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第3章 東雲学園編 九重流と文化祭
099 九重流
しおりを挟む九重流は世界有数の古武術である。
殻獣が、そしてオーバードという存在が現れる遥か前から存在する九重流の道場は日本全国にあり、さらにオーバードの武術として認められた現在は、全世界に支部を持つ。
その中でも一部の門下生しか足を踏み入れることの許されていない、九重家の本家の敷地内にある道場。
そんな場所に、真也はいた。
先日の東異研での軍務の際に話していた『九重流』を学ぶ、という会の第一回。
道場の中心には道着に袴姿で正座した光一。
それと向き合うように、運動着の真也、レイラ、伊織、美咲、そしてまひると透が座す。
デイブレイク隊のうち、本格的に九重流を学んでいない高等部一年と中等部の面々である。
九重流を学んでいないという意味では二年生のルイスも同様だが、彼は九重流とは違うオーバードの格闘術を学んでいるため、この会には不参加となった。
九重邸に併設された巨大な道場は床が板張りであり、涼しく澄み切った空気は真也の肺を突き刺す様に荘厳だった。
ただ、真也の胸が痛いのは空気のせいだけでは無い。
「大戦鎌か」
真也の武装をまじまじと見る光一の、次の言葉が恐ろしかったからだ。
購入し、無事真也の元に来た『鎌』は、受け渡し時にも公崇に何度も説明された通り、初心者向けでは無い。
九重流で戦闘方法を学ぶことになった最初の回である今回、全員が自身の武装を持参する様に言われており、丁度武装を受け取った真也は大きなケースを引き連れて道場を訪れ、組み上げたものを目の前に置いている。
その鎌を見る光一の顔は困惑の表情を浮かべていた。
『だいせんかま』と言う言葉すら初めて聞いた真也は、光一の言葉を聞き逃さんと集中して次の言葉を待つ。
「鎌を扱う武術として、鎌術(れんじゅつ)というものがある。元々は琉球で興った武術でな」
「れんじゅつ……」
「鎌術といっても、確か刃を縦につけたもので、このような鎌ではなかった様に記憶しているが……しかし、鎌術は九重流にも取り入れらている。特殊な武装ではあるが訓練は可能だ、安心していい」
光一の言葉に、真也は静かに息を吐き出す。
もしも光一に『もっと実戦向きのものにしろ』等、叱責を受けたらどうしようと真也はここ数日頭を悩ませていたが、どうやら杞憂であった様だった。
「鎌術には、片手で持つ戦鎌、間宮の武装の様な大戦鎌、そして二丁戦鎌と二丁大戦鎌があってな」
「そ、そんなに!?」
「ああ、あとは鎖鎌術か。しかし、これらの鎌術を俺は修めていないのだ。鎌術、特に大戦鎌術となると、九重流の中でも学んでいるものは少ない。俺も鎌術はさっぱりでな」
「そう、ですか……」
「そう落ち込むな。鎌術を修めている人間に、一人、心当たりがある」
「本当ですか!?」
「失礼します」
鎌の扱いを知る人間からきちんと学べそうだ、と色めきだつ真也の後ろから、凛とした声が響く。
光一は真也たちの後ろに位置する道場の入り口を見ると口を開く。
「……丁度いいところに来たな」
真也は光一の視線につられ、道場の入り口へと振り向く。
そこに立っていたのは、デイブレイク隊のメンバーであり、高等部2年の九重苗だった。
白い道着に紺の袴を履き、いつものように黒い髪をポニーテールに結んでいる苗は、和風な道場とよく合い、凛とした雰囲気をまとっている。
「苗は長物の扱いを叩き込まれている。棒術、棍術、薙刀、槍……。そして、鎌術もだ。そうだな、苗」
「……はい。えっと……」
急に自分の経歴を光一に述べられ、苗は話についていけずに困惑気味に肯定する。
しかし、その視線が真也のそばに置かれている武装へと向くと、話の流れを理解した苗は目を丸くし、口を開く。
「間宮さん、武装を大戦鎌にされたんですか!?」
「え!? あ、はい……」
普段あまり聞くことのない……喋る事も少ない苗の大声に真也は驚く。
「現代で、大戦鎌を選ぶなんて……素晴らしいです!」
胸の前で手を組み、力強く真也へと語りかける苗は、普段の彼女から想像もできないほど、目をキラキラとさせていた。
「大戦鎌……しかも、古鎌! 鎌特有の威圧感と型に合った時の圧倒的な攻撃力! それに、戦斧と槍も……ハルバードのように多目的に使えるのですね!」
苗は興奮したように真也の横に駆け寄り、まじまじと真也の武装を見る。
「刃渡りも、角度も計算されていますし……石突(いしづき)も、胴金(どうかね)も合理的です! 太刀打ちを太くしているのは、やはり大戦鎌としての運用を主においているからなのでしょうか!?」
「え?」
苗の口から出てくる専門用語であろう言葉の数々に真也は圧倒され、目の前に迫ってくる苗の顔に頬が少し赤くなる。
いつもはどこを見ているのかわからない儚げな視線がガッチリと真也の顔を掴み、興奮からか体が小さく跳ね、それに合わせてポニーテールもぴょこぴょこと動く。
真也が身じろぎすれば当たってしまいそうなほどそばに寄せられた身体からはいい匂いがした気がした。
大興奮の苗に、光一は一つ咳払いをする。
「苗、落ち着け。間宮は大戦鎌については初心者だ」
「あ……申し訳ありません、兄さん、間宮さん」
光一に咎められて我に返ったのであろう、苗は恥ずかしそうに顔を伏せると、真也から少し離れて立ち上がり、光一の横に座し直す。
「……身内びいきの様に聞こえるかも知れんが、苗は九重流の中でも、薙刀と槍は有数の実力者だ。そして数少ない鎌術の使い手でもある」
「はい。師範からは大戦鎌術、二丁鎌術、鎖鎌術については免許皆伝をいただきました」
苗の様子はいつも通りに戻ったように思えたが、しかし声色はいつもよりも数段明るいものだった。
光一は一同を見渡す。
「……では、稽古について割り振る」
話が今回この道場に来た『本題』に入り、全員が姿勢を正し直す。
「レオノワ、喜多見、間宮まひる、友枝、押切、お前たちは基礎訓練からだ。
その後、それぞれの武装に合わせて訓練。それぞれ参加すべき道場は後で伝える」
光一の言葉に各々が頷く。
光一はデイブレイク隊の隊長であり、同時に生徒会長である。国疫軍の階級も『特練兵長』という、特練兵たちを束ねる位置におり、その指示はいつも通り堂に入ったものだった。
「そして間宮。お前はこの道場で苗と特訓だ。一刻も早く、大戦鎌をモノにしろ」
光一からまっすぐ向けられた視線に、真也は息を吸い込み、
「はい!」
と勢いをつけて返答した。
真也の返答に満足そうに頷いた光一の横では、苗がそわそわと、真也の『鎌』へと視線を注ぐ。
真也の武装についてあまりにも早口に語り、今も熱い視線を投げかける苗の様子は、いままで真也が苗に対して持っていた『静かで不思議なオーラを持つ先輩』という印象を覆すに値した。
苗は大鎌を穴が空くほどじっくり見た後、一瞬真也へと視線を移す。そうして真也と目が合うと、またもや恥ずかしそうに目を背ける。
しかし、おずおずと真也の顔を伺いながら、まるで目の前にミニスカートの女子がいる男子かのように、不自然に自然を装った視線を武装へと向け、そんな苗の様子に真也は流石にちょっと引いた。
光一は、苗と真也の視線のやりとりに気づくことなく立ち上がる。
「では、せっかく来てもらったのだ」
立ち上がった光一は道着の襟元を正し、ゆっくりと眼鏡を外す。
「軽く体を動かしてみるか。……皆、入ってくれ」
光一の言葉に『押忍!』という大きな声が複数返ってくる。
驚いて振り向いた真也の目には、光一や苗と同じ道着姿の屈強な男性陣。道場の外で待っていたのだろう、即座にざっと一列に並んだ彼らの威圧感は、真也の頬をひきつらせる。
「九重流の門下生たちだ。皆、今日は私の部隊員たちの訓練に付き合ってくれ、よろしく頼む」
「「「押忍!!」」」
門下生たちの声が、道場内に響く。
「ひっ……うそだろ帰りたい……」
小さく声をあげたのは、男性恐怖症の伊織だった。
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