シンノシ

三日月

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7.侍

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 真一がエムと会って二日経過した。その後は、エムとは一切接触していない。

 あの後変わったことがあったのは、護衛の相手が青柳から、犬童武蔵という、いかにも日本人らしい名前の青年に変わったことだ。

『拙者は武蔵。犬童武蔵じゃ。よろしゅう』
『僕は新田真一です。よろしくお願いします』

 この武蔵という男は、腰に刀を携えている。武蔵が言うに、その刀は名もなき名将が振るった刀だという。武蔵はその日、いつも部屋にいては息が詰まるだろうと、僕とともに外出してくれた。

 グループから離れて、一ヶ月は経過しただろう。それでも、グループからの警戒は怠ってはいない。しかし、グループにバレたところで、現状敵と認識されるのは武蔵だ。真一は誘拐されたといえば助かる可能性もある。勿論、そんなこと言う気はないのだが。

『のう、真一殿は瞬間移動で何処へなりとも行けるのか?』
『目の見える範囲なら一瞬で。多分日本国内なら、ある程度予想つければ。国外は一分、二分は集中しないと難しい』
『ほう。凄いの。では、もし宜しければ、拙者と青森に行って下さらぬか?』

 ワクワクした目で真一を見る。純真無垢な笑顔。武蔵は裏表がない、好青年と言えるべき人だ。

 そんな武蔵が面白くて、すぐさま二つ返事で承諾した。

 目を閉じ集中する。移動地点を決め、次の瞬間には二人揃って青森県に着いた。

『おお。凄い』

 武蔵の好物はリンゴで、採れたてのリンゴが食べたくて行きたかったらしい。



 農場で買ったリンゴを貪りながら、辺りを散策する。木のそばにリンゴがなっていた。リンゴが名産なだけあるなと、感心していた真一だが。木になっているには余りに低い位置。そしてあきらかに浮いている。

『お前何見てんだ』

 瞬きもしない間に、目の前にリンゴが移動した。見えていた反対側は、人の食べた後。シャクシャクと咀嚼音をさせながら、テレパシーが送られてきた。

『真一殿』

 武蔵の声が聞こえた瞬間、襟を引っ張り真一の前の「何か」に立ち塞がる。

 見えない相手。透明化。武蔵は全方位に警戒網を広げる。だが、次の瞬間。真一は地面に叩きつけられた。

『なによ、おいらと戦う気?やめとけ、おいらの動き一つ見きれない雑魚に、ゆっくり時間なんて割いてやれない。あんただって嫌だろ?こんな雑魚庇って、黒星増やすの』

 声のする方。真一の真上に手を突き出す。

『まだわかんないの?おいらは捕まらないよ。あんた力系統の能力者だろ』

 居合い切りの構えをとる。真一を寝かせたまま警戒する。

『これで、簡単に近づけると思うなよ』
『言うね~。じゃあお構いなく近づくよ!』

 透明人間は見えない。が、実体はある。その透明人間は、武蔵の眼前まで瞬間移動を試みた。が、なにかの壁に阻まれ、刀の間合いまでしか移動できなかった。

 そこを武蔵は峰打ちで斬り伏せる。

『三つ訂正させてもらおう。一つ、拙者は力系統じゃない。二つ、拙者は雑魚ではない。三つ、拙者の友も雑魚ではない』

 透明人間はダメージを負い、透明の能力が途切れた。手を抑えてる位置からして、受けたのは右肩のようだ。肩を抑えながら立ち上がる。

『てめぇ、やりやがったな。痛え、痛えよ』

 冷静な口調と、呼吸を整える。

「ぶっ殺す。二度とおいらの前に立てないようにしてやる」

 怒号に変わる。怒りが頂点に達し、顔を真赤にさせながら眉間にシワを寄せる。まるで獣のような、本能で生きてるような人間。

「拙者も友を傷つけられた。手加減せぬよ」
「拙者、拙者うるせんだよ!今何時代だゴラ!コスプレ変態は喋んな!」

 怖いな。恐い。自分から仕掛けてきて、あそこまで怒る普通?僕も、自分中心だけど、あんなにはならないでしょ。

「侍を目指しているのだ!一人称が拙者になるのは普通であろう!貴様、絶対に許さん!」

 えー。武蔵の方もそんなにキレるの。いや、確かに気にはなってた。拙者なんて、時代に合ってないもの。いじらなくてよかった。

 そんな真一を他所に、怒髪天の二人は戦闘を開始する。巻き込まれないようにと、木の後ろに隠れる。

 真一の目から、優勢なのは敵の方だった。彼は空間系で、機動力に優れていた。欠点を上げるとすれば、決定打があまり無いことと、冷静さに欠けていること。

 徐々に武蔵が追い上げていく。武蔵の動きがかなり良くなっている。

『中々やるじゃんか!おいらも本気を出すぜ!空間加速!』

 敵の動きが早くなる。それも、武蔵が捉えきれないほど。バリアもずっと張れる訳では無い。少しずつ削られていく。

 苦虫を噛み潰したような表情の武蔵。バリアを保つのがやっと。

『サイコメトリー、トランス』

 武蔵は目を閉じ、唱える。

『拙者に力を貸せ、愛刀「絶影」、主の記憶を呼び起こせ』

 空気が変わったことを、真一は肌で感じた。それは敵も同じ。冷静さを取り戻し、息を呑む。

 迂闊に近づけば死ぬ。

 最大限の警戒をしての、瞬間移動で武蔵の背後を取る。とる。とっ……。背後のはずが、武蔵の顔は、敵の顔を真正面にある。

『なぜだ!あり得ない。瞬間移動に付いてこれるのは、同じ能力者のみ。おまけに、おいらは空間加速で、時空間の流れを人より早くしてるのに』

 間髪入れずに瞬間移動で逃げる。焦りのせいか、逃げたのがたったの五歩先。それでも足を使うより断然早い。はず。敵の首を峰打ちで武蔵は捉えた。そのままの勢いで、気に激突し堪らず嘔吐。

『何が起こった?』
『拙者は刀に宿る持ち主の、最大限の技術を使える。つまり、名刀を持てば名だたる名人の技を、模倣することが出来る』
『昔の人間だろ!おいらの速度に追いつけるわけない!』
『今の人より名人達のほうが感は鋭い。体は同じ能力者の拙者が、無理をすれば追いつける』

 ダメージのせいで、そのまま木に寄りかかり気を失う。武蔵がアジトに連れて行こうと、敵に近寄る。すると、敵の姿が忽然と消えたかと思うと

『悪いけど、こいつは仲間なんで。あんたら悪の組織は、俺ら正義の味方が全員捕らえると思う』

 人と書かれた、面を被った男が敵を担ぎ、その場から姿を消した。

『あー、逃げられてしまった』
『武蔵って強いのな!』

 真一は素直に感動した。武蔵はキレイな歯を見せながら笑い

『拙者じゃなか、昔の侍達が強いんだ。帰ろうか』

 屈託のない笑顔、昔の人を思う心に尊敬の念を抱く真一だった。
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