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第3章 東雲学園編 九重流と文化祭
102 苗からのお願い(上)
しおりを挟む世間的にはいつもと変わらぬ朝。しかし、東雲学園の校門前はいつもと違う賑わいを見せていた。
普段は風紀委員と生活指導の教員しかいない校門には、何人もの生徒が並び、構内へと消えてく生徒たちにパンフレットを手渡し、笑顔で挨拶をする。
いくつかの集団に別れて忙しなく行われる、駅前でのティッシュ配りのような光景。
そんな中に、真也の姿もあった。
「生徒会選挙、九重苗をよろしくお願いしまーす!」
真也とは違うクラスの風紀委員が委員会の仕事として挨拶をするその横で、真也はパンフレットを配りながら大きな声を出す。
登校中の眠たげな生徒たちに真也が必死に手渡しているのは本物の選挙顔負けの折りたたみパンフレット。
手にとって一番最初に目に飛び込んでくるのは、決意に満ちた表情の苗と、『生徒会長候補 九重苗』の文字だ。
呼び出されたアンノウンのラウンジで真也が頼まれたのは、『生徒会選挙の手伝い』だった。
『朝のパンフレット配り……とまでは言いませんので、スピーチをチェック……いえ、相談に乗っていただければ……もし、お手間でしたら、その、心の中で応援していただくだけでも……』
と、萎縮していく苗に、真也は大きく手を降って全面的な協力を申し出、選挙期間に入る初日である翌日から、朝のパンフレット配りを手伝っていたのだ。
真也の他にも数名の生徒が苗の選挙チラシを登校中の生徒に配って回る。笑顔を崩さず、しかし一冊でも多く手渡そうとするその姿は、一般的な高校の生徒会選挙の雰囲気と大きく違うものだった。
東雲学園の生徒会選挙は熾烈を極める。
元国疫軍の上層部は東雲学園の卒業生が多く、さらに上に上り詰めているような人間は「元生徒会長」が多数いる。
現日本支部長であり中将でもある上坂豊も、東雲学園の生徒会長だった。そんな日本支部では、東雲学園の生徒会長という肩書きは『内申点』で片付けられないほどの力を持つ。
東雲学園の生徒会選挙では、選挙活動としてスピーチや挨拶運動だけでなく、次第にそれぞれの候補が『生徒の地位向上のための公約』をかかげるようになり、それに伴って 東雲学園川も『生徒の自治と参政意識の向上』という観点から生徒会に大きな権限を与えたのだ。そうなれば必然、生徒会選挙は東雲学園の中では議員選挙に近いレベルの催しとなった。
真也はパンフレットを配りながら、自分たちと同様に挨拶する苗を横目で見る。
胸に緑色の徽章を付けた生徒と握手をしながら微笑む苗の表情は、向けた相手に安心感を与えるような微笑みに彩られている。
「どうか、より良い学園生活のため、投票をお願いします」
穏やかながらも力強い声と表情は、別人であるかのようにも思えた。
普段の、どこを見ているのかわからない儚げな顔、武装について熱く語る熱のこもった瞳、優しく稽古をつけてくれる時の眉尻を下げた微笑み。
そして、昨日のラウンジで見せた、少し押して仕舞えば儚く壊れてしまいそうな様子。
どれが、本物の彼女なのだろうか。
真也はそんなことを考えながら、じっと苗を見つめていた。
「間宮、どうしてここに?」
パンフレット配りの手が止まっていた真也に声がかかる。
「九重先輩!」
驚いて真也が返事をした相手は光一だった。光一は真也と同様に驚いた顔で真也を見つめ、そして真也の手に苗の宣伝パンフレットを認めると、口を開く。
「苗の選挙の手伝いをしてくれているのか?」
「は、はいっ!」
ぼーっと苗を見つめていたところを見られた真也は、気まずさを誤魔化すように焦って返事を返す。その声は、自分が思っているよりも大きな声になってしまった。
「……稽古に付き合っているときに苗に言われたのか?」
光一はメガネをずり上げ、指で眉間を揉む。その手の下には、怒りと呆れの感情が読み取れた。
「指導者の立場を乱用するとは全く……すまんな、苗と少し話してくる」
「ま、待ってください!」
苗に向かって歩き始めようとする光一を、真也は焦って止める。
「あの、俺が好きでやっていることなんで!」
「しかし……」
「えっと、その……生徒会選挙の手伝いって、内申点が上がるって聞いたので。苗先輩に無理やりお願いしたんです」
なんと言えばいいか困りきった真也は、咄嗟に光一に嘘をついた。
真也の嘘を見破れなかったのか、それとも分かった上なのか、少し困った表情で光一は足を止める。
真也の口から出た言葉は真実ではなかったが、その言葉の内容は真実だった。
生徒会選挙が大きな意味を持つため、公正な選挙のために『選挙補佐』も学校に申請する必要がある。
つまり、学校の内申書に、『選挙補佐』の文字が乗るのだ。
それは他の学校で言えば実行委員への参加と同じ力を持つ。それが『東雲学園の生徒会長を決める選挙への参加』ともなれば、悪くない心象を相手に与えるのだ。
「……内申点、か。まあ、間宮であれば内申点を気にする必要などないと思うがな……」
「そ、そうとは言い切れないですよ? 前の合宿で、自分の隊は罰則くらいましたし……テストもついていける自信ないですし」
あはは、と眉尻を下げて笑う真也に、光一は一つため息をつく。
「そうではなくてな」
ハイエンド、という時点で内申点など関係ない。そう言いたかった光一は、その言葉を飲み込み、真也に頭を下げる。
「まあ、そういうことなら、どうか妹をよろしく頼む。あいつは友人が少なくてな。間宮が手伝ってくれるのは、実際のところ、ありがたい」
「はい! 頑張ります!」
「ではな」
真也の言葉にある程度納得したのか、光一は校門をくぐり、去っていく。
真也はちらりと苗を伺い見たが、周りが騒がしいこともあり苗はこちらの騒動に気がつかなかったのだろう。登校する生徒たちと握手を交わしていた。
真也は、去っていく光一の背中をもう一度視線に据える。
「……いいお兄さんに、見えるけどなぁ……」
昨日、苗からの相談を受けた際に告白された内容と、真也から見える光一の姿は、だいぶかけ離れたものだった。
『兄は、私のことをどうとも思っていませんから』
昨日のラウンジでの会話の際、苗は深刻そうな顔で呟いていた。
それは、選挙の手伝いを求めるなら、元生徒会長である光一に頼むのがいいのではないかと告げた時だった。
生徒会選挙のノウハウもあり、頭も切れる。それに、真也が街頭演説などを見た際には……前の世界だが……有名な政治家が応援をしていたように記憶していた。
そのように、光一に応援を頼むのが最も有利だろうという考えから苗に提案したのだが、それに対して苗は顔を伏せ、呟いたのだった。
『兄は私が手伝いを求めて来ると思っているでしょう』
『なら』
『でも、それは、ダメなんです』
『私は、九重に『生かされている』んです。そんな私が手伝いを求めたら……』
苗は肩を抱き、その目はせわしなく何かを探すように泳いでいた。真也には、まるで逃げ場を探しているように見えた。
それ以上、真也はそれ以上何も言えなかった。
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