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第3章 東雲学園編 九重流と文化祭

091 クーの記憶

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 最初の記憶は、痛みと、死体だ。

 青い光に包まれた部屋に、私は立っていた。

 周りには、死体がいっぱい転がっていた。その全てが喉をかきむしるようにして死んでいたのを、未だに覚えている。

「ほう、今回は一体か」

 口の中に広がるピリピリした熱から逃げるように舌を転がしていた私に、後ろから声がかけられた。声の方を振り向くと、そこには人が立っていた。茶色いローブを着たそいつの顔は見えなかったけれど、低い男の声だった。

 男は私をじっと見ていた。私は、やっぱり舌のピリピリが気になって、舌を口の中で転がしていた。

 男は、ゆっくりと私の方に近づくと、手で私の頭を撫でた。

 私の髪の毛を撫で付ける手がうっとおしくて、私はその手を掴んで頭から退ける。

 私の手と、男の手は、違う色をしていた。

 手の形とか、自分の体の形を見るに、私は死体と同じような生き物だった。多分、男も、私と同じような形をしているんだと思った。ただ、男は緑色じゃなかった。

 私はまじまじと私の手を見る。ふと、変な匂いがした。多分、男の匂いだった。

「……へんなにおい」
「変な匂い、か」
「うん」
「嫌いな匂いか?」

 男の言葉に、私はもう一度自分の手を嗅ぐ。

「きらいじゃない。すきかも」

 私の言葉に、男は驚いた風に背筋を伸ばした後、静かに笑った。

「私の仲間を紹介しよう。ようこそ、ーーー」

 男は私に向かって、私と違う色の手を、私の方に伸ばした。男が私をなんと呼んだのか、それは、憶えていない。



 クーの話を聞いた津野崎は、顎に手を当てて思案する。

「くーちゃん、その手は、どんな色だったんですかネ?」
「しんやのてとおなじいろだったよ。うーん、しんやのより、ちょっとしろいかも」
「黄色人種、もしくは白人……人間の手、ですか」

 人型殻獣を、仲間と呼ぶ人間。明確な『人類の裏切り者』がいる。

「人間は、殻獣と接触することで『覚醒』する。
 同様に人型殻獣は人間……話せたことから『オーバード』と接触することで『覚醒』するのでしょうか」

 真也が疑問を呈する。

「なら、周囲の遺体は?」

 その疑問に答えたのはクーだった。

「あのね、かくせー? しないと……しぬんだって」
「え……?」
「こきゅう? できないんだって。うぃるがいってた」
「ウィル?」
「かくせーしたとき、いたおとこ。そうよばれてた」
「ウィル……ウィリアム、か?」
「偽名だろうな」

 光一たちの考察を横に、クーは言葉を続ける。

「それでね、それからしばらく、むれですごしたの」
「その群ではどんなことを?」
「しばらくは、すあなにいたけど、きゅうによびだされたの」
「ローブの男……ウィルに、ですか?」

 津野崎の言葉に、クーは首を振る。

「ううん、はーみあ」
「ハーミア?」
「じょおー。まえのむれのね! いまはしんやのむれだから!」
「むれ、って……」

 クーはそう宣言すると、真也の腕にすり寄り、幸せそうに笑みを浮かべ、真也はそんなクーの様子に、すこし頬を引きつらせた。

 クーの言葉に光一が質問をする。

「その女王、ハーミアというのは……クーの親、ということか?」
「おや……?」
「クーを生んだ殻獣か、ってこと」
「そうだよ。それで、ついていったの。ぬのをわたされて、それとおなじにおいのひと、ころせ、って」

 クーの口から、『殺す』という言葉がするりと出てきたことに、一同は静かに驚く。子供の形をしていても、やはり少女は自分たちとは違う思考をしていると感じた。

 クーは、その時の匂いを思い出しているのか、鼻をヒクヒクさせながら、言葉を続ける。

「そのぬのがね、すっごいいいにおいだったの。だから、ころすの、やだなーっておもって。
 それで、むれよりも、わたしのほうがさきに、そのひとみつけたの。にがそうとおもって。そのひと……んー……」

 クーは言葉を途中で切り、真也を見つめる。

 急に視線を向けられた真也は、びくりと肩を震わせる。

「どうしたの? クー」

「しんやににてたかも。においも、にてる」

 真也は、その言葉から、クーが『殺せ』と命じられた相手が、この世界の自分……シンヤのことだったのではと思い、反射的にまひるの方を見た。

 まひるも同じ考えに至ったのだろう。肩を抱きながら、クーを静かに睨んでいた。

「……それで?」

「いいにおいのひと、ころすのやだから、とめたんだけど、まけちゃって……」

 クーは、シンヤを守ろうとした。クーの言葉を完全に信用できるわけではないが、プロスペローは、シンヤを殺したのは自分だ、と言っていた。
 映像に残っていたクーの姿は、シンヤを守り、そして敗走した姿だったのだろう。

「はーみあとけんかして、でてったの。おっかけられたけど、にげれたよ! わたしのほうが、つよいから!
 それで、いっぱいにげて、ほかのすに、にげこんで。そしたら、いいにおいがして……きいろいふくではだをかくして、さがしたの」

 クーは、自分が抱く腕の主を見上げる。

「それで、しんやみつけたの!」

 時系列が繋がった。

 じっと話を聞いていた伊織が、ふむ、と一つ相槌をうち、口を開いた。

「人型殻獣の巣は、ロシアにあるのか?」
「すは、いっぱいあるの。ろしあ? にもあるし、たぶんこのそばにもあるよ」

 側に……新東都の近くにも、人型殻獣の拠点がある。
 その言葉に一同は驚いた。クーからもたらされる情報は、そのどれもが人類が把握していない、日常の下に潜む脅威を次々と明らかにする。

 真也は腕に巻きつくクーに話しかける。

「……場所は覚えてる?」
「んー、なんこかおぼえてるよ。このそばのも、おぼえてる!」
「教えてくれる?」
「どーしよっかなー」

 クーは津野崎にわがままを言った時と同じような、意地の悪そうな笑顔を浮かべる。

「ぎゅってしてくれたらおしえるー」
「えっ」
「ほんとはー、こづくりしたいけどー……ぎゅー、だけでいいよ?」

 情報に対価を求める。そして、一度無理筋を提示してから、妥協したかのように要望を真也へぶつけてきた。
 クーは津野崎にわがままを言ううちに、どうやら『コツ』を掴んだようだった。

 そんなクーに、レイラが睨みを効かせる。

「あまり……調子に乗るなら……!」
「……ピィ」

 レイラの言葉に、クーは真也の後ろに隠れる。
 言葉を発したのはレイラだったが、クーを貫く厳しい目線は複数あった。

「虫野郎……、立場をわからせてやろうか」

 伊織もひくひくと頬を引きつらせながら、腰の片手剣に腕を伸ばす。

 そんな伊織を真也は手を向けて制する。

「伊織、大丈夫。レイラも」

 クーは『こわいひと』たちを制止する真也に、きらきらと目を輝かせる。
 真也が彼女たちを止めたと言うことは、次の言葉には期待が持てるからだ。

「いいよ、クー。ぎゅ……抱きしめてあげる。そのかわり、それ以外にも教えてほしい」
「もちろん! しんやにならなんでもおしえてあげる!」
「間宮……」

 真也の言葉に、伊織の耳がだらんとしな垂れる。

「これくらい、構わないよ。これで、あいつらに……プロスペローたちに先制できるなら」

 真也は自分の脇腹に……プロスペローに貫かれた場所に手を当て、言い放つ。
 真也の言葉に、それ以上彼を止める人間はいなかった。

 真也は膝をつき、両手を広げる。

「おいで、クー」
「ひゃっほう!」

 クーは掛け声とともに即座に真也の胸へと飛び込んだ。

「あ゛あ゛ぁ~……いいにおいぃ~……」

 すりすりと真也に頬ずりし、悦に入るクーをじっと睨む人影があった。

「……殻獣のくせに」

 ぼそりと呟くまひるの言葉に、真也は淀んだ少女の瞳を夢想し、少し体がこわばった。



 クーが真也を堪能している間に、ルイスが手をあげる。

「ひとつ、提案があるのですが」

 いままで静かだったルイスの急な言葉に、全員の視線が集まる。

「……クーとの模擬戦を希望します。私が今後、戦う相手。強度が不明でも、せめても、私の力が通用するのかは、把握しておきたいのです」

 ルイスの言葉にクーが反応する。

「もぎせん?」

 オーバードとしての自負を取り戻さんとするルイスの言葉に、次々と手が上がる。

「私も、希望、する」「ボクも」「わたしもです!」

 ルイスの提案に便乗した残り3人の顔には、『私怨』と書いてあった。

「私も」

 最後に手をあげたのは、意外な人物。目を丸くしてルイスが呟く。

「苗さん」

 最後に模擬戦に立候補したのは、九重苗だった。
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