3 / 8
第三話 ビッグアイ
しおりを挟む
前世の記憶が戻った翌日、俺はメイドのコリンさんを連れて館から少し離れた森を訪れていた。
「どうなされたのですか、アウル様。森に私達だけで入るのは危険です。ここの森奥はダンジョンと化していますから、この辺りも魔物が出るかもしれませんし……」
コリンさんが困ったように口にする。
ダンジョンとは、魔物の沸く区域のことである。
大地にもマナは宿っている。
地脈に淀んだマナが溜まっていると、それだけで魔物が発生する土壌の条件を満たしてしまうのだ。
「ごめん、どうしても、確かめておきたいことがあるんだ」
「そうは言っても、この奥はさすがに危険すぎます。私だけならばアウル様が命じるならば、針の山だろうとも、炎の海だろうとも進みますが……アウル様に何かあるかもしれないと思うと、いてもたってもいられません」
「……この屋敷で俺が信用できるのは、コリンさんだけなんだ。悪いけど、お願いするよ」
「わ、私だけ……。ア、アウル様が、そこまで言うのでしたら……」
コリンさんが白い透き通った頬を紅潮させた。
「安心してください、何かあったときには、命に代えてもお守りいたしますから!」
「その心配はないよ。ここは、大した魔物も出ないはずだし」
「大した魔物は出ないと言っても……私もアウル様も、まともに魔物に対応する術を持ちません……」
そのとき、ズシン、ズシンと、大きな足音が聞こえてきた。
「き、危険です、逃げましょうアウル様!」
「俺が先を歩くよ」
「お待ちください、アウル様!」
コリンさんが慌てて俺を追いかけて来る。
俺の前に、足音の主が現れた。
一つ目の巨大な熊であった。
ビッグアイと呼ばれる魔物だ。
「確か、D級下位の魔物だったか」
「こ、こんな魔物……普段はもっと森奥地にしかいないはずなのに、どうしてよりによって……!」
ビッグアイは俺達を見つけると、どたどたと近付いてくる。
俺はビッグアイの正面に立ち、呼吸を整える。
『風の呼吸』だ。
これで俺は通常よりもずっと速く動くことができる。
俺は速度を上げた状態で、滑るように移動してビッグアイの死角へと入った。
『縮地』と呼ばれる歩法である。
足だけにチャクラを溜め込み、瞬間的に移動速度を引き上げることができる。
そのまま攻撃に繋げたり、俺がやったように死角に入ったりするのが主な使い方である。
ビッグアイが俺を間抜けに振り返る。
跳び上がり、隙だらけのその頭に拳を叩き込んだ。
「ハッ!」
軽快な音が鳴り、ビッグアイがぐらりとふらつく。
「アウル様が、D級の魔物相手に互角以上に立ちまわっている……?」
コリンさんが呆然と俺を見ている。
……ここまで今の俺が非力だとは思わなかった。
俺は今、本気でビッグアイを殴打したのだ。
D級下位程度の魔物であれば一撃で倒せると考えていたが、あまりに俺の身体とチャクラはひ弱であった。
殴った拳も砕けそうなほどに痛い。
ビッグアイは、目を真っ赤にしていた。
怒っている。この状態のビッグアイは力が上昇する……んだったかな。
ビッグアイの大腕が振り下ろされる。
……今の俺では、力だけで圧倒することはできないな。
「『金剛ノ太刀』」
俺はチャクラを腕に集中してぴんと伸ばし、手刀の一閃を放った。
ビッグアイの振り下ろした腕が地面に落ちる。
俺はそのまま前に飛び、ビッグアイの大きな目玉を手刀で貫いた。
脳まで貫いた。
即死である。
ビッグアイはその場に崩れ落ちた。
「ふむ、こんなものか」
俺は手刀を引き抜いた。
自分の非力さに頭が痛くなってくる。
D級程度の魔物に、拳が通らなかったからといって手刀を使うことになるとは、思ってもみなかった。
「D、D級魔物相手に、凄すぎる……アウル様、いったいいつの間にそんなお力を……?」
「……コリンさんを連れて来たのは、この戦いの感想を素直に教えてほしいんだ」
「え……?」
「俺の呼吸の仕方……わかったかな?」
状況に合わせて呼吸を切り替え、チャクラの気質を制御する。
これは拳闘士には必須の技術である。
だが……俺の考えが正しければ、呼吸によるチャクラの気質制御自体、この国ではほとんど知れ渡っていない可能性がある。
「……呼吸、ですか?」
コリンさんの様子から見るに、呼吸によるチャクラの形質制御などとても知らない様子であった。
俺は冷や汗が垂れてきた。
これは、呼吸法自体出回っていない可能性が高い。
呼吸法によるチャクラの形質制御は、拳闘士以外には効果は薄いが、やるとやらないでは違いが出るはずなのだが……。
俺も三百年前にしっかり広めたはずなのだが、忘れ去られている。
「『縮地』は……」
「あ! それは知っています。一部の上位の剣士などが、長い研鑽の末に会得できる歩法だと……」
俺の時代だと、マナよりチャクラ寄りのクラスの人間は子供でもみんな身に着けていたんだがな……。
というか、『縮地』は真っ先に覚えないと、拳闘士は先の段階へと進めない。
……これで確信が持てた。
拳闘士がハズレ扱いされているのは、拳闘士の必須技術が損なわれているからだ。
呼吸法はまともに知れ渡っていないし、『縮地』を使える人間自体がかなり減っているようだ。
俺が一度大陸を統一するまでは、千年近く互いの国がクラスの技術を磨いて競い合っていた。
戦争がクラスの技術を急速に進めていた、という見方ができるだろう。
長い年月の果てに、その大半が失われてしまった結果、賢者のような早熟タイプばかりが持て囃されるようになったのかもしれない。
「どうなされたのですか、アウル様。森に私達だけで入るのは危険です。ここの森奥はダンジョンと化していますから、この辺りも魔物が出るかもしれませんし……」
コリンさんが困ったように口にする。
ダンジョンとは、魔物の沸く区域のことである。
大地にもマナは宿っている。
地脈に淀んだマナが溜まっていると、それだけで魔物が発生する土壌の条件を満たしてしまうのだ。
「ごめん、どうしても、確かめておきたいことがあるんだ」
「そうは言っても、この奥はさすがに危険すぎます。私だけならばアウル様が命じるならば、針の山だろうとも、炎の海だろうとも進みますが……アウル様に何かあるかもしれないと思うと、いてもたってもいられません」
「……この屋敷で俺が信用できるのは、コリンさんだけなんだ。悪いけど、お願いするよ」
「わ、私だけ……。ア、アウル様が、そこまで言うのでしたら……」
コリンさんが白い透き通った頬を紅潮させた。
「安心してください、何かあったときには、命に代えてもお守りいたしますから!」
「その心配はないよ。ここは、大した魔物も出ないはずだし」
「大した魔物は出ないと言っても……私もアウル様も、まともに魔物に対応する術を持ちません……」
そのとき、ズシン、ズシンと、大きな足音が聞こえてきた。
「き、危険です、逃げましょうアウル様!」
「俺が先を歩くよ」
「お待ちください、アウル様!」
コリンさんが慌てて俺を追いかけて来る。
俺の前に、足音の主が現れた。
一つ目の巨大な熊であった。
ビッグアイと呼ばれる魔物だ。
「確か、D級下位の魔物だったか」
「こ、こんな魔物……普段はもっと森奥地にしかいないはずなのに、どうしてよりによって……!」
ビッグアイは俺達を見つけると、どたどたと近付いてくる。
俺はビッグアイの正面に立ち、呼吸を整える。
『風の呼吸』だ。
これで俺は通常よりもずっと速く動くことができる。
俺は速度を上げた状態で、滑るように移動してビッグアイの死角へと入った。
『縮地』と呼ばれる歩法である。
足だけにチャクラを溜め込み、瞬間的に移動速度を引き上げることができる。
そのまま攻撃に繋げたり、俺がやったように死角に入ったりするのが主な使い方である。
ビッグアイが俺を間抜けに振り返る。
跳び上がり、隙だらけのその頭に拳を叩き込んだ。
「ハッ!」
軽快な音が鳴り、ビッグアイがぐらりとふらつく。
「アウル様が、D級の魔物相手に互角以上に立ちまわっている……?」
コリンさんが呆然と俺を見ている。
……ここまで今の俺が非力だとは思わなかった。
俺は今、本気でビッグアイを殴打したのだ。
D級下位程度の魔物であれば一撃で倒せると考えていたが、あまりに俺の身体とチャクラはひ弱であった。
殴った拳も砕けそうなほどに痛い。
ビッグアイは、目を真っ赤にしていた。
怒っている。この状態のビッグアイは力が上昇する……んだったかな。
ビッグアイの大腕が振り下ろされる。
……今の俺では、力だけで圧倒することはできないな。
「『金剛ノ太刀』」
俺はチャクラを腕に集中してぴんと伸ばし、手刀の一閃を放った。
ビッグアイの振り下ろした腕が地面に落ちる。
俺はそのまま前に飛び、ビッグアイの大きな目玉を手刀で貫いた。
脳まで貫いた。
即死である。
ビッグアイはその場に崩れ落ちた。
「ふむ、こんなものか」
俺は手刀を引き抜いた。
自分の非力さに頭が痛くなってくる。
D級程度の魔物に、拳が通らなかったからといって手刀を使うことになるとは、思ってもみなかった。
「D、D級魔物相手に、凄すぎる……アウル様、いったいいつの間にそんなお力を……?」
「……コリンさんを連れて来たのは、この戦いの感想を素直に教えてほしいんだ」
「え……?」
「俺の呼吸の仕方……わかったかな?」
状況に合わせて呼吸を切り替え、チャクラの気質を制御する。
これは拳闘士には必須の技術である。
だが……俺の考えが正しければ、呼吸によるチャクラの気質制御自体、この国ではほとんど知れ渡っていない可能性がある。
「……呼吸、ですか?」
コリンさんの様子から見るに、呼吸によるチャクラの形質制御などとても知らない様子であった。
俺は冷や汗が垂れてきた。
これは、呼吸法自体出回っていない可能性が高い。
呼吸法によるチャクラの形質制御は、拳闘士以外には効果は薄いが、やるとやらないでは違いが出るはずなのだが……。
俺も三百年前にしっかり広めたはずなのだが、忘れ去られている。
「『縮地』は……」
「あ! それは知っています。一部の上位の剣士などが、長い研鑽の末に会得できる歩法だと……」
俺の時代だと、マナよりチャクラ寄りのクラスの人間は子供でもみんな身に着けていたんだがな……。
というか、『縮地』は真っ先に覚えないと、拳闘士は先の段階へと進めない。
……これで確信が持てた。
拳闘士がハズレ扱いされているのは、拳闘士の必須技術が損なわれているからだ。
呼吸法はまともに知れ渡っていないし、『縮地』を使える人間自体がかなり減っているようだ。
俺が一度大陸を統一するまでは、千年近く互いの国がクラスの技術を磨いて競い合っていた。
戦争がクラスの技術を急速に進めていた、という見方ができるだろう。
長い年月の果てに、その大半が失われてしまった結果、賢者のような早熟タイプばかりが持て囃されるようになったのかもしれない。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
死んだのに異世界に転生しました!
drop
ファンタジー
友人が車に引かれそうになったところを助けて引かれ死んでしまった夜乃 凪(よるの なぎ)。死ぬはずの夜乃は神様により別の世界に転生することになった。
この物語は異世界テンプレ要素が多いです。
主人公最強&チートですね
主人公のキャラ崩壊具合はそうゆうものだと思ってください!
初めて書くので
読みづらい部分や誤字が沢山あると思います。
それでもいいという方はどうぞ!
(本編は完結しました)
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)
いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。
全く親父の奴!勝手に消えやがって!
親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。
記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?
ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」
バシッ!!
わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。
目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの?
最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故?
ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない……
前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた……
前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。
転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?
辺境伯令嬢に転生しました。
織田智子
ファンタジー
ある世界の管理者(神)を名乗る人(?)の願いを叶えるために転生しました。
アラフィフ?日本人女性が赤ちゃんからやり直し。
書き直したものですが、中身がどんどん変わっていってる状態です。
冷たかった夫が別人のように豹変した
京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。
ざまぁ。ゆるゆる設定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる