現代文学 逃げる先に待つ影小説一覧

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現代文学 完結 ショートショート
薄曇りの空の下、私は重い一歩を踏み出した。このマンションに住み始めて16年。ここでの暮らしは、いつもどこか違和感がつきまとっていた。これまでに4件の死亡例が発生し、帰宅するたびに重苦しい気配が漂うような、そんな場所だった。 「もうこの場所にいられない。」 心の中でそう呟く。私が家に帰るたびに具合が悪くなり、救急車が出動することもしばしばだった。母は「もう帰らないで」と何度も電話をかけてきた。きっと、私が自宅に帰るたびに巻き起こる騒ぎを心配していたのだろう。電線を切断して自殺を図ろうとしたこともあった。幸いにも光ファイバーケーブルの切断で済み、私は黒焦げにならずに生き延びた。 だが、次第に現実と妄想の境界が曖昧になっていった。頻繁に犯されるような妄想に取り憑かれ、誰かに監視されているような感覚から逃れられなくなった。病状は悪化する一方で、やがて車椅子が必要となり、3階からの落下事故も何度か経験した。最後に救急車を使ったのは、もう数ヶ月前のことだ。それ以降は休日でも先生の指示を仰ぎ、診察を受けるようにしている。精神科は週に多くて三回、内科や整形外科は二日と決まっていた。 医師の診断によれば、骨に異常はなかったが、靭帯損傷や神経麻痺、そして腱が切れているとのことだった。今では両手首の腱が失われ、二本の指しか使えない。かつてピアノを弾けたことが遠い過去のように思える。十本の指が自由に動いていたあの頃が恋しい。しかし、今はそれも叶わない。 日々の緊張からか、お手洗いに行くたびに気を失うことが増え、緊張型の下痢や嘔吐が続いた。時には、何か毒を盛られているのではないかと考えることもあった。だが、同居人には私を殺すメリットがないことを自分に言い聞かせた。もしも私が同居人の立場なら、保険金を掛けてから殺害を考えるだろう。しかし、私は人を殺すことなど考えられないし、その気持ちも理解できない。 人を信用できず、女性に騙されることもなかった。外に出て人と関わっていた頃は、その分だけ傷つき、余計に引きこもるようになった。学校には一度も通ったことがなく、卒業したという事実さえも虚しい響きを持つ。若い頃の男女の関係も、ただの過ちとして済ませてきた。それ以来、女性が苦手で男性を好むようになったが、その結果、ホモやゲイと誤解され、それらのコミュニティに足を踏み入れたこともある。しかし、現実の関係は苦手で、バーチャルな恋愛を好んだ。動かず、静かで、まるで写真のように変わらない存在が安心できた。写真は、切り裂いても文句を言わないからだ。 つづく・・・。
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文字数 1,425 最終更新日 2024.09.03 登録日 2024.09.03
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