上 下
6 / 36

第6話 奇妙な新規職員

しおりを挟む
「ちょっと、ちょっと。どういうことだよ、浅葱さん? 泥棒を雇うだって?」

 皆がぽかんとしている中、すみれが我に返り、異議を唱えると総一郎は冷静に話し出す。

「まず、先程から何度も皆さんが言う通り、警察に通報した場合、セキュリティの甘さなどで管理体制が問われます。そうなると、この苑の評判がさらに落ちます。ただでさえ赤字なのに批判が殺到して潰れかねません」

「それはわかる」

 最もだとばかりに皆が頷く。

「で、泥棒の処遇についてですが、この人の言うとおり、窃盗の前科のみで殺人はしていないでしょう。だからそんなに危険な人ではないかと思います」

「あ、浅葱さんよぉ、なんでそんなことがわかるんだい?」

 健三が手を上げて質問をする。

「まあ、人を殺した人や企んでいる人の目付きは違うのですよ。彼の目付きは穏やかです」

「あ、浅葱さん?! なんかいつもと態度違わないか?!」


 健三は戸惑っているが、すみれは薄々と勘づいてはいた。名士の浅葱家にも長い歴史に何かしら後ろ暗い所があるものだ。しかし、早くに外へ嫁いだすみれですら詳しくは知らないし、知ろうとは思わない方が幸せなのだと思う。

「まあ、それは冗談です。彼が気絶している間に荷物を改めましたが、刑務所から出所したてで、かつ身寄りはいない、または疎遠になっているのがわかりました」

「浅葱さん、それでもそんなことがわかる理由が見当付きませんわ」

 悦子が質問を重ねる。

「それはですね……」

「だいたい荷物を漁ればわかるさね」

 総一郎が推理を述べようとしたが、すみれが遮るように語りだす。


「私も一緒に検分させてもらったけど、財布の中はほぼ空っぽだったし、レシートが財布の中に入ってたが、ご丁寧にも残金の計算などをびっしり書き込みして管理してた。レシートは一番古い日付でも五日前から今日まで。そこまできっちりしているのにレシートの日付けが浅い。そこからして、買い物ができる環境になったのは五日前と推測できる」

「はあ、すみれさんはサッカーだけではなく探偵みたいだな。それで、刑務所云々はどっからだい?」

 健三がすみれに問いかける。

「靴や服の一部が制服みたいに地味だが、全て日本製で作りはしっかりしていた。無名なのに丁寧な作り、日本製。そうなると刑務作業品がそれにあたります」

「さすがですね、すみれさん。その通りです。それに靴のデザインがうちのバザーでも扱っている刑務作業品でした。念の為に服に縫い付けてあった名前を検索したら、二年前の窃盗事件で捕まった記事が出てきました」

「はあ、二人ともさすがだな。それで再就職もままならず頼れる親類もいない、所持金が尽きたからうちへ泥棒しにきたと」

 健三がエアガンを手先でいじり、器用にクルクルと回しながら相づちを打つ。

「まあ、入る所を間違えたな、この人」

「で、このまま逃がしたらどこかで再犯しかねませんし、このことを通報されても困ります。それにお金に困っているのならここで住み込みで働いてもらった方がいいでしょう。彼は衣食住が確保される、うちも若手が入って人手不足が解決する。さらに泥棒ということは侵入や犯罪のプロです。裏を返せば防犯の知識に長けています。互いにWinWinで役に立つのではないでしょうか」

 総一郎の突飛とも思える提案は続いた。

「い、いや、それはちょっとどうかな。もし、裏切って盗みをしたらどうするんだい」

 健三の異議はもっともである。入居者達はウンウンと頷いた。総一郎はちらっと中庭の葉桜を見上げながらポツリとつぶやいた。

「……今年の桜は花がいまひとつでしたね。……肥料が足りなかったかな」

 総一郎はゆっくりと泥棒に向き直った。彼の底知れぬ不気味さに泥棒はおののき、首をブンブンと振って否定した。先程言っていた「人を殺したことのある目付き」をしている。文字通りの抹殺なのか、社会的抹殺なのかは分からないが、あの言葉は本物で自分自身のことだったようだ。これは泥棒の直感というやつで根拠はないが、逆らわない方がいい。

「い、いや、働かせてくれるなら働くよ! ど、泥棒や防犯の知識も提供するから!」

「ま、待てよ! 泥棒ってんなら、こないだのホームセンターの肥料泥棒もこいつの仕業じゃねえか?! テロリストと暮らせねえよ!」

 健三がさらに異議を唱える。

「な?!  冗談じゃないわよ! テロリストな訳ないでしょ! アタシは泥棒だけど、人は傷つけねえのがモットーよ!」

「さっきは人を殺したとふかしてたのにねえ。しかし、なんで興奮するとオネエ言葉になるのかしら」

 リフティングを続けながらもすみれがツッコミを入れる。

「……すみません、だから殺人犯は嘘です。と、とにかく盗みはしても爆弾なんて作りません! 誓っても人を傷つけることは俺のポリシーに反します!」

「はっ! テロリストの言うことなんて信用ならねえな。やはり生かしておけねえ!」

「あー、健さんの暴走が始まったねえ」

「ああなると、ちょっとやそっとでは収まりませんわね」

「……皆、冷静だね」

「すみれさんもリフティングしながら言ってる時点でかなり冷静ですわよ」

「いやあ、手持ちぶさたでさ」

「まあまあ、健さん。ここは身柄を私に任せてください。万一の場合には来年の桜が綺麗になるだけですから。そろそろ夜も更けてきましたから一旦寝ましょう。泥棒氏は今夜はとりあえず認知症疑いの入居者用の外鍵がしっかりした部屋に入ってもらいます。それでいいですね、泥棒さん」

「……泥棒じゃねえ、俺には綾小路という名前がある」

「……ずいぶんと名前負けしておりますわね」

「しっ、千沙子さん。声が大きいです」

 こうして、唐突に一晩で若葉苑にバイオレンスな新入居者と元泥棒という新規職員の二名が加わったのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

AIアイドル活動日誌

ジャン・幸田
キャラ文芸
 AIアイドル「めかぎゃるず」はレトロフューチャーなデザインの女の子型ロボットで構成されたアイドルグループである。だからメンバーは全てカスタマーされた機械人形である!  そういう設定であったが、実際は「中の人」が存在した。その「中の人」にされたある少女の体験談である。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

マトリックズ:ルピシエ市警察署 特殊魔薬取締班のクズ達

衣更月 浅葱
キャラ文芸
人に悪魔の力を授ける特殊指定薬物。 それらに対抗するべく設立された魔薬取締班もまた、この薬物を使用した"服用者"であった。 自己中なボスのナターシャと、ボスに心酔する部下のアレンと、それから…? * その日、雲を掴んだ様な心持ちであると署長は述べた。 ルピシエ市警察はその会見でとうとう、"特殊指定薬物"の存在を認めたのだ。 特殊指定薬物、それは未知の科学が使われた不思議な薬。 不可能を可能とする魔法の薬。 服用するだけで超人的パワーを授けるこの悪魔の薬、この薬が使われた犯罪のむごさは、人の想像を遥かに超えていた。 この事態に終止符を打つべく、警察は秩序を守る為に新たな対特殊薬物の組織を新設する事を決定する。 それが生活安全課所属 特殊魔薬取締班。 通称、『マトリ』である。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

処理中です...