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二通目
2‐捌話・敬具
しおりを挟む「で、今に至るという訳か」
「だから雑だっての」
翌日、日向雅はまたしても処置器の中をぷかぷかしているところで目が覚めた。
モニタを付けていたのか、雛子がすぐに処置室へやってきて、仔細の報告を求めてきたため、日向雅の記憶の限りで報告した。
「だが私も驚いているんだ。数値上明らかに熱暴走を引き起こしていたにもかかわらず、前回が嘘のように軽度な処置だけで済んでいるんだからな」
「それなんだよな。俺も覚悟したんだけど……なんでだろうな」
「聞いたところだと、ニイナがヒュウガにかぶさるように倒れていたらしいじゃないか。もしかしたら、帝の不思議なパワーとやらのおかげだったりしてな」
そう言って雛子は笑う。
「はは、まさかな」
まさかだ。帝になると言えど、ニイナは唯の女の子だ。それは一番近くで見ている日向雅が一番理解しているつもりだ。
「まあ、冗談はさておき……ヒュウガ、君に面会だ」
雛子が入口のドアを開けると、そいつは恐る恐る入ってきた。
「よ、よう……」
「ああ、桜」
「さて、ゆっくり話したまえー」
ひらひらと手を振って、雛子は処置室を後にする。
「……元気そうじゃないか」
扉が閉まる音と共に、日向雅が切り出す。
「あ、ああ、おかげさまで、な……」
「……」
「……」
いややりずれえよ。
それもそうだ。殺しあった相手が目の前に居るんだ。
そう考えると、なんだか日向雅は可笑しくなってきた。
「……お前、普段はそんな大人しいのな」
「し、仕方ないだろ!だって……その……ええい!」
桜は急に大声を出したかと思うと、大股で近寄ってくる。
「おお、なんだなんだ?」
表情は険しく、処置器の中で動けない日向雅はただ目で追うしかなかった。
正直取って食われるんじゃないかと一瞬思った。
だが、処置器の目の前まで来た桜の顔はフッと視界から外れた。
「いろいろと、すまなかった」
「え」
急に土下座しないでくれ。
処置器の中で浮かんでるやつの前で。
自分が馬鹿らしくなってくるじゃないか。
「日向雅……アンタの事は、朝から色々聞いた。帝のお目付け役だってことも」
「え、なにそれ」
お目付け役?日向雅が、ニイナの。
いや、間違っていないか。
というか頭を上げてくれ。こっちから視線を合わせに行けないんだよ動けないから。
「日向雅が止めてくれなかったら、私はまだどこかで因子狩りを続けていたはずだ。それが、茨木童子の養分になっているとも知らずに……」
「桜、もういいから、顔を上げてくれ」
「でも……」
「たまたま俺だっただけだよ。桜はあの時、茨木に立ち向かった。遅かれ早かれ、ああなっていただけだよ」
それに桜は、既に報いを受けている。
大国主によれば、あの場に星倉明久の亡骸は見つからなかった。
恐らく爆発の影響で四散したか、茂みの中へ紛れ込んで見つからないのだろうとのことだ。
桜は、兄の遺骸すら拝むことができない。
「これ以上、桜が償う必要はないんだよ……」
「日向雅……ありがとう、ありがとうな。兄さんを止められたのは、アンタのおかげだ……」
そう言って桜はまた頭を下げる。
「いやだから……ああもう」
日向雅はもうあきらめて、桜の気が済むまでやらせることにした。
「あー!ひゅーがが女の子泣かせて土下座させてるー!」
「……」
大きな声で誤解を振りまくのをやめなさい。
「ニイナ……なんてタイミングが悪いんだい」
バタバタとニイナが駆け込んでくる。
「もー、駄目だよひゅーが。女の子は大事に扱わなくちゃ」
扱っとるやろがい。
「はは、いやすまん。ニイナ、私が勝手にやったんだ。気にすんな」
「えーほんとにー?」
なんだその目は。
「……てか、いつの間にそんな仲良くなったんだお前ら」
「日向雅知らないの?女の子は一晩も一緒に居れば親友にもなれるんだよ」
ニイナの後ろに続いて綾が入ってくる。
「……そうなのか?」
日向雅がニイナを見ると、桜と顔を突き合わせて「えへへー」と笑う。
一緒に気絶していたと聞いたが、ニイナも元気そうだ。
でもなんだろう、嫌な予感がするような気がするが、まさかな。
「そのまさかだぞ、ヒュウガ」
「ナチュラルに心を読むな」
綾の陰に隠れていた雛子がひょっこり出てくる。
「話し合った結果、桜はお前の部屋に住まわせることになった」
「はぇえ?」
あまりの衝撃に変な声が出る。
「少し考えたんだが、私には帰る里もないし、しばらくはここに留まって日向雅たちの役に立ちたいんだ。全然足りるとは思わないけど、私なりのせめてもの償いとしてだ」
「いや、桜……」
「それに、兄さんにも『好きに生きろ』と言われたし。今の私には、それがやりたい事なんだよ」
「……むぅ」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。その様子を見て雛子が手を叩く。
「よし、決まりだな。じゃあ早速、生活に必要なものを揃えないといかんな」
「あ、洋服なんかは何着か持ってるから、必要なものと言ってもそんなないぞ」
処置室とは思えないほどワイワイし始めた空間に、日向雅は大きく溜息をつく。
「でも桜、下着くらいは持っとけよ」
その瞬間、ピンと空気が張り詰めた。
ん、なんか変なこと言ったか。
「ひゅーが、なんでさくらの下着が必要だって分かったの……?」
「え?…………あっ」
「日向雅……?」
綾も訝しげに日向雅を見る。
「おま、なんで、私の……」
桜に至ってはプルプル震えながら徐々に顔が赤く染まっていく。
髪色と遜色ないほどだ。
「あー、えーっと……」
日向雅が言い淀んでいると、雛子が冷めた顔で言い放った。
「見たのか」
途端にざわつく室内。
「ばっ、ち、違うぞ!あれは不可抗力でだな」
そう、不可抗力なのだ。
あれは四神陣を食らって仰向けに倒れたまま動けない日向雅に対して、止めを刺す桜が日向雅の頭の上に陣取った時だ。陰陽師装束の短い袴の中が首を動かせない日向雅の視界の半分以上を覆っていた。
こんなの誰だって印象に残る。
ましては生死の境にいた身だ。記憶がはっきりと残ってしまっている。
「不可抗力!?ちょっと詳しく聞こうかひゅーが?」
「いやいや!だってあの距離であの角度に立たれたら見たくなくても自然と視界に」
「私のなんか見たくなかったってかコラァ!」
「いや誰もそうとはぐはぁ!」
桜が飛び掛かり、処置器の縁に足を掛けて日向雅の胸倉を揺さぶり始める。
「言っとくけどな!あああれは装束召喚時には下着を付けないのが正装だからであって普段から付けてないわけじゃないんだぞ!今だってほら薄」
「わー!聞こえん聞こえん!」
「よーし、アホは放っておいて、私たちは桜用の布団を買いに行くぞー」
「そだねー、行こうあやー」
「はーい、今行くー」
「お前らー!薄情者ー!」
「一旦死ね!一旦死んで忘れてから生き返れこのアホ!」
「アホはお前だ!……ああもう、うるせえぇー!」
青空に、日向雅の声が木霊する。
夏は、近い。
「……負けちゃったかあ」
日向雅達が大国主に回収されていくのを、間近で観察するものが居た。
「ま、茨木童子ごときにしては頑張ったんやない?」
その少女は誰もいなくなった現場に降り立ち、残留した妖気を一つ握りつぶす。
「ふふ、おかげで、あの因子持ちのお兄さんの事、少しわかって来たかも」
月明りの元、婦人は踊る。
「次はどないして遊んであげようかなあ」
あどけなさの残る表情を、フードに隠す。
「こーん」
残留因子を全て呑み込んだその女は、霧となって宵闇へ消えた。
…以上が今回お伝えすることの全てです。
あなた方の時代では陰陽師はどのような存在なんでしょう。今と違って、メジャーな職業なのだろうと思うところです。そちらは帝が統治する世界ですから、もしかしたら陰陽師は因子たちから帝を守るため、帝のすぐそばで働く存在だったのかもしれませんね。ニイナが統治する世界では、どんな存在になるのか、今はまだ想像できません。さて、今回はこの辺で、失礼するとして、何かあったらまたお手紙差し上げます。
敬具
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