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第35話 切ない解決
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後に到着したレスキュー隊によって、旧体育倉庫から優太と美桜は無事に救出され、警察によって河田と美桜の母親の京子ら数人が連行されていった。どうやら警察は何人かをマークしていたらしい。そして京子はサッカー教室に付き添っては居なかったが、河田と爆弾作りの手伝いをしていたらしい。どこまでも母親失格だ。
驚いたのは京子だけではなく、逮捕者の中にサッカー教室に付き添って居た保護者も複数いたことだ。そうすると優太達は前からマークされていたとも言え、この反対運動とはかなり根深いものだったと言える。
(何か大事な史跡保存などがからんでいたのかね。でも、子供の命を犠牲にするものなら、そこまでして護るべきというのは間違ってるよ)
すみれは彼らを見送りながら、思いに耽っていた。そこをうんざりしたような顔の警官が何度目かの同じ質問を繰り返していた。
「で、おばあちゃん。名前は? この教諭を縛ったのはわかったけど、こんな頭になっていることや失禁している理由は?」
「はあ? あたしゃ、最近耳が遠くてねえ。いいシュートの的があったからウィリアム・テルの真似事しただけだよぉ」
「それは弓矢とリンゴでしょ?」
「はあ? あたしゃ、耳が遠くて。サッカーはまだまだ現役じゃけどのう」
「だー!! 絶対に聞こえてるでしょ!」
警官とすみれのやり取りは堂々巡りであった。
「すみれさんも策士ですね」
総一郎がため息をつくのを健三が慰めた。
「すみれさんと他人行儀で呼ばなくてもいいよ、すみれさんとは親戚なんだろ? しかし、ああいう親戚持つと大変だな」
「あれ、健さん、気づいてましたか」
「ああ、内野すみれ、旧姓は浅葱すみれ。昔のオリンピック代表でもあり、自在に操るボールさばきや豪快なシュートには見覚えあってな」
総一郎は気が抜けたように返事した。
「大叔母様の現役時代を知ってる方がいましたか。女子サッカーはマイナーだったから、バレないと思ってましたけどね」
「ああ、子どものころに社会科見学だか、なんだかに女子サッカーの試合に連れて行かれたことあってな。かなりパワフルだったから覚えてる。まあ、それでも思い出すのに時間がかかったよ。そして梨理さんはすみれさんの外孫だ。新聞のインタビュー記事に祖母もサッカー選手だったとあった。ツテも何も血縁なら簡単に呼べるわな」
「健さんには敵いませんね。ところで美桜ちゃんは?」
「ああ、保健室で優太と一緒に火傷の応急手当してもらってる。梨理さんが付き添っているよ。美桜ちゃんは毅然としているようだけどな。
しばらくは若葉苑で過ごすだろうけど、親権は父親に行くのではないかな」
「美桜ちゃん、年齢の割に大人びて賢かったのは、母親を反面教師にしていたから早く大人になる必要があったのですね。胸が痛みます」
「そうだな……」
保健室にて火傷の応急手当をしてもらった美桜は梨理と優太が心配げに見守っていた。
「はい、応急手当終わり。すぐに火を消したというからそんなにひどくないけど、後で病院へ行きましょうね」
「はい」
「美桜ちゃん、大変だったわね。病院には大人が付き添わないといけないから、私が一緒に行くから」
梨理が優しく声をかける。
「俺も行く! それに、その……お母さん捕まってしまったな。なんて言ったらいいいのか」
優太は言葉を選ぶのも困ったように、声をかける。美桜は静かに頭を振って諦めの境地で答えた。
「いいの。自分でもお母さんを疑ってたし。これでお母さんからやっと離れられる。養育費や児童手当だっけ? それ目当てに私を手元に置いていただけだったから。どのみち親が逮捕なんて新しいいじめの材料になるだけだから、お父さんの元へ行く方がいいものね」
「美桜をいじめる奴がいたら、俺がぶっ飛ばす!」
「ありがとうね、優太君」
「さ、早めに病院へ行きましょう。優太君も閉じ込められてたのだから、怪我や具合が悪くないか検査しないと」
梨理が二人を促すように保健室から退出させる。
(虐待の話は本当に切ないわね……。ところで、おばあちゃんは切り抜けたのかしら)
「だから、耳が遠いのよぉ。何言ってんだがさっぱり。ニホンゴ、ワカラナイネ」
「絶対にわざとだろうー! このサッカーバ……老人!」
すみれと警官との聞き取りはもはや漫才レベルとなり、まだ続いていた。
驚いたのは京子だけではなく、逮捕者の中にサッカー教室に付き添って居た保護者も複数いたことだ。そうすると優太達は前からマークされていたとも言え、この反対運動とはかなり根深いものだったと言える。
(何か大事な史跡保存などがからんでいたのかね。でも、子供の命を犠牲にするものなら、そこまでして護るべきというのは間違ってるよ)
すみれは彼らを見送りながら、思いに耽っていた。そこをうんざりしたような顔の警官が何度目かの同じ質問を繰り返していた。
「で、おばあちゃん。名前は? この教諭を縛ったのはわかったけど、こんな頭になっていることや失禁している理由は?」
「はあ? あたしゃ、最近耳が遠くてねえ。いいシュートの的があったからウィリアム・テルの真似事しただけだよぉ」
「それは弓矢とリンゴでしょ?」
「はあ? あたしゃ、耳が遠くて。サッカーはまだまだ現役じゃけどのう」
「だー!! 絶対に聞こえてるでしょ!」
警官とすみれのやり取りは堂々巡りであった。
「すみれさんも策士ですね」
総一郎がため息をつくのを健三が慰めた。
「すみれさんと他人行儀で呼ばなくてもいいよ、すみれさんとは親戚なんだろ? しかし、ああいう親戚持つと大変だな」
「あれ、健さん、気づいてましたか」
「ああ、内野すみれ、旧姓は浅葱すみれ。昔のオリンピック代表でもあり、自在に操るボールさばきや豪快なシュートには見覚えあってな」
総一郎は気が抜けたように返事した。
「大叔母様の現役時代を知ってる方がいましたか。女子サッカーはマイナーだったから、バレないと思ってましたけどね」
「ああ、子どものころに社会科見学だか、なんだかに女子サッカーの試合に連れて行かれたことあってな。かなりパワフルだったから覚えてる。まあ、それでも思い出すのに時間がかかったよ。そして梨理さんはすみれさんの外孫だ。新聞のインタビュー記事に祖母もサッカー選手だったとあった。ツテも何も血縁なら簡単に呼べるわな」
「健さんには敵いませんね。ところで美桜ちゃんは?」
「ああ、保健室で優太と一緒に火傷の応急手当してもらってる。梨理さんが付き添っているよ。美桜ちゃんは毅然としているようだけどな。
しばらくは若葉苑で過ごすだろうけど、親権は父親に行くのではないかな」
「美桜ちゃん、年齢の割に大人びて賢かったのは、母親を反面教師にしていたから早く大人になる必要があったのですね。胸が痛みます」
「そうだな……」
保健室にて火傷の応急手当をしてもらった美桜は梨理と優太が心配げに見守っていた。
「はい、応急手当終わり。すぐに火を消したというからそんなにひどくないけど、後で病院へ行きましょうね」
「はい」
「美桜ちゃん、大変だったわね。病院には大人が付き添わないといけないから、私が一緒に行くから」
梨理が優しく声をかける。
「俺も行く! それに、その……お母さん捕まってしまったな。なんて言ったらいいいのか」
優太は言葉を選ぶのも困ったように、声をかける。美桜は静かに頭を振って諦めの境地で答えた。
「いいの。自分でもお母さんを疑ってたし。これでお母さんからやっと離れられる。養育費や児童手当だっけ? それ目当てに私を手元に置いていただけだったから。どのみち親が逮捕なんて新しいいじめの材料になるだけだから、お父さんの元へ行く方がいいものね」
「美桜をいじめる奴がいたら、俺がぶっ飛ばす!」
「ありがとうね、優太君」
「さ、早めに病院へ行きましょう。優太君も閉じ込められてたのだから、怪我や具合が悪くないか検査しないと」
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