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5巻
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◆ ◆ ◆ ◆
シオンとリッカが歩き始めたころ、シオンと同時にダンジョンに入れられたガイアンも探索に励んでいた。
そして、ガイアンもシオン達と同じように、宝箱を発見する。
ガイアンは宝箱の中身を見て、歓喜の声を上げる。
「おいおい、このダンジョンには本当にレジェンド級の装備が落ちているのか!」
宝箱にはガイアンが現在使っているものより、遥かに性能が高いガントレットが入っていた。
その性能の高さは鑑定系のスキルを使えないガイアンにも一目瞭然だったのである。
ガイアンは新たに見つけたガントレットを装備し、再び歩き始めた。
その最中、周囲を見ながら呟く。
「それにしても誰とも会わないが、本当に皆はこのダンジョンにいるんだよな?」
ガイアンは現時点で、誰の姿も見ていない。
そのことに不安を感じつつも、探索を続けるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
さらに別の場所では、リュカと共にダンジョンに入ったキッドがグロリアと二人で行動していた。
ちなみにグロリアもリッカと同じように、修業という名目でカーディナルにこのダンジョンに入れられ、すぐにキッドと合流したのである。
しかし、二人の間には会話がほとんどない。
というのも、この二人はカナイ村にいた時から会話をする機会が少なく、何を話したらいいのかが二人共分からなかったのだ。
キッドは隣を歩くグロリアを見ながら内心で考える。
(参ったな……俺はこの女とあまり話したことはないし、何か話題になることはないか?)
すると、キッドの心を見透かしたように、グロリアが口を開いた。
「すみませんキッドさん、何だか気を使わせてしまっているみたいで……」
その言葉にキッドは首を横に振る。
「いや、何というか……共通の話がないかと思ってな。ただ俺はこの世界の住人ではないし、中々に難しく……」
「この世界といえば、お師匠様から聞きました。キッドさんは異世界から転移してきたと」
「そうだな。俺はリュカと協力して魔王を倒すため、この世界に来たんだ。それにしても、お師匠様?」
「はい、クリアベール様です」
グロリアの説明を聞き、キッドは納得したように頷く。
「あぁ、グロリアはクリアベールと使う魔法が一緒だと聞いたことがあったな」
「はい。そのため、今は指導をしてもらっています。キッドさんはカナイ村に来るまでに、お師匠様と一緒に旅をなされていたのでしょう?」
「レイリアと三人でな」
キッドがそう言うと、グロリアは目を輝かせながら言う。
「あの二人の英雄と一緒に旅が出来るだなんて……キッドさんは凄いです」
「レイリアもクリアベールもかつて魔王を倒したパーティの一員らしいな。だが俺にとっては婆さん達との旅という感じだったよ。当時の姿は知らないしな」
キッドが小さく笑うと、グロリアもそれに合わせて微笑んだ。
その後、グロリアは思い出したように言う。
「そういえば、これもお師匠様から聞いたのですが、キッドさんは剣聖とも呼ばれる転移者、飛鳥様のお兄様でもあるのですよね」
「そうだ。俺のいた世界とは時間の流れが違うせいで、飛鳥がこの世界に来てから随分時間が経っているようだがな」
「私は飛鳥様の活躍を書物でしか知りませんが、実際の剣聖飛鳥様とは、どのような方だったのですか?」
思いがけない問いに、キッドは少し考えてから口を開く。
「そうだなぁ……この世界の書物にどう書かれていたかは分からんが、元いた世界での飛鳥は年相応の女の子と大して変わらなかったな」
「そうなのですか?」
「アイツは虫が嫌いで、特に脚の長い昆虫が苦手だったな。他にも、男女問わずモテていたし、分け隔てなく接していたが……ある人物の前に出ると、照れて何も言えなくなって、押し黙っていたな」
キッドの言葉を聞きながら、グロリアはどこか楽しそうな表情で頷いていた。
(ふっ……恋愛話というのは、どの世界でも、どの種族でも盛り上がるのだな)
キッドは内心でそんなことを思いながら、話を続ける。
するといつの間にか、二人の間にあった壁のようなものは取り払われていた。
そうして二人が打ち解けた後で、キッドは周囲を見ながら言う。
「それにしても、ここのダンジョンの壁や天井は全て同じ模様で迷いやすそうだな?」
「そうですね、傷でも付ければ目印になるでしょうか」
そう言ったグロリアは、壁に大きな傷を付けた。
しかし、その傷は次第に小さくなっていく。
その様子を見てキッドが口を開く。
「傷が直り始めているように見えるが?」
「ダンジョンによっては、そこで死んだ魔物の死骸が勝手に除去されたり、傷付いた壁が自動で修復したりするといった話を聞いたことがあります。このダンジョンもそうなのかもしれません」
グロリアの説明を聞き、キッドは呟く。
「だとすると、目印の類は無意味になるというわけか……そうなってくると、リュカ達と合流するのは中々に難しそうだな」
「そうですね。このダンジョンはかなりの広さみたいですし、上手く合流できればいいのですが……」
キッドとグロリアは、そんなことを心配しながらも様子見をしつつ移動を続けるのだった。
第二話 魔神アトモスのダンジョン・中編(他の者達は……?)
僕、リュカはあれから敵を倒して、再びダンジョンの探索を行っていた。
そして一時間ほど歩いたあとで、黒い靄が掛かっている二つの人影を見つけた。
その人影を見たアトランティカが言う。
《あれは……魔物なのか? 一人は宝箱を担いでいるように見えるのだが……?》
「あっ、そういえばあのギミックもここにはあったんだった!」
《ギミック?》
疑問を抱いているアトランティカに僕は説明を続ける。
「このダンジョンは一部の仲間の姿が判別できなくなるようになっているんだよ。すっかり忘れてた」
《なるほど、つまりあの二人は相棒の仲間の誰かということか》
「そうだね。でもあの状態の人とは会話や念話も出来ない。どんなに意思を伝えようと大声を出しても理解不明な言語になってしまうんだよ」
昔このダンジョンで仲間と同士討ちになったことを思い出しながら、僕は答えた。
しかし、アトランティカにはまだ分からないことがあるらしい。
《ん? ならばなぜあの黒い靄は二人一緒に行動しているのだ? あの二人もお互いを認識できないのでは?》
「そこが余計厄介なところでね。全員が黒い靄に見えるんじゃなくて、黒い靄に見える人はランダムに決まるんだよ。普通に見える仲間もいるからこそ、この黒い靄が仲間だと気付きにくいってわけさ」
《このダンジョンはつくづく面倒だな……》
「そうだね」
僕は返事をすると、改めて目の前の二人を観察する。
どうやら向こうも僕を見つけたようで、二人は殺気を放ってきている。
一人は抱えていた宝箱も地面に置いていた。
「宝箱を担いでいる……となると、もしかしたら一人は……?」
僕の呟きの意図を察したアトランティカが反応する。
《あぁ、オレも一人はリッカではないかと思っている。だが、もう一人は分からんな》
「そうだね。でもヒントはある。体格は黒い靄でもそこまで大きくは変わらないんだ。あの体格ならシオンかキッドさんじゃないかな」
このダンジョンに入っているはずのガイアンは、かなり大柄なので黒い靄が掛かっていても何となく分かるはずだ。
リッカがここにいるってことはグロリアもいてもおかしくないけど、グロリアはガイアンよりもさらに背が高いので、ここでは考える必要がないだろう。
「シオンだったら何とかなると思うけど、もし相手がキッドさんで、こっちに襲いかかってきたらアウトだね」
だが幸いなことに、向こうも様子を窺っているようで、特に攻撃とかはしてこない。
《キッドか……飛鳥以上の剣の使い手で、相棒の祖父ジェスターよりも強いのなら、今の相棒でも荷が重いだろうな》
アトランティカの言う通り、キッドさんはこの前、剣聖とも呼ばれるとー祖父ちゃんに決闘で勝利していた。
「荷が重いどころか、僕では勝てないよ。この状態の姿でとー祖父ちゃんと戦ったことはないけど……恐らく僕はまだとー祖父ちゃんにも勝てないと思う」
相手がキッドさんだったら、一瞬の油断が命取りだ。
僕はアトランティカを改めて構える。
《相棒、相手にこちらのことを伝える手立てはないか?》
「そこが難しいんだよね。僕の得意の闇魔法を使えば分かってくれるかもしれないけど、向こうはこのダンジョンの敵は闇魔法を使うんだと思うかもしれないし……」
《相棒以外は皆、このダンジョンに入るのは初めて。つまり、そもそも黒い靄が仲間なんて発想すら抱かないかもな》
アトランティカの言葉に僕は頷く。
結局、僕が以前入った時も、最終的に仲間と合流することは出来なかった。
どうにかこの黒い靄を解除出来ればいいんだけど……何か解除する条件のようなものはないんだろうか。
そんなことを思っていると、リッカ……と思われる相手が聖属性の魔法の[ホーリーランス]を放ってきた。
僕はその全てを手で弾き飛ばす。
これで先程まで宝箱を担いでいた相手が、リッカだという確証を得られた。
僕の仲間で聖属性の魔法を使えるのはリッカだけだからね。
だけど、もう一人の方は何もアクションをしてこなかったために、未だに誰なのかが分からなかった。
僕は念のため二人から少し距離を取って、呟く。
「うーん、キッドさんかシオンか、一体どっちなんだ?」
《リッカに相棒のことを伝えれば、残る相手がキッドだろうとシオンだろうと攻撃してくることはなくなるだろう。二人にしか分からない合図などはないのか》
「う~~~ん? 何かあったかなぁ……リッカに僕だと分かる合図かぁ……?」
《兄妹なのだから、何かしらあるだろう!》
「……と言われてもなぁ? う~~~~~ん……あ! あるにはあるけど……ソレをやってしまうと、僕は後でリッカに殺されるかもしれないんだよね……」
一つ思いついたのは、とある魔法を使うというアイデアだ。
とはいえ、この魔法は禁術ともされているため、使うのは正直まずい。
だがアトランティカは僕の心配を無視して言う。
《この際だから、出来ることはなんでもやってみろ! それに相棒は死んでもオートで蘇生するだろう》
アトランティカの言う通り、僕は魔力がある限り死んでも自動で蘇生してくれる魔法[オートリレイズ]を常に自分に掛けている。
しかしだからと言って、死ぬのは当然苦しいのだ。
僕は少し考えた後で答える。
「他人事だと思って……けど、仕方がない。あまり気が進まないけど、やってみるしかないか!」
そうして、僕はあの魔法の準備に取り掛かった。
◆ ◆ ◆ ◆
リッカとシオンがリュカと出会った時、二人は目の前にいる黒い靄に驚いていた。
シオンは黒い靄となったリュカを見て言う。
「あの魔物、気配が明らかにこれまでに出現してきた魔物とは違いますね? かなり強そうです」
「シオンも分かる? これは気合を入れないと、通してくれそうにはないかもね……」
リッカは、担いでいた宝箱を降ろして柔軟体操をする。
「やっと軽くなったわ!」
「というか、宝箱のために必死になり過ぎですよ! 結局あれから一瞬も放さなかったんですから!」
シオンはつっこむが、リッカは冷静な口調で言う。
「そんなことを言っている場合じゃないと思うんだけど? とりあえず、私が威嚇射撃をしてみるから、シオンは相手の反応を見ていてくれる?」
「……それもそうですね。分かりました」
シオンの返事を聞き、リッカは中級魔法の[ホーリーランス]を放った。
空中に出現した五本の光の槍は、相手目掛けて飛んで行く。
しかし、黒い靄は全てを手で弾き飛ばした。
その様子を見て、リッカとシオンは唖然とした表情を浮かべる。
「私の[ホーリーランス]が……」
「あの相手……手で全て払っていましたよ……」
「そんなことを出来る相手なんて、家族の皆くらいしか思い付かないんだけど……」
「つまりあの敵は、リッカさんの家族――【黄昏の夜明け】並みの力があるということですか⁉」
シオンの驚いたような言葉に、リッカは神妙な顔をして頷く。
リュカの心配通り、リッカとシオンは、目の前の相手がリュカだという発想すら持っていない。
リッカは再び武器を構える。
「シオン、本気を出す準備しておいて! 私ももっと強力な魔法を撃つから!」
「分かりました。中級魔法を素手で払い除けた相手。ともなると、簡単には勝たせてもらえそうもない……って、何ですかアレは⁉」
シオンは驚愕したように黒い靄を眺める。
黒い靄が手を掲げると突如として無数の黒い触手が出現したのだ。
それらはうねうねと動きながら、リッカとシオンに向かって迫ってくる。
その触手にリッカは、なす術なく捕らわれてしまった。
シオンも触手に捕まることを覚悟したのだが、なぜか触手はシオンではなく、全てリッカに向かっていく。
(何故ボクには襲いかかってこないんだ……?)
シオンが疑問に思っている間にも、触手はリッカに絡みついていく。
触手は既に彼女の手足を拘束しており、更に服の下にまで侵入していた。
「ちょ……どこ触って、あぁん……」
リッカの体は、黒い触手に責められてビクッと跳ね上がった。
そんな状態を見て、シオンはオロオロしつつも尋ねる。
「リッカさん、これは一体何なのですか⁉」
「これは……触手を召喚する……闇魔法の[触手]で、以前に英雄ダンが……あぁん!」
「えーっと……ボクはどうしたらいいですか?」
「とりあえずこの触手を何とかしてよ! ただ、私の方はあまり見ないで!」
恥ずかしそうにそう言うリッカに、シオンは答える。
「見ないで何とか出来るわけないじゃないですか! 無茶振り過ぎますよ!」
「そんなことを言いながら、私の体を眺める気でしょ?」
「前にも言いましたが、ボクはリッカさんには全く興味がありませんので、見たところで何も気にしませんよ!」
「それはそれで、なんかムカつく!」
リッカと会話をしながらも、シオンはとりあえず状態異常を治す光の魔法を触手に向かって放ってみた。
すると触手は、リッカの体から少しずつ離れていく。
やがて彼女は自由になった。
リッカは地面に手を付き、激しく息を吐きながら、乱れた服を直していく。
そして服をもとに戻すと、黒い靄が掛かった相手を激しく睨んだ。
「もう、許さないからね‼ シオン、覚醒するわよ! アイツをボコボコにしてから、ぶっ殺してあげるわ‼」
「ぶっ殺すって……仮にも聖女になろうという人が、言ってはいけない言葉な気がしますが……」
シオンは溜息を吐きながらも、覚醒のため体中に魔力を循環させ始める。
リッカもシオンと同じく体中に魔力を循環させる。
そしてリッカが号令を掛けると、同時に覚醒したのだった。
「さぁ、覚悟しなさい! 私を辱めたお礼をたっぷりとしてあげるわ!」
そうして、リッカとシオンは黒い靄に向かって進んでいった。
第三話 魔神アトモスのダンジョン・後編(同士討ち始まる?)
黒い靄が掛かった二人が覚醒を行ったのを見て、僕、リュカは呟く。
「覚醒か……これで、もう一人がシオンだということがわかったね」
《あぁ、キッドは覚醒の類は使えないと言っていたからな。それにしても、なぜ[触手]をリッカに使ったんだ?》
アトランティカの疑問に僕は答える。
「リッカには昔[触手]を使ったことがあったんだ。その時にめちゃくちゃブチギレられたから、これなら気付いてくれると思って……」
《……たく、なんだその発想は……それに向こうは気付くどころか、戦う気満々みたいだぞ》
確かに、リッカはさっきから大量の魔力を放出している。
「うーん、参ったなぁ……」
《というか、相棒も覚醒すれば、向こうも気が付くんじゃないか。流石にダンジョンの相手が覚醒するとは相手も思わないだろう?》
「まぁ、そうかもしれないけど、魔力を温存するために、なるべく覚醒は使いたくないんだよね。それにこっちが覚醒しても向こうが気にせず攻撃してくるのはかなりまずい」
僕も覚醒を使ってそのまま戦闘になると、今の僕の力なら、下手すると二人を殺してしまいかねない。
何とかいい方法はないものかと思っていると、シオンが僕に向けて炎属性の極大魔法[エンシェントフレア]を放ってきた。
僕が左手で[エンシェントフレア]を弾き飛ばした瞬間、エンシェントフレアの陰に隠れていたリッカが接近し、剣で直接攻撃してくる。
わざわざ接近戦を仕掛けてくるなんて、相当怒ってるな……。
僕はその攻撃を躱しながら、自分のことを伝えるアイデアを考え続ける。
「……あっ、いいこと思いついた!」
《何を思いついたんだ? 相棒?》
回避を続けつつ、アトランティカに答える。
「とー祖父ちゃんから習った覇王流の剣技を見せるんだよ。とー祖父ちゃんの覇王流は、僕やリッカ、それととー祖父ちゃんの直接の弟子達しか使えないからね」
《そうか。ダンジョンの敵が使うはずのない剣技を使ったら気付くだろうということか》
「その通り! 気付いてくれることを願うよ!」
そして僕はリッカの攻撃を躱しながら、アトランティカを一度腰の鞘に戻す。
そしてアトランティカを鞘ごと抜き、まずは覇王流の[閃光烈波]を放った。
[閃光烈波]は、十段突きによる連続攻撃だ。
初めの数発は無事リッカに当たったが、残りは上手く回避された。
距離を取ったリッカに、僕は笑い掛ける。
「ほぉ……上手く躱せたね。ならば……覇王流、[獅子戦孔]!」
[獅子戦孔]は刀身に気を纏わせてから、空中に突きを繰り出して獅子の形の気を放つ技だ。
流石のリッカも、猛スピードで迫りくる[獅子戦孔]には対応出来ず、もろにくらって後方に吹っ飛ばされていった。
シオンは急いでリッカの元へ駆け寄った。
その様子を見てアトランティカが言う。
《リッカは、受け身を取れずに吹っ飛ばされていったな。これで気付くといいんだが……》
「身をもって体感させるために攻撃を当てたけど、これで余計に怒ったりしないといいなぁ」
そんなことを思いながら、僕は向こうの出方を待つのだった。
シオンとリッカが歩き始めたころ、シオンと同時にダンジョンに入れられたガイアンも探索に励んでいた。
そして、ガイアンもシオン達と同じように、宝箱を発見する。
ガイアンは宝箱の中身を見て、歓喜の声を上げる。
「おいおい、このダンジョンには本当にレジェンド級の装備が落ちているのか!」
宝箱にはガイアンが現在使っているものより、遥かに性能が高いガントレットが入っていた。
その性能の高さは鑑定系のスキルを使えないガイアンにも一目瞭然だったのである。
ガイアンは新たに見つけたガントレットを装備し、再び歩き始めた。
その最中、周囲を見ながら呟く。
「それにしても誰とも会わないが、本当に皆はこのダンジョンにいるんだよな?」
ガイアンは現時点で、誰の姿も見ていない。
そのことに不安を感じつつも、探索を続けるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
さらに別の場所では、リュカと共にダンジョンに入ったキッドがグロリアと二人で行動していた。
ちなみにグロリアもリッカと同じように、修業という名目でカーディナルにこのダンジョンに入れられ、すぐにキッドと合流したのである。
しかし、二人の間には会話がほとんどない。
というのも、この二人はカナイ村にいた時から会話をする機会が少なく、何を話したらいいのかが二人共分からなかったのだ。
キッドは隣を歩くグロリアを見ながら内心で考える。
(参ったな……俺はこの女とあまり話したことはないし、何か話題になることはないか?)
すると、キッドの心を見透かしたように、グロリアが口を開いた。
「すみませんキッドさん、何だか気を使わせてしまっているみたいで……」
その言葉にキッドは首を横に振る。
「いや、何というか……共通の話がないかと思ってな。ただ俺はこの世界の住人ではないし、中々に難しく……」
「この世界といえば、お師匠様から聞きました。キッドさんは異世界から転移してきたと」
「そうだな。俺はリュカと協力して魔王を倒すため、この世界に来たんだ。それにしても、お師匠様?」
「はい、クリアベール様です」
グロリアの説明を聞き、キッドは納得したように頷く。
「あぁ、グロリアはクリアベールと使う魔法が一緒だと聞いたことがあったな」
「はい。そのため、今は指導をしてもらっています。キッドさんはカナイ村に来るまでに、お師匠様と一緒に旅をなされていたのでしょう?」
「レイリアと三人でな」
キッドがそう言うと、グロリアは目を輝かせながら言う。
「あの二人の英雄と一緒に旅が出来るだなんて……キッドさんは凄いです」
「レイリアもクリアベールもかつて魔王を倒したパーティの一員らしいな。だが俺にとっては婆さん達との旅という感じだったよ。当時の姿は知らないしな」
キッドが小さく笑うと、グロリアもそれに合わせて微笑んだ。
その後、グロリアは思い出したように言う。
「そういえば、これもお師匠様から聞いたのですが、キッドさんは剣聖とも呼ばれる転移者、飛鳥様のお兄様でもあるのですよね」
「そうだ。俺のいた世界とは時間の流れが違うせいで、飛鳥がこの世界に来てから随分時間が経っているようだがな」
「私は飛鳥様の活躍を書物でしか知りませんが、実際の剣聖飛鳥様とは、どのような方だったのですか?」
思いがけない問いに、キッドは少し考えてから口を開く。
「そうだなぁ……この世界の書物にどう書かれていたかは分からんが、元いた世界での飛鳥は年相応の女の子と大して変わらなかったな」
「そうなのですか?」
「アイツは虫が嫌いで、特に脚の長い昆虫が苦手だったな。他にも、男女問わずモテていたし、分け隔てなく接していたが……ある人物の前に出ると、照れて何も言えなくなって、押し黙っていたな」
キッドの言葉を聞きながら、グロリアはどこか楽しそうな表情で頷いていた。
(ふっ……恋愛話というのは、どの世界でも、どの種族でも盛り上がるのだな)
キッドは内心でそんなことを思いながら、話を続ける。
するといつの間にか、二人の間にあった壁のようなものは取り払われていた。
そうして二人が打ち解けた後で、キッドは周囲を見ながら言う。
「それにしても、ここのダンジョンの壁や天井は全て同じ模様で迷いやすそうだな?」
「そうですね、傷でも付ければ目印になるでしょうか」
そう言ったグロリアは、壁に大きな傷を付けた。
しかし、その傷は次第に小さくなっていく。
その様子を見てキッドが口を開く。
「傷が直り始めているように見えるが?」
「ダンジョンによっては、そこで死んだ魔物の死骸が勝手に除去されたり、傷付いた壁が自動で修復したりするといった話を聞いたことがあります。このダンジョンもそうなのかもしれません」
グロリアの説明を聞き、キッドは呟く。
「だとすると、目印の類は無意味になるというわけか……そうなってくると、リュカ達と合流するのは中々に難しそうだな」
「そうですね。このダンジョンはかなりの広さみたいですし、上手く合流できればいいのですが……」
キッドとグロリアは、そんなことを心配しながらも様子見をしつつ移動を続けるのだった。
第二話 魔神アトモスのダンジョン・中編(他の者達は……?)
僕、リュカはあれから敵を倒して、再びダンジョンの探索を行っていた。
そして一時間ほど歩いたあとで、黒い靄が掛かっている二つの人影を見つけた。
その人影を見たアトランティカが言う。
《あれは……魔物なのか? 一人は宝箱を担いでいるように見えるのだが……?》
「あっ、そういえばあのギミックもここにはあったんだった!」
《ギミック?》
疑問を抱いているアトランティカに僕は説明を続ける。
「このダンジョンは一部の仲間の姿が判別できなくなるようになっているんだよ。すっかり忘れてた」
《なるほど、つまりあの二人は相棒の仲間の誰かということか》
「そうだね。でもあの状態の人とは会話や念話も出来ない。どんなに意思を伝えようと大声を出しても理解不明な言語になってしまうんだよ」
昔このダンジョンで仲間と同士討ちになったことを思い出しながら、僕は答えた。
しかし、アトランティカにはまだ分からないことがあるらしい。
《ん? ならばなぜあの黒い靄は二人一緒に行動しているのだ? あの二人もお互いを認識できないのでは?》
「そこが余計厄介なところでね。全員が黒い靄に見えるんじゃなくて、黒い靄に見える人はランダムに決まるんだよ。普通に見える仲間もいるからこそ、この黒い靄が仲間だと気付きにくいってわけさ」
《このダンジョンはつくづく面倒だな……》
「そうだね」
僕は返事をすると、改めて目の前の二人を観察する。
どうやら向こうも僕を見つけたようで、二人は殺気を放ってきている。
一人は抱えていた宝箱も地面に置いていた。
「宝箱を担いでいる……となると、もしかしたら一人は……?」
僕の呟きの意図を察したアトランティカが反応する。
《あぁ、オレも一人はリッカではないかと思っている。だが、もう一人は分からんな》
「そうだね。でもヒントはある。体格は黒い靄でもそこまで大きくは変わらないんだ。あの体格ならシオンかキッドさんじゃないかな」
このダンジョンに入っているはずのガイアンは、かなり大柄なので黒い靄が掛かっていても何となく分かるはずだ。
リッカがここにいるってことはグロリアもいてもおかしくないけど、グロリアはガイアンよりもさらに背が高いので、ここでは考える必要がないだろう。
「シオンだったら何とかなると思うけど、もし相手がキッドさんで、こっちに襲いかかってきたらアウトだね」
だが幸いなことに、向こうも様子を窺っているようで、特に攻撃とかはしてこない。
《キッドか……飛鳥以上の剣の使い手で、相棒の祖父ジェスターよりも強いのなら、今の相棒でも荷が重いだろうな》
アトランティカの言う通り、キッドさんはこの前、剣聖とも呼ばれるとー祖父ちゃんに決闘で勝利していた。
「荷が重いどころか、僕では勝てないよ。この状態の姿でとー祖父ちゃんと戦ったことはないけど……恐らく僕はまだとー祖父ちゃんにも勝てないと思う」
相手がキッドさんだったら、一瞬の油断が命取りだ。
僕はアトランティカを改めて構える。
《相棒、相手にこちらのことを伝える手立てはないか?》
「そこが難しいんだよね。僕の得意の闇魔法を使えば分かってくれるかもしれないけど、向こうはこのダンジョンの敵は闇魔法を使うんだと思うかもしれないし……」
《相棒以外は皆、このダンジョンに入るのは初めて。つまり、そもそも黒い靄が仲間なんて発想すら抱かないかもな》
アトランティカの言葉に僕は頷く。
結局、僕が以前入った時も、最終的に仲間と合流することは出来なかった。
どうにかこの黒い靄を解除出来ればいいんだけど……何か解除する条件のようなものはないんだろうか。
そんなことを思っていると、リッカ……と思われる相手が聖属性の魔法の[ホーリーランス]を放ってきた。
僕はその全てを手で弾き飛ばす。
これで先程まで宝箱を担いでいた相手が、リッカだという確証を得られた。
僕の仲間で聖属性の魔法を使えるのはリッカだけだからね。
だけど、もう一人の方は何もアクションをしてこなかったために、未だに誰なのかが分からなかった。
僕は念のため二人から少し距離を取って、呟く。
「うーん、キッドさんかシオンか、一体どっちなんだ?」
《リッカに相棒のことを伝えれば、残る相手がキッドだろうとシオンだろうと攻撃してくることはなくなるだろう。二人にしか分からない合図などはないのか》
「う~~~ん? 何かあったかなぁ……リッカに僕だと分かる合図かぁ……?」
《兄妹なのだから、何かしらあるだろう!》
「……と言われてもなぁ? う~~~~~ん……あ! あるにはあるけど……ソレをやってしまうと、僕は後でリッカに殺されるかもしれないんだよね……」
一つ思いついたのは、とある魔法を使うというアイデアだ。
とはいえ、この魔法は禁術ともされているため、使うのは正直まずい。
だがアトランティカは僕の心配を無視して言う。
《この際だから、出来ることはなんでもやってみろ! それに相棒は死んでもオートで蘇生するだろう》
アトランティカの言う通り、僕は魔力がある限り死んでも自動で蘇生してくれる魔法[オートリレイズ]を常に自分に掛けている。
しかしだからと言って、死ぬのは当然苦しいのだ。
僕は少し考えた後で答える。
「他人事だと思って……けど、仕方がない。あまり気が進まないけど、やってみるしかないか!」
そうして、僕はあの魔法の準備に取り掛かった。
◆ ◆ ◆ ◆
リッカとシオンがリュカと出会った時、二人は目の前にいる黒い靄に驚いていた。
シオンは黒い靄となったリュカを見て言う。
「あの魔物、気配が明らかにこれまでに出現してきた魔物とは違いますね? かなり強そうです」
「シオンも分かる? これは気合を入れないと、通してくれそうにはないかもね……」
リッカは、担いでいた宝箱を降ろして柔軟体操をする。
「やっと軽くなったわ!」
「というか、宝箱のために必死になり過ぎですよ! 結局あれから一瞬も放さなかったんですから!」
シオンはつっこむが、リッカは冷静な口調で言う。
「そんなことを言っている場合じゃないと思うんだけど? とりあえず、私が威嚇射撃をしてみるから、シオンは相手の反応を見ていてくれる?」
「……それもそうですね。分かりました」
シオンの返事を聞き、リッカは中級魔法の[ホーリーランス]を放った。
空中に出現した五本の光の槍は、相手目掛けて飛んで行く。
しかし、黒い靄は全てを手で弾き飛ばした。
その様子を見て、リッカとシオンは唖然とした表情を浮かべる。
「私の[ホーリーランス]が……」
「あの相手……手で全て払っていましたよ……」
「そんなことを出来る相手なんて、家族の皆くらいしか思い付かないんだけど……」
「つまりあの敵は、リッカさんの家族――【黄昏の夜明け】並みの力があるということですか⁉」
シオンの驚いたような言葉に、リッカは神妙な顔をして頷く。
リュカの心配通り、リッカとシオンは、目の前の相手がリュカだという発想すら持っていない。
リッカは再び武器を構える。
「シオン、本気を出す準備しておいて! 私ももっと強力な魔法を撃つから!」
「分かりました。中級魔法を素手で払い除けた相手。ともなると、簡単には勝たせてもらえそうもない……って、何ですかアレは⁉」
シオンは驚愕したように黒い靄を眺める。
黒い靄が手を掲げると突如として無数の黒い触手が出現したのだ。
それらはうねうねと動きながら、リッカとシオンに向かって迫ってくる。
その触手にリッカは、なす術なく捕らわれてしまった。
シオンも触手に捕まることを覚悟したのだが、なぜか触手はシオンではなく、全てリッカに向かっていく。
(何故ボクには襲いかかってこないんだ……?)
シオンが疑問に思っている間にも、触手はリッカに絡みついていく。
触手は既に彼女の手足を拘束しており、更に服の下にまで侵入していた。
「ちょ……どこ触って、あぁん……」
リッカの体は、黒い触手に責められてビクッと跳ね上がった。
そんな状態を見て、シオンはオロオロしつつも尋ねる。
「リッカさん、これは一体何なのですか⁉」
「これは……触手を召喚する……闇魔法の[触手]で、以前に英雄ダンが……あぁん!」
「えーっと……ボクはどうしたらいいですか?」
「とりあえずこの触手を何とかしてよ! ただ、私の方はあまり見ないで!」
恥ずかしそうにそう言うリッカに、シオンは答える。
「見ないで何とか出来るわけないじゃないですか! 無茶振り過ぎますよ!」
「そんなことを言いながら、私の体を眺める気でしょ?」
「前にも言いましたが、ボクはリッカさんには全く興味がありませんので、見たところで何も気にしませんよ!」
「それはそれで、なんかムカつく!」
リッカと会話をしながらも、シオンはとりあえず状態異常を治す光の魔法を触手に向かって放ってみた。
すると触手は、リッカの体から少しずつ離れていく。
やがて彼女は自由になった。
リッカは地面に手を付き、激しく息を吐きながら、乱れた服を直していく。
そして服をもとに戻すと、黒い靄が掛かった相手を激しく睨んだ。
「もう、許さないからね‼ シオン、覚醒するわよ! アイツをボコボコにしてから、ぶっ殺してあげるわ‼」
「ぶっ殺すって……仮にも聖女になろうという人が、言ってはいけない言葉な気がしますが……」
シオンは溜息を吐きながらも、覚醒のため体中に魔力を循環させ始める。
リッカもシオンと同じく体中に魔力を循環させる。
そしてリッカが号令を掛けると、同時に覚醒したのだった。
「さぁ、覚悟しなさい! 私を辱めたお礼をたっぷりとしてあげるわ!」
そうして、リッカとシオンは黒い靄に向かって進んでいった。
第三話 魔神アトモスのダンジョン・後編(同士討ち始まる?)
黒い靄が掛かった二人が覚醒を行ったのを見て、僕、リュカは呟く。
「覚醒か……これで、もう一人がシオンだということがわかったね」
《あぁ、キッドは覚醒の類は使えないと言っていたからな。それにしても、なぜ[触手]をリッカに使ったんだ?》
アトランティカの疑問に僕は答える。
「リッカには昔[触手]を使ったことがあったんだ。その時にめちゃくちゃブチギレられたから、これなら気付いてくれると思って……」
《……たく、なんだその発想は……それに向こうは気付くどころか、戦う気満々みたいだぞ》
確かに、リッカはさっきから大量の魔力を放出している。
「うーん、参ったなぁ……」
《というか、相棒も覚醒すれば、向こうも気が付くんじゃないか。流石にダンジョンの相手が覚醒するとは相手も思わないだろう?》
「まぁ、そうかもしれないけど、魔力を温存するために、なるべく覚醒は使いたくないんだよね。それにこっちが覚醒しても向こうが気にせず攻撃してくるのはかなりまずい」
僕も覚醒を使ってそのまま戦闘になると、今の僕の力なら、下手すると二人を殺してしまいかねない。
何とかいい方法はないものかと思っていると、シオンが僕に向けて炎属性の極大魔法[エンシェントフレア]を放ってきた。
僕が左手で[エンシェントフレア]を弾き飛ばした瞬間、エンシェントフレアの陰に隠れていたリッカが接近し、剣で直接攻撃してくる。
わざわざ接近戦を仕掛けてくるなんて、相当怒ってるな……。
僕はその攻撃を躱しながら、自分のことを伝えるアイデアを考え続ける。
「……あっ、いいこと思いついた!」
《何を思いついたんだ? 相棒?》
回避を続けつつ、アトランティカに答える。
「とー祖父ちゃんから習った覇王流の剣技を見せるんだよ。とー祖父ちゃんの覇王流は、僕やリッカ、それととー祖父ちゃんの直接の弟子達しか使えないからね」
《そうか。ダンジョンの敵が使うはずのない剣技を使ったら気付くだろうということか》
「その通り! 気付いてくれることを願うよ!」
そして僕はリッカの攻撃を躱しながら、アトランティカを一度腰の鞘に戻す。
そしてアトランティカを鞘ごと抜き、まずは覇王流の[閃光烈波]を放った。
[閃光烈波]は、十段突きによる連続攻撃だ。
初めの数発は無事リッカに当たったが、残りは上手く回避された。
距離を取ったリッカに、僕は笑い掛ける。
「ほぉ……上手く躱せたね。ならば……覇王流、[獅子戦孔]!」
[獅子戦孔]は刀身に気を纏わせてから、空中に突きを繰り出して獅子の形の気を放つ技だ。
流石のリッカも、猛スピードで迫りくる[獅子戦孔]には対応出来ず、もろにくらって後方に吹っ飛ばされていった。
シオンは急いでリッカの元へ駆け寄った。
その様子を見てアトランティカが言う。
《リッカは、受け身を取れずに吹っ飛ばされていったな。これで気付くといいんだが……》
「身をもって体感させるために攻撃を当てたけど、これで余計に怒ったりしないといいなぁ」
そんなことを思いながら、僕は向こうの出方を待つのだった。
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