上 下
82 / 131
第2章 東雲学園編 新生活とオリエンテーション

081 死闘(下)

しおりを挟む
 少女『たち』の怒りを受けたプロスペローは対照的に、邪悪な笑みを浮かべる。

 真也の体を貫いた右手の指先には、大量の血が鈍く光り、プロスペローは指先を擦り合わせてその感触を確かめた。

「……さて」

 ひとしきり笑ったプロスペローは、腕を振るって真也を捨てると、レイラの方へと向き直す。

 放り投げられた真也は地面を転がり、その異能である盾は、全て消滅した。

「前回ほどかかりませんでしたね」

 レイラは目の前で起きていることに、一瞬理解が追いつかなかった。

 真也の異能は、自動で彼を守るものだったはず。

 なぜ、真也が傷を負っている?
 なぜ、真也は地面に伏している?

 混乱するものの、レイラの思考は一つの意志に研ぎ澄まされていく。

 殺す。

 レイラは両手に杭を生み出すと、プロスペローを睨み返す。

「ああ、いい目ですね。ですが、その意志は成し遂げられない」

 プロスペローはレイラの眼光を受け止め、それでも不敵に笑う。
 圧倒的な実力差を、把握しているが故に。

 レイラはプロスペローとの距離を詰め、右手の杭を振るう。

 横に一閃。それは、怒りに身を任せた最初の攻撃とは違った、明確で純粋な『殺意』のみの冷静な一撃。

 次の一手の余力を残しつつも、渾身の一撃。

 しかし、それもプロスペローには届かない。レイラは、一瞬にして背後を取られ、後ろから声がかかる。

「ああ、遅い」
「くっ……」

 レイラは振り向きながら振り払うように左手の杭を振るう。
 プロスペローはそれを掴み、握りつぶし、レイラの杭は異能物質の塵となって霧散する。

 プロスペローにとって児戯に等しい攻撃に、彼の口から笑いがこぼれ落ちる。

「ふふ、健気ですね」

 レイラは後ろに跳びながら右手に残った杭を投擲、新たな杭を作り出す。
 プロスペローはレイラの放った杭を首を捻って躱し、そのままその場にとどまって口を開く。

「安心なさい。すぐ、そこの彼と同じところに送ってあげますよ。貴女も彼を想っているのでしょう」

 プロスペローの言葉に、レイラは眉をひそめる。決してプロスペローの動きを見逃さぬように、そしてプロスペローの隙を窺う。

「……だんまりですか。まあ、いい。私には『感情』が見えるのですよ。
 殺気や怒気がどこに向けられているのか。それが分かれば、どこへ攻撃がくるのかがわかる」

 プロスペローは饒舌に、レイラへと語りかける。

 それは、実力差からくる『自信』と『余裕』がそうさせるのだろう。
 プロスペローはわざとらしく肩をすくめると、自分の左肩をとんとん、と叩く。

「おや、左肩を狙うのは良くない」

 プロスペローの言葉に、レイラの表情が強張る。つい今し方、杭を投げようと想った場所だったからだ。

「……話の続きでしたね。そして、私には貴女が彼に抱く『執着』もまた、見えているのですよ」

 プロスペローの言葉に反応し、一瞬レイラの目が真也へと向く。

 血を流し、地面に伏した真也。その姿に、レイラの頭から血の気が引いた。

「ちなみに、貴女が彼に向ける執着よりも、彼が貴女に向ける執着の方が、何倍も濃かったですがね」

 プロスペローはそう締めくくると、ゆっくりとレイラに向けて2、3歩近づき、そして、消える。

 「ッ!」

 やはり、レイラの目にはプロスペローの動きを追いきれない。しかし、これまでの行動から、その予測を立て、自分の背後に杭を振るう。

 それは、大当たりだった。

 杭を振るったその場に、プロスペローは現れていた。

「ははは、そんな攻撃……ッ!」

 急にプロスペローの顔が歪み、防御も回避もないままにその体に杭が叩きつけられた。

「なんですか、この『音』は……ふざけているのですか?」

 プロスペローは眉をしかめるが、レイラの杭は、全くプロスペローの体を傷つけられなかった。
プロスペローはその体にレイラからの攻撃を受けたまま、言葉を続ける。

「失礼、取り乱しました。本当にあなた達は、私を不快にさせる」

 その言葉とともに、プロスペローはふたたびレイラの目から消え、同時に、レイラの杭の先端は重力に引っ張られ、地面に落ちた。

 なぜ当たったのかは、わからない。
 でも、当たったところでなんの意味もなかった。

 渾身の一撃だった。それを、何もないかのように扱われた。

 レイラはその現実に心を抉られる。

 プロスペローはもう一度レイラの背後に回り込み、手刀を振り上げる。
 愕然としていたレイラには、もう何もできなかった。

「……もういい。死んでください。向こうに着いたら、彼に伝えてください。もう二度と来るな、と」

 レイラは後ろからかかる声に振り向くが、もう、何もできるとは思えなかった。

「……知ったことではありません。ここで、殺します」

 プロスペローは独り言を呟き、手刀をレイラの頭部目掛け振り下ろす。

 レイラの命を奪うのに、過剰なほどの勢いを持って。


 そして、レイラの目の前が、真っ暗になり


 がぁん


「……?」

 レイラは、どこかで同じことがあったように感じていた。
 それは、去年の冬に、日本で経験したこと。絶体絶命のその瞬間、命を救われた経験。

「……レイ、ラに……手を、出すな……」

 あまりに弱々しいその声は、場を支配する。

 レイラが驚いて声の方を見ると、そこには立ち上がり、左手で腹を押さえ、右手にかろうじて片手剣を持った真也が居た。

 レイラに対して振り下ろされた手刀を止めたのは、真也の異能。

「まだ、生きていたか」

 プロスペローは真也に向かって飛翔する。
 そして、次にレイラが見たのは、大きな音とともに地面に転がるプロスペローだった。

「……な、に? どういう、ことだ」

 真也の方を見ると、いつのまにか盾が浮かんでいる。どうやら、プロスペローを盾で殴り飛ばしたようだった。

 真也は、一切プロスペローを見ずに、レイラの方へと歩いてくる。
 その足取りは、ふらふらとして頼りないものだった。

「くっ……なら、これなら!」

 プロスペローはそう言うと、また消える。

「グゥっ!?」

 そして、真也の反対側へと、また吹き飛ばされる。

「なぜだ!? 貴方はもう死にかけのはず。なのになぜそこまで強い!?」

 プロスペローは興奮して唾を撒き散らしながら、初めて忿怒のこもった声を出す。

「敵意も、怒りも、何もない……? そんな攻撃など……」

 プロスペローの肩が、ワナワナと震える。

「ありえないぃ!」

 プロスペローの姿が消え、真也のすぐそばで、ガン! と大きな音がし、プロスペローの拳が止まる。

 止めた盾は、2枚が重なった状態で、完全にその勢いを止め、直後プロスペローは吹き飛ぶ。

 真也は、プロスペローなど存在しないかのように、レイラの元へと歩み寄る。

「……そうか。そういうことか!」

 真也に吹き飛ばされたプロスペローは、大声をあげる。

「貴方の異能は、『自意識』によって縛られている! だからこそ、反射で戦う今、その異能が研ぎ澄まされている! 意識のない方が強力な異能……! 唯一残った感情は、『執着』! ならばこれはどうです!」

 プロスペローは、レイラに向かって飛翔する。
 レイラを人質にすることで、真也に感情を取り戻させようとしているのだろう。

 何度かの打撃を受けたプロスペローは弱っているのか、その動きは、レイラでも見えた。

「ぐふッ……」

 レイラへ向かってきたプロスペローはその道中で腹に盾を喰らい、苦悶に顔を歪める。

 そこで真也は、二度目の言葉を発する。

「レイラに、手を……出すな……」

 ぐるん、と首を回すと、真也はプロスペローに向かって歩き出す。

「く、来るなァ!!」

 プロスペローはそう叫ぶと、真也から離れるように飛翔し……ようとし、真也の盾に叩き落される。

「ぐ……ギ、ギギッ!!」

 プロスペローは殻獣らしい音を喉奥から奏でる。

「いつまで、そのように身悶えているつもりだ貴様ァ! 援護しろッ!」

 プロスペローから怒りをぶつけられる女王は、レイラの異能によって今や全く動くことが叶わない。

「くそっ……いまは、分が悪いッ! 必ず……必ず殺してやる! その臭い、決してこの世には残さんからなァ!」

 プロスペローはそう吐き捨てると翅を羽ばたかせ、土埃を舞い上げる。

「目隠し!?」

 レイラは驚いて声をあげる。

 ボッ、と音がしてプロスペローは土埃から姿を現した。少女を回収して肩に担ぎ、天高く逃げ出す。

「逃がさないッ!」

 レイラはそう言うと、プロスペローの方に腕を伸ばす。

 どう考えても、分の悪い賭けだ。きっと、こんなことをしたら、怒られるし、普段の私なら絶対にやらない。
 でも、きっと『あの声』は、そういうことだ。 同じ感情を共有した、私には、わかる。

「ハッ! 貴様のような小娘が私に!」

 それに何より、このままプロスペローの思い通りにするのは、癪に触る。

 レイラは腕を伸ばしたまま、一言、つぶやく。

「解除」

「ッカハァッ!?」

 レイラは、自身の異能の一部を解除した。

 そうして、プロスペローの背中には、二本の『節足』が生え、プロスペローは苦痛に顔を歪める。

「……おまえ、きらい。いいニオイの、きずつけた」

 プロスペローの腹を貫いたのは、少女の節足だった。
 レイラは、少女に刺した杭を消滅させ、少女の肉体に自由を与えたのだ。

「貴様ァ!」

 プロスペローは少女の体を乱暴に掴むと、地面へと叩きつける。
 それと同時に勢いよく節足が抜け、プロスペローは緑の体液を撒き散らし、痛みに顔を歪める。

「っくぅ!? ……もういい、貴様も殺す! 憶えてっ……いろォ!」

 そう捨て台詞を吐くと、プロスペローはこちらを一瞥することもなく飛び去り、ある程度離れたところで、一瞬にして掻き消えた。

「ギギ、ギギギ」

 少女は怒りに声をあげながら、消えたプロスペローをがいた方向をずっと睨みつけていた。



 レイラはプロスペローが見えなくなると同時に、真也の元へと走り出す。

 真也は、レイラがその体を抱きしめると同時に崩れ落ちた。

「ばか。死ぬ気?」
「うん、ごめん」
「なんで、自分を、守らなかったの?」
「……守ったさ」
「守ってない! 無理して、私ばっかり庇ったせい!」
「守ったよ。レイラを守れる、自分を」

 真也は、弱々しく微笑む。

「俺、レイラを守れない俺なんて、守る必要、ないもん」

 レイラは、真也に向かって怒りの声を放つ。

「屁理屈!」
「はは……かも、ね。でも、さ、俺……レイラのこと……」

 真也の目が、ゆっくりと閉じていく。

「真也! ダメ! 真也!!」

 レイラは、涙を浮かべながら真也の体を揺さぶる。

「だいじょう、ぶ。ちょっと、眠く、なった……だけ……だから……」
「起きて! 起きてて!」

 レイラは、真也の体を抱きしめる。

「今すぐ、衛生兵を……! 無線……!」

 レイラが自身の肩口を弄るが、いつの間にか無線機は無くなっていた。

「そんな、そんな……」

 レイラは涙目を浮かべて真也を抱きしめる。

 この手の中で、『また』真也が砕けてしまう。
 それは、レイラにとって、『また』心臓が砕けるようなものだ。


 二度目は、もう、きっと耐えられない。


「ちょっと、これはどういうことですの?」

 レイラに、声がかかる。

 レイラが声の方を見上げると、そこにいたのは『無線機を持った』ソフィアだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

処理中です...