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1巻

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   序章


 しゃらん。小さな鈴が腰元で鳴った。
 私が身にまとっているのは、飾りの鈴と刺繍ししゅうで縁取りされた布。その生地は肌触りがよく光沢もあり、一見して高価なものだとわかるだろう。
 しかし、それは面積が極端に小さく、肌が透けて見えるほど薄くて――

「あら、これも素敵じゃない? ねえ侯爵夫人」
「んまあ! いいわ~。じゃあこれも……あ、これも!」
「はい、ありがとうございます!」

 にっこりと笑みを浮かべて、私は商品を袋に入れていく。
 ここはとある侯爵家の別邸で、今は二人の夫人が私の持ってきた衣類の品定めをしているところだ。自信を持っておすすめできる商品なだけに、められるのはとても気分がいい。
 しかし……目の前にいる彼女たちの姿は……
 広いお屋敷の中のかなり奥まった居室、侍女もいない場所にいる二人の夫人は、裸同然の姿をしていた。つまり、乳房や下腹部のみ、ごくわずかな布で隠されている、あられもない下着姿だ。
 ちなみに、商人という立場の私も、同じ格好をしている。商品を見てもらうには、身に着けたほうがわかりやすいから――そう、私が売っている商品とは下着である。それにこの格好なら武器などを隠し持っていない証拠にもなるしね。
 夫人たちは乙女のように目を輝かせ、下着をながめたり手触りを確かめたりと非常に楽しそう。とはいえ、このような下着姿は、女同士だけれど私も目のやり場に困る。
 なぜなら、この下着は、とある機能に特化しているからだ。

「これで三人目、狙えるかしら」
「ウフフ。よその女にうつつを抜かしてる場合じゃないわよって、これを着て誘ってみるわ」

 ――そう、この下着は……性的な魅力を引き出すためだけの、誘惑下着だった。
 透けて見えるほど薄い布地は、胸の突起とっき部分を否応いやおうなく明らかにする。また丈もかなり短いため、ふわりと揺れるたびにふくらみが垣間見えてしまう。下腹部をおおう布も透けていて小さく、そもそもの用途である〝隠す〟という用をなさず、それどころかコトに及ぶ際、脱がさなくてもいいように絶妙な隙間が開いている。
 うう……早く……早く、服を着たい!
 全裸より、むしろ恥ずかしい。商売だから着ているが、そうでなかったら私は絶対いらない。
 とはいえ、目的のために手段を選んでいる場合ではないのだ。
 私は、ル・ボラン大公国の姫、エリクセラ・ル・ボラン。
 このたび、商人のふりをしてリグロ王国に潜入しています――!



   1


 私がなぜリグロに来たかというと、愛する妹と我が国の危機を救うためにほかならない。
 事の始まりは、二週間前――


 ル・ボラン大公国は、山岳地帯に位置する小さな国だ。
 険しい山々に囲まれ、それに加えて極寒の気候で一年の半分を雪に閉ざされている。
 ほんのわずかなせた平地でいもなどを育て、主な食糧を確保。そのほかは、険しい環境でも育つ山羊やぎを飼うといった形で、かなりつましい生活をしていた。
 周辺の大国と違い、領土も狭く日々の生活も困難なため、私たち家族も国民と共に労働していたが、そこに悲愴感ひそうかんはなく常に笑顔があふれていた。
 貧しいながらも平和で穏やかな日々を送っていた暮らしに転機が訪れたのは、およそ八年前。
 領土の一部から、鉱物が発見されたのだ。
 それはまばゆい光を放つ石――希少価値が高い宝石らしく、たまたま我が国を訪れていた他国の行商人が、一目見るなり飛びついた。
【ル・ボランの星】と名付けられたその宝石は、近隣国の貴族に絶大な人気を博し、今や常時品切れ状態。それでも求める者があとを絶たず、値段も釣り上がる一方だった。
 こうして、貧しかった公国はまたたく間にうるおったのである。
 つい先日も、リグロの隊商がそれを求めてやってきた。夜には彼らとの交流を深めるための晩餐会ばんさんかいがあり、私も滅多めったに着ないドレス姿で参加した。
 そして一団が帰る際には、ルフォード兄様と狩りのついでに見届けた。私たちは王子、姫といえど普通に狩りをするし、木や岩を登るのだってお手のもの。その時も、狩りのついでに下山していく一団の様子を、高い岩場からながめていたのだ。
 山岳地帯に住む者は皆一様に目がいいけれど、私は特にいい。それに足も速く、足音を立てずに走るのも、わけなかった。
 姫としての素養よりも、密偵としての素質のほうがはるかにあるな、と冗談交じりに言われたこともある。
 ――だから、リグロへの潜入も任せてもらえたのかもしれない。


 その日、夕食が終わりお茶を皆で飲んでいた時に、父様が「家族全員、あとで私室に来るように」と言った。それは、大事な話の合図だ。なにかあったのかしら……。なんだか悪い予感がして胸がドキドキと痛くなる。
 お茶を飲み終えた私ははやる気持ちを抑えて、いつもの日課である狩りの支度をしてから父様と母様の私室に向かった。扉をゆっくり開けると、リータ姉様と妹のルティエル以外は皆、揃っている。
 温かな雰囲気の居室は、落ち着いたげ茶色の床板に、この地方特有の美しい模様が入ったカバーが掛けられたソファが置かれている。テーブルは年季の入った飴色あめいろで、長年大事に使ってきたものだ。私が幼い頃は、ここで母様や姉様たちに刺繍ししゅうを習った覚えがある。でも、私は刺繍ししゅうより弓の腕を上達させたくてあまり教わらず、兄様たちに交じって、山をけまわるほうを優先させていた。
 皆は入室した私に気付いてないらしく、額を寄せ合ってなにか真剣な話を続けている。深刻そうな空気におびえながらその輪に近付くと、ミリア母様が私に気付き、声を掛けてくれた。

「あら、エリセ」

 家族は私のことをエリセという愛称で呼ぶ。その母の声を聞いたほかの皆もハッと顔を上げた。

「おおエリセ、遅かったな。寒くはないか? さあ暖炉だんろの傍においで」

 いで、父様にも声をかけられる。父様は若い頃、波打つ銀髪が美しかったらしい……が、今は白髪しらがと見分けがつかないのが残念で仕方がない。

「ここに温かいミルクがあるわよ。リータは来られないから、集まれる者はこれで全員揃ったのね」

 母様は、少し離れた国から嫁いできた。漆黒の髪はル・ボラン出身者にはいないから、かなり珍しい。父様とは、大恋愛の末に結婚した、と風の噂で耳にしたことがある。最後は父様がさらうようにして母様をこの国に連れてきたとか。本当の話かどうかわからないけれど、確かめるのは実の親だけあって気恥ずかしい。
 暖炉だんろの傍に行くと、パチパチとまきぜる音と体をしんから温める炎が私を迎えてくれた。

「母様、ルティエルは?」
「まだ熱がちょっと高いの。でも夕食を少し食べたわ」
「よかった! 食欲が出てきたのね」

 ルティエルは、私の妹。体が弱く、先日のリグロ隊商との晩餐会ばんさんかいにも今日の夕食の席にも出られなかった。それにあまり長い時間、出歩くことはできない。子供を持てるほど体力もないから、おそらくは嫁ぐことなく一生をこの城で過ごすだろう。それは、両親はもとより、この城に住む者すべてが覚悟していた。
 でも悲愴感ひそうかんに包まれているかと言ったらそうでもなく、ルティエルは体調がよければ庭園を散歩するし、城の者と笑い話もする。そんな妹のことが皆大好きで、本人も明るく毎日を過ごしていた。せめて、大病たいびょうせず穏やかに過ごしてほしいな、と心から願う。
 私は、全部で七人きょうだいだ。
 一番上は、兄のエイブラ。二十七歳で次代君主。
 二番目は、姉のリータ、二十五歳。
 三番目は、兄のルフォード、二十四歳。
 四番目と五番目は双子の姉で、リエルコとルエルコ、二十二歳。
 六番目は私、エリクセラ、十八歳。
 そして七番目は、妹のルティエル、十四歳。 
 私とルティエル以外はすでに結婚していて、普段は離れて暮らしている。
 ちなみに、今日この場にいないもう一人の人物、リータ姉様は、三年前に隣国リグロに嫁いだ。お相手は、リグロで三指に入るイヤル商会の後継ぎであるコウロだ。彼はリグロの使節団の一員で、以前晩餐会ばんさんかいを開いた時に、リータ姉様に一目惚ひとめぼれしたらしい。散々口説いてうちの両親も説得し、とうとう姉様はほだされて嫁いだけれど、今では本当に仲睦なかむつまじく暮らしている。先日二人目が生まれたばかりで無理できないため、今日は来られなかったというわけだ。
 四番目と五番目の双子の姉様は揃って妊娠中。国内の若手貴族と結婚したので、私はあまり動けない姉様たちの用事を代わりにこなすこともある。
 そして私も、もうすぐ嫁ぐことになっていた。
 まだ相手も聞いていないけれど、結婚は嫌! と言うつもりはない。私はル・ボラン大公国の姫だし、婚姻によって国の安定をはかる役目がある。すでに結婚している二人の兄と双子の姉も、当然ル・ボランにとって利する相手と一緒になった。それぞれの相手は父様が選んだのだけど、皆、相手と会うなり意気投合。あっという間に愛し愛され、お似合いの夫婦となっていた。だから、父の選んでくれた相手ならきっと大丈夫だと思うし、運命をなげいたりもしない。
 私もいずれ兄姉けいしのように幸せな夫婦になれるのかな……そうなれればいいな……
 あとしばらくしたら、誰かと結婚する。それを思うと、なんだか胸の奥がこそばゆい。

「父上、そろそろお話を?」

 じっとうつむいていた父様に、エイブラ兄様が切り出した。
 身重みおもな姉様たちを連れ戻してまで話したいこととはなんだろう。疑問の視線を投げかけると、父様は顔を曇らせる。

「実は……実は、非常に言いにくいことなのだが……レイモンから――ル・ボランの星の採掘権さいくつけんを差し出し一番下の娘をレイモンの三番目の息子に嫁がせろ、という内容の書簡が届いた」
「えっ!」
「嘘!」

 ぎゅうっと胸が締め付けられる。

「……レイモンめ、なんということを」

 口々に驚きの声を上げる兄弟きょうだいたち。ぎり、と誰かがきつく歯をみしめる音がした。
 我が国に隣接するレイモン国の歴史はまだ浅く、一説によると各国を追われた犯罪者が、まるでおりが溜まるように集まる国だと言われている。常に周辺国といさかいが絶えず、評判は大変よろしくない。とても危険な国だ。
 我が国はレイモンとリグロ王国、カジャ、トゥーケイの四国に隣接しているのだけど、リグロをはじめとする三国が友好的な分、レイモンとの関係の悪さが際立って感じられる。
 特にリグロはうちのような小国に対しても正当な代金での取り引きをおこなってくれるし、対応も誠実だ。その一因に、姉のリータの存在があるだろう。イヤル商会の長男、コウロはリグロ王国の王子と懇意こんいにしているらしい。
 リグロ王国はこの大陸最大の国である。そんなリグロの国境付近の町や村に対してレイモンは襲撃を繰り返しており、いずれ大きな戦争になるのではないか、と噂が流れていた。
 もしそうなった時、我が国はどう舵取かじとりをしていくべきか、父様や兄様たちは連日夜遅くまで話し合っている。
 けれど、まさか我が国にそんな要求をつきつけるとは……
 暖炉だんろの熱で暖かいはずの室内が急に寒くなった気がして、私はぎゅっと自分の体を抱きしめた。

「父上、それがレイモンの使者が届けたふみですね」
「ああ、そうだ。我が国が条件を呑まなければ、雪解けの節目であるリヤイの日に、最大勢力をもって攻め入ると書かれていた……それに、交渉には一切応じない、とも」

 エイブラ兄様の声に力なく答える父様は、がっくりと肩を落として目をせる。
 ここル・ボラン大公国は、父様からさかのぼって五代前の時代に、小規模な戦争が起きた。だけどそれ以外は、国内の小さなめ事――弓で山鳥を落としたら、相手の土地に入ってしまった。でも返してくれない、なんとかしてくれ――程度しか聞かない。
 本当に平穏な……というか、非常にのんきな暮らしをしていた私たち。
 要塞ようさいのような険しい山々に囲まれているといえども、雪という天然の城壁のない時期に、数に物を言わせて攻め込まれたら、とてもじゃないけれど持ちこたえられないだろう。
 我が国唯一ゆいいつの財源であるル・ボランの星を採掘さいくつし尽くされたら、国民たちにもまた貧しい生活をいることになってしまう。
 それに一番下の娘、つまりルティエルは若いし、なによりこの国一番の美少女である。レイモンの奴らは、どこかでその噂を聞きつけて、このようなふみをよこしてきたのだろうと、私は考えた。
 攻め入られれば、国民を路頭に迷わせることになる。しかし要求を呑むこともできず、父様は頭を抱えた。
 そんな父様に寄り添う母様と二人の兄様は、床を見て溜息を吐く。
 双子の姉も、顔を見合わせながら不安そうにお腹をでていた。
 なにかいい方法はないものか……。いや、こうなった以上、元通りではいられない。それならなにか、まだマシな方法がないものか――国民の生活を守るため、みすみすと採掘権さいくつけんを渡すわけにはいかない。とはいえ両方の要求を突っぱねたら反発されるのは目に見えている。ここは片方の条件を呑み、もう一方は譲歩じょうほしてもらえるよう掛け合うのが最良の策のように思う。でも、体の弱い妹を嫁がせることも絶対にできない。となれば……
 私は、ぐるりと皆を見まわし、からからにかわいた喉へ無理矢理唾を流し込んだ。

「――あの、さ」

 声がふるえていたので、咳払せきばらいし、腹に力を込めてさっきより大きな声を出す。

「それ、私じゃダメかな」

 全員の視線が自分に集まる。その迫力に気圧けおされながらも、私は背筋を伸ばした。

「エリセ……? なにを言っているんだ」
「私がルティエルの代わりに、嫁ぐ」
「馬鹿を言うんじゃない。お前も私の大事な娘だ。軽く考えるな」
「そうよエリセ。だいたいあなた、結婚を控えているじゃない」
「だって父様も母様もわかってるでしょ? ルティエルは体が弱くてこの城から出るわけにはいかない。でも私なら、どんな境遇に追いやられても耐えられる」

 大事な妹を、そして大好きなこの国を守りたい。その一心で名乗り出た。

「エリセ! 簡単なことじゃないんだぞ。外交問題へ気軽に首を突っ込むな。俺たちが回避する方法を考えるから、大人しくしていろ」

 ルフォード兄様は私に詰め寄る。だけど私はそれをものともせず、言い返す。

「私にどうこうできることじゃないっていうのはわかってる! でも、国民も妹も私の大切な家族……役に立ちたいの!」
「わかってるなら黙っていろよ! 感情だけでものを言うな」
「その言葉、そっくりそのまま兄様に返すわ!」

 今回のことは、大事な国民と妹の危機であり、そんな時にじっとしていられるわけがない。誰になにを言われても、絶対に引かない覚悟だった。

「……二人とも落ち着け」

 一番上のエイブラ兄様が止めに入る。血気盛んで筋肉馬鹿なルフォード兄様とは対照的に、エイブラ兄様は冷静沈着な頭脳派だ。その次期君主は、苦悩する父様と身代わりになる気満々な私を交互に見て、いつものゆっくりした口調で話す。

「父上、まず……返答まで、まだ期限がありますよね」
「三ヶ月だ。雪解けの節目である、三ヶ月後が期限だとレイモンは言っている」
「……いいだろう、俺様が相手だ、かかって来い!」
「ちょっと、ルフォード兄様!」

 熱くなりやすいルフォード兄様は、自慢の腕力を発揮したくて仕方がないようだ。普段、大きな岩を運んだりしているせいか、無駄に筋肉が発達している。ルフォード兄様は、うおおお、と叫んでいるが、皆慣れたもので、涼しい顔をして耳をふさいだ。

「エリセは……身体能力が高いですよね」
「え? ……はい」

 ルフォード兄様を放置し、エイブラ兄様が淡々と話を続ける。突然話を振られた私は、目をぱちくりとしばたたいた。

「それに、一度言い出したら聞かない性格だ。放っておいたら輿入こしいれに向かう馬車に、ルティエルの代わりに勝手に乗り込みそうなくらい」

 バ、バレてる……!? たとえ申し出が受け入れられなくても、力業ちからわざでどうにかしようと考えていた。
 それに、三ヶ月という期限の間、ただ時が来るのを待っているつもりはない。
 とにかく、私もなにか役に立ちたい――その思いを込めてエイブラ兄様を見つめる。
 エイブラ兄様はあごに手をやり、しばらく目をせ考え込む。そして、顔を上げると父様に目配せし、なにやらうなずき合っている。

「父上、我が国はもはや独立国家として立ち行かないでしょう。ですが、このままレイモンに乗っ取られるわけにはいきません。でしたら、いっそこちらから近隣諸国……レイモンではない別の国に併合を持ちかけるのはどうでしょうか」

 エイブラ兄様の提案に、皆がハッと顔を上げた。レイモンに侵略されるくらいなら、平和的に受け入れてくれる国に併合してもらったほうがよっぽどいい。

「だけど、その相手はどこだ? リグロか、北に位置するカジャ、もしくは西のトゥーケイか?」

 ルフォード兄様が身を乗り出して言うと、エイブラ兄様はうなずいた。

「レイモンに言い渡された期限は三ヶ月後。三ヶ月しかない、と思えば短いですが、使える時間がまだそれだけあるというとらえ方もできます。そこで、私がカジャ、ルフォードがトゥーケイ、そして……エリクセラをリグロに向かわせるのはいかがでしょうか。その中で……よりよい条件で併合を受け入れてくれる国を見定めたいと思います。国の規模からいってリグロが受け入れてくれるとなれば、それで決まりでしょう」
「私がリグロに行けばいいのね? わかったわ。エイブラ兄様ありがとう!」
「ちょっと、待ちなさいよエイブラ兄様! エリセにそんな危険なことさせるつもり? そうよね、ルエルコ!」
「リエルコの言うとおりよ。嫁入り前の娘がそんな……得るものよりも失うもののほうが大きいわ」

 同じ顔をした二人に詰め寄られるが、エイブラ兄様は反論した。

「私には考えがあるんだ。心配かもしれないが、ここは私に従ってエリセをリグロに行かせてほしい」

 エイブラ兄様の思惑おもわくはわからない。けれど、私も国民と妹のためになにかしたい。だからエイブラ兄様の考えに乗るに決まっている。
 我が国を、平たく言えば身売りとなるが、できるだけ好条件で受け入れてくれる先を探す。今の我が国には、ル・ボランの星という資源があり、望みはあるはずだ。
 ル・ボラン大公国は、平和で皆が手を取り合って仲良く暮らす、僻地へきちの小さな国――
 父様は、常々私たちに『皆が幸せになれるように、私たちは国を治めているんだからな』と口を酸っぱくして言っていた。畑仕事を国民と一緒にやり、笑い合う。まるで国全体が家族のような関係で、温かな雰囲気に包まれている。
 皆がこれからも笑って暮らせるように、大事な妹のルティエルを守るために……


「……父様。私を、リグロに行かせてください!」



   2


『一番下の娘をもらう』とレイモンから通達があったのは、つい二週間前。
 その後、私はリグロに行くことになった。母様、姉様たちは最初、反対していたけれど、エイブラ兄様が皆をうまく説得してくれたようで、ルフォード兄様と三人で手分けして、隣接する三国へと旅立った。私はリグロにおもむき、父様から預かった書簡を渡す任務を仰せつかっている。
 私は、靴底に隠した書簡を思い浮かべた。

『これを……リグロのウィベルダッド王子に渡してくれ』

 そう言って、父様が私に託したのだ。蜜蝋みつろうで封をされているため内容はわからないけれど、国の併合と、国民の命を最優先にしたいむねが書かれているのだろう。
 託された時の父様の真剣なまなざしを思い出す。無茶はするなと言われているけれど、絶対に任務を完遂かんすいしようと気合いを入れた。
 国力の差からいって、話を聞いてもらえるかはわからなかったので、商人のふりをして潜入し、王城に近付こうと考えた。
 最初はコウロを頼って、仲が良いとされている王子に直接渡りをつけてもらおうと考えていた。しかし、ちょうどトゥーケイ国へ買い付けに行っていて不在という間の悪さ。だからといって産後間もない姉に頼んでなにかあってはいけないし、さらに別の人を紹介……というのは、国の大事な秘密を守るため避けたかった。
 コウロは近日中に戻るらしいけれど、それまでなにもせずにはいられない。だから自力でなんとかすると決め、王城に出入りのある貴族たちに取り入ろうと思いついた。彼らが飛びつきそうなものを用意して近付く、という算段である。
 平和に飽いている女性たちの関心事といったら、噂話と流行と――ねやでの秘め事に関するもの。
 我が国にはそれに最適なものがある。それは、ル・ボランの星をあしらった誘惑下着だ。双子の姉様たちに手伝ってもらい、国を出立しゅったつする直前まで何十枚もの下着を作った。


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