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2巻

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 第一章 王の病気



 1.ゾンダール将軍


 子供の頃、孤児院で暮らしていたオレは、侯爵家に引き取られたあと魔法で洗脳されてしまった。自分の意志を失い、日々奴隷どれいのように養父ゲスニクにこき使われていたオレだったが、神様から謎のギフトを授かったことで人生が一変する。
 その名も『スマホ』。いったいなんの能力があるのかサッパリ分からなかったが、実はSSランクを超えた最強のエクストラランクギフトだったのだ。
 しかし、使えないギフトを授かったということでオレは侯爵家を勘当されてしまう。そして『剣姫けんき』と呼ばれる天才剣士アニスと出会い、ゲスニクの私兵をまとめる軍団長ドラグレスに殺されそうになっていたところを彼女に救われる。
 命拾いしたオレは『スマホ』の力によってグングンと成長し、そしてジーナ、ユフィオ、キスティーという信頼できる仲間を作ることができた。さらに、行方不明となっていたグリムラーゼ王女も救い出し、このアルマカイン王国に危機が迫っていることを知る。
 それを解決するために、オレたちはアルマカイン王都に向かったのだった。


「おおっ、アレがアルマカイン王都か! やっぱでっかいな……!」

 グリムラーゼ王女を助け出した森から馬車で出発して三日目。
 そろそろ夕方という時間に差しかかる頃、前方にどこまでも続く巨大な防壁が見えてきて、馬車を操りながらオレは思わず感嘆かんたんの声を漏らす。
 当たり前だが、王都の広さは辺境のゲスニク領とはケタ違いだ。人口十二万人のゲスニク領に対し、アルマカイン王都にはなんと百五十万人の人々が住んでいる。
 王都内には山や川などの自然も溢れ返り、王都民の食料をまかなうために耕地面積もたっぷりあるとのこと。アルマカイン王国領には、王都やゲスニク領以外にも貴族領や街、農村などが多数存在するが、王国民の半数以上がこの王都で暮らしている。

「着いたのね! あ~王都に来るのも久々だわ」

 オレの声を聞いて、ジーナも馬車から顔を出して外を眺めた。その後ろから、キスティーとグリムラーゼ王女も顔を覗かせている。
 約二日半の馬車旅に、みんな少々お疲れ気味だ。
 走っている馬車は三台。オレの馬車にはジーナ、キスティー、グリムラーゼ王女が乗り、王女の専属護衛であるヒミカさんが御者ぎょしゃを務める馬車には、謀反むほんを起こして捕らえられたラスティオンと配下の騎士四人、そしてユフィオが御者を務める馬車には残りの騎士六人を乗せている。
 ラスティオンたちをここまで連れてきたのは、もちろん王女を襲った罪を王都で裁いてもらうためだ。
 ほどなくして、オレたちは王都に到着した。
 入場門前にめたオレたちの馬車に、六人の門番たちが不思議そうな表情で近付いてくる。

「あ、あの……ヒミカ様ではないですか? 何故御者を務めてらっしゃるのでしょう? それに、ラスティオン様やほかの騎士たちはどちらに?」

 門番はヒミカさんを見て、驚きを隠さずに質問をする。
 王都を出発したときは、ヒミカさんはグリムラーゼ王女と一緒に馬車の中にいたらしいし、それに大勢いたはずの護衛の騎士たちも見当たらない。門番が不思議に思うのも当然だ。

「残念ながら、騎士たちの多くは卑劣ひれつわなによって殺されてしまった。その首謀者は、宮廷魔導士長ラスティオンだ」
「なっ……なんですとっ!?」

 ヒミカさんの発言を聞いて、その場にいた門番たちが驚愕きょうがくの声を上げた。
 その声を聞き付け、奥で待機していたほかの門番たちも続々と入場門に駆けつけてくる。

「このたびの遠出は、ラスティオンがグリムラーゼ王女様を亡き者にするための謀略ぼうりゃくだった。だが、この後ろにいる剣士リューク殿がそれを阻止し、王女様の命を救ってくれたのだ」

 ヒミカさんの紹介を受けて、オレは御者席から門番たちに向けて会釈をした。門番たちはまるで状況が呑み込めない様子で、お互い顔を見合わせてどうすればいいか混乱している。

「ヒ、ヒミカ様、申し訳ありませんがしばしお待ちを!」

 そう告げて一人の門番が馬に乗り、慌ててどこかへと疾走していく。自分たちでは判断しかねるため、上の人に相談しに行ったんだろう。
 やがて門番は、もう一騎の騎馬をともなってこの場に戻ってきた。
 馬上の騎士はドラグレスに負けず劣らずの巨躯きょくなうえ、かなり上質な装備を身に着けていることが遠目にも分かる。
 ひょっとしてあの騎士は……!?

「ゾンダール将軍っ!」

 ヒミカさんがその名を叫んだ。
 やはり、あの騎士がアルマカイン王国最強と言われるゾンダール将軍だったか。その体から漂うオーラはケタ違いで、一目でただ者ではないことが分かる風格だ。
 ゾンダール将軍は門の手前で馬から降り、こちらへ早足で近付いてきた。

「ヒミカ、ラスティオンがグリムラーゼ殿下を襲ったというのはまことか!?」

 ゾンダール将軍は門を出たところで立ち止まり、厳しい視線でヒミカさんを見つめたまま単刀直入に問いかける。

「はい、間違いございません」
「バカな、何故ヤツがそのようなことを……! して、殿下とラスティオンはどうしたのだ?」
「グリムラーゼ王女様は後ろの馬車に、ラスティオンは私のこの馬車の中に捕らえてあります」
「ラスティオンを捕らえた!? あのラスティオンをか!? このワシでも、あやつを生かしたまま捕らえるのは骨が折れるというのに? いや、果たしてワシでも可能かどうか……おぬしがそれを成し遂げたというのか?」

 ヒミカさんの言葉を聞いた将軍が、驚きの表情で言葉を発した。
 とても信じられないといった様子だ。

「いえ、私にはそのような力はありませぬ。後ろにいる剣士リューク殿が、このたびのことを全て解決してくださったのです」
「リューク? ……聞いたことのない名だ。あの男が、ラスティオンを捕らえただと……?」

 ヒミカさんの説明を聞いて、ゾンダール将軍は怪訝けげんそうな目でオレのことを見つめる。
 かなり怪しんでいる感じだ。まあ当然と言えば当然だが。
 オレは無言のまま、軽く会釈をした。

「むぅ、黒髪とは面妖めんような……ヒミカよ、おぬしあの男にたばかられているということはないだろうな? まさか、洗脳されておるようなことは……」
「将軍が疑われるのはもっともですが、私は正気ですのでご安心ください」
「確かに精神汚染されているようには見えぬが、だがしかし……」
「ゾンダール将軍、ヒミカの言うことは本当です」

 ヒミカさんと将軍のやり取りを聞いて、グリムラーゼ王女が馬車の中から出てきた。
 そのあとから、一応姿を見せたほうがいいと思ったのか、ジーナ、キスティーも馬車から降りる。
 最後尾の馬車の御者をしていたユフィオもその場を離れ、ジーナたちと合流したあと、三人揃って将軍や門番たちに会釈をした。

「彼女たちもわたくしを助けるために尽力してくださいました。今わたくしの命があるのは、全てリューク様と彼女たちのおかげなのです」

 王女の説明を聞いて、将軍は右手を口元に当てながら考え込む。
 今聞かされたことが真実なのかどうか見極めようとしている感じだ。
 将軍はオレたちに対して敵意を出しているわけではないが、それでもすさまじい闘気がビンビンと伝わってくる。世界最強クラスの人だからな。
 現在のオレでは、正面から戦ったら多分勝ち目はない。まあこっそり写真に撮ったので、将軍のギフトやスキルをもらったらさらにオレも進化するけど。

「ふぅむ……分かりました。その者たちから邪気は感じられぬし、ヒミカと殿下の言葉を信じましょう。念のため、ラスティオンのことを確認させてもらいます」

 ゾンダール将軍から緊張の気配が消え、その表情もゆるんだ。
 どうやらオレたちのことを信用してくれたらしい。

(ふ~焦った……生きた心地がしなかったぜ)

 ゾンダール将軍のことを忘れていたわけではないが、いきなり対面するとは思ってなかった。
 当然、将軍もラスティオン同様に王女の命を狙う王妃の一派だったらという不安はあったが、今のやり取りを見た感じでは無関係に思える。
 将軍はヒミカさんの馬車に近付き、扉を開けて中を覗き込む。

「ラスティオン、おぬしともあろう男が、恩義ある王族に対し不埒ふらちな真似をくわだてるとは……! 真の目的はなんなのか、あとでじっくり聞かせてもらおう」

 馬車を覗き込んでいたゾンダール将軍は、ラスティオンにきつく一声かけたあと、馬車を離れ元の位置に戻っていく。
 そして乗ってきた馬に騎乗し、馬上から言葉を発した。

「ヒミカ、ワシは忙しいのであとのことは任せる。ではグリムラーゼ殿下、失礼いたします」

 言い終えてから王女に一礼したあと、将軍は走り去っていった。
 国中に激震が走るほどの事件なだけに、果たしてどこまで信用してもらえるか不安だったが、なんとか第一関門をクリアだ。
 一応、王妃の勢力はまだそれほど大きくないらしいので、王女とヒミカさんが説明すれば問題なく信じてもらえるだろうという想定はしていた。
 基本的には、王都にいるほとんどの人が、いきなり現れた冷酷な王妃より幼い頃から知っている王女の味方だ。だから、それほど怪しまれることはないだろうと。
 そもそも王妃の勢力が大きかったら、もっと簡単に王女は暗殺されてるはずだしな。
 無事王都に入ることができて、ホッとするオレたちだった。


 王都内に入り、オレたちは王城に向かって、馬車で大通りを進んでいく。

「どこを見てもすっごい人、人、人だなあ……」

 王城へと続く道はにぎやかな街中を通っていて、夕暮れに赤く染まる繁華街を大勢の人々が慌ただしく行き交っていた。
 みんな生き生きとしていて、ゲスニクの支配する街とは大違いだ。あそこの領民は、ただ生きていくだけで精一杯だからな。
 この王都は、住んでいる王都民だけじゃなく、冒険者の数もケタ違いだ。


 辺境と違って仕事に溢れてるから、ここには周辺からたくさんの冒険者が集まってくる。ゲスニクの街と比べて、数十倍はいるだろう。
 冒険者ギルドも王都内に複数存在し、Sランク冒険者も多数所属しているらしい。
 馬車を走らせながら街を眺めているうちに、ゲスニクの領民を救ってあげたい気持ちが高まってきた。こういう暮らしこそ、人間の本来の姿なんだ。
 だが、侯爵領の領民を解放するなんてそう簡単じゃない。今のオレなら力ずくでゲスニクを倒せるかもしれないが、理由なくそんなことをしたら当然犯罪者になってしまう。
 かといって、王都の上層部に訴えたところで、領地の自治権はゲスニクにある。基本的には外野が口出しするのは難しい。
 それどころか、下手に訴えたら、ゲスニクに逆恨みされて余計悪化してしまうかもしれない。
 グリムラーゼ王女と結婚して権力を手に入れれば、強引に解決することも可能かもしれないが、王女を利用するなんてもちろんできない。
 これはあの領地で生きてきた――ゲスニクの養子として育てられたオレが解決しなくちゃいけない問題と思っている。
 義父だったゲスニクがしている行いなのだから、勘当されたとはいえ元息子のオレも無関係ではいられない。みんなを救うためにも、頑張ってもっともっと力をつけなきゃな。
 今のオレの力だが、ここまで来る道中の戦闘でレベルが1上がって、レベル132になっている。
 もう少しレベルを上げたかったが、移動が最優先だったから、残念ながらあんまり経験値稼ぎができなかった。出会ったモンスターは全部オレが倒したんだが、レベル1上げるのがやっとだった。
 そして、さっきゾンダール将軍を『スマホ』で撮ったので、そのステータスを確認してみると、将軍は戦士系の最強ギフト――SSランクの『戦神せんじん』を持っていた!
 SSランクのギフトは、Sランクギフトを授かった人がどう鍛えても到達できないような強さを持っている。だからこそ、このアルマカインでも最強になれたのだろうが。
 将軍はレベルも157で、所持スキルも軒並のきなみ強力に育っていた。あのドラグレスなんてまるで目じゃない強さだ。
 心から感謝しつつ、そのギフトやスキルをありがたくもらった。
 これでオレは完全にドラグレスを超えただろう。もう絶対に負けないはず。
 ゲスニク領を解放する手は今のところないが、あいつらに対抗できる力があるのは我ながら心強く思う。
 あとはアニスのこと……今までも数週間に一度しか会えないような状態だったが、遠く離れてしまって寂しい気持ちが募る。
 元気にしてるだろうか? なるべく早く王位継承問題を解決して、アニスに会いに行きたい。
 次こそ、ちゃんと告白するんだ!
 色々なことを考えているうちに、馬車は王城に到着した。



 2.病気の正体は?


 王城に到着したあと、ラスティオンたちのことは城兵に引き渡し、オレたちは王女とヒミカさんの案内で城内を進んでいく。
 今回のことについては兵士たちもすでに知らされていて、こちらが説明するまでもなく、ラスティオンたちをどこかへ連れていった。
 ヒミカさんいわく、城の地下に幽閉するとのこと。重罪人用の牢獄があるらしい。
 まあそのあたりのことは任せておけば問題ないだろう。

「うう、さすがに緊張するわね……」

 ジーナの言葉に、ユフィオとキスティーもうなずく。キングウオームに三人だけで挑もうとするほど豪胆な彼女たちでも、王城内を歩くとなると萎縮いしゅくするらしい。
 そのまま通路を歩き続け、オレたちは城内にある中庭に出た。
 目的地は、前方に見えるきらびやかな建物――王様やグリムラーゼ王女が普段暮らしている王宮だ。
 何はさておき、父親である王様に王女の無事を報告したいらしい。病気でせっている王様の具合も心配だしな。
 オレたちは宮殿に入り、豪華な造りの廊下を右に左に曲がりながら進んでいく。
 やがてその最奥さいおうまで来ると、ひときわ立派な扉が見えてきた。

「こちらがグリムラーゼ王女様のお父上、アルマカイン国王クラヴィス陛下の寝室です」

 ヒミカさんの言葉でオレたちの緊張も一気に高まる。
 王様だもんな……部屋に入るのはオレと王女だけだが、失礼がないように充分注意しなくちゃ。
 王女は扉を軽くノックしたあと、部屋の中に向かって声をかける。

「お父様、グリムラーゼです。ただいま戻りました」

 しばしの沈黙のあと、扉が中から開かれた。
 開けてくれたのは王家の執事で、病床の王様に付きっきりで看病しているようだ。
 部屋の中央には国王に相応ふさわしい豪華なベッドが置かれ、そこにげっそりと痩せ細った初老の男性――クラヴィス陛下が横になっていた。
 王女がゆっくりと王様のベッドに近付いていく。

「……お帰りグリムラーゼ。お前が戻るまで生きていることができて、は神に感謝する」
「そんな……お父様、弱気なことをおっしゃらないで!」
「いや、もういつされても余はおかしくないのだ。あとはお前のことだけが心配だったが、もはや思い残すこともない」
「諦めないでお父様、腕の良いお医者様を連れてきましたわ」

 王女の合図に合わせて、オレが前に出る。
 事前の打ち合わせで、オレは医者ということになっている。『スマホ』の能力で、王様の病気を調べるためだ。
 ラスティオンの反逆については、今の王様には精神的負担が大きくなりそうなので、ヒミカさんの提案で内緒にすることにした。もちろん、ほかの人にもこのことは伝えてある。

「ほほう、黒髪とは珍しい先生だ。それにずいぶんお若い」
「このリューク様は素晴らしい名医ですの。遠方からお父様のためにここまで来てくださったのよ」
「グリムラーゼ、余のためにお前が探してくれたのかい?」
「そうですわ。だからお父様もどうか諦めないでください。ではリューク様、よろしくお願いいたします」

 王女に促され、オレは王様のかたわらまで移動する。
 そして症状をるふりをして、こっそりと『スマホ』で撮影した。
 ステータスを見て王様の状態を確認してみると……
 ちょっと待て!? これは……どういうことだ!?

「余の具合はどうでしょう? まだまだ生きられますかな?」

 王様がオレの目を見つめながら、おどけるようにいてきた。
 相当苦しいだろうに、それを感じさせないようなしっかりとした口調で言葉を発している。
 娘のグリムラーゼ王女と同様、強い人だ。

「……もちろんですよ。陛下の病気は私が絶対に治しますので、もう少しだけ頑張ってください」
「おお、若いのになんとも頼もしい先生だ。今まで診てくれた医者は皆気休めしか言わなんだが、こうハッキリ治ると言われては、余も頑張るしかないのう」
「私を信じてくださってありがとうございます。必ずご期待にお応えしますよ」

 そう言って、オレは王様から離れた。
 それを見て、王女もオレと一緒にベッドのそばから移動する。

「では陛下、私は治療薬を作る作業に取りかかりますので、これで失礼いたします」

 オレたちは王様と執事に挨拶をしたあと退室した。


「リューク様、お父様の病気を治せるというのは本当ですか!?」

 王様の寝室を出たところで、グリムラーゼ王女が希望に満ちた表情でオレに訊いてきた。

「……まだ分かりませんが、可能性は充分あります。何より、王様は病気じゃありません。不治の病はオレでも治せませんが、そうでないなら打つ手はあるということです」
「ええっ!? お父様は病気ではないのですか!?」
「リューク殿、それはいったいどういう意味なのですっ!?」

 王女とヒミカさんが驚きの表情で訊いてくる。王様の具合が悪いのは重い病にかかっているためだと思っていたのだから当然だ。
 あらゆる怪我に効くエリクサーでも、病気を治すことはできない。よって治療の手段がなかった。
 だが実際には、『カタラ毒』という未知のものに汚染されていた。検索してみると、それは古代の秘法で製作できる希少な毒らしい。
 病気じゃなくて毒ならば、治療の手段はきっとある。
 ちなみに、検索結果には『化学変化』という言葉で説明が書いてあるが、これが何を意味するのか、オレには詳しいことまでは分からない。この世界では知られていない技術のようだ。
 オレは何から話していいか頭でまとめたあと、ゆっくりと真実を伝える。

「王様は病気ではなく、毒による状態異常です」
「お父様が毒に冒されているですって!?」
「バカなっ! ……いやリューク殿、そんなわけはありません! 体調不良の原因を探るため、陛下のお体は聖属性の魔法で検査済みです!」

 オレの言葉を聞いて、ヒミカさんが反論してきた。
 その気持ちは充分理解できる。大事な国王の体だけに、あらゆる可能性を考え慎重に調べてきたはずだからな。

「王様が冒されている毒は、モンスターなどが持っているような通常のものではありません。自然界には存在しない、人工的に作り出された呪毒じゅどくです。検査で分からなくても無理はないでしょう」
「人工的にっていうと、呪術師が調合で作るようなヤツか!?」

 ユフィオがピンと思い当たったことを訊いてくる。

「まあ、それに近いな。ただ、呪術師のは調合などで効果を強力にしてあっても、元は素材から毒素を抽出したものだから、解毒剤や治療魔法で治すことができる。だが王様の毒は、無毒なものを特殊な調合で有毒に変えているらしい。それも単純に細胞を破壊したり、神経や筋肉に直接作用するようなものじゃなく、複雑な要素によって人体の機能を狂わせ、ゆっくり死に追いやるような性質の毒だ」
「要するに、現存する毒とは違う未知の成分のせいで、王様の体調が悪くなってるってことね?」

 さすがキスティー、勘がいいし理解も早い。

「恐らく、正確に分類するなら、毒とは似て非なるものなんだと思う。だから通常の解毒剤はもちろん、魔法でもエリクサーでも治療は不可能だが、毒の摂取をやめれば、これ以上の体調悪化は止められる」
「それでは、お父様は助かるのですね!」

 と、王女が喜びの声を上げるが……

「いえ、それはまだ分かりません。とりあえず進行を抑えることはできますが、体内から毒素を消さないと、いずれ王様は亡くなってしまうでしょう。ただ、もうしばらくは体調を維持できると思うので、その間に対応する解毒剤を見つければ助かります」

 まだまだ事態が深刻なことを告げると、王女は肩を落として落胆した。
 難しい状況ではあるが、不治の病気というわけじゃないんだ。『スマホ』の力を駆使くしすれば、絶対に光明こうみょうが見えてくるはず。


 色々と考えながら廊下を進んでいると、前方の入り口から王宮に誰かが入ってきた。
 ボリュームのある金髪をアップスタイルにし、豪華な宝飾品と華麗なドレスに身を包んだ女性……アレはまさか!?

「お義母かあ様っ!?」

 グリムラーゼ王女が驚きの声で叫ぶ。
 そう、オレたちの前に現れたのは、王様の後妻メルディナ王妃だった。
 息子のマクスウェル王子はいないようだが、四人の護衛を後ろに従えている。

「グリムラーゼさん、無事お務めご苦労様でした。此度こたびのことは聞きましたわ。魔導士長ラスティオンが謀反を起こしたとか? まったく恥知らずな英雄ですこと」

 王妃はオレたちの目の前で立ち止まり、呆れたような口調でラスティオンのことを罵倒ばとうする。
 無関係を装っているが、この一連の黒幕は王妃だとオレたちは睨んでいる。
 もちろん、ほかに黒幕がいる可能性もあるが、王女や王様が死んで恩恵があるのは王妃とその息子の王子なだけに、一番怪しい存在なのは間違いない。
 早いところ証拠を見つけて王妃の謀略をあばきたいところだが、何せこの国アルマカインのナンバー2の地位にいるからな。安易に疑いの目を向けたら、どんな権力を使ってくるか分からない。
 ラスティオンを尋問すればきっと突破口は見つかるはずだから、それまでの辛抱だ。
 どこかあざけるような眼差まなざしでオレたちを見つめながら、王妃は言葉を続けた。

「でも安心なさってグリムラーゼさん。ラスティオンは今しがた処刑しました。これでもうあなたが狙われることはないでしょう」
「なっ、なんだってーっ!?」

 王妃の言葉を聞いて、オレは思わず叫んでしまった。
 ほかのみんなも、声こそ出さなかったが、驚きの表情を隠せない状態だ。


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