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第6話 奇妙な新規職員
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「ちょっと、ちょっと。どういうことだよ、浅葱さん? 泥棒を雇うだって?」
皆がぽかんとしている中、すみれが我に返り、異議を唱えると総一郎は冷静に話し出す。
「まず、先程から何度も皆さんが言う通り、警察に通報した場合、セキュリティの甘さなどで管理体制が問われます。そうなると、この苑の評判がさらに落ちます。ただでさえ赤字なのに批判が殺到して潰れかねません」
「それはわかる」
最もだとばかりに皆が頷く。
「で、泥棒の処遇についてですが、この人の言うとおり、窃盗の前科のみで殺人はしていないでしょう。だからそんなに危険な人ではないかと思います」
「あ、浅葱さんよぉ、なんでそんなことがわかるんだい?」
健三が手を上げて質問をする。
「まあ、人を殺した人や企んでいる人の目付きは違うのですよ。彼の目付きは穏やかです」
「あ、浅葱さん?! なんかいつもと態度違わないか?!」
健三は戸惑っているが、すみれは薄々と勘づいてはいた。名士の浅葱家にも長い歴史に何かしら後ろ暗い所があるものだ。しかし、早くに外へ嫁いだすみれですら詳しくは知らないし、知ろうとは思わない方が幸せなのだと思う。
「まあ、それは冗談です。彼が気絶している間に荷物を改めましたが、刑務所から出所したてで、かつ身寄りはいない、または疎遠になっているのがわかりました」
「浅葱さん、それでもそんなことがわかる理由が見当付きませんわ」
悦子が質問を重ねる。
「それはですね……」
「だいたい荷物を漁ればわかるさね」
総一郎が推理を述べようとしたが、すみれが遮るように語りだす。
「私も一緒に検分させてもらったけど、財布の中はほぼ空っぽだったし、レシートが財布の中に入ってたが、ご丁寧にも残金の計算などをびっしり書き込みして管理してた。レシートは一番古い日付でも五日前から今日まで。そこまできっちりしているのにレシートの日付けが浅い。そこからして、買い物ができる環境になったのは五日前と推測できる」
「はあ、すみれさんはサッカーだけではなく探偵みたいだな。それで、刑務所云々はどっからだい?」
健三がすみれに問いかける。
「靴や服の一部が制服みたいに地味だが、全て日本製で作りはしっかりしていた。無名なのに丁寧な作り、日本製。そうなると刑務作業品がそれにあたります」
「さすがですね、すみれさん。その通りです。それに靴のデザインがうちのバザーでも扱っている刑務作業品でした。念の為に服に縫い付けてあった名前を検索したら、二年前の窃盗事件で捕まった記事が出てきました」
「はあ、二人ともさすがだな。それで再就職もままならず頼れる親類もいない、所持金が尽きたからうちへ泥棒しにきたと」
健三がエアガンを手先でいじり、器用にクルクルと回しながら相づちを打つ。
「まあ、入る所を間違えたな、この人」
「で、このまま逃がしたらどこかで再犯しかねませんし、このことを通報されても困ります。それにお金に困っているのならここで住み込みで働いてもらった方がいいでしょう。彼は衣食住が確保される、うちも若手が入って人手不足が解決する。さらに泥棒ということは侵入や犯罪のプロです。裏を返せば防犯の知識に長けています。互いにWinWinで役に立つのではないでしょうか」
総一郎の突飛とも思える提案は続いた。
「い、いや、それはちょっとどうかな。もし、裏切って盗みをしたらどうするんだい」
健三の異議はもっともである。入居者達はウンウンと頷いた。総一郎はちらっと中庭の葉桜を見上げながらポツリとつぶやいた。
「……今年の桜は花がいまひとつでしたね。……肥料が足りなかったかな」
総一郎はゆっくりと泥棒に向き直った。彼の底知れぬ不気味さに泥棒はおののき、首をブンブンと振って否定した。先程言っていた「人を殺したことのある目付き」をしている。文字通りの抹殺なのか、社会的抹殺なのかは分からないが、あの言葉は本物で自分自身のことだったようだ。これは泥棒の直感というやつで根拠はないが、逆らわない方がいい。
「い、いや、働かせてくれるなら働くよ! ど、泥棒や防犯の知識も提供するから!」
「ま、待てよ! 泥棒ってんなら、こないだのホームセンターの肥料泥棒もこいつの仕業じゃねえか?! テロリストと暮らせねえよ!」
健三がさらに異議を唱える。
「な?! 冗談じゃないわよ! テロリストな訳ないでしょ! アタシは泥棒だけど、人は傷つけねえのがモットーよ!」
「さっきは人を殺したとふかしてたのにねえ。しかし、なんで興奮するとオネエ言葉になるのかしら」
リフティングを続けながらもすみれがツッコミを入れる。
「……すみません、だから殺人犯は嘘です。と、とにかく盗みはしても爆弾なんて作りません! 誓っても人を傷つけることは俺のポリシーに反します!」
「はっ! テロリストの言うことなんて信用ならねえな。やはり生かしておけねえ!」
「あー、健さんの暴走が始まったねえ」
「ああなると、ちょっとやそっとでは収まりませんわね」
「……皆、冷静だね」
「すみれさんもリフティングしながら言ってる時点でかなり冷静ですわよ」
「いやあ、手持ちぶさたでさ」
「まあまあ、健さん。ここは身柄を私に任せてください。万一の場合には来年の桜が綺麗になるだけですから。そろそろ夜も更けてきましたから一旦寝ましょう。泥棒氏は今夜はとりあえず認知症疑いの入居者用の外鍵がしっかりした部屋に入ってもらいます。それでいいですね、泥棒さん」
「……泥棒じゃねえ、俺には綾小路という名前がある」
「……ずいぶんと名前負けしておりますわね」
「しっ、千沙子さん。声が大きいです」
こうして、唐突に一晩で若葉苑にバイオレンスな新入居者と元泥棒という新規職員の二名が加わったのであった。
皆がぽかんとしている中、すみれが我に返り、異議を唱えると総一郎は冷静に話し出す。
「まず、先程から何度も皆さんが言う通り、警察に通報した場合、セキュリティの甘さなどで管理体制が問われます。そうなると、この苑の評判がさらに落ちます。ただでさえ赤字なのに批判が殺到して潰れかねません」
「それはわかる」
最もだとばかりに皆が頷く。
「で、泥棒の処遇についてですが、この人の言うとおり、窃盗の前科のみで殺人はしていないでしょう。だからそんなに危険な人ではないかと思います」
「あ、浅葱さんよぉ、なんでそんなことがわかるんだい?」
健三が手を上げて質問をする。
「まあ、人を殺した人や企んでいる人の目付きは違うのですよ。彼の目付きは穏やかです」
「あ、浅葱さん?! なんかいつもと態度違わないか?!」
健三は戸惑っているが、すみれは薄々と勘づいてはいた。名士の浅葱家にも長い歴史に何かしら後ろ暗い所があるものだ。しかし、早くに外へ嫁いだすみれですら詳しくは知らないし、知ろうとは思わない方が幸せなのだと思う。
「まあ、それは冗談です。彼が気絶している間に荷物を改めましたが、刑務所から出所したてで、かつ身寄りはいない、または疎遠になっているのがわかりました」
「浅葱さん、それでもそんなことがわかる理由が見当付きませんわ」
悦子が質問を重ねる。
「それはですね……」
「だいたい荷物を漁ればわかるさね」
総一郎が推理を述べようとしたが、すみれが遮るように語りだす。
「私も一緒に検分させてもらったけど、財布の中はほぼ空っぽだったし、レシートが財布の中に入ってたが、ご丁寧にも残金の計算などをびっしり書き込みして管理してた。レシートは一番古い日付でも五日前から今日まで。そこまできっちりしているのにレシートの日付けが浅い。そこからして、買い物ができる環境になったのは五日前と推測できる」
「はあ、すみれさんはサッカーだけではなく探偵みたいだな。それで、刑務所云々はどっからだい?」
健三がすみれに問いかける。
「靴や服の一部が制服みたいに地味だが、全て日本製で作りはしっかりしていた。無名なのに丁寧な作り、日本製。そうなると刑務作業品がそれにあたります」
「さすがですね、すみれさん。その通りです。それに靴のデザインがうちのバザーでも扱っている刑務作業品でした。念の為に服に縫い付けてあった名前を検索したら、二年前の窃盗事件で捕まった記事が出てきました」
「はあ、二人ともさすがだな。それで再就職もままならず頼れる親類もいない、所持金が尽きたからうちへ泥棒しにきたと」
健三がエアガンを手先でいじり、器用にクルクルと回しながら相づちを打つ。
「まあ、入る所を間違えたな、この人」
「で、このまま逃がしたらどこかで再犯しかねませんし、このことを通報されても困ります。それにお金に困っているのならここで住み込みで働いてもらった方がいいでしょう。彼は衣食住が確保される、うちも若手が入って人手不足が解決する。さらに泥棒ということは侵入や犯罪のプロです。裏を返せば防犯の知識に長けています。互いにWinWinで役に立つのではないでしょうか」
総一郎の突飛とも思える提案は続いた。
「い、いや、それはちょっとどうかな。もし、裏切って盗みをしたらどうするんだい」
健三の異議はもっともである。入居者達はウンウンと頷いた。総一郎はちらっと中庭の葉桜を見上げながらポツリとつぶやいた。
「……今年の桜は花がいまひとつでしたね。……肥料が足りなかったかな」
総一郎はゆっくりと泥棒に向き直った。彼の底知れぬ不気味さに泥棒はおののき、首をブンブンと振って否定した。先程言っていた「人を殺したことのある目付き」をしている。文字通りの抹殺なのか、社会的抹殺なのかは分からないが、あの言葉は本物で自分自身のことだったようだ。これは泥棒の直感というやつで根拠はないが、逆らわない方がいい。
「い、いや、働かせてくれるなら働くよ! ど、泥棒や防犯の知識も提供するから!」
「ま、待てよ! 泥棒ってんなら、こないだのホームセンターの肥料泥棒もこいつの仕業じゃねえか?! テロリストと暮らせねえよ!」
健三がさらに異議を唱える。
「な?! 冗談じゃないわよ! テロリストな訳ないでしょ! アタシは泥棒だけど、人は傷つけねえのがモットーよ!」
「さっきは人を殺したとふかしてたのにねえ。しかし、なんで興奮するとオネエ言葉になるのかしら」
リフティングを続けながらもすみれがツッコミを入れる。
「……すみません、だから殺人犯は嘘です。と、とにかく盗みはしても爆弾なんて作りません! 誓っても人を傷つけることは俺のポリシーに反します!」
「はっ! テロリストの言うことなんて信用ならねえな。やはり生かしておけねえ!」
「あー、健さんの暴走が始まったねえ」
「ああなると、ちょっとやそっとでは収まりませんわね」
「……皆、冷静だね」
「すみれさんもリフティングしながら言ってる時点でかなり冷静ですわよ」
「いやあ、手持ちぶさたでさ」
「まあまあ、健さん。ここは身柄を私に任せてください。万一の場合には来年の桜が綺麗になるだけですから。そろそろ夜も更けてきましたから一旦寝ましょう。泥棒氏は今夜はとりあえず認知症疑いの入居者用の外鍵がしっかりした部屋に入ってもらいます。それでいいですね、泥棒さん」
「……泥棒じゃねえ、俺には綾小路という名前がある」
「……ずいぶんと名前負けしておりますわね」
「しっ、千沙子さん。声が大きいです」
こうして、唐突に一晩で若葉苑にバイオレンスな新入居者と元泥棒という新規職員の二名が加わったのであった。
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