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第3章 東雲学園編 九重流と文化祭

096 結城武装店

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 神野駅から20分ほど歩いたところに、『結城武装店』はある。

 その店はコンクリート打ちっ放しの古めかしいビルに居を構え、うねった大きな木の看板に筆で書かれたような力強い書体で名が掲げられていた。

 ショーウインドウには大小様々な刃物が収まっており、日本国内で堂々と武器が掲げられているというのがしっくりこない真也にとっては模造品のように見えた。
 しかし、ガラスの向こうには物々しい金網が貼られており、品々が本物であることを表しているように思えた。ショウウインドウには国疫軍の日本支部から公式に武装販売の許可が降りていることを示す認可証も掲げられている。

 ゴールデンウィークの昼間ということもあり人通りは多いが、この店舗に見向きする人間はほぼいない。
 結城武装店では護身用の防犯グッズも扱っているとはいえ、武装店はオーバードでなければ利用することのない店舗であり、その前に集っている真也たちにはやはり視線が集まっていた。厳密には彼らの手首、識別バングルに、であるが。

「ここだよ」

 伊織の先導で結城武装店についた伊織、真也、レイラ、直樹と姫梨は店をじっと見る。

 真也は、店の佇まいにワクワクしていた。
 男としては武器というものに興味はあるし、ファンタジーの中でしか存在しなかった武器屋……正しくは武装店……が目の前にあり、しかも自分専用の武器を得られるというのは男子ごころがくすぐられるものだった。

 アンノウンとして軍務をこなした真也は、ショウウインドウに並んだ武装程度なら一括で軽く変えるほどの予算があり、選り取り見取りだという現実に静かににやける。

 美しいしつらえの白い鞘に収まった軍刀、オーバードでなければ持ち上げることも困難そうな無骨な大剣。かぎ爪、短銃、ハンマーもいい。

 もはや真也は、ひとりRPGの世界にいる気分だった。

 伊織はそんな真也の様子を横目でチラリと見る。
 真也のニヤリとした表情を純粋に気持ち悪いと思う反面、共感できる部分もあり、苦笑いを浮かべた。

「じゃ、いこう」

 伊織がガラス張りのドアを引き、店内へと進む。それに続いて真也は店内へと足を踏み入れる。
 伊織の複雑な気持ちを知らぬ真也の頭の中では、昔やり込んだレトロゲームの街中のBGMが流れていた。なんなら、伊織の言葉の陰に『ポ、ポポポ』という電子音すら聞こえた気がした。

 店内はレトロRPGというよりも、ハリウッド映画で見るガンショップに近い出で立ちだった。

 少し薄暗い店内の壁には大小様々な武装が並べられており、その全てが厳重に固定されていた。縦長の店内の奥にはカウンターが併設され、奥には階段があり、看板には『試用室』と書かれている。

 購入前に二階で試し切りができるのか、と真也のワクワクは最高潮だった。

「おやっさーん、来たよー」

 『おやっさん』という伊織の言葉に反し、カウンターの奥から「はーい」という返事とともに女性が現れる。

「いらっしゃいませっ☆」
「なっ……」

 やってきた女性に、真也は驚きの声をあげる。

 現れたのは20代後半で明るい髪色の、メイド服の女性だった。

 しかも本格的なメイド服ではなく、コスプレ感のあるメイド服の、必要以上にはだけた胸元には大きな名札がつけられており、『ゆめりん』と書かれている。

 カウンターを抜け、真也たちの目の前まで歩いてきた女性は華麗にポーズをとりながら一回転すると、おでこにピースサインを当て、ウインクする。

「あなたのメイド☆ ぶれいぶ☆どりーむ、ゆめりんですっ☆」


 『ゆめりん』が高く掲げた腕からがしゃり、と識別バングルがずれる音がし、少しの間、沈黙の時間が流れた。


 RPGの武器屋にも、ガンショップにも似つかわぬ女性の登場に、真也はあんぐりと口を開く。

「……伊織、ここでいいの?」

 真也からの指摘に、伊織は少々頬を引きつらせながら弁明する。

「……うん。アレ以外はちゃんとした店だから」

 『アレ』という言葉とともに、伊織は『ぶれいぶ☆どりーむ ゆめりん』を顎で指した。

 伊織の言葉にメイド服の女性は接客スマイルを少々歪めながら伊織に対して口を開く。

「おしいお、アレってひどいぞ☆」

 おしいお、と独特なあだ名で名前を呼ばれた伊織は特に気にしていない風に言葉を返す。

「夢子さん、おやっさんは?」

 夢子、と呼ばれた『ゆめりん』は、それでも対抗するように営業スマイルを強め、念押しする。

「夢子じゃなくて、ゆめりんだよっ☆」
「……ほんとやめて。せっかく友達を連れてきたってのに」
「だからこそ、ゆめりんは全力なのだっ☆ 新規顧客には全力で応える方針なのだ☆」
「それがこの店のメリットになると思ってるなら、夢子さん本当ヤバいよ」

 あまりにも明け透けな伊織の言葉に、夢子は「うっ」と小さく唸ると口をすぼめながら言い訳をする。

「……うぅ。だって、『武装店』なんて、怖い人ばっかりだって思われてるしぃ……ちょっとでも、明るい雰囲気をさぁ……」

 どうやら、この『ゆめりん』のキャラ作りは、夢子なりのイメージアップ戦略だったようだと知った真也は、意外と真面目の人かもしれない、と夢子のことをほんの少し再評価した。

「……だから、ゆめりんは武装店界のアイドルになるのだっ☆ 目指せっ! 美しすぎる武装職人でバズ☆ そしてアイドルデビュー☆」

 思いのほか自分本位な目標に、真也はやはり評価を元に戻した。
 伊織は夢子に呆れたようにため息をつく。

「心底どうでもいい」
「ひどっ、ひどいぞおしいお! 2人でメジャーになろうって約束したのにぃ!」
「まさか営業中の店内で店員の寝言が聞けるとは。びっくりだね」
「ぐっ、ゆめりん負けない! ……あ、君可愛いね☆ どう?ゆめりんとおしいおと一緒にスターダム駆け上がらない?」
「え、わ、私?」
「オイ」

 伊織からの口撃にもめげず、夢子はレイラの両手を握ってスカウトを始めた。

「うんうん! 絶対メイド服似合うよ☆
 あ、そこの子もどう?」
「私はパスでぇ」
「むむ、おしいおの友達だけあって手強いねぇ☆」

 急に話を振られた姫梨はニッコリと微笑むとさらりと夢子をあしらう。
 夢子は姫梨の態度から、獲物をレイラ1人へと絞る。ぎゅっとレイラの両手を強く握るとレイラへと満面の笑みを向け、邪悪な笑みを向けられたレイラはビクリと肩を震わせた。

「まずはウチでのバイトからはじめよう☆ きっとメイド服似合うよ☆」
「ば、ばいと、は……」
「……あれ、君どっかで見た気がするなぁ?」
「う……えっと」

 レイラはじっとこちらを見る夢子から視線を背ける。
 女王捕獲のニュースは、日本ではレイラの顔写真を公開していないとはいえ、ロシア本国では自分の顔はバンバン出ている。夢子がどこかのネットニュースでレイラの顔を見ていてもおかしくないのだ。

「……いい加減にしろ、夢子」

 混沌とした場に、店の奥から声がかかる。

「お父さん! ゆめりん、って呼んでって言ってるじゃん!」

低く落ちついたその声に夢子が反応し、同時にレイラの両手は自由になる。レイラは『助かった』と、少し汗ばんでいた手を引っ込め、真也たちの後ろの方へそそくさと移動した。

 夢子に「お父さん」と呼ばれた声の主はスキンヘッドの初老男性だった。ツルツルとした頭と対照的にしっかりとしたあご髭を蓄えており、筋骨隆々とした肉体は若々しさすら感じられる。

「悪かったなお客さん。こいつには後で厳しく言っておく。そいつの父親で店長の結城公崇(ゆうききみたか)だ。
 今日はどういったご用件……」

 店長の公崇は汚れたエプロンについた名札を示し、真剣な表情で一同を見渡す。
 目線が伊織で止まると、『よそ行き』の表情から身内に対するような気楽な表情へと変わった。

「……なんだ、坊主か。今日はどうした」
「ひさしぶり、おやっさん」

 公崇に『坊主』と呼ばれた伊織は真也の腕を引っ張ると、自分の隣へと立たせる。

「こいつの武装を新規で。ボクの『親友』だから、いいやつ見繕ってくれよ?」
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