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第3章 東雲学園編 九重流と文化祭
105 男子高校生的に割とラッキーな1日(上)
しおりを挟む選挙補佐として、朝早く登校するようになった以外はいつもと変わらぬ朝。
間宮家では登校の準備を進める真也とまひるの姿があった。
意味もなく流しているテレビに映し出されていた朝の情報番組が終わり、また次の朝の情報番組が始まる時間帯に差し掛かると、恒例の占いが流れる。
真也もまひるも、何気なくその占いを視線に入れた、ちょうどその時だった。
「今日の一位は獅子座のあなた!」
「おっ」
「あ、お兄ちゃん一位だ」
ポップな画面に視聴者投稿の可愛らしい子供の写真が組み込まれた占いランキングの一位には、真也の星座が鎮座していた。
真也はテレビの占いをそこまで信用する人間ではないが、流石に一位と言われると悪い気はしなかった。
無意識に頬が上がり、真也は占いの内容を見ようとテレビに注目する。
「しかも、B型のあなたはさらにラッキー! 最高の恋愛運です! 異性との距離がぐっと近くなるかも?」
「へぇ……」
恋愛運。それは、高校生である真也にとって、仕事運や金運などと違い最も気にする所だ。
合宿を経て少しずつ距離を詰められているレイラとの仲を進展させるチャンスかもしれない、と真也の笑みは強くなる。
そんな真也腰回りに、いきなりまひるが抱きつく。
「……どしたの、まひる?」
妹の急な行動に疑問符を浮かべる真也に、まひるが告げる。
「ほら、異性との距離がぐっと近くなってるよー。うりうり」
言葉とともに、まひるは真也の脇腹にぐりぐりと顔を擦り付ける。
「確かにこりゃ一位だな」
「えへへ」
真也は脇腹のくすぐったい感覚に笑いながら、まひるの頭を撫でた。
テレビ視聴もそこそこに二人は登校の準備をすすめ、真也は玄関に座り靴紐を結ぶ。
「さ、まひる、いくよー」
「ちょっと待ってお兄ちゃん!」
部屋に忘れ物をしたというまひるを待っている真也の元へ、スマホ片手にまひるが走り込む。
「あっとっとっ……とぉ!?」
靴下で走るまひるにフローリングの床が猛威を振るい、まひるが体勢を崩す。そして次の瞬間、まひるは盛大に真也に激突した。
急な衝撃に混乱し、まひるも真也もオーバードとしての筋力を行使してしまった結果、二人はもみくちゃになって玄関に転ぶ。
目まぐるしく変わる景色。
「いっ……!?!?」
不意に襲い来る股間への衝撃。
真也は呼吸が止まり、目を瞑る。自分の股間がおかしくなってないかと不安になるほどの衝撃と、激痛。
二人の体が完全に静止したタイミングで、真也は自分の上に妹の重さを感じながら目を開ける。
「いってぇ……まひる、大丈ぶふぅっ!?」
眼前には、パステルピンクの下着。
「どう転んだらこうなるの!?」
真也の胸板の上には大きく脚を開いたまひるのお尻が鎮座しており、ミニスカートがめくれ上がったせいで真也に対してパンツが晒されていた。
当のまひるは「いたたた」と言いながら真也の股の間に手をついて上体を起こす所だったが、真也の声に驚いて振り向くと、驚いてスカートを下げてパンツを隠す。
「ひゃぁ!? し、しらないよぅ! ……す、すぐどくね……」
焦って立ち上がろうとしたまひるだったが、混乱から再度バランスを崩し、脚を滑らせ、真也の顔面にパステルピンクが迫ってくる。
「きゃあ!」
「ぐへっ」
真也の顔を柔らかく包むというには勢いの付き過ぎたまひるのヒップアタックに、真也はみすぼらしい悲鳴をあげた。
玄関での一悶着のあと、二人は気まずい沈黙を伴って歩き、無言のまま駅までたどり着く。
何か話すべきかと真也は頭を悩ませながら、学校へと向かう電車をホームで待つ。すると、真也より先にまひるがおもむろに口を開いた。
「あのね……」
「……ど、どしたのまひる?」
「いや、別にいいんだけどさぁ……」
はっきりとしない口調のまひるは、それでも言わずにはいられなかったのだろう、真也に向かって小さな声で告げる。
「『ぐへ』ってひどくない?」
「……え?」
真也はまひるの言葉の意味がわからず、頭を傾げる。
そんな真也の様子にまひるは顔を赤らめながら、ぷいと真也から視線を外した。
「覚えてないならいい! さ、電車きたよ! いこ、お兄ちゃん」
「う、うん……」
タイミングが良かったのが悪かったのか、ホームへと停車した電車に2人が乗り込むと、見知った顔があった。
「あ、ま、間宮さん……お、おはようございますぅ……」
いつものように不安げな表情で真也に挨拶をしてきたのは、美咲だった。
「喜多見さん、おはよ。いつもこの電車だったの?」
「い、いえ、昨日はちょっと家に帰らなかったのでぇ……この電車で……意外と空いてますねぇ、都内なのにぃ」
「まあ、ここから増えてくるけどね」
「あっあっあっ、あの、別に、空いてるから田舎だとかそういう意味では……すいませぇん……」
「気にしすぎだよ」
申し訳なさそうに縮こまる美咲に真也は笑いかける。
「家に帰らなかった、って稽古だったの?」
真也の質問に、美咲は周りを気にするようにきょろきょろと見渡す。
「いえ、あの……アメリカの……ですぅ……」
「アメリカ? ああ……なるほど」
気弱な雰囲気からは全く想像できないが、美咲の正体は世界最強と言われるハイエンドオーバード『トイボックス』であり、『喜多見美咲』は日本支部の、『トイボックス』はアメリカ支部の国疫軍人である。
美咲の言う『アメリカの用事』というのは、おそらくアメリカ支部からの呼び出しだったのだろう。
「それで、ホテルから来たんですけどぉ、出る時間間違えちゃって……」
「そうだったんだ。早い登校だな、とは思ってたけど」
選挙補佐をする真也たちはだいぶ早めの登校であり、それと鉢合わせたのは、そういった理由だったのかと真也は相槌を打つ。
美咲は照れ隠しに頭を掻いて、「えへへぇ」と口元を緩めて笑った。
「この時間、普段の電車は混むので、間宮さん、羨ましいです……わ、私、場所、取っちゃうのでぇ……」
美咲はそこそこ空いている車内を見渡しながら「引っ越そうかなぁ……」と呟く。
美咲の言う『場所を取る』というのは、きっと自慢げに揺れる二つの大きな胸のことを言うのだろうな、と真也はチラチラと目線を吸い込まれ、まひるは恨めしげな顔でそんな真也を見ていた。
「次の駅で一気に混むから気をつけてね」
「は、はいぃ……!」
真也の言葉に美咲はきりりとした表情で返事したが、乗り込んできた人の多さは美咲の想像をはるかに超えていた。
「きゃっ」
そこそこ余裕のあった車内は、一瞬にして人の山となる。
少しでも車両の奥の方に移動して混雑を避けようとするOL、一本電車を待つことで生じる数分の遅れすら許されぬと必死に乗り込むサラリーマンや、学生たちで一気に車内は混沌と化す。
真也はそんな人の流れに逆らわぬように力を抜く。
踏ん張るべきなのかもしれないが、オーバードかつ高い肉体強化を持つ真也が踏ん張ってしまうと、それだけでも普通の人間たちからすれば鉄壁の壁となってしまうのだ。
この世界にきてすぐの頃、『軽く押し返す』ことで車内に大惨事をもたらしそうになったが、いまとなってはうまくやり過ごす方法を身につけていた。
しかし、ぎゅう、と体を押し付けられた真也は目を丸くする。
「あ、あ、あ……」
恥ずかしげに声をあげたのは、同じように力を抜いてやり過ごそうとしていた美咲だった。
タイミングが悪かったのか、力を抜きすぎたのか、もしくはその両方か。
美咲の巨大な胸が、むにゅ、と音を立てそうなほどにがっつり真也に押し付けられた。
いままで経験したことがない、どこまでも沈み込むかのような柔らかさに、真也の頬が一気に朱に染まる。
「ご、ごめん喜多見さん、すぐに……」
驚いた真也は美咲の肩に手を置き、体を離そうとする。
「だ、だめですぅ!」
しかし、美咲は真也の行動に目を丸くし、抱きついてきた。
ぐにゅう。
今度こそ、そんな音がした。真也は「おっふ……」と謎の言葉を発し、固まる。
美咲が真也の両手をはがしたことで、真也の両手は美咲の身体との間に挟まれ、腕にはたわわとした肉の感触がダイレクトに伝わる。
女子との付き合いがなく、女性経験もない真也は、その柔らかさを「マシュマロ」と評されると聞いていたが、これはそんなものよりももっと柔らかい何かだと思ったが、それでも何かわからなかった。いや、胸なのだが。
美咲は真っ赤な顔を伏せながら、それでも真也から離れようとはしない。
いきなり痴女のような行動に走った美咲に、真也は問いかける。
「き、喜多見さん?」
「あ、あう……その、『私たち』って、急に動くと危ないですよぅ……ここには、一般人の方も多いんですからぁ……」
どうやら美咲は、自分の羞恥心よりも周囲の安全を危惧し、真也の動きを封じたらしい。
弱気で恥ずかしがりの少女の本流は、やはり人類を守る『トイボックス』だった。
「ご、ごめん、驚いちゃって」
「い、いえ……と、とりあえずやり過ごしましょう……」
「お兄ちゃん、どしたの?」
ヒソヒソと美咲と話す真也にまひるから声がかかる。
まさか自分の目の前で兄が胸を押し付けられているとも思ってもいないのだろう。その声は比較的呑気だった。
「い、いや、なんでもない」
この状態をまひるに知られるのは、やばい。
今朝あんなことがあった上に、たったいま同級生の胸に腕を埋めていることが知られたら、本格的に嫌われてしまう。
真也は明るい声を出しながら、冷や汗をダラダラと流す。なんとか胸の感触から逃げようと身をよじらせるが、美咲は混乱しているのかより一層真也に強く抱きつく。
「うぅ……あ、あんまり動かさないでぇ……あ、危ないんですよぅ……」
「そ、そんなこと言っても……」
真也は不用意に動けば危ないだろうが、少し身をよじらせても問題ないだろうと考えたが、美咲としては『オーバードとしての力加減が不得手な自分』をベースに考えているため、何としても真也を動かすわけにはいかず、全力で抱きつく。
真也の方が肉体的な強度は上のため問題はなかったが、日常では起こり得ないほどの強力な力が二人の間で発生していた。
電車の出発時刻が近づくと、さらに多くの人間が電車の中に乗ってくる。
「うぐ……ま、まひる、大丈夫?」
「うん、なんとかぁ……」
まひるも周囲に迷惑をかけまいと、身を小さくして真也に返事する。
背の低いまひるにこの混雑は辛いだろうが、真也は真也でそれどころではなかった。
「さ、さすがにきつい……」
人混みに押される感覚もそうだが、体勢的にも、理性的にも色々と危ない。真也のボソリとしたつぶやきに、涙目の美咲が上目遣いで真也を見る。
「ま、まみやさぁん……ごめんなさぁい……ま、間宮さんさえ我慢さえしてくれれば……問題ないんですからぁ……」
我慢。それは一体どう言う意味でだろうかと、真也は思った。
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