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第三話 ビッグアイ

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 前世の記憶が戻った翌日、俺はメイドのコリンさんを連れて館から少し離れた森を訪れていた。

「どうなされたのですか、アウル様。森に私達だけで入るのは危険です。ここの森奥はダンジョンと化していますから、この辺りも魔物が出るかもしれませんし……」

 コリンさんが困ったように口にする。

 ダンジョンとは、魔物の沸く区域のことである。
 大地にもマナは宿っている。
 地脈に淀んだマナが溜まっていると、それだけで魔物が発生する土壌の条件を満たしてしまうのだ。

「ごめん、どうしても、確かめておきたいことがあるんだ」

「そうは言っても、この奥はさすがに危険すぎます。私だけならばアウル様が命じるならば、針の山だろうとも、炎の海だろうとも進みますが……アウル様に何かあるかもしれないと思うと、いてもたってもいられません」

「……この屋敷で俺が信用できるのは、コリンさんだけなんだ。悪いけど、お願いするよ」

「わ、私だけ……。ア、アウル様が、そこまで言うのでしたら……」

 コリンさんが白い透き通った頬を紅潮させた。

「安心してください、何かあったときには、命に代えてもお守りいたしますから!」

「その心配はないよ。ここは、大した魔物も出ないはずだし」

「大した魔物は出ないと言っても……私もアウル様も、まともに魔物に対応する術を持ちません……」

 そのとき、ズシン、ズシンと、大きな足音が聞こえてきた。

「き、危険です、逃げましょうアウル様!」

「俺が先を歩くよ」

「お待ちください、アウル様!」

 コリンさんが慌てて俺を追いかけて来る。

 俺の前に、足音の主が現れた。
 一つ目の巨大な熊であった。
 ビッグアイと呼ばれる魔物だ。

「確か、D級下位の魔物だったか」

「こ、こんな魔物……普段はもっと森奥地にしかいないはずなのに、どうしてよりによって……!」

 ビッグアイは俺達を見つけると、どたどたと近付いてくる。

 俺はビッグアイの正面に立ち、呼吸を整える。
 『風の呼吸』だ。
 これで俺は通常よりもずっと速く動くことができる。
 

 俺は速度を上げた状態で、滑るように移動してビッグアイの死角へと入った。
 『縮地』と呼ばれる歩法である。
 足だけにチャクラを溜め込み、瞬間的に移動速度を引き上げることができる。
 そのまま攻撃に繋げたり、俺がやったように死角に入ったりするのが主な使い方である。

 ビッグアイが俺を間抜けに振り返る。
 跳び上がり、隙だらけのその頭に拳を叩き込んだ。

「ハッ!」

 軽快な音が鳴り、ビッグアイがぐらりとふらつく。

「アウル様が、D級の魔物相手に互角以上に立ちまわっている……?」

 コリンさんが呆然と俺を見ている。

 ……ここまで今の俺が非力だとは思わなかった。
 俺は今、本気でビッグアイを殴打したのだ。
 D級下位程度の魔物であれば一撃で倒せると考えていたが、あまりに俺の身体とチャクラはひ弱であった。
 殴った拳も砕けそうなほどに痛い。

 ビッグアイは、目を真っ赤にしていた。
 怒っている。この状態のビッグアイは力が上昇する……んだったかな。

 ビッグアイの大腕が振り下ろされる。
 ……今の俺では、力だけで圧倒することはできないな。

「『金剛ノ太刀』」

 俺はチャクラを腕に集中してぴんと伸ばし、手刀の一閃を放った。
 ビッグアイの振り下ろした腕が地面に落ちる。
 俺はそのまま前に飛び、ビッグアイの大きな目玉を手刀で貫いた。

 脳まで貫いた。
 即死である。
 ビッグアイはその場に崩れ落ちた。

「ふむ、こんなものか」

 俺は手刀を引き抜いた。
 自分の非力さに頭が痛くなってくる。
 D級程度の魔物に、拳が通らなかったからといって手刀を使うことになるとは、思ってもみなかった。

「D、D級魔物相手に、凄すぎる……アウル様、いったいいつの間にそんなお力を……?」

「……コリンさんを連れて来たのは、この戦いの感想を素直に教えてほしいんだ」

「え……?」

「俺の呼吸の仕方……わかったかな?」

 状況に合わせて呼吸を切り替え、チャクラの気質を制御する。
 これは拳闘士には必須の技術である。
 だが……俺の考えが正しければ、呼吸によるチャクラの気質制御自体、この国ではほとんど知れ渡っていない可能性がある。

「……呼吸、ですか?」

 コリンさんの様子から見るに、呼吸によるチャクラの形質制御などとても知らない様子であった。
 俺は冷や汗が垂れてきた。
 これは、呼吸法自体出回っていない可能性が高い。
 呼吸法によるチャクラの形質制御は、拳闘士以外には効果は薄いが、やるとやらないでは違いが出るはずなのだが……。
 俺も三百年前にしっかり広めたはずなのだが、忘れ去られている。

「『縮地』は……」

「あ! それは知っています。一部の上位の剣士などが、長い研鑽の末に会得できる歩法だと……」

 俺の時代だと、マナよりチャクラ寄りのクラスの人間は子供でもみんな身に着けていたんだがな……。
 というか、『縮地』は真っ先に覚えないと、拳闘士は先の段階へと進めない。

 ……これで確信が持てた。
 拳闘士がハズレ扱いされているのは、拳闘士の必須技術が損なわれているからだ。
 呼吸法はまともに知れ渡っていないし、『縮地』を使える人間自体がかなり減っているようだ。
 
 俺が一度大陸を統一するまでは、千年近く互いの国がクラスの技術を磨いて競い合っていた。
 戦争がクラスの技術を急速に進めていた、という見方ができるだろう。
 長い年月の果てに、その大半が失われてしまった結果、賢者のような早熟タイプばかりが持て囃されるようになったのかもしれない。
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