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2巻
2-1
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――もう絶対にこの手を離さない。
米田侑依は、ある取引先のパーティーで、誰もが見とれる素敵な人――西塔冬季と出会った。
お互いが一目で恋に落ち、出会って半年後には結婚。
大好きな人との生活に、迷いも不安もなかった。
その時の侑依は、たとえ何があってもずっと彼の傍にいると信じていた。
――だからまさか、たった半年で離婚することになるなど思いもしなかった。
若くして大企業の顧問弁護士を務める冬季は、端整な容姿もあって非常にモテる。
それは、結婚する前からわかっていたことだけれど、彼の周りにいる女性たちを見るたびに、侑依は気が気じゃなかった。
どんなに冬季のことを信じていても、彼が好きだからこそ耐えられなくなってしまった。
ずっと傍にいるという約束を、守れなくなるほどに――
けれど彼は、離婚した後も度々侑依に会いに来て、真摯な言葉で変わらない気持ちを伝えてくれた。
好きだ、愛している――
そう言われるたびに、もう離婚しているのだから、と意地を張る頑なな心が解けていく。
当然だ。自分だってまだ彼を愛しているのだから。
もちろん侑依の中で、冬季を傷付けてしまった後悔と反省は消えない。
それでも、お互いの中に唯一無二の変わらぬ思いがあるのなら……
自分の心に素直になって、もう一度、彼と一緒に生きて行こうと決めた。
そのために解決しなければならないことはたくさんあるけれど、冬季とならどんなことでも乗り越えていける。そんな風に思えるようになった。
そうして侑依は、冬季に乞われるまま再び彼と一緒に暮らし始めるのだった。
* * *
侑依は、現在住むアパートから冬季のマンションへ引っ越すため、荷物の整理をしていた。
引っ越しの業者が来るのはもう明後日だ。
今住んでいるアパートは、あらかじめ一定期間賃貸契約をすることで家賃が安くなっていた。
まだ契約期間が残っている状態で引っ越す場合、当然、違約金が発生する。
それもあって、すぐに一緒に暮らそうと言ってくれた冬季に、頷くことができなかったのだ。
彼は、アパートの契約は自分がどうにでもしてやると言ってくれたが、まさか本当になんとかなるとは思っていなかった。
彼が不動産会社とどんな交渉をしたのかわからないが、結果的に違約金は発生せず、ハウスクリーニングと鍵の交換費用で済んだ。
どうして違約金を支払わなくて済んだのか冬季に尋ねると、彼はなんでもないことのように答えた。
『重要事項説明書と賃貸契約書に記載されていたことが曖昧だった。違約金の支払い義務があるとも明記されていなかったしね。それに、君は契約時に特約の説明をされていなかったように思う。サインがない書類があった。……侑依、いくら敷金礼金がタダだとしても、あんなずさんな契約をしている業者を選ぶなんて、ちょっとどうかと思うぞ』
心底呆れた様子で言われて、侑依は思わず頬を膨らませた。
あまりにストレートすぎる彼の言葉に、ちょっとした口論になる。
『急いで住む場所を確保する必要があったんだから、しょうがないでしょう!』
『君がつまらない意地を張るからこうなる』
冬季の言葉を思い出すとムカッとするけれど、彼の言うことはいつも正しくて侑依はぐうの音も出ない。
黙り込む侑依を見て、彼はほら見ろとばかりに不敵に微笑むのだ。
そんな冬季に悔しさを覚えつつも、どんな顔をしてもイイ男はカッコイイ、と思ってしまうのだからどうしようもない。
侑依はため息をついて、テレビや冷蔵庫といった家財道具に目をやる。
冬季と離婚してから新しく揃えたものだが、これらをどうするか頭を悩ませていた。
「向こうには、去年新調した大きな冷蔵庫があるし、こんな小さいテーブルなんか必要ないくらい立派なテーブルもある。本当は床に座るのが好きだけど、あの部屋に座布団は似合わないし……どうしようかな」
とりあえず、必要ないものは処分しなければ、とキッチンの小さな冷蔵庫を見る。
しかし、限られた予算の中で、かなり吟味して購入しただけに、処分するには思い切りがいった。
「あの時は、とにかく冬季さんから早く離れようと必死だったし……生活を立て直すまで、結構大変だったんだよね」
狭いワンルームを見渡して、侑依は半年ほど前のことを思い出す。
離婚届を出した後、何も考えずに家を出てしまい、しばらくはネットカフェにいた。
それからどうにか自分の条件に合うアパートを探し出し、保証人になってもらうため両親に頭を下げに行ったのだ。
そこで冬季と離婚したことを伝えると、呆れられ怒られ勝手にしろと突き放された。
なんとかアパートの保証人にはなってもらえたが、あれ以降、両親とは疎遠になっている。
父には、もう家に帰って来るなと言われた。
「お父さん、怒ると怖いからな……。これも、冬季さんと復縁するためには解決しなきゃいけない問題だよね……」
これから先のことを考えると、気が重くなる。
冬季と復縁を約束したけれど、そのためには考えること、やるべきことがたくさんある。
そして、それと同じくらい問題もたくさんあった。
自分が招いたこととはいえ、離婚が周囲に与える影響を改めて思い知る。
侑依はバカなことをした。誰より大切な人を傷付け、たくさんの人に迷惑をかけた。
だけど、彼と離れたからこそ、気付けたことも確かにある。
どんなにすれ違っても、自分にとって、冬季が誰より大切だとわかったのだから。
だから侑依は、もう一度、彼といることを選べた。
やることも問題もたくさんあるけれど、再び彼と一緒にいるために、きちんとそれらを乗り越えていかなければならないのだ。
侑依は気持ちを切り替えるために大きく深呼吸して、引っ越し作業を再開した。
服は全て段ボールの中に片付けたので、あとは持って行ってもらうだけだ。
もともと持ってきたものは少なかったし、ものも増やさなかったので、引っ越しといっても荷物は最低限しかない。
そこでふと、彼と結婚した時のことを思い出す。
冬季は侑依にプロポーズをした直後、今の広いマンションを購入した。事前に何の相談もなかったので、本当にびっくりした。
いくら結婚するからって新しく購入しなくても……と、当時は面食らったものだ。
「でも、それだけ私との結婚を、真剣に考えてくれていたってことだよね」
引っ越した当初は、こんなに贅沢でいいのだろうかと思った。
でも、キッチンの広さや部屋の間取りなど、侑依が居心地よく過ごせるよう細部まで考えられたものだった。
あんなに忙しい人が、二人で暮らすためにいろいろと考えてくれていたのだと思うと、堪らなく嬉しかったのを覚えている。
「……はぁ、ヤバいな、思い出しただけでもドキドキする」
冬季の愛情深さは、結婚していた時より今の方がよくわかる。
不器用で言葉が足りないながらも、彼なりにきちんと侑依と向き合い、大事にしてくれる。
侑依は目を閉じ、肩で大きく呼吸をした。
大好きな人が、自分を好きだと言ってくれる。
この奇跡のような幸せを、もう二度と手放してはいけない。
「冬季さん、大好き」
離れた後も変わることのなかった気持ちを、そっとつぶやく。
侑依がやってしまったことは消えないけれど、もう一度二人の未来を取り戻すために、冬季への愛を心に深く誓うのだった。
* * *
引っ越しは自分も手伝うと冬季から言われ、彼が休みの土曜日にマンションへ荷物を運んだ。
「思っていたよりも少ないな」
荷解きをしていた冬季が、侑依の荷物を見回して言った。
マンションには寝室の他に三つの部屋とやや広めの書斎がある。
以前は、三つある部屋の一つを侑依が使い、書斎を冬季が使っていた。とりあえず、前に使っていた部屋に荷物を運び込んだところだ。
ちなみに残り二つの部屋は、一つには来客用としてマットレスを置いてあるが、どちらもほぼ遊ばせたままになっている。
「電化製品はほとんど処分してきたしね。あまりものを増やさなかったっていうのもあるけど」
一年の間に、引っ越しを三回した。
一回目は結婚した時、二回目は離婚した時、そして今回が三回目だ。これだけやれば、自然と荷物は整理されるし、本当に必要なものだけになってくる。
「このテレビは部屋に置くのか?」
ほとんどの家電は処分したが、テレビだけは持ってきた。小さいテレビだが、あのアパートでは充分なサイズだったし、なんとなく捨てるのは忍びなかったのだ。
「一人で観るなら、それくらいがちょうどいいから」
「一緒に観ないのか?」
マンションの居間には六十五インチの大きなテレビが置いてある。
初めて見た時は、あまりの大きさに目を丸くしたものだが、今となってはすっかり見慣れてしまった。むしろ、他のテレビを見ると小さいと思ってしまうくらい。
慣れとは怖いものだ。
「冬季さんが観たい番組と、私の観たい番組が別な時もあるでしょう? 結婚してた頃に、そういうことあったし」
冬季はそこで瞬きをして、ため息をついた。
「観たい番組があるなら言えばよかったんだ」
「でも冬季さんは、意味もなく観ていた番組ってなかったでしょう? なのにチャンネルを変えて、なんて言えないし。でも今度は、私が部屋に行くから大丈夫」
侑依は小さなテレビ台にテレビを置くと、電源とアンテナケーブルを繋いだ。
それから一緒に持ってきたブルーレイレコーダーの配線を始めるが、わからなくなって首を傾げる。
「侑依、テレビアンテナの繋ぎ方はそうじゃない」
侑依の横に座った冬季は、慣れた様子でさっさと配線を済ませてしまう。
そうして彼は、隣に座った侑依をジッと見て口を開いた。
「観たい番組があるなら、これからは言ってくれ。それですれ違いになったりしたら困る」
そう言って、彼は近くにあった段ボールのガムテープを外した。
中身を確認して、黙々と取り出し始める。
「……困る、って……そんなこと……」
こういうところが、彼は本当に不器用だと思う。
侑依は観たいテレビ番組が重なったくらいで怒ったりしない。
大体、観たいテレビ番組は、ちゃんと録画していた。リアルタイムで観たい番組もたまにはあったけど、冬季の観る番組が嫌だったことはない。
「誤解させたなら、違うからね、冬季さん。テレビのチャンネルが重なることくらい、なんでもないから。ただ、もし観たい番組が重なっても、これからは部屋で観られると思っただけで。他意はないの」
侑依がそう言うと、冬季は静かに首を横に振った。
「わかってるさ。自分でも、こんな細かいことを気にする必要はないと頭ではわかっている。けど……僕は、もう君にあんな風に泣かれたくはないし、二度と手を離したくもない」
かつて、子供みたいにボロボロ泣いて彼に離婚を迫った侑依。
なんで、あんなことをしてしまったんだろう――本当に後悔することばかりだ。
侑依は、彼の心に消えない傷を残してしまった。
「もう、離れないよ」
大切な人を傷付けてしまった自分は、一生をかけてでもその傷を癒やしていきたいと思う。
今度こそ、何があっても二度と冬季から離れない。
「本当に?」
侑依の頬に大きな手が伸ばされる。
頬を包む温かさに頬ずりし、冬季を見つめて微笑んだ。
「約束したじゃない。今度こそ、どんなことがあっても、冬季さんの傍を離れないって」
「……侑依」
彼が顔を近づけてくるのを見て、侑依はそれを受け止める。
優しく重なった唇は、ゆっくりと侑依のそれを啄んで離れた。後には、冬季の唇の柔らかな感触だけが残る。
「片付け、しないとね」
「そうだな」
少し俯いた侑依の頬を、彼がそっと親指で撫でてくる。
「片付け、終わらないから……」
「わかっているけど、離れがたいんだ。侑依はわかってて、いつも焦らすんだろう?」
「だって、ここでしちゃったら、時間食っちゃうじゃない」
彼の温もりから離れると、侑依は段ボール箱に入った荷物を取り出す。
箱の中身は、小説と料理の本、それから文具類だ。
以前使っていた木製の簡易机に置くと、後ろから抱きしめられる。
「この机、捨てないでいてくれてありがとう」
ここに忘れ物はもうないと思っていた。彼もまた、もう忘れ物はないと言っていたのに……
家を出る時、処分をお願いしたこの机を、彼は捨てずにいてくれた。
取っておいてくれた冬季の気持ちを考える。もしかしたら、彼は最初から侑依と復縁することを、考えていたのかもしれない。
「君が帰ってくると思っていたから」
「本当に?」
「ああ」
彼が侑依の心を信じ、変わらぬ愛情を向けてくれたから、今こうして、侑依はこの場所に戻ってくることができたのだ。
「冬季さんの思いの深さには負けちゃう。……こんな風に愛されたら、私……もう冬季さんから離れられないよ」
「我ながらなんでこんなに、と思うよ。だけど、君ほど僕の心を動かす人間はいない。愛しているんだ、侑依」
そう言って抱きしめる腕に力を込めてくる。
侑依はその手に自分の手を重ねた。
「こんなことしてたら、今日中に片付け終わらないよ」
「ずっとここにいるなら、明日でもいいだろう?」
それもそうだ、と侑依は背後にいる彼を見る。
「でもここには……ソファーもベッドもないけど?」
侑依がそう言うと、彼は抱きしめていた腕を解き侑依の手を取った。
「じゃあ、ベッドに行こう」
クッと手を軽く引っ張られただけで、侑依は彼の方へと引き寄せられてしまう。
手を引かれて寝室へ行き、抱き上げられてベッドに横たえられた。
冬季はすぐに侑依の足を広げながら組み敷いてきて、ブラウスのボタンを外し始める。剥き出しにした肩に触れ、背中に手を回してブラジャーのホックを外した。
「ゴムある?」
「一応」
そう言って手早く侑依の穿いているパンツを脱がし、ショーツへ手をかけてくる。
「一応、って……ちゃんと避妊するよね?」
「君の中に生で入れると気持ちいいから、どうしようか」
侑依を見つめて微笑んだ彼は、自分のパンツのボタンを外し、ジッパーを下げた。そして、シャツのボタンを外していく。
「して、ゴム」
シャツを脱いだ彼は、はぁ、とため息をついて侑依を見下ろす。
「わかった」
彼の唇が近づき、侑依は唇を開いて彼の舌を迎え入れた。
「……っは」
彼の大きな手が胸を揉み上げてくる。もう片方の手は足の付け根に伸ばされ、侑依の秘めた部分に指を這わせてきた。
侑依の中から蜜が溢れてくるのを感じる。
隙間を撫でていた指が、その少し上にある尖った部分に触れた。と思った次の瞬間、きゅっと摘ままれる。
「あっ……ん」
侑依が堪らず腰を揺らした時、どこかでスマホの着信音が聞こえた。
けたたましい音で、リリリリリン、と音を立てている。
冬季はハッとしたように一瞬動きを止めた。けれど、すぐに何事もなかったみたいに侑依の中に指を一本入れてくる。
「冬季、さ……電話、鳴ってる」
「ああ」
先ほどから、スマホの着信音がまったく途切れない。さすがに、こうもずっと鳴り響いていると、気になってくる。
「ね、冬季さん?」
濡れた音を立てて、彼の指が侑依の中を出入りしていた。その間も、着信音は一向に鳴りやまない。
侑依は彼の指の動きに腰を揺らしながらも、心配になってくる。
以前も、土曜日に電話がかかってくることがあったが、大抵は仕事関係のものだった。
彼は弁護士なので、休日だろうと関係なく電話がかかってくることがある。
「仕事、じゃないの?」
冬季は指の動きを止め、ふぅ、と息を吐いた。そしてゆっくりと、侑依の隙間から指を引き抜く。
「うるさい電話だ」
彼は渋々ベッドから下り、ティッシュで指を拭きながら寝室を出て行った。
聞こえてくる声から、やっぱり電話の内容は仕事関係だとわかる。
侑依はため息をついて起き上がり、ブラのホックを直してブラウスのボタンを留めていく。そして、片足に引っかかったままのショーツを引き上げた。
すると、明らかに濡れているソコから、小さな水音を立てて蜜が垂れてくる。
「あ……もう……」
侑依はティッシュを数枚引き抜き、自分の足の間に当てた。その時、物音が聞こえて寝室のドアを見る。そこには、入り口に寄りかかるようにして冬季が立っていた。
「すごく残念だよ、侑依……そんなエロい君を見て、続きがしたくて堪らないというのに、僕は仕事になった」
「……そう……」
濡れた隙間をティッシュで拭いてショーツを上げる。彼を見ると大きなため息をつかれた。
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