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第3章 東雲学園編 九重流と文化祭
087 休日出勤
しおりを挟むロシアから戻ってきた次の土曜日。心地よい初夏の陽気の中、真也とまひるは制服のジャケットを着て学園を訪れていた。
水曜日に帰国し、木曜と金曜を代休で過ごした真也にとっては久しぶりの学校である。
東雲学園は週休二日であり、本来であれば登校する日ではない。
にもかかわらずまひるとともに学園へとやってきたのは、404大隊……『デイブレイク隊』としての招集があったからだ。
2人は校門をくぐり、そのまま作戦車両のターミナルへと向かう。
土日は学校は休みではあるが、まれに軍務が割り当てられることもある。そのため平日に比べれば少ない数の車両と生徒が行き交っており、気だるげな生徒の表情に、真也は休日出勤のサラリーマンはこんな感じなのだろうかと感じた。
「軍の作戦には曜日は関係ないのかぁ……」
改めて口に出すと、真也もまた他の生徒と同様に憂鬱な気分になる。
「そりゃそうだよー。殻獣には曜日感覚なんてないもん」
「まあ、そう言われたら返す言葉はないんだけど」
一方のまひるは普段と変わらぬ様子で真也に言葉を返し、真也は妙に達観している妹に負けた気分になった。
真也とまひるが目的の発着場へと着くと、すでにデイブレイク隊の待機場所へと進む。
軍務のためオーバードスーツに身を包んだ他の生徒たちと違い、すでに待機していたデイブレイク隊のメンバーは学校の制服姿だったため、すぐに見分けることができた。
東雲学園の生徒会長であり隊長である九重光一が真也たちに気づき、声をかける。
「間宮、久しぶりだな」
「はい。戻ってきました」
一週間と少ししか経っていないが、その内容が濃すぎたため真也はデイブレイク隊の面々に懐かしさを感じ、戻ってきたという実感に少し感慨深さすらあった。
「今年はロシアやったんやって?」
真也に続いて声をかけてきたのは、光一と同じ3年生の田無修斗。オリエンテーション合宿の内容に興味があることを示すように、狼のエボルブドである彼の持つ狼の尻尾がゆらゆらと揺れている。
「はい。ハバロフスクでした」
「ハバロフスク?」
「オホーツク軍港のある地区だな。ロシアの中でも日本に近いところだ」
「あー、オホーツク海」
「そうだ」
「今年がロシアなら、来年は国内っスかね。そうなると、俺は国外なんスかね……」
デイブレイク隊の中でまだオリエンテーション合宿を経ていない、中等部2年の友枝透が肩を落とす。
国外となると、様々問題が発生する。支部間の問題や、非オーバード職員との言語の壁。それは普段日本でしか活動しない生徒たちにとっては不安の種だ。
「私や苗さんの時はインドでしたから、今後二年連続国内かもしれませんよ」
そんな透に、昨年オリエンテーション合宿を経験したドイツ人、ルイス・レンバッハが明るい声で話しかけるが、透の顔は未だ暗い。
「あー、なるほどっス……国内だといいんスけどね……」
「私もルイスさんと一緒にインドへいきましたが、問題なく合宿を終えられましたし、友枝さんなら平気ですよ。まだ中等部2年生なのに、選抜されるほどの人なんですから」
ルイスと同じ2年生であり、光一の妹である九重苗が優しく告げると、透は気恥ずかしそうに頭をかく。
「そ、そうっスかね」
「せやせや、悩んでもしゃあないやろ。どうせ当日まで分からへんし」
「毎度のことながら、異様なまでの機密性だからな。情報漏洩があった試しが無い」
光一の言葉に、真也はこっそりとレイラを窺う。
今まであった試しのない漏洩した情報を受け取ったレイラは無言のまま真也に苦笑いを返した。
真也はデイブレイク隊の面々を見渡し、話を変える。
「あの、僕たちが最後ですか?」
「いえ、あとは押切さんだけですね」
ルイスの言葉に、真也が集合している顔ぶれを再確認すると、たしかに伊織の姿が見えなかった。
「伊織ですか? 遅れてるのかな?」
何か連絡があるかもしれない、とスマホを取り出した真也に光一が補足を入れる。
「押切はいま第2運動場で、補講を手伝っている」
「補講?」
「ああ。1ーFの生徒のものと聞いたが」
「Fクラスの補講を?」
なぜAクラスの伊織が違うクラスの補講を手伝うのかと疑問の声をあげた真也に、同じ一年生の喜多見美咲がいつものようにおずおずと声をかける。
「あの、合宿のトレーニングのぉ……」
「ああ……」
合宿で共に過ごした同じ小隊のFクラスの生徒たちは、罰則を受け、二日間の営倉入りを命じられた。
そのためオリエンテーション合宿中の訓練に参加せず、その補講を予定していると小隊長を務めたレイラが言っていたことを思い出す。
そして、伊織はそんな彼らの補講を手伝い、自分の受けた苦労を味あわせてやると息巻いていたのもまた思い出した。
そして、伊織は本当にFクラスの面々の補講を手伝っているのだった。
メンバー全員が学園にいると分かり、まひるが今後の予定について話を移す。
「ところで、今日はどこへ行くんですか?」
「さあな。一応、武装とスーツは着用ではなく持参とのことだったが……」
「九重先輩も知らないんですか?」
「隊長すら目的地を知らないなんて、そんな軍務あるんスか!?」
「俺は初めてだ。もしかしたら、今後も我々の隊はこのような機密性で行われるのかもしれん。成り立ちが特殊だからな」
彼らは、表向きには『404学生大隊下、第14小隊』であるが、その本当の名は『アンノウン大隊下、デイブレイク小隊』。
それは、世界各国の一流異能者士官学校の生徒からなるアンノウン大隊の、東雲学園から選抜された生徒たちの小隊である。
アンノウン大隊は国疫軍内部ですら一部のものしか知らない特別部隊であり、その第一は『機密性』。
国際的な活動すら行われる『国際防疫軍』では、事前の作戦行動通知は必須となっている。
ただし、『学生部隊は、軍務において所属学校が把握していれば国際防疫軍への作戦通知は作戦後で構わない』という抜け穴があり、それを利用し、高い機密性の下で作戦行動を行う。それがアンノウン大隊だ。
そのため、今回のように軍務に割り当てられた学生誰もが、作戦行動地を知らないということもありえるのだろう、と光一は隊員たちをたしなめた。
「おまたせ。いやー、すっきりした」
それから数分後、集合時間の10分前を少し越えた頃、押切伊織が合流する。真也と同じ1年生である彼は、男性でありながら可憐な少女のような見た目をしている。
日の出ている初夏の日和の中、伊織なぜかずぶ濡れであり、しっとりと濡れた黒髪が光を反射し、ワイシャツは肌にへばりついている。濡れないように脱いでいたのであろう制服のジャケットを小脇に抱え、鼻歌交じりに歩いてきた。
ボディラインが露わになり、うっすらと透ける肌に、デイブレイク隊の面々も、周りの生徒は彼が男性と分かりながらも恥ずかしげに目を背ける。
うさぎのエボルブドである伊織は、黒髪から白くて長いうさ耳が生えており、短い白い毛も同様にびしょびしょだった。
「押切、放水役、やったの?」
ずぶ濡れの伊織にレイラが声をかける。合宿中、最も辛かったトレーニング、その再現をしてきたのであろう。
レイラの言葉に伊織は口の端をあげ、にやりと笑う。
「あたりまえだろ。ボクは有言実行の男さ。何度もロープから叩き落としてやった」
真也はずぶ濡れの伊織に一つため息をつく。
「あー、もう、伊織もびしょびしょじゃないか」
「これくらい、ほっときゃ乾くよ」
「これから軍務だってのに……ほら、これ」
カバンからタオルを取り出し、真也は伊織へとタオルを渡す。
その動きは、まるでできの悪い弟に対するようなものであり、他の人間と違って平然としていた。
「え、悪いよ。間宮が汗拭くとき困るだろ」
「いいから。タオルこそ、ほっときゃ乾くだろ」
真也からタオルを受け取った伊織は、そこで初めて気がついたのか自分の服を見やり、さっと肌を隠すように胸元にタオルを当てた。
「……ありがと」
伊織が髪や服を拭き始めたところで、光一は隊員を見回す。
「よし、これで全員か」
全員が揃ったその直後、一台の装甲車がターミナル内へと侵入し、修斗がそちらを見やる。
「あの車やないか?」
修斗の言葉に、光一が手元の資料を確認し、頷く。
「ああ、あれだな。ちょうどいいタイミングだ」
光一が車の方へ手を挙げ、自分たちの存在をアピールすると、装甲車はデイブレイク隊の前で止まり、中から白衣の男性が降りてきた。
「みなさん、おはようございます」
装甲車と白衣の男性という組み合わせに、光一は一瞬表情をゆがめたが、すぐに表情を戻し、挨拶を返す。
「おはようございます、今日はよろしくお願いします。
404大隊、14小隊長、高等部三年の九重光一です。以下、14小隊員9名、全員います」
光一は自己紹介しながら握手を求め、手を伸ばす。
「ご丁寧にどうも。東異研の戸田大貴です」
東異研、正式名称を『東日本異能研究所』といい、日本最大級のオーバードの研究所であり、真也がこの世界に来て一番最初に連れていかれた先でもあった。
東異研、という言葉で真也は目の前の男性のことを思い出す。
「あ! あの時の」
戸田という男性は、真也が東異研に行った際、会議室へと案内したスタッフ。その後も、東異研の室長である津野崎の補佐をしており、少なくない回数、研究所内で見かけた相手だった。
「覚えてたんですね、間宮さん」
「はい。その節はお世話になりました」
「こちらこそ。というか、お世話したと言っても会議室に案内したくらいで、あとはこちらの研究に協力いただいたわけですが」
「……知り合いか?」
「ああ。津野崎さんの研究室の人」
「……ツナギの」
今回、休日に呼び出された原因が津野崎にあると知り、レイラは頬を膨らませる。
「今回は、スーツと武装を着用せずに集合とのことでしたが」
「ええ、それで構いません。着替えは東異研でやってもらいます。とりあえず、移動しましょう」
戸田の何気ない言葉で、初めて真也たちは今日向かう先を知る。
軍務として向かう先のほとんどは営巣地であり、研究所へと向かうというのは、全員にとって予想外だった。
「東異研が、今回の任務地、ということですか?」
「……詳細については、向こうで津野崎室長から話させてもらいます。それまでは、ここでは何も話せません」
戸田の言葉から、明らかに通常軍務と違うと察したデイブレイク隊の面々は真剣な顔となり、光一の短い号令の後、彼らは装甲車へと乗り込んだ。
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