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1巻
1-1
しおりを挟む第一章 どん底からの逆転
1.授かったのはバツランク?
「バッカもーん!」
怒鳴り声とともに、父上の強烈な右フックがオレの左ほほにガツンと決まり、オレはそのまま三メートルほど吹っ飛ばされる。
父上は現在五十歳。髪はだいぶ薄くなり、お腹もでっぷりと肉がついているが、腰の入ったなかなかいいパンチだった。
「ち、父上っ、何故殴るのですかっ!? 史上初の『Xランク』ギフトを授かったのですよ!?」
オレは殴られた理由が分からず、父上につい抗議してしまう。
オレが口答えするなんて初めてかもしれない。
「Xランクなどというものがあるかっ! それはどうせ、どうしようもなくダメという意味の『バツランク』だ!」
「えええっ、そんなっ!?」
確かにバツランクとも読めるけど、ほかのランクがアルファベット読みなら、Xもエックスと読むのが普通では!? いや『バツ』でも『エックス』でも史上初ということには違いないけど。
本日十八歳となったオレは、神様から『ギフト』を授かる神聖な儀式を受けに教会へ行ってきた。体に『聖紋』が浮かび上がったからだ。
ギフトとは一人一つだけ持つことができる特別な能力だ。そのため、いつでも授かれるわけじゃなく、それを受け取る準備が体にも必要らしい。
この聖紋が準備の整ったサインなのである。
ただ、早ければ十三歳で出現する聖紋が、何故かオレはこの歳になるまで出なかった。
同年代の中でもオレがぶっちぎりで遅く、父上も心配……というかもはや呆れ果てて、最近では完全に見放されている状態だった。
そして今朝、待ち焦がれていた聖紋がようやく浮かび上がったので、オレは喜び勇んで儀式を受けに行ってきたのだ。
ギフトは才能みたいなものだから、良いギフトを授かれば、それだけ順調に成長していくことができる。
とはいえ、たとえ低ランクのギフトを授かっても、努力次第では上位ギフトに負けないほど能力が伸びることもある。
ただ、それでも限界があって、良いギフトを授かった人が同じように努力したら、結局のところ低ランクでは勝てないだろう。
ギフトのランクは通常、下は『F』から上は『S』までだが、ごくまれに『SSランク』という飛び抜けた才能が出ることもあるらしい。
まあそんなものを授かれるのは世界でも数年に一人いるかどうかだが、誰もが素晴らしいギフトを夢見て儀式に臨んでいる。
オレも期待に胸を膨らませながら儀式を受けてみると、授かったのは誰も聞いたことがない謎のギフトだった。
その名も『スマホ』。
ギフトの一部には特殊な能力を持ったもの――ユニークギフトと呼ばれるものがあり、この『スマホ』はまぎれもなくそのユニークギフトだ。
ユニークギフトは優秀なものが多く、さらに『スマホ』は史上初のXランク。これで父上の期待に応えられると歓喜したのだが……
「リューク、もう一度その『スマホ』というヤツを見せてみろ」
「は、はい父上……」
ギフトを発動すると、オレの手のひらに光る板が浮かび上がる。
「……で、それはどんな能力が使えるのだ?」
「さあ? サッパリ分かりません」
「この役立たずめがあっ!」
今度はオレの顎に、強烈なアッパーカットが決まった。
今まで殴られたことがなかったので、こんなに痛いものなのかとビックリする。
オレは三メートルほど打ち上げられ、天井に髪をかすめたあと落下した。
「黒髪の子はとてつもないギフトを授かるという言い伝えがあるから、わざわざお前を孤児院から引き取ってきたのだ。それがただの無能だったとは! 最低でもAランクの『剣鬼』、できればSランクの『剣聖』、あわよくばSSランクの『剣神』まで期待しておったのに……!」
そう、オレは幼い頃親に捨てられていて、孤児院に入れられた。
そこを侯爵である父上ゲスニク・ハイゼンバーグに引き取られ、今まで大切に育ててもらってきた。
それなのに、オレは父上の期待を裏切ってしまったのだ。父上にどうお詫びしていいか分からない。
「お前は史上初のダメギフトを授かったのだ! お前などもうワシの息子ではない。今この場で絶縁してやる。荷物をまとめてとっとと家を出ていけ」
「そ、そんな、父上……」
「はよう目の前から去れ! でないと、殺すぞ!」
オレは父上に勘当されて、絶望に打ちひしがれる。
こんなことになっては、もうオレは生きていけない……
…………ん? そういえば『アッパーカット』ってなんだ? さっき殴られたときも『右フック』って単語が勝手に頭に浮かんできたが、そんな言葉聞いたことないぞ?
何故かオレに、不思議な感覚が湧き上がってきた。
なんというか、急激に頭の回転が速くなるような……
ちょっと待て、強烈なパンチを喰らったことでなんか色々と思い出してきた。
深く沈められていた記憶がゆっくり浮上し、眠っていた自我が一気に目覚めていく感覚。
…………そうだ、オレは異世界に転生したんだった!
さっき頭に浮かんだアッパーカットやフックという言葉は、転生前の世界……そう、『地球』にあったものだ。
突如としてとんでもない事実を思い出し、オレの全身に衝撃が走る。
地球で死んだあと神様と会って、そこでなんとなく謝られたような記憶もあるんだけど、そこはイマイチよく思い出せない。
とにかく、オレは元地球人で、この異世界で第二の人生を歩んでるところだったんだ!
子供の頃のことも思い出してきたぞ。
オレは孤児院で結構幸せに暮らしていたのに、父上……いやこのゲスニクという男に十年前無理やり引き取られたんだ!
そして何かの魔法で記憶を奪われ、オレは都合のいいように洗脳された。
自分の意思を消されてしまったオレは、侯爵の息子という立場でありながら、炊事・洗濯・掃除などの日々の雑用を朝から晩までやらされていた。
食事も残飯みたいなものしか与えられなかったっけ。
寝る場所も倉庫のような汚いところだ。その上、睡眠時間はロクになかった。
それでも洗脳されていたオレは、毎日文句も言わずに働いていた。それが当然と思い込まされていたからだ。
そうだ、オレはここで奴隷以下の扱いを受けていたんだ! 過労死しなかったのが不思議なくらいのな。
記憶が戻ったら、一気に日頃の疲れが出てきたぞ!
「何度も言わせるな。お前はもうワシの息子でもなんでもない。早く消えろ」
コイツめえええええええっ、よくも今までオレを騙してたな!?
言われなくてもすぐに出ていってやるぜ!
「父上、今までお世話になりました!」
一応ここまで育ててもらったお礼を言って、オレは父……いやゲスニクの部屋を出る。
誕生日に勘当されるなんて普通なら不幸だろうけど、ずっと虐げられてきたオレにとっては最高のプレゼントだ。
まさしく今日は記念すべき自由への門出なんだ!
オレは自分の部屋に行き、荷物をまとめる。といっても、私物なんてロクに持ってないから、すぐにその作業は終わったが。
屋敷から出ていこうとすると、廊下で警備兵たちと会った。
「おやおやダメ坊っちゃん。聞きましたよ、クズギフトを授かっちゃったんですってねえ」
「おいおい、もうコイツは坊っちゃんじゃねえぜ。ゲスニク様に縁を切られたんだからな」
「お前なんて、すぐに野垂れ死にしちまうだろうぜ、ギャハハハ」
オレが勘当されたことはすでに屋敷中の人間が知っているようで、誰と会ってもバカにした態度を取られた。
ああ、これも全部思い出したよ。この屋敷の連中は、全員オレのことを人間扱いしてくれなかったな。嫌なことはなんでもオレにやらせていたっけ。
ゲスニクは力のある侯爵だから、私兵を二千人以上抱えているが、そいつらは全員元山賊だ。この屋敷の警備も当然そいつらにやらせている。
これは、あちこちの地方を荒らしていた巨大山賊団のボスを金で手なずけたのが理由なのだが、山賊たちとしても侯爵の私兵という立場を隠れ蓑にしていれば討伐される心配はない。
ゲスニクのおかげで美味い汁は吸えるし、ゲスニクとしてもモラルのない手下は逆に使いやすい。
お互いの利害が一致したというわけだ。
この山賊たちによる力ずくの統治で、領民は奴隷のような扱いを受けている。かといって、領地から逃げるのも難しい。
モンスターなどの外敵から守るため、この街は高い防壁で囲まれているのだが、その出入り口である通行門を監視されているからだ。
オレは侯爵家から解放されたが、この領地にいる以上、あまり暮らしは変わらないかもな。
それでも自由に生きられるのは、オレにとって何にも代えられない宝だ。
もしも有能なギフトを授かっていたら、ずっと洗脳されたまま一生ゲスニクの奴隷だったかもしれない。
場合によっては、自分の意思とは無関係に、オレも領民たちを迫害していた可能性すらあった。
それを避けることができたんだ。この『スマホ』っていうギフトを授けてくれた神様に感謝しなくちゃな。
それにしても、『スマホ』っていったいなんなんだ? なんとなく知っている気はするんだが、イマイチ思い出せない。
改めてもう一度発動してみるが、この手のひらサイズの板がなんの役に立つんだろう?
……まあいい。消されていた記憶と同じで、きっとおいおい思い出すだろう。
仮になんの役にも立たなくても、自分の力で生きていくだけだ。
屋敷でコキ使われてたことを思えば、どんな未来でもマシなのだから。
2.美少女剣士との出会い
街に出て仕事を探してみたが、オレを雇ってくれるところはなかった。
一応オレは侯爵家の息子だったので、みんなオレの顔くらいは知ってる。
家を追い出されたことまではまだ知られてないが、あのゲスニクの息子なんて、雇えば何に巻き込まれるか分かったもんじゃない。
トラブルを抱えたくないのは当然だ。誰も恨むことなんてできない。
仕方なく、オレは冒険者ギルドに行ってみた。
こんな独裁政治の侯爵領でも冒険者は集まってくるため、管轄のギルドは存在している。
そもそもこの領地で行われていることについては、冒険者たちは詳しく知らないだろう。
ゲスニクは圧政を悟られないように、上手く領民たちを支配している。仮に知られたとしても、街の冒険者が侯爵のやることに口を出すのは難しいが。
よって、冒険者たちは普通にギルドで依頼を受注し、達成して報酬を受け取る活動をしていた。
オレに冒険者が務まるかは分からないが、ほかに仕事がない以上、頑張ってみるしかない。
オレは身長百七十五センチ、どちらかと言えばやせ形で、あまり冒険者に向いている体格ではないだろう。
そもそも冒険者とは、それに適したギフトを授かった人がなるものだ。そういう能力を持ってない人が目指すような職業じゃない。
せめて剣術などの稽古をしていれば良かったが、ひたすら雑用しかしてこなかったので剣を握ったこともない。当然魔法も一切使えない。
ま、習うより慣れよだ。
でかくて重い扉を開けて中に入ると、ここの領民とは全然別の種類の人間たちがそこにいた。
みんなギラギラとして、精力が溢れている感じだ。
こえー……やっぱモンスターとかと戦うような奴らは、腕っぷしも強そうだな。
少しビビりながら受付に行くと、二十代半ばの女性がカウンター越しに迎えてくれた。
「見かけないお顔ですが、この街の方ですか?」
「はい。冒険者になりたいんですけど、どうすればいいですか?」
「ここの領民の方が登録にいらっしゃるなんて珍しいですね。今手続きをしますので、少々お待ちください」
ギルドの職員は他所から派遣されているので、ここの領民じゃない。だからオレの顔も知らなかったようだ。
恐らく、ここにいる冒険者たちも、オレのことは知らないだろう。
ただし、ギルド長……確かフォーレントって名前だったか。あいつだけは別だ。
オレは洗脳されていたが、ゲスニクの屋敷で二人が会っていたところを覚えている。
どんな利権が絡んでいるか分からないが、恐らくゲスニクと付き合うことで美味い汁を吸っているに違いない。
オレのことに気付かれないよう注意しなくちゃな。
受付嬢の指示通りに手続きをして、冒険者となった証のカードを受け取る。冒険者の活動はこれに自動的に記録され、そして身分証にも使える便利なものだ。
これまでゲスニクの奴隷だったオレは、自分の存在が認められたようで嬉しくなった。
冒険者カードは本人の個人情報とリンクしていて、オレのステータスも確認することができる。
現在のオレのステータスはこんな感じだ。
【 名前 】 リューク
【レベル】 1
【 HP 】 25/25
【 MP 】 12/12
【 筋力 】 4
【素早さ】 3
【器用さ】 3
【耐久力】 5
【 知力 】 3
【 魔力 】 3
【異常耐性】 1
【魔法耐性】 2
【 幸運 】 1
他人のステータスがどの程度なのか知らないけど、多分この数値はいい部類じゃないだろうな。
まあ頑張ってレベルを上げるしかない。
本人の資質によって、初期ステータスの数値や能力の伸びは変わってくるけど、スタートはみんなレベル1からだ。ここからモンスターを倒して経験値を獲得することでレベルが上がっていく。
そして冒険者のランクも、仕事をこなし、自身のレベルを上げていくことで昇級していく。
最初はみんなFランクからで、一般的な最上位はSランクとなる。
ただ、Sランクを超えたSSランク冒険者もごく少数いるらしく、このあたりはギフトのランクと同じような感じだ。
冒険者になったばかりのオレは当然Fランクで、初心者を示す白いプレートが渡された。
これを胸に付けることで、見た目ですぐランクが分かるようになっている。
注意事項などの説明も聞き、無事登録が終わったので、オレは受付をあとにした。
すると、ちょうど入れ替わりに、受付に向かっていく女性冒険者とすれ違う。
うおっ、なんて綺麗な人なんだ! こんな美人が冒険者なんてやってるのか!?
美人というより、美少女という言葉のほうが適切かもしれない。何故なら、まだ十七、八歳くらいに見えるからだ。
彼女の身長は百六十三センチくらいで、淡い赤色の髪を腰まで伸ばしている。
淡い赤というか桃色というか……そういや転生する前は、こういう色を『朱鷺色』とか言ったっけ?
そしてその少女は、剣士としての装備一式を身にまとっている。見た目通りに受けとれば、彼女は剣士だろう。
こんな少女が剣士……それもSランクだ。
何故分かるかというと、胸に付けているランクプレートの色が、Sランクの証である金だからだ。
そういえば、最年少でSランクになったという剣術の天才少女が、領内に来ているって噂を聞いたことがあった。
オレは屋敷の雑用で手一杯だったから詳しく知らないけど、確か『剣姫』という二つ名で呼ばれている………………
「アニス・メイナード!」
いけねっ、思い出したとたん、うっかり声に出しちまった!
オレの声を聞いて、彼女がこっちを振り返る。
「わたしを知っているの?」
やっぱり剣姫本人だ。まずいな、オレ完全に不審者じゃん!
とにかく、いきなり名前を呼んじまったことを謝らないと。
「あ、あの……はい、有名ですから。初対面なのにいきなり呼んでしまってスミマセン。つい……」
「別にいい。気にしてないわ」
そう言うと、彼女――アニス・メイナードは無表情のまま、オレなど最初からいなかったかのように受付に行ってしまった。
可愛い顔をしているけど、ちょっとぶっきらぼうというか、凄くマイペースな感じだな。
しかし、本当に綺麗な子だ。
確かオレと同い歳の十八歳だったはずで、それでもうこれほどの名声を得ているんだから大したもんだ。
いつか仲良くなりたいところだけど、オレじゃ無理だよなあ……
アニスの美しさにボーッと惚けていると、いきなりガツンと後ろから首を掴まれた。
な、なんだ!?
「おい小僧、気安くアニスに話しかけてるんじゃねえよ」
オレは首根っこを掴まれたまま持ち上げられ、無理やり後ろを振り向かされる。
そこにいたのは、凶悪な顔をした身長二メートルくらいの大男だった。その後ろには、同じくガラの悪そうな男たちが三人立っている。
大男はオレの首を掴んだまま言葉を続ける。
「アニスは、おめえのようなゴミが近付いていい女じゃねえんだ」
「あ、あの、あなたたちは誰なんですか?」
「このバーダン様を知らねえのか? オレたちゃアニスと一緒に仕事してんだよ」
ええっ、剣姫アニスはこんなヤツらとチームを組んでるの!?
いや、誰と組もうと自由だろうけど、なんとなくガッカリしちゃう気が……
「いいか、二度とアニスに近付くなよ。一緒にいるところ見つけたらぶっ殺すからな! 分かったか!?」
「は、はい、分かりまひた……」
ぐ、ぐるじい、首が折れる……
「分かったらとっとと消えろ!」
オレはそのまま投げられ、背中から床に落ちた。
衝撃でしばらく呼吸ができず、思わず咳き込んでしまう。
「ふん、ゴミが!」
「ギャハハハ」
バーダンとその仲間たちは笑いながら去っていった。
そういえば、最近この近くに新しい迷宮が見つかったとのことで、それを攻略しに、近隣から冒険者たちが集まってるって噂を聞いたっけ。アニスたちもそれが目的で来ているのかもしれないな。
新米冒険者は洗礼として色々と嫌がらせを受けるらしいし、何かに巻き込まれないよう気を付けることにしよう。
とりあえず、冒険者として依頼を探す前に、まずは装備を整えないと。
手持ちの金はほとんどないから、いらない荷物を売って元手を作ろう。
オレは冒険者ギルド二階にある、装備や道具関係全般を取り扱っている総合アイテムショップに向かった。
☆
「おいおい、こんなガラクタ持ってこられても鉄貨三枚がやっとだぞ」
「ええっ!?」
坊主頭の四十代くらいの店主が、迷惑そうな顔をしながら買い取り価格をオレに告げる。
オレはありったけの荷物を査定してもらったのだが、結果は雀の涙だった。
鉄貨一枚の価値はパンが一つ買える程度。それが三枚あったところで、何一つ買える装備などなかった。
「初心者じゃまだ冒険者世界の常識が分からねえかもしれねえが、ここはガラクタの処分場じゃねえんだ。ちゃんと使えるものを持ってこい!」
うーん、仰る通りで……
とはいえ、あのゲスニクから与えられたのはロクでもないものばかりだ。
これ以外に売る品などない。まさか着ている服を売るわけにもいかないし。
……いや、いざとなれば服を売って……
「あー言っておくが、お前のその服も価値ねえからな。そんなボロ服、誰が着るってんだ」
オレの心を読んだかのように、服の買い取りも拒否される。
ですよねー……はあ、こりゃいったいどうすりゃいいんだ。
オレは買い取り代の鉄貨三枚を受け取り、店をあとにした。
☆
夕方。
小腹が空いたので、さっきの鉄貨でパンを買い、それをかじりながら街を歩く。
現在の所持金は、銅貨一枚と鉄貨二枚。
銅貨一枚で鉄貨十枚分の価値だが、この程度じゃ安宿にも泊まれない。こんなことでオレは生きていけるのか?
途方に暮れながらトボトボと歩いていると、どこからか怒鳴り声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声だ。恐らく何かのトラブルが起こっている。
オレは声の聞こえてくるほうへ急ぐ。
少し先の通りに出てみると、そこには大人の男と女が一人ずつと、七~八歳くらいの少年がいた。少年は大人たちに激しく怒られているようで、恐怖の表情を浮かべたまま声も出せずに立ち尽くしている。
大人の二人はオレがよく知っているヤツだ。
男のほうは、あのゲスニクの私兵をまとめている軍団長ドラグレス。身長は百八十五センチほどで、筋骨隆々とした凄腕の剣士だ。
つまりゲスニクの右腕的存在で、元は大勢の山賊たちをまとめていたボス――山賊王だった。
その強さはSランク冒険者以上と言われていて、ゲスニクがあれほど無茶な独裁者でいられるのもコイツの力が大きい。
その横にいる妖艶な女性はゼナ。二十代半ばでありながら魔導士としてSランクレベルの力を持っていて、ゲスニク軍団の副長を務めている。
そしてドラグレスの女でもある。
その二人が、子供相手に大声で凄んでいたのだ。
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