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第3章 東雲学園編 九重流と文化祭
101 急な呼び出し
しおりを挟む朝の教室では授業が始まるまでの間、生徒たちが昨日の帰宅から今日の朝までの時間を共有するかのように、騒がしくお喋りに興じる。
それは、超のつくエリート校、東雲学園でも同じだ。
にぎやかな1-Aの教室にいつも最下位近い順位で現れるレイラは、隣に座る真也にいつものように挨拶しようと目線を向ける。
視線の先の真也は、武装の取り回しのイメージトレーニングであろう、自分の体の周りに空想の『鎌』を想像して腕を回していた。
傍目には奇妙な踊りを踊って、ふざけているようにも見えるその動きに、真面目な真也を知るレイラは空き時間を利用して稽古内容を反芻しているのだろう、と少し微笑み、同時に少し寂しい気持ちも生まれた。
無理に言語化するのであれば、ほのかな恐怖と、そしてうっすらとした嫉妬。
そんな感情が強いだろう。
(一緒に稽古をしたかった)
不意に心を過ぎる考えに、レイラは頭を振る。
九重流の訓練をしているのは、真也と、そして他でもない自分にとって憎き相手である人型殻獣に対抗するためである。
たのしいレクリエーションではない。
一緒に稽古をすることが、より強化に繋がるのであれば構わない。それが最善だ。
しかし同時に、『レオノワが入ると、間宮の訓練が遅れてしまいそうだな』という光一の言葉に、レイラはなぜか心が痛んだ。
初日、苗と真也のマンツーマンのレッスンを視界の端で捉えるたび、胸が締め付けられた。
(せめて、私が彼に武装の扱いを教えたかった)
レイラはそう心の中でつぶやき、そして、なぜそんなことを思ったのかは、自分でもわからなかった。
レイラも独学ではあるが九重流の師範代に褒められる槍の使い手だ。しかし苗の方が、『大鎌』という武装に対しては詳しい。
真也が苗に教わる方が、きっと彼は強くなる。
シンヤに対して恋心を持っていたかもしれない。そう思っていた少女の心は、彼を『そう言う目』で見ることに無意識的に蓋をしていた。
明確な形を持たない心を静かなため息と一緒に吐き出し、表情を作り直してレイラは真也へと挨拶をする。
「おはよう」
「お、おはよ、レイラ」
イメージトレーニングをしていたところを見られた真也は、動かしていた腕を机の下へと隠し、恥ずかしそうに照れ笑いをして挨拶を返す。
レイラは真也の笑顔にぎこちない笑顔を返し、隣の席へと体を滑り込ませた。
「稽古は……順調?」
「うん、まあ……少しずつ扱いに離れてきたかな。今日も九重先輩の家で稽古」
「そう」
レイラの短くぎこちない返答に、真也は引っかかりを覚える。
しかしそれが、どのようなきっかけでもたらされたものかまでは分からなかった。
もしかしたら、レイラの方は何か問題が発生しているのかもしれない。そう予想立てて真也はレイラに質問する。
「レイラの稽古はどんな感じ?」
「私も、槍の稽古に入ってる」
「そうなんだ。どんな人から教わってるの?」
「おじいちゃん。でも、オーバード。手強い」
レイラは闘志を燃やしている、とアピールするように手をギュッと握り、笑顔を作る。
レイラの稽古内容に問題があるのではなかったのか、と真也は胸をなでおろしながらも、それでもぎこちないレイラの様子に頭を悩ませた。
「も、もう基礎終わったんですかぁ!?」
そんな、お互い心の中で悩む二人に声をかけてきたのは美咲だった。
どうやら、イメトレ中の真也のそばでまごまごとしていたようで、美咲の存在に今の今まで気がつかなかったレイラは驚くが、それを表情に出さぬように返答する。
「うん、2日目から」
「まひるも、そろそろ本格的に短刀の稽古に入るってさ。伊織と一緒の道場なんだって?」
「うん。らしいね」
「伊織、まひるのこと頼むな」
「うん、まあ……『仲良く』やるさ」
真也と急に会話を始める伊織の存在にも、レイラは話に参加されるまで気がつかなかった。
「押切……」
「よ、レオノワ。おはよ」
「お、おはよう」
まさか自分が、これほどまでに周りが見えなくなっていたとは思わず、レイラは少し目を丸くして伊織に挨拶を返した。
「み、みなさん凄いですね……私、まだ縄跳びしてますぅ……」
美咲は目線を伏せながら、しょんぼりと言葉をこぼし、そんな美咲の肩を真也が叩く。
「大丈夫だよ、俺だってそっち側だから……未だに棒を回すことすら出来なくてさ……」
「ま、間宮さぁん! 一緒にがんばりましょぉ……!」
「……なんだかなぁ」
お互いに力強く頷く二人の『総合的な強さ』を知る伊織は、「はぁ」とため息をついた。
「なあ、間宮」
力の無さを嘆くハイエンド異能者たちに、クラスメイトの男子が声をかけてくる。
クラスメイトは美少女(と美少女っぽい美男子)に囲まれた真也にほんの少し嫉妬の表情を向けてから要件を告げる。
「お前に用がある、ってすっごい美人の先輩が来てるけど」
真也はその言葉に教室の入り口へと顔を向ける。
そこには黒いポニーテールの美少女、苗がいつものように儚げな雰囲気を纏わせて真也へと目線を向けていた。
真也と目が合うと、苗は薄く微笑む。
真也は先輩の来訪を教えてくれたクラスメイトに礼を告げると、苗の元へと向かう。
「おはようございます、間宮さん」
「お、おはようございます。言ってくれたら、俺、2年棟まで行ったのに……すいません」
真也は先輩の手を煩わせたことに申し訳なさそうに眉尻を下げ、そんな真也に苗は慌てて手を振る。
「いえ! 私が勝手に来ただけですし! お気になさらず!」
「そう、ですか?」
「はい! あの……」
苗は言い淀むと少しだけ目線を泳がせ、そして決意したように真也へと向けて本題を口にする。
「あの、少しお願いがありまして」
「なんですか? 俺にできることなら、なんでも言ってください」
他ならぬお世話になっている先輩からの頼み。真也は笑顔で苗の言葉を待つ。
「あの……ここではちょっと……」
しかし、苗から帰ってきた言葉は歯切れの悪いものだった。
「なら、稽古のときにしますか?」
「いえ、放課後に……あのラウンジでお話ししてもいいですか?」
真也の言葉を遮る苗の提案に、真也は首をかしげる。
「稽古前にですか?」
「……はい。できたら、で構いませんけれど」
苗は弱々しく肩を抱きながら顔を少し下げ、真也の顔色を伺うように上目遣いに視線をやる。
その様子は、真也の心臓をどきりとさせ、苗がなぜ『家で話したくないのか』という点に即座に思い至ることが出来なかった。
「は、はい、わかりました。じゃあ、放課後あのラウンジで」
「ありがとうございます! では、また放課後」
真也の言葉に満足したように苗は微笑み、去っていく。
苗を目線で見送る真也に、後ろから声がかかった。
「な、なあ、間宮! お前、さっきの先輩誰だよ!?」
真也に声をかけてきたのは、先ほど苗の来訪を知らせた男子生徒だった。
「え?」
真也が驚いて目を丸くしているうちに、次々にクラスメイトが会話に参加する。
「あー、高等部からの人は知らないか。あれって、2年生の九重苗先輩でしょ?」
「九重、って……生徒会長の親戚?」
「会長の妹だよ」
興味津々に会話を進めるクラスメイト。
「もしかして……間宮くん、九重先輩と付き合ってるとか?」
クラスの女子でも噂話に『説得力』を持たせることができる地位にいるエボルブドの女子、吉見水樹の言葉に、真也は焦って声をあげる。
「ち、違うよ!」
「えー、そうなのー? 合宿の時も現地の子といい感じだったじゃん、恋多き男子ぃ!」
少し前の合宿でソフィアという少女との姿を見ているクラスメイトは、真也を『そういうキャラ』だと思い始めていた。
真也はこれはまずいと「そんなんじゃない」と声をあげるが、クラスメイトたちの冷やかしは続く。
「でも、わざわざ一年棟まで来る、って」
「だ、だから、付き合ってるとかじゃなくて……404大隊で一緒に活動してるから!」
悲痛な叫びにも似た真也の言葉に、この突撃取材に参加していなかった直樹は教室の端で苦虫を潰したような顔をする。
「また404……なんで間宮ばっかり……」
「葛城クン、どんまぁい」
がっくりと落とされた直樹の肩を、ニヤニヤとした顔の姫梨が叩いた。
席に戻ってきた真也に、レイラが質問する。
「九重先輩、なんて?」
レイラの質問に、真也は釈然としないと言った様子で言葉を返す。
「いや、なんか用事があるから放課後ラウンジに来てくれ、って」
「わざわざ、学校で?」
「うん」
頭を悩ませながら、一時間目の準備を始める真也に、レイラは何度か口を開こうとし、そして結局何も言わずに自分も始業の準備に取り掛かった。
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