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5巻
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しおりを挟むプロローグ
ある日、社畜が異世界転移を果たした。
テイラン王国という大変性根の腐ったお国が、戦力にするために異世界から勇者を召喚した際に、巻き込まれたのだ。
しかしその社畜は、テイラン王国の望む能力を持っていなかったので、すぐさま城を叩き出された。
社畜の名前は相良真一。彼はシンと名を改め、異世界生活を始める。
体は縮み少年の姿になったが、女神フォルミアルカから貰った『ギフト』や『加護』のおかげでなんとかこの世界に馴染んだ彼は、テイラン王国を脱出し、隣のティンパイン王国に逃げた。
そして山間のタニキ村という場所に腰を落ち着けたシンは、社畜時代からの念願であったスローライフを手に入れたのだった。
彼はそこで畑を耕したり狩りをしたり、村に蟄居させられていたお騒がせ王子ティルレインの世話をしたりと、慎ましい生活を送っていた。
しかし、王都エルビアの神殿を訪れた際に、シンが『加護持ち』であることが発覚する。
そしてティンパイン公式神子になった彼は今、社会勉強も兼ねて、身分を隠しながら王都のティンパイン国立学園で学生生活を送っている。
望むは埋没地味ライフ。
これはマイペースに我を貫く、とある異世界人のお話である。
第一章 平穏脅かす白マンドレイク、ときどき狐
騎獣用おやつを窃盗し食中毒事件を起こした問題児――タバサ・スパロウが去り、学園にはすっかり平和な生活が戻っていた。タバサは彼女なりに反省したらしく、実家に帰ったようだが、シンにとってはどうでもよかった。
とはいえ、彼女があのまま学園に居続けても、針の筵だっただろうし、妥当な判断だ。
その日、シンはいつも通り、校舎から少し離れた温室で植物の世話をしていた。
見回すと、畑の一画に、見慣れないけれどどこか見覚えのある、妙な葉っぱが生えているのが目に入った。
シンの記憶では、その畝は肥料と混ぜたばかりで、休ませているはずだった。新しい苗はまだ小さいので、植えられるようになるまでは十日はかかる。
いったい何が生えているのかと確認すると、そこにあったのは大根だった。
シンの足より太いだろう。蕪を思わせるほどでっぷりとしている。さすがに聖護院大根には劣るものの、それでも立派な、太々とした大根だ。
誰が植えたかは知らないが、シンはとりあえずむんずと掴む。
無言で引き抜くと、そこには心なしか悩ましげな表情の、セクシーポーズ大根があった。
「せくしー……」
シンは思わず、呆然として呟いた。それ以外にどう評すればいいかわからない。
大根の枝分かれした部分が、胸と股間を隠すようなポージング。足はくねらせるようになっている。紛う方もなきセクシーポーズだった。
形はちょっと奇抜だが、つるりとした白い肌は美味しそうである。
さっそくシンの頭の中には、大根の味噌田楽、風呂吹き大根、おでん、煮物……と、大根料理が溢れ出てきた。
シンプルにバター醤油で焼いても美味しかったりする。
この世界には異世界人が多く渡っているせいか、シンは以前、醤油に近いものを見かけたことがある。
タニキ村は辺鄙な山村なのでなかったが、魚醤ならば、栄えている王都エルビアでは普通に取り扱いがあるのだ。
シンは土の上に大根を置いて、女神に貰ったスマホでレシピを検索する。
(肉もいいけど、たまにはあっさりもいいよなー。寮母さんに差し入れたら、夕飯が豪勢になるかな。いや、まずは自分で調理してみて……)
ふと、後ろで音がして振り向くと、引き抜いた大根が「よっこらせ」とばかりに立ち上がって、引き抜かれた穴の中に戻っていくところだった。
大根はまるで風呂につかるようにすっぽり穴に入る。心なしか満足げに見えた。
シンはそっとスマホを向けて、そのセクシー大根(歩行能力付き)を調べた。
――白マンドレイク
良質な土壌と水、そしてストレスのない環境でのみ育成可能。無毒で、引き抜いても叫ばない。
錬金術、魔法薬調合などに幅広く用いられる。大変美味。
環境が変わると変色し、引き抜くと通常のマンドレイクのように絶叫するようになる。
解説を読んだシンは、その中のある一点に目が行っていた。
それは〝美味〟というところだ。しかも〝大変美味〟とある。
シンは容赦なく白マンドレイクを引き抜いて、寮に持って帰り、肉と炒めて食べた。
とても美味しかった。
……その翌日。シンが再び温室に向かうと、引き抜いた場所に、新たなマンドレイクが寛いでいた。
自立歩行しているところは見ていたが、増殖するのは知らなかった。
昨日抜いたものより、小ぶりのマンドレイクだ。よく見ると、シンが食べたマンドレイクのように真っ白ではなく、オレンジがかった赤であり、どちらかと言えば人参に似ている。
その日は同学年の友人のレニとカミーユも来ていた。
二人は、突如現れた大根っぽいマンドレイクに目を丸くしている。
「マンドレイクは普通、もっとこう……くすんだというか……」
レニの言葉に、シンが頷く。
授業で見たマンドレイクは、干からびた老人に似た顔をしていた。
確かにこの白マンドレイクもその面影があるが、こんなに血色良く(白いが)、ツヤプリしていない。
「白マンドレイクなんだって。環境で色が変わるらしい」
「美味そうでござる……」
やはり、カミーユの目にも美味しそうな野菜に見えるようだ。シンの反応は間違っていなかった。
「食べたら美味かった。今度、錬金術部で調理しよう」
「楽しみですね!」
「大根ということは、ご飯モノでござるなー!」
腹に溜まると大喜びのカミーユ。相変わらず、食欲に財布が追い付いていないようだった。
一方マンドレイクは、今日の陽気が堪らないぜと言わんばかりに、のびのびしている。
目の前に、笑顔で自分を調理しようと話し合っている人間がいるのに、呑気なものである。
「でも、このマンドレイク誰が植えたんですか?」
ふと、レニが疑問を呟いた。
「なんか、どっかから移動してきたっぽい」
「マンドレイクは移動するのでござるか?」
「試しに一本抜いてみなよ。穴に戻るよ」
シンの言葉に、釈然としない様子のカミーユが、畝の中でもでっぷりとしたのを引き抜いた。
ゴロンと畝の横に転がされると、マンドレイクはしばらく仰向けでじたばたして――あまりにも丸いフォルムのため、なかなか起き上がれずにもがく。
なんとかうつぶせになったが、このマンドレイクは、太い割に手足が貧相だった。
立ち上がってはゴロン、歩こうとしては後ろにひっくり返り、えっちらおっちらと覚束ない足取りで畝に戻ろうとする。
だが、当然畝は周囲より高く土が盛られている。その勾配でまたひっくり返り、何度も転び、やがて通路に転がって戻ってしまった。
転がったマンドレイクは自分の涙でしとどに濡れる。
真っ白ぷくぷくだった表面は張りがなくなり、しおしおになっていく。顔も嘆きの表情が刻まれるように恨みがましいものへと変化していった。
真っ白だった体は徐々に 赤みを帯びはじめる。葉の部分も縮れてくすんだ緑になり、だんだんと教材でよく見るマンドレイクに近づいていく。
『Gi……』
「あ、叫ばないで。迷惑だから」
絶叫する直前でシンがマンドレイクを掴み、元の穴に突っ込む。
土に戻されたマンドレイクは、先ほどの逆再生のように白くぷくぷく艶々に変わっていった。
「動いたでござる……」
「動きましたね……」
カミーユとレニはドン引きだった。
彼らが思っていたより、滅茶苦茶ぬるぬる動いていたのだ。
「昨日食べたのは寮に戻っても白いまんまだったのにな。なんか条件があるのか?」
シンは既に昨日見ていたので、あまり驚かなかった。トレントという、もっとアグレッシブに動く植物系の魔物を知っているのも大きかったかもしれない。
おかげで、多少ファンタジーな要素には慣れつつある。
色々調べたところ、白マンドレイクにはストレスを感じやすい個体と、感じにくい個体があるみたいだった。
また、消耗を防ぐためか、土の気配がないと、仮死状態のように静かになる。そのせいか、土の近くにいるのに、土に潜れない状況にストレスを感じるみたいだった。
「でもこのマンドレイクはどこから来たのでござるか?」
「二人も植えてないんだよね?」
シンの疑問に、レニが頷く。
「はい、そもそも危険な植物なので、栽培にも本来なら許可が……」
誰かが勝手に植えたのだろうか。最近耕したばかりだし、植え替えはしやすいはずだ。
シンがそんなことを考えていた時、ハーブの密集地の茂みから、ガサゴソと物音が聞こえた。そちらに三人が顔を向けると――
よた、よた、と、かなりくたびれた足取りのマンドレイクが歩いてきた。
そしてまだ空いている畝を見つけると、ダッシュで駆け寄って、ダイナミック入水ならぬ入土を果たした。
三人に凝視されながらも、マンドレイクは止まらない。ドゥルンドゥルンと身を捩って奇妙に回転しながら掘り進め、すっぽりと根(体?)を土の中に収めると、満足げに止まった。
それを見て、シンは思わず叫ぶ。
「あいつらが引っ越してきたのかよ!?」
「どこの畑から来たんでしょうね……」
「早く探さないと、マンドレイクに畑を占領されそうでござるな……」
カミーユが口にした言葉を容易に想像できて、シンとレニは青ざめた。
一日でもフリーの畝があれば、強引にその身を捻じ込んできそうである。まだ奪われた畝は一つだが、他に何匹マンドレイクがいるかわからない。
それに、白いマンドレイクは叫ばないが、普通のマンドレイクは違う。引き抜くなどして刺激すると、凄まじい叫び声を上げる。
気を失うくらいならまだいい方で、耳にした者を仮死状態にするレベルの絶叫をする個体もいる。専攻している授業によっては、マンドレイクと気づかずに引き抜いてしまう生徒がいるかもしれないので、放置しておくのは危険だ。
「とりあえず、あっちから来たから、探してみよう」
シンたちがハーブの密集地の方へ行くと、生い茂る葉をかき分けて、また一匹ひょろっひょろのマンドレイクが現れた。
やはり先ほどのマンドレイク群生地(不法占拠)に向かいたいようだが、そのためにはいくつかの畝を越えなければならない。
そこまで行く元気がないのか、ひょろひょろの個体は、近くのエシャロットエリアに侵入し、収穫で土を掘り返した後の柔らかいところに滑り込んだ。
「……シン殿、これは放っておいたら」
「僕の温室がマンドレイクに占拠されるな」
「あ、このマンドレイク、通路に無理やり体を捻じ込みましたよ」
カミーユ、シン、レニ、三人揃って頭を抱えた。
このマンドレイク、顔は情けないくせに、かなりガッツがある。無駄に個体差があるのか、予想に反して好き勝手にするものも多い。
ハーブをかき分けると、温室の壁に穴が開いているのを見つけた。どうやらマンドレイクたちはそこから侵入していたようだ。
外に回ってみると、芝生に点々と干からびたマンドレイクが転がっていた。どうやら、温室に辿り着く前に力尽きたようだ。
そのまま辿っていくと、鬱蒼とした林が見えた。
学園では、景観を良くするためや、プライバシーを守るために、灌木など色々植物が植えられている。
人混みが苦手な生徒は休憩時間に足を運んだり、生徒によっては人が少ないのをいいことに、こうした場所を逢引きに使っていたりする。
シンたちが林に入っていくと、袋が落ちていた。中には枯れたマンドレイクが残っている。周囲にも飛び散っていた。多分だが、何者かに投げ捨てられたのだろう。
(マンドレイクの不法投棄?)
シンの表情が険しくなる。
マンドレイクの中には、周囲の硬い土をなんとか掘って少しだけ体を埋めているものや、木の根の隙間の湿った落ち葉の上でぐったりしているものもいた。
だが、落ちているのはマンドレイクだけではない。何かの植物の枯れた残骸や、腐った木の実などもある。
「これは……誰かがゴミ捨てをサボってここに捨てているんですね。普通の植物ならまだしも、マンドレイクをはじめ、特殊な植物は廃棄にも注意が必要ですから」
レニが袋の中を軽く確認しながら、なんとも言えない顔をした。
いくら名門校とはいえ、中には横着者がいてもおかしくない。
王侯貴族の子女は掃除や片付けを自分の仕事とは思わないだろうし、騎士や冒険者志望で荒っぽい生徒だっている。
「だよな、あの絶叫はやばい」
「これは学校に報告した方が良さそうでござるな?」
「だな、僕たちの手には負えない。かといって、放っておいたら被害者が出るかもしれないし」
カミーユに頷き、シンはその場を後にした。
◆
後日、学園の掲示板に『魔法植物の不適切な廃棄の禁止』という警告文が出た。
どうやら、魔法薬を作る素材をたくさん仕入れたのは良いが、管理しきれず腐らせたり余らせたりして適当に捨ててしまう生徒がいたらしい。
警告だけでなく、処分もあった。生徒が数名謹慎処分となったそうだ。
その中に、入学当初から何かと絡んでくる伯爵子息シフルト・オウルの名前を見つけて、レニは凄く嫌そうな顔をしていた。
「そういえばカミーユ、スネイクバードはもういいの? 今なら僕は付き合えるけど」
シンは以前、カミーユに魔物討伐の協力を頼まれていたことを思い出して、そう切り出した。
すかさずレニも同行の意思を示す。
「シン君が行くなら、私も行きます」
「二人とも、頼むでござる! まだ手に入ってないでござるー!」
「授業はまだやってないのか?」
「この前のタバサのテロで、色々延期になったでござる」
災い転じて福――になっているかは微妙だった。だいぶ復帰しているが、あの一件で醜態を晒して引き籠り続けている生徒もいるそうだ。
カミーユは、討伐に同行する騎士科の友人を、温室に連れてくると約束した。
余程四人パーティで行く討伐が楽しみなようで、彼は既に浮き立っている。その様子がどこか散歩前の犬を連想させて微笑ましい。
隣のレニが「やはりもう少し厳しく躾けた方が……」と言っているが、シンは気のせいだと思うことにした。
(目が……目がプロの調教師……)
大人しく引っ込み思案だったレニが懐かしいシンだった。
◆
それから数日後、互いの都合が良い日取りを決めて、改めて顔合わせをすることになった。
場所は学校に併設されているカフェテリアだ。食堂ほどがっつりしたメニューはないが、軽食程度ならなんら問題はない。
シンはアイスコーヒーを、レニはオレンジジュースを頼んだ。カミーユはサンドイッチを注文していたが、飲み物は水だった。
最初は温室で落ち合う予定だったが、腹を空かせ切ったカミーユの要望があり、寄り道したのだった。
注文を終えたところで、カミーユがそれぞれに紹介する。
「某の友、同じ騎士科のビャクヤでござる。こちらはシン殿とレニでござる」
「ご紹介にあずかりました、ビャクヤ・ナインテイルと申します」
カミーユに促され、目を糸のように細めてにっこりと笑うビャクヤ。
すっきりとした細面で、丸くぽってりとしたマロ眉と、切れ長な目元が特徴的だった。目元に戦化粧のように朱を差しているのが、更にそれを際立たせている。
前髪を分けて額で切り揃えているため、整った顔立ちがよくわかる。
前髪以外は後ろで丸く輪を作って結い上げた珍しい髪型。髪色も根元は少しオレンジ色がかった金髪だが、先端に行くにつれて真紅になっていく、変わった髪色をしていた。
背は高くないが、独特の存在感がある。
髪型も、メイクや顔立ちも、エキゾチックというか、この国では少し珍しい。その雰囲気に、ピンと立つケモミミが霞むくらいである。
ビャクヤは握り拳を手の平に当てて、頭を下げた。
「シン様、レニ殿、よろしくお願いします」
その発言に、シンは引っ掛かりを覚える。
(僕が〝様〟で、レニは〝殿〟?)
「同級生だから様付けとか変だし、畏まらなくていいんだけど……」
頬を軽く掻きながら、歯切れ悪く言うと、ビャクヤは軽く眉を上げた。しかし、すぐにまた頭を垂れて「ではそのように」と恭しく首肯した。
まるで謁見でもしているような丁寧さである。カフェが混雑していなかったら、もっと仰々しく挨拶されたかもしれない。
(そもそも、なんでそんなに畏まるんだ?)
そんな堅苦しくされたくない。思っていたのと違う――と、シンは突っ込みたかった。
そんな同級生の態度に、隣のカミーユも軽く面食らっていた。
「ビャクヤ、何かおかしなものでも拾い食いしたでござるか? 確かに仲良くしてほしいと言ったでござるが、いつものお前なら気に入らない人はゴミ屑のように見下――あだぁっ!?」
ビャクヤの肘鉄がカミーユに決まる。とはいえ、ほとんど言葉は出し終えていたから、止めるのが遅すぎた。
綺麗に鳩尾に入ったのか、カミーユはゲホゲホとむせまくる。
それとは対照的に、ニコニコとしているビャクヤ。
「何をするでござるかー!?」
「虫がいたのでついうっかり」
はんなりと笑うビャクヤは、男性だが細面でなよやかな雰囲気があり――ちょっと胡散臭い。
(そうだ、あれだ。ビャクヤは稲荷神社なんかにある狐の石像に似ているんだ)
小骨のように引っかかっていたものが消えて、シンは一人満足する。
だが、隣ではレニが険しい顔をしていた。彼女はスッと立ち上がると、シンが止める間もなくビャクヤの腕を掴んで、カフェテリアの外に連れ出してしまった。
残ったカミーユは目を丸くし、シンもきょとんとしてしまう。
ビャクヤを連れ出したレニは、そのまま人気のない場所まで移動する。そして正面からまっすぐビャクヤを見つめる。
彼女の目は静かだが、強い意思を雄弁に語っていた。
その強烈な視線をぶつけられても、ビャクヤはただ面白そうに笑うのみ。それがレニの神経を逆撫でしているとわかっている。むしろ、あえてそうしているのだ。
「あれはなんのつもりですか?」
「あれとは? ああ、あの挨拶か」
手の平と拳を合わせる挨拶は、かなり古い作法ではあるものの、国王、皇帝、王族、法王や教皇といったごく一部の、かなり身分の高い相手にしかしない挨拶とされている。
シンは大仰な挨拶としか感じていなかったが、レニは護衛兼付き人として宮廷作法や外交的なものも含め色々と学んでいるので、それを知っていた。
「シン様からは大いなる方のお力を感じたので、正しい対応をしたまでです。そう睨まないでいただきたい」
おお怖い――と、ビャクヤは手でそっと口元を隠すような仕草をする。しかし、その目はからかうかのように笑っている。
「これでも、私はテイランでも有数の巫覡の末裔です。害意はありません」
「好意があるとも限らないでしょう? 下心が見え透いていますよ」
「おや、なかなか痛いところをお突きになりますな」
軽く肩を竦めたビャクヤは、シンに狐顔と評された顔をにんまりと歪める。何か企んでいそうで、狡猾そうな笑みだ。
「お嬢ちゃん、安心しぃ? テイランに告げ口せぇへんよ。俺もサナダ家とおんなじように、家ごと亡命してきた一派や。弱小でしかあらへんの。しかも、奉る神と関わり合いのある気配がしたんで、丁重に対応しただけや」
取り繕うのをやめたのか、ビャクヤの口調が変わった。
独特のイントネーションと言い回しだが、言いたいことは理解できた。
シンの前では畏まっていたが、このどこか斜に構えた態度が、本来のビャクヤなのだろう。
耳をぴくぴくと動かしながら、嗜虐性を感じる目でレニを見ている。
「お嬢ちゃん、威勢がええのも悪ないけど――相手は実力を見て選び?」
スッと瞬間的に距離を縮めたビャクヤは、レニの首を掴んだ。
レニは顔色を青くさせ、僅かに喉を鳴らす。全く対応できなかったのだ。そんな鼠を追い込むように、舌なめずりしそうなビャクヤが顔を近づける。
「そうそう、オンナは大人しく三歩後ろを歩いと――ぎゃん!?」
突然、大きな音と衝撃が頭に走り、ビャクヤは激痛に悶える。
「オイ、この狐野郎。レニを虐めんな。胡桃林檎のクッキー食らわすぞ」
シンの鉄拳が容赦なくビャクヤの頭に落とされたのだ。カミーユの食らった肘鉄など軽いレベルに思えるげんこつだった。
ビャクヤはあまりの痛みに子犬のような声を漏らし、ふっさふさの尻尾がぶわっと広がって立ち上がった。
恐る恐る後ろを振り返ると「何しとんじゃワレ」と、怒りのオーラをまき散らしたシンがいた。
「こ、これはこれは、シン様ぁ~」
手揉みしてスリスリと言わんばかりに、猫撫で声を出すビャクヤだが、シンの目は凍てついている。
「次やったら、髭剃り用のカミソリで尻尾とその耳の毛を全部剃るからな」
「それは堪忍してや! ちょいからこうただけやのに……」
「うるせえ、ペレペルプリンにしてやろうか」
ペレペルは食べると滅茶苦茶お腹を下すし、マーライオンのように吐く。良い子も悪い子もマネをしてはいけない。
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