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第32話 サッカーばあちゃん、バイオレンス「練習」を始める

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 すみれは軽快にドリブルをしながら、綾小路はふうふう言いながら小走りに裏庭を駆け回っていた。

「土曜日の人気のない場所の定番は裏庭や給食室、車の搬入口ってところか。綾さん、もっと早く走れないのかい。元泥棒ならもっと早く動かないと。復職したらすぐに捕まるよ」

 すみれがいったんドリブルを止めて、振り返った。

「か、勘弁してください。き、規則正しいとはいえ、ムショ暮しで鈍りましたよ。もう復職なんて、か、勘弁です、はぁはぁ」

「やれやれ、更正したというべきか、形無しというべきか」

 ボールを小脇に抱えて、すみれは呆れたように言った。

「ん? ちょっと待ってください。なんだか妙な匂いがします」

「確かに。まさか肥料かい?」

 すみれはボールを小脇に抱えたまま、綾小路に詰め寄った。この辺りに隠した肥料があるとなればそれはそれで一大事だ。もしかしたら二人は見つけてしまったのかもしれない。

「いえ、微かにですが何か焼けたような、ビニールのような油のような、妙な……」

 綾小路が言いかけたところ、河田が通りかかった。

「おや、確か、校庭でのサッカー教室の関係者達でしたね。こんなところでどうしました?」

 相変わらず、土曜日で授業はないはずなのに白衣を着ている。根っからの理科オタクに違いない。そして、相変わらず胡散臭い陰気さを纏っている。

「ええと、ここの先生ですか。いえね、後半の指導が始まってもサボって戻らない子がいるので探してるのですよ。見つけたらこっぴどく叱らないと」

 すみれは務めて明るく答える。真意を悟られてはいけない。

「僕は見かけませんでしたね。二人を見かけたら校庭までお連れしますよ。では、これで」

 河田は顔色ひとつ変えず答える。すみれと河田がすれ違った瞬間、すみれの顔つきが変わった。

「すみれさん?」

 綾小路の問いかけよりも早く、ボールを地面にセットすると河田の頭を目掛けてシュートを放った。これは前回の山田君にしたのと同じくらいの勢いのあるシュートだ。かつて自分もくらったが、即気絶したし、数日は痛みが止まらなかった。

 そして、ボールは綾小路の読みどおりに見事に河田の後頭部に当たり、そのまま気絶した。倒れた河田を見て綾小路は動揺した。

「あ、あわわ、すみれさんなんてことを。私の時は正当防衛ですが、これじゃ傷害罪ですよ」

 すみれは倒れている河田を見つめながら、綾小路に指示をした。

「綾さん、こいつをそこの木に縛ってくれ。こいつは何か知っている」

 唐突な頼みに綾小路は怪訝な顔をする。

「なんでそう思ったのですか?」

「白衣なのにさっきの花壇で使ってた肥料の匂いがした。理科の教師がなんで肥料の匂いがするんだい」

「吉田先生に差し入れしたからでは?」

「いや、他にも乾いたホコリの匂い、それからカビの匂いも混ざっている

「すみれさん、鼻が警察犬並に鋭いですね」

「ごちゃごちゃうるさいね。
 私は『子どもがサボっている』しか言わなかった。なのに、こいつは『二人を見かけたら』と答えた。なんで居なくなった子の人数を知っている?」

「あっ……!」

 すみれに指摘されて綾小路は初めて気づいたようであった。意図に気づいて慌てて空調服を開けてビニール紐を取り出し、河田を拘束する準備を始めた。

「とにかく二人の行方はこいつが掴んでいる。吐かせないと」

 一方、教室の方は梨理の指導もあって盛り上がっていた。

「さーて、今度はミニゲームをやるよ。交代で私も入ってサポートするからね」

「はーい!」

 悦子達は様子を見守りながら、千沙子と心配していた。

「探しに行った二人も遅いですわね。四人まとめて犯人に捕まったのかしら」

 おろおろとする悦子に千沙子は落ち着かせるように言った。

「悦子さん、万一の時はすみれさんから連絡来て、健さんに合言葉を声かけしてくれと取り決めたじゃないですか。浅葱さんとも連絡取れる状態にしてますし、こちらには健さんもいます」

 それでも、なおも悦子はそわそわしている。

「まあ、確かにすみれさんはあのキック力とボールがあるから大丈夫ですよ。やはり子供たちが心配で」

「健さんの孫でもある優太君がいるから大丈夫ですよ」

「それならいいのですけど」


「う、ううん」

「気づいたかい、爆弾魔教師」

「!? 何の真似だ」

 河田は自分が木に縛られている状況に気づき、驚きを隠せなかった。

「悪いが縛らせて貰った。自爆テロされても困るからね」

「自爆テロなんて物騒なことを言いますね。やるなら自分以外をぶっ飛ばしますよ。そのくらいなら朝飯前だ」

 こんな状況でも余裕を含んだ笑みを浮かべている。やはり何かを知っている。

「……なんだか、デジャブを感じる。先生、悪いことは言いません。何か知っているのなら素直に吐いた方がいいですよ」

 綾小路が忠告をするが、河田は笑みを崩さない。

「今ので爆弾作りを白状したようなもんだね。それで子供たちをどこへ隠した?」

「さあ? ご自分達で探したらどうです? 早くしないとどうなるやら。クックック」

 河田は悪びれもせずに含みのある笑いをする。

「かなりクレイジーだねえ。ならば、練習をやりますか」

 すみれはボールを地面にセットした。

「あ、あわわわ。先生、今なら間に合います。白状しないととんでもないことになります」

「吐くも何も、私は知ら……」

 言い終わらないうちに河田の頭上スレスレを弾丸シュートが当たり、バウンドしてすみれに飛んできた。そのまま胸元でトラップして再び足元にセットする。さっきの子どもに放ったシュートとは桁違いにスピードも威力も上なのは音からして明らかだ。

「歳かねえ、頭に当てるつもりだったけど、髪の毛に当たったようだね」

「な……!!」

「まあ、私はシュート練習を続けますか。髪の毛が少々犠牲になって、マルシンドになるかもしれないけど」

「すみれさん、今どきの人はマルシンドなんて知らないですよ。河田先生、念の為教えますが、マルシンドは初期Jリーグにいたカッパハゲの選手です」

「そりゃっ! とりゃっ! おりゃっ! いやー、歳だねえ、外しっぱなしだわー」

 棒読みの独り言を言いながら、すみれは次々と頭上スレスレにシュートを『外し』続け、河田の髪の毛に当たり続ける。

「こ、こんなことしてただで済むと思ってるのか」

「あー、歳かねえ。最近耳が遠くってー。さーて次はオーバースローでも投げるかねえ。当たるかなー。至近距離だから『外しても』髪の毛抜けるくらいで済むかなー」

「いや、シュートの時点でかなりの髪の毛にダメージが。私の仲間入りしそうですね。ハゲ仲間が増えるのはこの人では嬉しくないなあ」

「抜けるとなかなか生えないお年頃だっけねえ。まあ、あたしの老化防止のために『練習』しますか」

 容赦なく、すみれは『練習』を続けた。
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