月が導く異世界道中

あずみ 圭

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18巻

18-1

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 1


 り込まれた草の野に、雲一つない青い空。
 街へと続く道は広く、人や物の往来はさかん。
 黄金街道おうごんかいどうから少し外れているとはいえ、流石さすがは四大国の一つローレル連邦れんぽうの玄関口に向かう街道だけの事はある。
 僕――クズノハ商会代表ライドウこと深澄真みすみまことは、辺りの景色を見回しつつ歩を進める。

「ふふん、なんのなんの! 街道を歩く旅というのもオツなもので! 行き交う旅人や商人どもが良き風情ふぜいかもしておりますなあ、若!! いささ辺鄙へんぴとはいえ、四大国への道ともなれば……そう腐ってもたい、でしたか!」

 これも一つの以心伝心なのか。
 供の青い髪の侍、ともえが、僕と同じような感想を口にした。

「旅だなんて大袈裟おおげさな。ちょっと前に転移して合流しただけでしょう。巴さん、はしゃぎすぎですよ」

 一見すると落ち着いた様子で相の手を入れたのは、もう一人の旅の連れ、みお
 黒髪で楚々そそとした雰囲気ふんいきなんだけど、まだかすかに街の影が見えてきた程度なのに、鼻をひくつかせている。
 とりあえずの僕らの目的地であるローレルの一番有名な入り口、ミズハという名の都市からただよう食材の気配を察知しているんだと思う。
 ……ちなみに僕にはまだまったく何も匂ってきていない。
 巴は言うまでもなく、実は澪も相当はしゃいでいるとみた。

「……やれやれ」

 辺境都市ツィーゲは今、アイオン王国のクーデターにきっちり巻き込まれている。
 とはいえ、亜空あくうも学園都市ロッツガルドも通常運転だ。
 では何故僕らクズノハ商会がこうしてミズハに向かっているのか。
 僕はここしばらくのあれこれを、巴と澪の話に相槌あいづちを打ちながら思い出すのだった。


 ◇◆◇◆◇


 事の起こりはアイオン王国の火種だった。
 王都の名が示す通り、アイオン王国の首都であるボズダ。
 最近まで名前もうろ覚えだったその街で王座の交代を求めた武力蜂起ぶりょくほうきが起きたのは、一月ひとつきほど前の事だった。
 革命が起きる可能性は、ツィーゲの有力商人のレンブラントさんから既に聞かされていたし、ツィーゲはツィーゲで着々と準備を進めてきていた。
 ただ……レンブラントさんが話していた中で最も可能性が低いとされていた革命の始め方が、王都での武力蜂起だった。
 正確には、起きる可能性も成功する可能性も低いが、見込める効果は一番高い選択、だったかな。
 結果は一応失敗。
 王は殺せず、城も街も制圧できず、革命の狼煙のろしを上げた連中は撤退てったいした。
 現王家から見れば、追い込まれたけどなんとか押し返して、窮地きゅうちを脱したってところだ。
 ウチからは巴が様子を見に行ってくれたけど、到着した時にはもうクーデターを起こした側の敗走が始まっていた。情報収集の結果分かったのは、クーデター側が街と城の占拠が八割方完了した段階で何故か風向きが変わって、一気に王国軍が押し返しきったという事だけ。しかも、これまでの間抜けぶりがうそのような機敏きびんさと力強さで反撃に転じたらしい。
 なんとも不思議な事があるものだと思う。
 おそらくは、どこかから強力な援軍が到着したか、国宝クラスの魔道具を使ったか。ツィーゲではそう判断している。
 そして、革命を目論もくろむ連中の戦力は、レンブラントさんが見積もっていたよりも強大だと判明もした。
 まさか一気に城を落とそうと考え、それをもう少しで成功させるところまで持っていくだけの力があるとは、完全に予想外だったようだ。
 もしそうなっていたら、内乱によって生じた混乱の内に独立を認めさせるという、ツィーゲ側が計画していた独立劇が成立しない。
 新政権の混乱をつくやり方に変更せざるを得ないし、その時は単なる国と街の戦いになって、当然こちらの要求も通りにくくなる。交渉はかなり厳しい状況になるだろう。
 結果としてはうまく痛み分けになってくれた。王国に切り札があるのが分かった事だって、価値がある。
 ほぼ負けってところまで追い詰められてからの登場。その状況を考えれば、外部の介入にしろ魔道具にしろ、アイオンの切り札はそうそう頼り切りにできるものじゃないはずだ。
 驚きばかりの始まりだったけど、緒戦の様子から得られた情報は多い。

「最初こそあのまま終わってしまうかと気を揉みましたが……どうやらツィーゲの予想した通りの膠着状態こうちゃくじょうたい、そして泥沼になりつつありますな。今やアイオンは完全な内乱状態ですぞ」

 ツィーゲはクズノハ商会内の自室。
 そこで巴が楽しそうに報告を要約してくれている。
 最近は僕もここにいる時間が長くなった。
 革命の始まりから一月。まだ内乱は続いている。
 そしてツィーゲは良きところ、予定していた段階で、アイオン王国に対して独立を宣言した。
 同時に革命勢力にも独立を宣言。今後どちらがアイオンという国をまとめようとも、ツィーゲは住民自身が治める考えを示した。
 当然、アイオン王国はそれを許さない。もちろん、革命を起こした連中もこの宣言を認めなかった。
 つまり、ツィーゲは王国からも革命軍からも〝お前んとこは俺のもんだから、勝手な事してんじゃねー〟と言われている状況になったのだ。

「ツィーゲに対しての両勢力の反応は?」
「少しずつ違いが出ておりますな。王国からは、独立宣言の撤回と帰属命令。名ばかりの領主の家から代官を受け入れるよう、命令――という体裁ていさいをぎりぎりたもった、懇願こんがんの書状がやたらと届いておるようで」
「領主の方はもう泣きが入ってきて、でも王国の態度は大して変わらないままと」
「で、謀反むほんを起こした連中、『草原そうげんしんなる~』云々うんぬんの方は……」
「云々って巴、そこ興味なしか」

 苦笑する僕に、巴はあっけらかんと答える。

「ありませんなあ。御輿みこしの王位継承権何位だかの者は、剣もまつりごとも術も人並みの域を出ぬ凡夫ぼんぷですし、勇者のように人をきつける能力も持っておりません。大国の王はかくあれという基準を何一つ満たさぬ者、まさにお飾り。どうせ奴らが国をったところで、国名はアイオン王国のままでしょうし、どーでもよろしいかと存じますな」
「そ、そう。で、その彼らの方の反応は?」
「ある程度の自治ならば認めても構わないから自分達につけ、という態度に変わってきたようです」

 軟化とも見られる変化だ。
 今アイオンは東西に真っ二つに分かれて争っているような状況で、ツィーゲは西のはし
 勢力的にはクーデター側の方にある。
 こういう状況で争いが継続してしまっているのも、まあ、革命派の目論見が上手く運んだ結果なんだろう。なお、西側にあった王国派、東側にあった革命賛成派は、それぞれ敵対勢力に鎮圧ちんあつされて、きれいにつぶされた。
 その混乱の中で、逃げ出した領主様もいくらかいたようだ。使える人材がいるかもしれないし、この辺りの名簿を作って、今度北方で領地運営を頑張っているアーンスランド姉妹に見せてあげようかとも思う。
 多いとは言わないが、それなりの数の貴族が逃げているんだよなあ。領民と領地を捨てて、すたこらとさ。
 うーん……アイオンが色々末期なんだと思っておくか。

「……まだまだ、ツィーゲの独立を認めるって話にはならないか。この辺りはレンブラントさんとツィーゲの議会次第だけど……」
「周辺都市は既にツィーゲの独立について水面下で認め、成功のあかつきにはこれまでと変わらぬ付き合いを求めておりますから、ここからが奴らの腕の見せ所でしょう」
「澪の話だと、となりの港町なんかは、ツィーゲの庇護下ひごかに入りたいんだっけか。アイオン王国ってのは、つくづく人望がないようであわれだね」
わしはこれからその港町、コランに出掛ける事になっております。この街の商会の一員として、多少は働いておきませんとな」
「よろしく頼むよ。僕は冒険者ギルドをのぞいて戦況を確認して、明日は学園都市だ。戦争や革命と聞いて想像していたいそがしさとは違ったけど、のんびりする時間がない事に変わりはなかったね」
「この段階でツィーゲの街まで戦火が及ぶとなると、レンブラントや彩律さいりつ思惑おもわくが完全に外れてしまう事を意味します。それはそれで面白いですが、若の負担がまた増えそうな気も……」
「……やめてくれ、ちっとも面白くない」

 そういえば、ローレル連邦の中宮ちゅうぐう――彩律さんも動いているんだっけ。

「では、行って参ります。夜には亜空に戻りますので、また後ほど」
「うん。気をつけてな」

 巴が部屋を出ていく。
 ふと、窓から外を見る。
 空も、街も、いつも通り。喧噪けんそうが支配する街並みだ。
 独立宣言をして、王国と革命側両方相手に絶賛戦争中の街とは、とても思えない。
 少なくとも僕は、こんな風な毎日になるとは想像していなかった。驚くほど日常のままだ。
 一応、会議の中で今のこの流れは説明を受けたけど、実際ここまでその通りに進むなんて、ちょっと信じられずにいた。
 近くの街も、このツィーゲを狙うだろうと思われた近隣の領主も、攻め込んでこなかった。
 ……違うか。
 正確には、攻め込ませなかったんだろうな。
 そして、今も攻め込ませていない。
 僕も巴に話した通り、行動を開始する。
 店の様子を見て回りながら階段で一階まで下りて、そのまま通りに出た。
 クズノハ商会の店舗一階部分には、澪が意見を出したどころがあるんだけど、これが予想以上に好評で、連日多くの人が訪れている。
 まだ昼前だというのに、混雑を避けて早めの昼食を取ろうとする人達で既に列ができていた。
 結局避けられてないな、混雑。
 かといって、今更席数は簡単に変えられない。
 一応、混雑回避のために、食い処用に別の入り口をもうけているところだ。
 とはいえ、あの量のお客さんをさばこうと思ったら、ピークタイムにはお客さんにも協力してもらって、回転速度を上げるしかないんだよな。
 朝は朝で混むし……酒まで提供して夜遅くまでやるってスタイルにしなくて、本当に良かった。
 従業員が過労死するよ、まったく。
 僕は何度か頭を下げながら列の横を素通りして、冒険者ギルドに急ぐ。
 相変わらずこの街は、荒野を目指す冒険者と、彼らが待ち帰る稀少きしょうな素材目当ての人で大繁盛している。その活気は今も全くかげる事がない。
 これも、レンブラントさんが話していた通りだ。
 冒険者の数は、むしろ戦争開始時よりも増えているくらい。
 実に、とんでもない。

「あれ、ライドウさんじゃないですか! お一人なんて珍しい!」

 ――っと。急にどこかから呼びかけられた。
 正面の人ごみの中から出てきたのは、赤い髪の女性冒険者。

「トアさん。お久しぶりで。そちらこそ、お一人なんて珍しいじゃないですか」
「ちょうどパーティのみんなが出払っていまして。街からの仕事もこの間ので小休止ですし」
「街からの仕事、ですか」

 ツィーゲは冒険者に依頼を出す形で、今回の事態への協力を求めている。
 日ごろから少人数で行動する事が多い冒険者は、軍隊に組み込むには向かないが、斥候せっこうや遊撃という用途なら、その適性が活きる。
 基本的に冒険者ギルドは国家が冒険者を戦争に徴用ちょうようするのは禁じているが、冒険者側からの自発的な行動には文句を言わない。あくまで無理矢理が駄目だめっていう線引きみたいだ。
 ちなみに、もし国が冒険者を強制的に軍に組み込むような動きを見せた時には、ギルドは徹底的に抵抗するらしい。

「ええ。今この街に向けて、どこからも出兵されてないって事で、仕事は一段落です」
「お疲れ様です。じゃあ、これからギルドですか? 本業にお戻りに?」
「ギルドへは行きますけど、本業に戻るわけじゃないですね。荒野にはこの一件が片付くまで行かないかもしれません。今はもう、そこまで急いで荒野を目指す目的もありませんから」

 トアさんは最近、荒野を目指す一番の目的を果たした。
 今は時間にも気持ちにも余裕があるみたいだ。

「……なるほど。私としては、冒険者の方には冒険者としてツィーゲと付き合ってもらいたいと思うんですが、非常時にはそうとばかりも言ってられませんかね、やっぱり」
「今はなかなか。それに所詮しょせん、私達は剣にすぎませんから。いくら性能が良くても盾にはなれませんし、その代わりもできません。目下もっかの悩みの種ですね」

 と言ったトアさんの表情がくもる。いざ街まで軍が迫ってきた時の事を考えているんだろう。

「とりあえず、行き先は同じみたいですから、ご一緒しましょうか」
「喜んで」

 今現在、ツィーゲにいる冒険者パーティの中でもっとも成果を上げ、また高い実力をほこるトアさん達も、街に協力してくれている。彼女達以外のパーティも、大勢がギルドからの依頼という形だったり直接街からの要請という形だったりで、この戦いに身を投じていた。
 さっきのトアさんの言葉にもあったけど、冒険者は攻めてなんぼの戦いをやるプロだ。
 正直、拠点を守る戦いにはあまり向かない。もちろん、向かないと言ってもそれなりにやれるだろうが、その実力を百のうちどこまで引き出せるかは疑問だ。
 だからレンブラントさん以下この街の議会は、冒険者を遊撃、奇襲部隊として運用している。
 僕もそれで正解だと思う。
 近場なら隠密行動おんみつこうどうで。遠くで組織された部隊ならクズノハ商会が手伝って、こっそり転移で移動させ。正面からではなく奇襲作戦で軍隊を壊滅かいめつさせ続けている。
 もちろん、補給線を断つなどの妨害工作ぼうがいこうさくも抜かりない。
 成果の方はトアさんが言ったように、ほぼ満点。未だこのツィーゲに到達できた部隊は一つもない。
 相手側は行軍中にちまちまと戦力を削られ、壊滅に追いやられる。そのため、一定以上の距離からこの街に部隊を届けるのは絶望的だと、向こうも理解しはじめる頃じゃなかろうか。
 それでも、トアさんは街の防備が心配なようだ。

「盾……守備部隊ですか」
「大手商会の私設部隊なんかが合流して、それらしいものを作ってはいますけど。正直不安が残ります」
「彼らの実力は本物では?」

 元冒険者、それもこの街で活動していた人が引退後に商会に雇われるケースは多い。当然、それなりに実力がないと、この街の商人は雇わない。
 つまり施設部隊といっても、ちゃんと強いって事だ。

「もちろん。ですが、こればかりは拠点防衛での実戦経験が豊富な、核になる人材がいませんと。ただでさえ戦闘を経験しないままの状態が続いていますから、いざという時にどれだけ持ちこたえられるのかは……」
「もしまとまった守備部隊が集められれば、その分攻撃に回れる人も増えるし、独立を認めさせる交渉自体も優位にやれる。確かに、良い事ずくめですけどね……」

 だがそう簡単にはいかない。防衛や守備の実戦経験や指揮経験が豊富にあり、かつどこにも士官していない優秀な人材となると、相当難しいのは僕にも分かる。

「この街に家まで買ってしまった私としては、どうしても気になりまして。ライドウさん、実は心当たりありません?」
「ないですよ。なんですか、実はって」
「そのコートのポケットから、あら、こんな所に守備隊が……みたいに出してくれないかと思いまして」

 僕はどこの青狸あおだぬきかね。

「やれるものならやりますけれどねぇ。あ、ギルドに着きましたよ」
「ですね。いつの間にか注目されちゃってますし、妙なうわさを立てられてもご迷惑でしょうから。では」

 周囲の視線に気づいたトアさんが、気を利かせてくれた。

「リノンによろしく伝えてください。いつもコモエが世話になっていますと」

 巴の分体であるコモエと、トアさんの妹のリノンは、最近仲良くしているらしいからね。

「こちらこそ。確かに妹に伝えます!」

 そう応えて、トアさんは足早に去っていった。
 さて。戦況はなんとなくトアさんからの情報で分かったけど……。冒険者の戦力が今のところそのままツィーゲの主戦力なわけで、どの程度維持できているのかな。

「ライドウ様!!」
「うわっ!?」

 どうもいきなり呼ばれて思わずさけんでしまった。今日はこういう日なのか?
 ギルドの人か。

「ちょうど使いを出すところでした! 上でレンブラント様がお待ちになっております。お時間は、ございますよね?」
「あ、ええ。あります。ただ、今日は特に約束などはなかったかと」
「火急の要件で、意見をうかがいたいとの事です」
「分かりました」

 冒険者ギルドにレンブラントさんがいる?
 独立交渉で何か困った事態になったとしても、僕の意見なんてそこまで急ぎで求められはしないだろうから、何かクズノハ商会にやらせたい事でも浮上したんだろうか。
 僕らはあまり表舞台には立っていないけど、この件ではツィーゲ側で動くって腹は決めている。
 なんにせよ、ツィーゲは独立目指して戦争まっただ中。行ってみるしかない。


 ◇◆◇◆◇


 通された部屋の中では、何人かが集まって地図やグラフとにらめっこしていた。
 室内には大きめの円卓が一つ。
 ツィーゲの戦略を決めたり、政治をしたり。今や冒険者ギルド内のこの一室が、街の方向性を決める場になっている。
 理由は(ウチを除いて)どの商会よりもここがセキュリティが万全な場所だからだ。
 とある上位竜の悪ふざけのおかげで、冒険者ギルドの内部は場所によっては愉快なレベルの密室になっていたりする。
 大概の魔術を弾き、かつ物理的にもまず覗き見できない。内緒話にはうってつけだ。
 ならば、どこの国もギルドの協力をあおいでそこで会議すればいいだろうという話だけど、そこはそれ。複数の国にまたがり、いかなる国からも支配されない冒険者ギルドの中。大きければ大きい国ほど、そんな場所で秘密の話はできなくなるようだ。
 そのとある上位竜――ルトは笑っていた。
 別に、われれば貸し出すし、冒険者ギルドとしては外にその情報を漏らす気もないんだけどね、と。
 ……ただし外には、だ。
 あいつは続けて、ギルドの利害に関わるようなら、いくらでもそれで得た情報を利用させてもらうよ、と言っていた。
 自分が動いてもいいし、冒険者を動かしてもいい。やりようはいくらでもある。
 実に悪い顔をしていた。
 そんなわけで、いくら秘密が漏れなくても、国家や領地の話でギルドが利用される事はまずないのだ。
 ただツィーゲの場合、冒険者ギルドに対する敵意などないし、既に戦力として彼らに頼っている状況だ。それぞれの商会の方針を定める会議ならともかく、街の方針を決める会議の内容を聞かれても、知られても、全く困らない。むしろ、会議に参加するメンバーだけに気を払えば盗み聞きされる恐れがないのは、大いにメリットだった。これも荒野を抱え、冒険者との関係が特殊なツィーゲならではの決断、なんだろうな。
 だからこうして、冒険者ギルドに何を聞かれようが構わないと、一室を貸してもらう事にしたらしい。
 追い出したツィーゲの代官がいた建物を使えるようにするのは後回しでいいとあっさり切り捨て、利便性を優先したのは、商人が会議の中心にいるからだろう。
 そっちを無理に使う方が、色々と――主にセキュリティの面で不安なんだそうだ。
 ちなみに僕がいるこの部屋は、荒野関連の情報が集まるツィーゲの冒険者ギルドだけあって、かなり厳重に守られているらしい。
 ルトいわく、壁の耳斬り障子しょうじの目潰す。覗こうとするとひどいよ、との事。
 間諜かんちょう、いわゆるスパイの皆さんには合掌がっしょうするばかりだ。


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