瞭然いちもくりょうぜんだろう。いくら彼がティーリアの婚約者でも、できる限り秘密にしておきたい。――なのに。

「静かにしないと、ダメだよ?」

 彼はスカートの裾を持ち上げると、ティーリアの口元に持ってきて咥えさせた。
 息苦しさと下半身に感じる圧に、顔が赤くなる。背中は壁に押し当てられ、振動のたびにぐっぐっと持ち上がった。

「ふっ、ふ――っ、ふ――っ!」
「なんだ、もうイきたくなったのか?」

 布をんだままコクンと頷いた途端、彼は意地悪にも全ての動きを止めた。余裕のある顔をして、手で頬を撫でる。
 ――もうっ、意地悪っ!
 涙ぐんで羞恥しゅうちに耐えながら見上げると、彼はくつくつと笑いつつ額に羽のように軽く口づけた。

「もう、俺以外の男に笑いかけないこと」

 輝く金色の髪に映える紺碧こんぺきの瞳を見つめてコクンと頷く。

「俺以外の男に……話しかけないこと」

 さすがにそれは難しい。眉根を寄せると、彼はフッと笑った。

「ふーん、できないんだ」

 するりと伸びた手が濡れた花芽を弾く。するとピリッとした痛みに似た快感が身体の中を走っていった。

「ふっ、ううっ」

 背筋をピンと伸ばして快楽を逃すように上を向く。この身体はアーヴィンに触れられることに、とても弱い。弱くなってしまった。
 ――もう、お願いだから、奥でイかせてほしい……
 挿入されたままの肉塊を絞るようにキュッと膣壁ちつへきに力を込める。するとアーヴィンは「へぇ」と片方の眉を上げた。

「そんなことして、俺を締めつけるんだ」

 ぐちゅぐちゅに濡れた陰茎を引いた彼は、エラの張った先端が抜けきる寸前で止め、そしてすぐに突き上げる。
 薄く笑ってティーリアの口からスカートの裾を取ると、自身の唇で代わりに塞ぐ。
 それからティーリアの片足を持ち上げ、挿入の角度を変えた。

「んっ、んんっ!」

 湿った唇を生温かい唇で塞がれ、舌を差し入れられる。
 同時にくちゅ、くちゅっと水音を立てながら雄杭が膣壁ちつへきを擦るように激しく出入りした。
 ――あぁ、もうっ、イっちゃうっ……
 上も下も蹂躙じゅうりんするように攻められているのに、刺激は全て快感となってティーリアを襲う。
 アーヴィンはとろんとした目のティーリアを見ると満足そうに微笑み、己の欲望を果たそうと動きをまた変えた。
 激しくなるキスに応えながら、ティーリアは蜜洞をぐっしょりと濡らして雄を受け止める。
 小刻みな振動が、ティーリアの快感を高めていった。時折中をねるように腰を回されると、裏筋に当たりちつがキュッと縮んで男根を絞り上げる。

「っ、くっ……ティーリア……君がそのつもりなら、出すよ」
「なっ……中は、ダメッ……!」

 低いうなり声と共に抽送の速度を上げ、アーヴィンはティーリアの陰核を指で押しねる。
 すると一気に快感が背筋を駆け上り、絶頂の高みに登らされて目の前が白くなっていく。
 同時に彼も「うっ」とうな睾丸こうがんを震わせた。びゅく、びゅくとにごった彼の欲望がティーリアの体内で吐き出される。
 ――あ、熱い……どうしよう、出てる……
 大量に吐精しているのか、先端が震えている。二度、三度と腰を押しつけながら、アーヴィンは浅く息を吐いた。
 また中に出されてしまった。婚約中とはいえ結婚前に妊娠すると、立場がなくなるのはティーリアの方だ。
 でも――もう、何も考えられない。
 ゲームは既に始まっている。
 この行為の果てが滅亡だとしても、今この時が愛しかった。何者にも代えられないほどに恋しいアーヴィンからは、逃れられない。
 ティーリアの身体の力が抜け、くったりとしてその場に倒れ込む。アーヴィンの力強い腕が、彼女の全てを支えていた。
  


   ◆第一章


 アーヴィンがティーリアと出会ったのは、まだ五歳になって間もない頃だった。
 王宮の一画に連れてこられた三歳の幼女は、白いドレスを着て子守りの侍女に手を引かれながら、周囲をおどおどと見回していた。
 炎のように輝く鮮やかな紅赤色の髪に漆黒しっこくの瞳。ぱっちりとした二重の女の子は、将来は美人になるに違いない。アーヴィンは目を見開いて彼女を見つめた。

「この子が兄上の婚約者になるの?」
「そうね、ジュストーが大きくなって、この娘と結婚したいと思ったらね」

 王妃である母は、長兄であるジュストーを呼び寄せるが、彼は仕方がないとばかりに不機嫌な表情をしている。

「ジュストー、あなたの婚約者候補なのよ、挨拶しなさい」
「まだ子どもなのに、挨拶が必要なのか?」
「まぁっ! そんなこと言って。ティーリア嬢は由緒ゆいしょあるエヴァンス公爵家の令嬢なのよ」

 ぶすっとした顔のジュストーを王妃はたしなめながら、どうにかして二人の仲を取り持とうとする。だが、腕を組んだままジュストーは動かない。
 それをすぐ近くで見ていたアーヴィンは、兄の前を横切りティーリアに近寄り、握手をしようと手を差し伸べる。
 するとティーリアはぐずついて涙目になった。

「……!」

 アーヴィンは息を呑んだ。
 彼女の泣きそうな顔から目が離せなくなる。それでも泣いてはいけないと言われていたのか、ティーリアはぐっとこらえていた。その表情がアーヴィンを惹きつける。

「母上」
「どうしたの? そんな怖い顔をしていたらティーリア嬢が泣いちゃうわよ」
「……このがいいです」
「え? アーヴィン?」
「兄上じゃなくて、僕がこのと結婚する」

 アーヴィンはしゃがみ込んでティーリアに顔を近づけた。
 見知らぬ男の子に急に近寄られ、ティーリアは今度こそ泣き出してしまう。侍女が慌てた様子で彼女を抱き寄せた。

「僕が怖いの?」

 問いかけると、ティーリアは侍女のドレスを両手で必死に掴みながら首をふるふると横に振った。

「だったら、もっと顔を見せて。一緒に遊ぼう」

 微笑みつつ優しい声を出すと、ティーリアは目をぱちぱちとまたたかせた。
 さっきまで泣いていたのに、遊ぼうと声をかけた途端泣き止んでしまう。

「僕はアーヴィン・ケインズワースです」

 キラキラと輝く笑顔を見せた彼に、ティーリアの視線はくぎづけになる。


 面会が終わると、アーヴィンは上機嫌になり「今すぐ婚約する」と言い始めた。兄であるジュストーに向かって、「ねぇ、いいでしょ?」と問いかける。

「ふんっ、あんな赤毛がいいだなんて、お前も趣味が悪いな」
「……兄さんがいらないなら、僕がもらう」
「勝手にしろ」

 さすがに王妃が止めようとするが、アーヴィンはかたくなに意見を変えない。王族であればどちらの王子でも構わない、と親王派のエヴァンス公爵家の後押しもあり婚約はすぐに調ととのった。
 それ以来ティーリアの婚約者として、アーヴィンは親しく彼女の相手をする。
 彼女をまるで宝石のごとく大切にしたかと思うと、時折意地悪になって涙目にさせた。
 それでも、一緒にいる時は彼女のつたないおしゃべりにも、人形遊びにも付き合う。
 ティーリアも、王宮に行くたびに嬉しそうな笑顔を見せてくれる王子様に心を開くのはすぐだった。


 王宮では時折、高位貴族の子ども達を集めて遊ばせる機会がもうけられていた。主に王太子の側近候補や、婚約者候補の令嬢が揃う。
 六歳になったばかりのティーリアも、公爵令嬢として当然のごとく参加していた。
 けれど自分より年上の子ども達が多く、人見知りがちな彼女は、アーヴィンがいない時はポツンと一人でいることが多い。
 貴族といえども、まだ子どもであることに変わりはない。中にはティーリアをからかう男の子達がいた。

「おーい、この箱を開けてみろよ」
「箱?」

 手渡された小さな箱は、キラキラと光る石がついていて可愛らしい。なんだろう、と開けてみると中には緑色をした蝶の幼虫が入っていた。

「きゃああっ」

 驚いた拍子に箱を落として、幼虫がスカートの裾にくっついてしまう。

「ああっ……と、とれないっ」

 いくらはたいても芋虫は離れない。悲しくなったティーリアは涙目になって鼻をすすり上げた。

「どうした? ティーリア」

 離れた場所にいたアーヴィンが近寄り、状況をすぐに把握する。悪戯いたずらが上手くいったと、男の子達は笑って彼女を見ていた。

「あっ、アーヴィン様。見てください! ティーリアが……」
「お前達、何をしたのかわかっているのか」

 ほがらかな顔をしていたアーヴィンは、急に怒りをあらわにした。
 泣いているティーリアを背に庇い、手のひらに炎をボッと出現させる。

「ひぃっ」

 いきなり態度が急変したアーヴィンに恐れ、男の子達が固まった。
 その中の一人が、「ア、アーヴィン様がいつも泣かせているから……僕達も、泣かせてみようって……」と口にする。

「お前達……いいか、ティーリアを泣かせてもいいのは、俺だけだ」
「はっ、はいっ」
「わかったら、彼女に近寄るんじゃない」
「はいぃっ!」

 腕を組み、上から睨みつけ怒りをまとったアーヴィンに、誰も逆らうことはできなかった。

「殿下……」

 ぐすっと鼻をすすりながらティーリアがアーヴィンを見つめると、彼は眉根を寄せてしゃがみ込んだ。

「こいつか」

 アーヴィンはスカートについた芋虫を取り、近くに咲いている植木の葉の上に置いた。

「ありがとう、ございます」

 しゃくり上げつつ見上げると、彼は憮然ぶぜんとした顔をしてティーリアの傍に立っている。

「これからは、何かあったらすぐに俺を呼ぶんだ」
「うん」
「いいか、ティーリアは俺のなんだから、傍を離れるな」
「うん」

 アーヴィンを見ていると、安心して温かい気持ちに包まれる。
 ティーリアは涙を拭い、えへへ、と顔をくしゃりとさせて笑った。

「私は、アーヴィン殿下のものですね」
「……そうだ」

 彼は耳元を真っ赤にして照れた顔をしながらも、ティーリアの手を握って離さない。
 その後、子ども達の集まりにティーリアが呼ばれることはなくなり、王宮に行けばアーヴィンと二人で遊ぶようになる。
 時折、ひどく意地悪をされて泣いてしまうけれど、その後のアーヴィンは甘く声をかけ、とびっきり優しくしてくれる。
 ティーリアにとって、彼の存在は失くすことのできない、自分の一部のように感じられた。


 ――それから四年。
 気持ちの良い風が吹き抜けていく。薔薇ばらの花が咲き乱れ、生垣が丁寧に切り揃えられた王宮の庭園で、ティーリアはアーヴィンを探していた。
 まだ十歳になったばかりの彼女は、鮮やかな紅赤色に輝く豊かな髪をハーフアップに結い、さくらんぼのように色づいた唇を持つ美少女だ。
 けれど今は、しっかりとセットした髪を振り乱して走っている。
 ――もうっ、アーヴィン様はどこ?
 今日は二人でお茶会の途中、「追いかけっこをしよう」と言われて庭園に来た。
 年上でしかも魔術にひいでた彼に追いつけるはずもないが、王子様の誘いとあれば断れない。
 必死になって広大な庭園を走り、目の前にちらちらと映る彼の残像を追いかけていたティーリアは、とうとう息を切らして足を止めた。

「はぁっ、はぁっ……もう、走れない」
「なんだ、つまらんな」

 音も立てず目の前に姿を現したアーヴィンを見て、ティーリアは俯いて「ごめんなさい」と呟く。

「こんなことでは、俺の妃になんてなれないぞ」
「そんなっ……!」

 どうしよう、彼の機嫌を損ねてしまった。果たして王子妃にこんな広大な庭園を走る体力が必要なのかわからないけれど。
 疑問は残るものの、アーヴィンに将来を否定されると悲しくてたまらない。
 ティーリアは幼いながらも、溌剌はつらつとしたアーヴィンのことが大好きだった。金髪の王子様は、口が悪くても意地悪でも顔がいい。
 そして自分といる時だけ、満足そうに笑ってくれる。
 ティーリアにとって片時も離れたくないほど、大切な人になっていた。

「アーヴィン様、ティーリアのこと、嫌いにならないで」

 涙目になって訴えると、アーヴィンはため息をついて呆れた顔をした。――その瞬間。

「ああっ!」

 いきなり激しい頭痛に襲われ、ティーリアは膝を折って倒れてしまう。

「ティーリア? ティーリアッ!」

 慌てふためくアーヴィンの声が聞こえ、頬に当たる芝生の青臭さが鼻につく。
 ティーリアはそのまま意識を失って、しばらくの間目を覚まさなかった。


 ――ここ、どこだろう……
 ティーリアが瞼を開くと、見慣れない天井が見える。四柱のある寝台に柔らかい光を灯す燭台しょくだい、窓には重厚なカーテンがかかり、タッセルの飾りが揺れている。
 木目の美しい床につややかな色をしたチェスト、そしてネコ足のスツール。どう考えても狭くて小さなアパートの部屋ではない。
 まるでヨーロッパの王侯貴族が住む屋敷の部屋のようだ。
 起き上がろうとしたところで、ティーリアは自分の中にもう一つの人生――それも違う世界で暮らした記憶があることに気がついた。
 ――え、私……今、『ティーリア・エヴァンス』になっているの?
 目の前にある小さな手に小さな身体。社畜のように働いていたある日、確か会社の階段を急いで降りた時に足が滑って……!
 頭を打ちつけたところで、目が覚めるとティーリアになっていた。
 ――ちょっと待って。これってもしかすると『異世界転生』?
 前世……と言っていいのだろうか。流行はやりのアニメや漫画に描かれていたことが、まさか自分にも起こるなんて。
 混乱する頭の中で、前世に残してきた預金残高を思い出す。あんなに懸命に働いたのに、最後の給料をもらっていない。
 ――私の貯金! どうなるの? 孤児だったから、いなくなっても悲しむ親はいないけれど……あのお金、どうなるんだろう。
 つい斜め上のことを考えるけど、今はそんなことを言っている場合ではない。
 なぜならティーリア・エヴァンス公爵令嬢にアーヴィン・ケインズワース第二王子。
 この名前が登場するということは、ここは前世で夢中になっていた乙女ゲーム、それも十八禁の『あなたの愛淫に囚われて』の世界に違いない。
 中世ヨーロッパのように王侯貴族がいて、身分制度があるダフィーナ国が舞台のゲームだ。
 前世と違い、魔法を扱う人も存在する。生活様式は古めかしいけれど、魔道具もあるから困ることはない。
 それよりも問題は乙女ゲームのシナリオだ。
 ヒロインである元庶民の男爵令嬢『シャナティ・メティルバ』はとにかくモテる。騎士や王弟、宰相補佐に王子に暗殺者……様々なタイプの超絶うるわしい男性陣に出会い、どんどんと関係を持っていくぬるゲーだ。
 そのぬるさが面白くて、夢中になって遊んだけれど……
 ――なんでヒロインじゃなくて、悪役令嬢の方なのかな!
 ヒロインのシャナティはまず初めに、攻略対象の一人であるアーヴィン・ケインズワース第二王子と仲良くなる。
 その彼の婚約者であるティーリアは、シャナティが気に入らなくていじめ、ことごとく彼女の邪魔をする。
 それも身体を使って、ヒロインをおとしいれるために攻略対象を誘惑するタイプの悪役令嬢だ。
 ゲームでは意地悪なティーリアがいかに落ちぶれていくかを見るのも、楽しみの一つだった。
 だからあのゲームでは、ヒロインがどのルートを選んだとしても、悪役令嬢のティーリアは悲惨な結末を迎えていた。
 ヒロインの選ばなかった攻略対象達が次々と彼女を凌辱りょうじょくし、娼館に売られるのはまだいい方で、監禁、果ては監獄で処刑されるのがほとんどだった。
 ――そんなの耐えられないっ!
 前世に残した預貯金が気になるけれど、こんな小さな身体では元の世界に戻る方法など考えられない。
 それよりは現世の令嬢としての立場を利用して、なんとか破滅を回避する道を進まないと……
 ――って言っても、私もう、アーヴィン様の婚約者なのよね?
 攻略対象の中でも絶大な人気のあったキャラだけれど……彼はかなり病んでいた。王子なのに、性格はもの凄くゆがんでいた。
 それに彼は魔術――特に攻撃魔法の才能に溢れていた。この世界で魔術を扱える者は少ない上に、使いすぎると魔毒に侵されてしまう。そのため素地があっても魔術の訓練ができない者は、なるべく使わないようにしている。
 魔毒を消すには、高価な浄化アイテムを使うか、神殿で祈ってもらうしかない。
 下手をすると精神を壊すか、最悪の場合は死に至ることもある。魔術師になることは、魔毒との闘いを意味していた。
 けれど彼は魔術の扱いが上手いだけでなく、騎士としても優秀だった。
 ゲームの中のアーヴィンは魔道騎士として名を馳せ、圧倒的な強さで敵をなぎ倒す。その冷酷かつ残虐な姿は敵から魔王と呼ばれ恐れられていた。
 容赦なく敵をせん滅する姿を見て、仲間であるはずの騎士達も震え上がるほどの存在だ。
 男らしく整った顔立ちにぴっちりと筋肉のついた身体。誰もが認める美しさに加え、第二王子という自由でありながらも権力のある地位。
 その一方で、これと決めた女性は性技の限りを尽くして可愛がる。
 ただその可愛がり方がちょっと……いや、かなり倒錯的だった。
 ゲームとしては面白かったけれど、現実となると恐ろしい。
 ヒロインがアーヴィンルートを選択してもしなくても、ティーリアは婚約者の彼にまず凌辱りょうじょくされる。
 そして官能のとりこになったティーリアは娼婦のように次々と相手を変えてヒロインの邪魔をする。


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