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7巻
7-1
しおりを挟むプロローグ
ティンパイン王国の田舎の山村――タニキ村に、一人の少年がいた。
彼の名はシン。本名は相良真一で、元はアラサーの社畜戦士である。
彼はテイラン王国が行った勇者召喚の儀式に巻き込まれて、異世界に転移する羽目に。その際、創造主フォルミアルカから詫びとして、若返りといくつかの特別な力――『ギフト』を与えられた。
ところが、真一改めシンはそもそも勇者でなかったし、テイランが求める職業やスキルを持っていなかったので、すぐに放逐された。
彼は冒険者としてティンパイン王国に亡命し、タニキ村で冒険者兼狩人として生計を立てながらスローライフを満喫することになる。
だが、そんなのんびりスローライフは、ティンパインのお騒がせ王子ティルレインにぶち壊されてしまう。
王子に付き合わされて成り行きで王都エルビアに行ったシンは、お国の重鎮の宰相や国王に絡まれた挙句、『加護』持ちであることが発覚。しかもこれがかなり強大な加護だったため、シンは国の庇護下でティンパイン公式神子となった。
かくして彼は、蝶よ花よと王宮の一画で過ごす――わけもなく。
貴人としてではなく一般人としての生活を求めたシンは、王都で学生をしつつ副業神子として暮らすことを選ぶのだった。
これは、そんな平穏を求めつつ、割と前途多難な異世界人のスローライフ(希望)である。
第一章 村を守ろう
通っているティンパイン国立学園が夏休みに入り、シンはタニキ村に帰省していた。
現在、シンの家には二人の居候――カミーユとビャクヤがいる。彼らはお家事情やお宿事情によって帰省についてきた同級生である。
シンは家主の立場で二人をこき使いつつ、夏休みを満喫していた。
ところがこの時、タニキ村では、村の畑が荒らされるというトラブルが発生していた。
これは、例年にないくらい山から獣が下りてきているのが原因だ。
シンの家の本当の持ち主であり、狩人の先輩でもあるハレッシュも、その対応に追われていた。
今日も村の柵を直したり、増設したりと、大忙しである。
「猪はどれくらい畑を荒らしているんですか?」
シンはハレッシュに問いつつ、鬱蒼とした草むらを見渡した。
雑草は夏の日差しを受けて青々と伸びている。村の中はこうなる前に整えているが、少し離れた場所になれば、背丈を超えんばかりに生い茂っていた。
「被害は今のところ村の外側の畑の方が多いが、最近は村の中の通路にまで入ってきている形跡があるんだ。どうやら、集団で野菜の味を覚えちまったみたいでな」
自然の実りだって美味しいものは多くあるが、人間が栽培した野菜は、食味向上や可食部が増えるように品種改良されている。
「つまり、そいつらは山で食いもん探すより、村の作物が美味しくて楽に食えるからって下りてきてるんですか?」
ふてぇ野郎だ、というか、ふてぇ猪である。
食べ物の恨みは怖い。かつてゴブリンモンキーに保存食をやられた悔しい思いが、シンの中でぶり返ってくる。
「ここの人参は甘いからな~。あと、ガランテさん家の畑もやられてるぞ。トマトを木ごと薙ぎ倒して、食い散らかしてる。どんどんやり方が大胆になってるんだ」
家具職人のガランテや奥さんのジーナたちの家族とは隣家として付き合いがあるシンも、その野菜の恩恵に与っている。
彼は思わず、落ちていたぼろぼろの杭に火をつけて構えてしまった。森ごと害獣を焼き払う勢いだ。畑の被害は知っていたが、改めて情報を聞くと、苛立ち百倍である。
「おいおい、落ち着け」
殺意の波動に目覚めたシンの背中をべしべしと叩きながら宥めるハレッシュ。
シンは大人しそうな顔に似合わず、地雷を踏み抜けば一気にアクセルが掛かる性格である。そして、そういう時の火力は過激なのだ。ハレッシュはそれを知っていた。
「シン……お前って、食い物が絡むと時々とんでもなくキレっぽくなるよな」
「あー、お国柄ですかね? うちの故郷って、食べ物に対する執着心が強いんですよ。美食へのこだわりというか、自分好みのカスタマイズへの飽くなき探求心というか」
そう応えながら、シンは日本の食文化を思い出す。
イギリスのビーフシチューが美味と聞けば、大体の材料と色を調べて肉じゃがを作り出したり、西洋料理のクロケットを模倣してコロッケを作り出したり。
最初は本物になり切れないパチモンだったとしても、それを独自の好みに超進化させて、おふくろの味や定番メニュー、様々な亜種を生み出すほどこねくり回す。
シンの故郷はそういう国である。
(そう思うと、転移させられたのがこの世界で本当によかった。意味不明な食材ばっかりだったら、料理にチャレンジする気すら起きなかったかも……)
意識が別の方に逸れたおかげで、シンは少し冷静になってきた。
引き続き柵作りを手伝い、柵を建てられない場所には土壁を作る。ついでに、杭を打った場所も固めておいた。これで、ちょっとやそっとでは倒れないはずだ。
シンの魔法の手助けでペースも上がり、村人たちも作業に没頭した結果、当初の予定よりずっと広範囲に柵を設置できた。
無心に木槌を振るっていたハレッシュが、ふと手を止めた。
「おっと、今日はこれくらいにしておくか」
「柵、なくなっちゃいましたね」
事前に作っておいた柵がなくなってしまえば、これ以上建てることはできない。とはいえ、それだけ作業が進んだのは喜ばしい。
追加の柵が出来上がり次第、続きをすることになった。まだ明るいが、陽が傾いてきて、引き揚げるのにちょうどいい頃合いだ。皆はそれぞれの家に帰っていった。
◆
――時は少し遡る。
カミーユとビャクヤは、シンの愛馬ピコを借りて森を見回っていた。
調べれば、村に侵入している獣の形跡は多くあった。
どうやらタニキ村近隣の群れは猪だけのようだが、そう遠くない場所にボアの群れもいる形跡があった。
猪は野生動物。ボアは魔猪の総称――つまり魔物だ。戦えば後者に軍配が上がる。
恐らく、普段は森深くにいる猪は、ボアたちにテリトリーを奪われて人里に下りてきたのだろう。
「おかしいでござるな。ボアの餌場と重なるのを避けるのはわかるでござる。だからと言って、人里に下りてくるでござるか?」
カミーユは蹄の形跡を蹴りながら、怪訝そうに言った。それにビャクヤも同意する。
「そやな。こんだけ広い山や。人里より山奥の方がもっと餌場があるやろ」
山奥を眺めるビャクヤは、しんなりと目を細めて金色の瞳を鋭くさせる。
「もっとええ場所があるのに行かれへん……猪やボアにとって脅威になる獣か魔物がいるんやろう」
「ボアの中には、それなりに大型の個体もいるでござる。群れも大きいでござるし、狼どころか、下級の魔物も歯が立たないでござるよ」
「嫌やわ。雑魚やのうて、それなりに危険なのがおるってことやろ? 怖いわぁ」
ビャクヤは怖いと言いながらも、おどけるように笑っている。狐獣人である彼の耳は忙しなく動いており、会話をしつつ森の中に意識を巡らせて、音を集めている。
ピコはそんな二人を乗せながら、ビャクヤを真似るように耳を動かしていた。
「シン殿に、この辺りはゴブリンモンキーやラプターベアが出ると聞いたでござる。そいつらでござるか?」
「それやったらまあ、なんとかなるやろ。ゴブリンモンキーは手癖の悪さと声のデカさはあるけど、そこまで狂暴やない。ラプターベアはちょい危険やけど、明るい場所を嫌うし、弱点は結構あるやろ」
騎士科に通っていて、魔物の知識がある二人は、余程巨大な群れでなければ、村人との共同戦を張れば、そこまで脅威でないはずだと判断した。
問題なのは、予想が外れた時だ。
この山林の生態系は豊かだ。奥深くにはどんな生物が棲息しているかわからない。魔物でも獣でも、その可能性は未知数なのだ。
食物連鎖の視点だと、虫や鼠などの小動物よりは上位の猪やボアであっても、大型の肉食動物の餌食になる立場だ。
山火事で棲息分布が変わったという情報もある。地元の猟師たちが普段目にしないような種族が流れてきている可能性だって、十分考慮できた。
カミーユとビャクヤだって日々鍛えているので、ゴブリンやボアくらいならそうそう後れを取るとは思えないが、平野と違って山林の視野は悪い。ついでに言えば、足場も悪い。騎獣がいるのは有利だが、パーティバランスとしては前衛ばかりに偏っている。
「奥に行きすぎるのは止められているでござるが……」
「ヤバいのが出てきたら、ピコちゃんに全力で逃げてもらうしかないな」
ビャクヤに名前を呼ばれ、ピコはクリっとした目を瞬かせた。
シンから借り受けた魔馬ジュエルホーンのピコ。宝石みたいな角と、光に当たると燃えるようなオレンジ色がかった鹿毛が美しい。性格は温厚でおっとりさん(ただし比較対象は首刈り馬)である。生粋の戦闘魔馬であるデュラハンギャロップのグラスゴーとは違って、カミーユやビャクヤを嫌がらずに乗せてくれる。
「ピコは戦えるでござるか?」
「魔馬やし、普通の馬よりはずっと強いとは思うけどな。ピンキリやろ、なんも言えへんな」
戦える騎獣はありがたい存在だが、アンタッチャブルがすぎるグラスゴーは無理。ティルレインの護衛の騎獣たちは王国の所有物だから、気安くレンタルできない。
そもそもピコもシンからの借りものだから、怪我をさせてはいけない。
そう考えると、二人の選択は自然と慎重になる。奥は少しだけ探索して帰るということにした。
カミーユとビャクヤは、緊張の糸を張り巡らせ、注意深く周囲を観察しながら入っていく。
ある場所を境に、急に猪やボアの形跡が減ってきた。それだけではなく、小動物も見かけなくなり、鳥の囀りすらなくなってくる。生き物の気配が急激に減った。
風が草木を揺らす音と、ピコの足音がやけに耳に響く。
異様だ。
草食動物や小動物が恐れるような生き物のテリトリーに近いのだろう。もしくは、すでに入ってしまったのかもしれない。
警戒から言葉数が少なくなり、ビャクヤとカミーユは軽く目配せを交わす。
(どないする? ヤバいんやないか)
(引き返した方が良さそうでござるな)
カミーユはこくりと頷くと、手綱を引いてピコに引き返すように指示を出す。
だが、そこで灌木の隙間から何かが見えた。妙に気になって、視線が吸い寄せられる。
「ビャクヤ、少し手綱を頼むでござる!」
「え? はぁ? どこ行くんや!?」
ビャクヤが慌てるが、それに構うことなく下馬したカミーユは、灌木の傍へ駆け寄る。屈み込んで鬱蒼とした枝葉をかき分けると、そこにはまだ生々しさの残る骨や牙、毛皮といった部分だけが残った、ボアらしき残骸があった。
食い散らかされた様子からして、肉食動物の仕業なのは間違いない。
カミーユは一度顔を上げ、ビャクヤを呼び寄せて確認させる。
「ラプターベア……よりは小さいな。四足歩行か? 背も低そうや」
食われた残骸と、点々と残る足跡から、ビャクヤが推測する。夏場でも腐敗せずにこれだけ残っているということは、そのボアが死んでからそれほど時間が経っていないのだろう。
仕留めた相手も、まだ近くにいる恐れがある。
それに頷いたカミーユはさっと屈んで、木の枝に絡んでいたものを取った。その顔は険しい。
手には赤とも茶とも言える色合いの獣毛が握られていた。
木陰でこれだけ赤みがあるとわかるのだから、明るい場所だともっと濃い赤かもしれない。
ラプターベアの毛色ではない。ラプターベアであれば、もっと茶や黒が強く出る。
「足形から見て狼系でござるな。大きさはありそうでござる……赤毛ということは、レッドウルフでござるか? この辺りはグリーンウルフやグレイウルフは見かけるでござるが、明らかに違う毛色でござる」
グリーンウルフやグレイウルフはその名の通り、緑や灰色をしている。この近辺では割とポピュラーな狼の種類だ。同じように、赤い毛並みのレッドウルフも存在するが、エルビア近郊ではあまり見ない種類だ。カミーユたちも噂や図鑑でしか知らなかった。
足跡と獣毛の形跡だけでは、明確な種類は判断できない。
「わからんわ。ここはタニキ村の猟師さんや冒険者ギルドに聞いてみた方がええな。地元のマイナー種だったりしたら、お手上げや」
「そうでござるな。とりあえず、この毛は持っていくでござるよ」
ビャクヤもカミーユもある程度の知識はあるが、エキスパートではない。形跡を見つけただけで上出来である。
二人は再びピコに騎乗すると、村へ戻るためにまっすぐ走り出した。
軽快に走るピコだが、その背に乗るカミーユとビャクヤは少し焦りを覚えていた。なんとなく、うなじがチリチリとするような、恐怖とも不快とも焦燥ともつかない感覚がせり上がってきて仕方がなかったのだ。
二人とも漠然とではあるが、ここに長居してはいけないと理解していた。
その時、ピコに並走するように、無数の影が現れた。背はピコの半分もないが、数が多い。どんどん囲まれていくことに、二人は気づいた。
それは、真紅と言っていいほど赤みの強い毛並みの狼だった。ピコとその背に乗る二人を、鋭い視線で睨んでいる。並走しながら低い声で吠え、どんどん仲間を呼び寄せている。
狼の群れは、明らかに餌としてこちらに狙いを定めていた。
「赤い狼……! こいつらがこの辺の主でござるか!」
舌打ち交じりにカミーユが睨み返す。当然、大人しくやられる気はない。
ビャクヤが警告するように声を張り上げる。
「数が多いで! まともにやり合ったら、負けんのはこっちや! 絶対振り切るで!」
明らかに分が悪かった。最初は数匹だったが、今は二十近くいる。
二人が持っている武器は剣とナイフ、そして弓。当然矢には限りがある。百発百中で命中させたとしても、ぎりぎり全滅させられるかどうかだというのに、遠くからさらに近づいてくる狼の声がある。
ビャクヤが矢を番えて射るが、激しく揺れる馬上では狙いが定まらない。
その間にも追手は増える一方だ。
「一匹いたら三十匹いるアレか!」
やけくそに叫ぶビャクヤだが、これで狼が帰ってくれるわけがない。
どんどん敵勢が増えていく中、カミーユは囲まれないように手綱を握るのに精一杯である。
「あああ! シン君とグラスゴーがいたら……!」
完全に泣き言状態のビャクヤを、カミーユが叱咤する。
「そんな仮定は意味ないでござるよ! 当たらなくてもいいから、威嚇射撃を続けるでござる!」
「しとるわ! せやけどドンドン増えるから、どうにもならへんのやああああ!」
ビャクヤの言う通り、刻一刻と状況が悪化していることは、カミーユも感じていた。包囲網はどんどん狭く、分厚くなっている。生々しい息遣い、地面を蹴り上げる複数の足音、枝葉の擦れる音が近づいてくる。猛々しい殺気に肌がひりついて、嫌な汗が背を伝うのがわかった。
その時、ピコがたたらを踏むように足を止めた。突如言うことを聞かなくなったのだ。狼たちのプレッシャーに負けて、戸惑ってしまったのかもしれない。
(こんな時に!)
カミーユの顔が焦りに歪む。ビャクヤは絶望したように真っ青だった。
そして、その好機を狼たちが見逃すはずがない。ピコは足が速い上に持久力もある魔馬なので、二人背に乗せていても狼たちが振り切られる恐れはあった。だが、体力と気力の根競べになる前に負傷させれば、撒かれる可能性はずっと減る。
「走るでござる! 逃げなければ――」
カミーユが必死に指示を飛ばすが、ピコは動かない。恐怖で足がすくんだのか。
焦りがどっと襲ってくる中、恐る恐るビャクヤが口を開いた。
「……なあ、カミーユ」
「なんでござるか!?」
半分喧嘩腰で返すカミーユ。その間にも、狼の包囲網は縮まりつつある。
「ピコちゃんの角、メッチャ光ってん。気のせいか、ごっつうヤバイ気がするんやけど」
ずっと真っ青だったビャクヤの顔に、さらに異様な汗が追加されていた。彼はいつもの食えない笑みを取り繕うのも忘れ、途方に暮れたようにちょいちょいとピコの頭を指さす。
狼に気を取られていたカミーユは、怪訝な顔をしてピコを見る。
ピコの角の先端が煌々と光っていた。
しかも、バチバチと爆ぜるような音を立てて、電撃に似た超圧縮の魔力を周囲に纏わせている。
魔法に疎いカミーユでもわかるほど、濃密なエネルギーが凝結していく。
ピコもまとめて餌だと見做していた狼たちも、その異様な魔力を肌で感じているようだ。つい先ほどまでの威勢のよさが消えうせ、耳を下げて尻尾を情けなく股の間に挟んでいた。へっぴり腰で、向かうか逃げるかと右往左往している。
だが、そんな未知の恐怖に震える狼たちに対して、鹿毛のジュエルホーンは無慈悲だった。円らな瞳をちらりと向けると「えーいっ」とばかりに頭を振って、角に纏わせた魔力を容赦なく放出した。
凄まじい赤い雷撃が狼を打ち据え、木々を薙ぎ倒し、大地を抉る。
シンの家どころか、ハレッシュ宅も含めた敷地全てがすっぽり入るくらいの広さが絨毯爆撃されていた。
その魔力に当たった憐れな犠牲者たちは、全て燃え上がって灰になっていく。
騎乗していた二人は台風の目のように無事だが、その赤い雷撃の閃光は容赦なく目に焼き付いた。
やがて残ったのは、薙ぎ倒されて燻る木々と、抉れた大地、そして狼だったと思しき無数の黒い燃えかすたちである。夏の美しい緑の森が劇的なビフォーアフターである。
ピコは耳を細かく動かし、すっきりしたと言わんばかりにカツカツと軽く地面を蹴った。
顔を引きつらせ、硬直したままのカミーユはなんとか一言絞り出す。
「派手にやったでござるなぁ……」
「ピコさん? ……え? ちょ、ジェノサイドはグラスゴーの専売特許なんじゃ」
震えるビャクヤは、周囲の惨状と、いつも通りにおっとりと目をぱちくりさせるピコを見比べた。
そんな二人を尻目に、ピコは邪魔者は消えたと言わんばかりに、軽快な足取りで村の方角へ走り出す。
ピコは確かに争いを好まないし、戦力的にはグラスゴーよりずっと劣る。
だが、毎日丁寧に世話をされ、しっかりと飼い葉を与えられて、少なくない頻度で高濃縮魔力入りのおやつを貰い続けている。いわば栄養バランス良好+サプリメントまでしっかり充実の食生活。当然、普通のジュエルホーンよりも蓄積魔力が増える。
近くに沸点の低いデュラハンギャロップがいるから気づきにくいだけで、ピコも立派に強力な戦馬に匹敵するのだ。
しかも、今回は背に乗せていたのはロングレンジのアーチャー&メイジタイプのシンではなく、ショートレンジの剣士タイプのカミーユとビャクヤ。
二人には手に負えない状況だと判断し、ピコはさっさと邪魔な狼どもを薙ぎ払ったのだ。
お家ではピコの大好きなご主人様と、ご飯が待っている。纏わりついて追い回す雑魚モンスターなど、相手にしている暇はない。
放心状態のカミーユとビャクヤは、帰り道をちゃんと覚えていたピコに揺られて、無事に家に辿り着いた。
その後、先に戻って夕食の準備をしていたシンは、有り金を全て溶かしたような間抜け面を晒す二人を怪訝に思いながらも、特に突っ込まなかった。
「メシ、できたよ」
今日の夕食はスリープディアーを使ったシュラスコ風の串焼きだった。
弱火でじっくり焼いた肉は余計な油が落ちているし、焦げもなく柔らかいはずだ。そのままかぶりつくもよし、パンに挟むもよしである。シンとしても良い出来栄えだった。
だが珍しいことに、シンの呼びかけにも、二人は反応しなかった。
シンは気にせず食べはじめる。丸まる一本を食べ終え、次はパンと野菜でバーガーっぽく食べようとしたところで、ようやくカミーユとビャクヤがビクンと動いた。
「……うっはああ! 意識が飛んでいたでござる!」
「なんやねんなんやねんあれ! シン君のお供はオーバーキルの攻撃力が標準装備なん!?」
急にスイッチが入ったと思いきや、何故か感情が駄々漏れシャウトが始まる。
シンはそれを冷ややかに見つめ、こぼれ落ちそうになる輪切りのトマトをパンの中に収めつつ、どうやってかぶりつこうかと思案していた。
熟慮の結果、落ちたらその時はその時と、潔くかぶりつくことにした。シンはハムスターのように頬袋をパンパンにしつつ、ギャンギャンとうるさい同級生を眺める。
「シン殿は何を一人で美味しそうな物を食べているでござるか!? 我々の分は!?」
お肉大好きカミーユがさっそく噛みついてくるので、慌てず騒がずキープ分を指さす。
先に食べてはいたが、ちゃんと考えて二人の分は残している。冷めてしまったのならぼんやりしている二人が悪い。
「端っこにある」
シンの示す先――網の端っこにある、いい感じに焼けたお肉たちを見て、カミーユは一気に相好を崩した。むしろ砕けた勢いで満面の笑み。
「いただきまーす! って痛い!?」
串に手を伸ばしたカミーユを容赦なく後ろから強襲したのは、ビャクヤだ。
現実にお帰りなさいしたのは、カミーユだけではない。
何気に全部を取ろうとしていたカミーユを、ビャクヤは容赦なくシバく。
二人とも今日は野山を駆け回り、狼に追い掛け回され、心身共に疲弊してお腹がペコペコなのだ。譲り合いの精神は発揮されなかった。
手を伸ばそうとするカミーユを羽交い締めにしようとするビャクヤと、それを引きはがさんとアイアンクローをするカミーユ。激しい欲望のぶつかり合いである。
それでもシンの肉は狙われないあたり、三人の序列がわかるというものである。
とっても醜い争いに、シンは呆れ顔になる。
「いや、普通に追加で焼けるから」
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