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第3章 東雲学園編 九重流と文化祭
109 九重家の秘
しおりを挟む九重家に対する、日本社会での一般的なイメージは『武道の一家で、昔すごい人がいた』程度のものだ。
確かに、九重家は長きにわたり日本を支えてきた。
時代に応じては将軍家のお抱え武術指南として。
またある時は、武術と関係のないコンサルタント業者として。
しかし、その地位が確固たるものへと変じたのは、100年前の『殻獣の出現』からである。
当時の九重家の当主、九重円治ここのええんじは齢60にして、オーバードとして覚醒する。
そして、彼は日本ではまだ一般的ではなかった『オーバード同士のコミュニティ』を作り上げ、日本において殻獣との戦いを有利に進めた。それが後々の『国疫軍日本支部』の土台となったのだ。
そして、日本で最大の営巣地殲滅作戦、『大正大営巣地浄化作戦』を指揮したのは、円治の息子である九重浩太郎ここのえこうたろうだった。
九重家は、現代の異能社会において先陣を切った一族である。
しかしその後、国疫軍日本支部となったそのコミュニティの長の座に九重家が付くこともなく、次第に、人々の記憶からは『過去の一家』とした印象を持たれるに至る。
「というのが、一般的な内容なのだが、知っているかね?」
光一の父、衛護の説明を聞き、真也は頷く。
九重円治。その名前は、中学卒業認定試験で答案用紙に書いた名前だった。
そこまで大きく取り上げられていないものの、確かに教科書にも載る名前。それが、「九重家」だった。
「はい。えっと、学校でも、名前をお聞き……おうかがい? 拝聴……しまし、させていただいてます」
「ははは、無理に堅苦しい言葉を使わなくても良い」
衛護は笑いながら、前に光一が言ったのと同じ言葉を真也へとかけた。
「あ、ありがとうございます」
「……それで、だ。君は思っただろう。
それは知っている。では、蛇のエボルブドであることを隠す理由はなにか、と」
衛護は粛々と言葉を紡ぎ、真也に相槌を求める。
「……はい」
実のところ、真也は衛護の雰囲気に飲まれ、その部分のことは完全に忘れていた。
しかし、それを口に出すことはできるわけもない空気だったため、衛護の言われるがまま返答し、衛護は真也の相槌に静かに頷く。
「ここから先は、一部の人間しか知らぬ、九重の裏の話だ」
「あ、あの!」
覚悟を伴った衛護の言葉に、真也はいたたまれずに口を挟む。
「そんな話、俺が聞いちゃっていいんでしょうか? もし、九重先輩たちが蛇のエボルブドだってこと、そんなに知られちゃいけないなら……俺、黙ってます……よ?」
これ以上、彼らから話を聞くのは、完全に自分では処理しきれなそうな秘密を抱えることになる。
真也はそう直感し、提案したが、衛護は首を振る。
「いや、知られたのであれば、話そう。いつかは伝える内容だったのだから。それが早まっただけのこと。
君が気を揉むことなど、何も無いよ」
「は、はぁ……」
たしか光一は、九重の秘密を知るものは、『一部の門下生』か『政府高官』だと言っていた。
真也はある意味門下生とも言えなくは無いが、自分がその中に入っているというのは意外だった。
「心底不思議そうな顔をしているね。
しかし、考えてみたまえ。君は未だ公に広められていないものの、表向きでは日本唯一のハイエンドだ。しかも、九重流を学んでいる」
「……はい」
「私たち九重は君と良好な関係を築きたいのだよ」
「は、はぁ……」
「君が望むなら、我々九重家は全力で君のサポートをさせてもらうつもりだ」
「えーっと、その、はい……」
はっきりとせぬ真也の様子に、衛護は困ったような笑顔で首をかしげる。
「父上……彼は、自分の存在がどれほどのものなのか知らないのです」
光一の言葉に、衛護は顎に手を添えて「ううむ」と唸る。
「そうか……まあ、仕方ないか。この世界に来て、未だ半年だものな」
「え……」
衛護の言葉に、真也は小さく驚きの反応をこぼす。光一は同じアンノウンであり、そこでは情報共有はなされていたものの、アンノウンで知った内容は外部に漏らすことを禁じられていた。
にもかかわらず、平然と衛護が『真也の秘密』について知っている。
「何も驚くことはない。我々も、独自に君については調べさせてもらった。
もちろん、『この世界』に来てからのことだけだが」
「なんで俺のことを?」
「『調べた理由』であれば、情報は力だから、だ。
『君のことを』という意味なら、君のことを知った上で、調べぬものなどおらんよ。重ねてになるが、君はハイエンドなのだ」
「そう、ですか……」
「……さて、話が逸れたな。九重の裏の顔。君には知っておいてもらいたい。
君が本気を出せば我々など一息に『消せる』存在だからこそ、こちらは総てを詳らかにし、誠意を見せねばならんのだから」
衛護はそこで言葉を切ると、光一と苗に目配せをした上で、『九重家の秘密』、その真相を話す。
「異能黎明期。未だ混乱の日本で、なぜここまで素早く、全ての異能者を取りまとめ、営巣地を管理し、発展できたと思う?」
「え、それは……九重円治さんが、すごい手腕で……」
「違う。いや、もちろんその側面もあるが、その手腕の一部において、だ……」
衛護は腕を組み、眉をひそめて暗部を語る。
「我々九重家の蛇のエボルブドは、体内で毒を生成し、そして『こと』が済んだのちに異能解除することで唯一……『一切の痕跡を残さず暗殺ができる一族』なのだ。
……九重円治は、希代の暗殺者だったのだよ」
衛護の言葉に、真也は唖然とする。
「え……」
仲の良い先輩たちの先祖は、暗殺者だった。
いきなりそんなことを告げられた真也は、どう反応していいのかわからなかった。
ただ、不運にも先輩の下着姿を見ただけだった。
それが、この様なことになるとは。
このことを知った上で、真也はどのように先輩たちと付き合っていけばいいのか、皆目見当もつかなかった。
「当時多くはびこる派閥や地下組織。それらを合法的に罰する法も、それに付け入る目ざといものを排する法も、なかった。
だからこそ、九重円治は……その力を振るったのだ。蛇の、エボルブドの力を」
衛護は、再度真也を視線に捉える。金の瞳が一瞬だけ、ぎらり、と光る。
「我々が蛇のエボルブドであることを隠す理由。それは、忌むべき異能であるとともに、一撃必死の技であるが故なのだ。
人は、知らぬものから身を守ることはできぬ」
真也の体が強張り、驚きと共にひゅっと息を吸う音が、静かな道場に響いた。
「……幸いにして、私も、私の父もその力をふるったことはないがね。
一部の者には、『抑止力』として伝えたこともあった。それが代々語り継がれている家もある。
……それはそれでいい。九重は、表立って動くことはせぬ。道を踏み外す者が居ないか、静かに日本を見つめるだけだ」
疲れを伴った笑みで語る衛護は、今度は金の瞳を伏せる。
「昔から、九重家は日本の暗部とつながっていた。……それは、この国を真っ直ぐに成長させるため。
我々は、元来は武道の一家。俺はひとりの武術家だ。静かに修練を積みたいだけだが、それでも、この国をほおっておけぬと手を出した過去の九重の『名残』から未だ抜け出せぬ」
衛護は『ひとりの武術家』と自分を評しながら、道場を優しい瞳で見回す。
それは、真也に自身の暗部を語ったときとは違う、穏やかな瞳だった。
「話が逸れたな。……先にも言ったが、君とは良好な関係を築きたい。であれば、我らの秘技など秘めるだけ害だ。
明かす。それを九重の誠意とさせて欲しい。
蛇のエボルブド。それは忌むべき過去であり、知られてはならぬ秘奥の技であり……そして同時に、円治より連なる、『九重の証』なのだ」
一撃必殺の毒。強大な力を持つが故に、それを公に隠して生活する。
知る者には、抑止力として。知らぬ者には、必死の一撃として。
九重家は、ただの武道の一門ではないし、『過去のもの』でもない。……情報を握り、操り、隠すことで生き、日本を影から見てきた一族なのだ。
衛護の言葉に、道場の空気がしんと静まる。
『九重の証』。その言葉に、少しだけ苗の肩が跳ねた様に思えた。
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