黒の棺の超越者《オーバード》 ー蠢く平行世界で『最硬』の異能学園生活ー

浅木夢見道

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第2章 東雲学園編 新生活とオリエンテーション

039 初めての男友達

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 繁華街のファミレスは『ファミリー』という名を冠するが、家族連れは殆どいない。
 真也たちのような学生か、もしくはサラリーマン、OLなどで溢れていた。

 真也と伊織はファミレスに到着すると、ドリンクバーを頼み、伊織はココアで心を温め、真也は炭酸で火照った頭を冷やした。

 2人の間に、しばしの無言が続いた。

 楽しい放課後だったのに、最後に起きた、伊織がナンパされるという事件について、真也も伊織もどう話すべきかと思案していたのだ。

 沈黙を先に破ったのは、温かい飲み物で震えが治った伊織だった。

「あの、間宮、ありがとう。…さっき、助けてくれて。
 …どうしても、ダメなんだ。ああやって絡まれると、動けなくなる…間宮、本当に助かった」

 伊織はナンパを受けた時の、真也に縋り付くような行動の理由を誤魔化さずに真也へと告げた。

 マグカップを手の中で遊ばせながら、耳をシュンとうなだらせ、じっとココアの水面を眺める伊織は、自信をなくしているように真也の目に映る。

「そりゃ、誰だって苦手な事くらいあるさ。
 今回の件に関しちゃ、花袋に連れ出したのは俺だし……」
「いや、そんなことない」

 責任の所在を自分にしようとした真也の言葉を遮るように伊織が否定し、言葉を続ける。

「それに、今日はトータルで見れば楽しかった…し…、うん」

 伊織は『こげぶた』を弄りながら力なく微笑む。
 その表情から、真也はこれ以上この話を続けるのは止めようと思い、今日の感想を零す。

「…なんか、ひさびさに遊んだなー」

 その真也の言葉に、伊織の耳は少し持ち上がり、伊織は話の内容の変化に追従する。

「ああ、ボクも。…案外楽しかったよ」

 伊織もまた、これ以上ナンパされた事について深く話したくなかったようで、言葉を続ける。

「っていうか、放課後付き合って、としか言わなかったのに、遊ぶとは予定外だっだよ」
「…え、あ、ごめん。遊びの誘いだと勝手に思ってた」
「ふふ、そこまで仲良くないでしょ、ボクら。2日目だよ?」
「そうか、ごめん。
 やっぱさ、その、知り合いに似てるから、仲いいんだと思い込んじゃうんだよな」

 伊織から笑い声が生まれ、真也はホッとする。
 伊織は、その真也の口をついて出た『知り合い』という言葉に意を決して口を開く。

「…ずっと聞きたかったんだけど」

 今日学校で伊織が真也へと声をかけ、こうして放課後を共にしたのは、本来、伊織と似ているという『知り合い』について聞きたかったからだ。

「その知り合いだけどさ、どんな奴なの? オーバード?」
「いや、違う。一般人。そいつ、口が悪いんだけど、いい奴でさ。そいつも、格ゲーすげえ弱かった」

 伊織の言葉に、真也は元の世界の伊織について話せる内容だけ話す。
 真也は、いきなり『自分がいた元の世界の伊織』と言ったところで信じてもらえると思わなかったし、それ以前に『元の世界』絡みの話は他人にしないように、と固く口止めされていた。

「ふうん。それって、ボクの口が悪い、って事?」
「あ、いや」
「いいよ。自覚はしてる。名前は?」

 真也は一瞬考え、口を開く。

「…押井だよ」
「押井、ねぇ。名前も似てるね」
「…そうだな」

 流石に、押切という名前を出すわけにもいかず、偽名を言った。名前を聞かれると思っていなかった真也は、少し名前を変えることくらいしかできなかった。

 名前まで似ている点に伊織は突っ込む事もなく、話は続く。

「それでさ、そいつ…押井って、友達は多かったの?」
「ああ、昔はずっと1人でいたけど、どんどんクラスの奴らとも良く話すようになったよ」
「そう…なんだ…いいね。色んな人と遊んでたの?」

 その言葉に、真也は元の世界の伊織について思い出す。
 教室の中では多くのクラスメイトと話していたが、一緒に遊びに行った、という話は聞かなかった。

「うーん…話すようにはなってたけど、誰かと遊んでるのはあんまり見かけなかったな」

「…だろうね」

 伊織は自虐的な笑みを浮かべ、真也の言葉を肯定する。

 真也は伊織が何故納得したのか分からなかった上に、そのいびつな笑顔の様子に小さく驚きの声を上げた。

 真也の反応に、伊織は自虐的な笑みをすぐに引っ込めると、真也に向かって口を開く。

「なあ、間宮。これからもたまに遊ぼう」

「ああ、もちろん」

 伊織の提案に、真也は笑顔で首肯し、伊織はその返答に少し微笑む。

「ボクも、押井と一緒で友達少ないからさ。今日は本当に楽しかった。よかったら、押井と3人で遊んでも…」

 真也はその言葉を遮る。

「いや、すまん。そいつとは会えないんだ」

 押井…元の世界の伊織と、この世界の伊織は当たり前だが会うことはできない。
 真也がこの世界に来ている以上、もしかしたら方法があるのかもしれないが、その方法は今のところ無い。

「え…それって」

 伊織は真也の言葉に耳を立て、目を見開いて大きく反応した。

 その表情と、この世界の特異性から、伊織が押井はもうこの世にいないと勘違いしたと真也は気付き、慌てて否定する。

「ああいや、遠いところに行っちゃってさ」
「海外?」
「…そんなとこかな」

 その言葉に伊織はホッとしたのか、ココアを少しすする。

「そっか。なら2人でいいや」
「そうか? 葛城とかと一緒でもいいと思うけど」
「それは嫌」
「お、おう」

 直樹も含めて遊ぶという提案をばっさりと否定する伊織に真也は驚いたが、それでも、伊織が他人との人付き合いを始めたことに、真也は少しホッとする。

 話がひと段落したと判断した伊織は、壁に掛けられた時計を見ると真也に向き直して言葉を発する。

「もう、いい時間だね…帰ろっか」
「おう。そうするか」

 2人は席を立ち、会計を済ませてファミレスを後にする。駅までの道中は明日からの学校のことや、今日のゲーセンでの思い出話、格ゲーの上達法などとりとめのない会話が途切れることなく続いた。

 駅の改札までやってくると、伊織が別れの挨拶をする。

「じゃ、また明日」
「ああ、またな、押切」
「…なあ、間宮。ボクの事、伊織でいいよ」
「え?」
「前、エレベーターで言ってただろ、伊織って。今日も何度か伊織って呼びかけてたし……ってか呼んだし。だから、もう伊織でいいよ」

 伊織の提案は、真也にとって嬉しいものだった。名前で呼ばせるというのは、友人として親しく感じている相手という証左だ。
 姫梨のように、すぐに名前で呼ぶ人間もいるが、伊織はそのような人間ではないだろう。

「そっか、わかった。じゃあな、伊織」
「…うん。また明日な、間宮」

 ニコリと微笑み、別れの挨拶を告げる伊織の姿は、真也にとって確かな絆を感じさせた。



 先に去っていく伊織の背を見送りながら、人で溢れる駅構内で真也はぼそりと呟く。

「お前は間宮って呼ぶんかーい…ってね」

 真也は『伊織』と呼ぶことになったが、伊織は『間宮』と呼ぶ。

 真也は恥ずかしくて自分から『真也』と呼んでくれと言えない質の人間だった。
 前の世界の伊織も、自分のことを間宮と呼んでいたのでその方が慣れているというのはあるが、どことなく寂しい気持ちになった。

「しかし、思ったより簡単に友達になれたな…」

 真也の目から見て、伊織は他人と距離を取るタイプの人間に思えた。
 思ったよりトントン拍子に友人関係となったことが嬉しいが、しかし少し不思議だった。

「押井、かぁ。変な嘘ついちゃったな」

 前の世界の伊織。その存在を誤魔化したことに一抹の後ろめたさを感じながら、真也は帰路へとついた。





「押井、ねえ。誰なんだろ? …ま、どうでもいいか、今のところは」

 一方、真也と別れた後の伊織もまた、ぼそりと呟いていた。

「あいつ、嘘下手だなぁ。でも…いや、だからこそ、あいつなら『友達』になれそうだ」

 伊織は、今日一番駆使した、自分の耳に触れる。

 伊織の異能の一部であるウサギの耳は、広域の音を聞き分けるだけではない。
 それが人間の言葉であれば、それに含まれた微細な音の変化や息の出し方、更には発言者の心音まで聞き取る。

 それにより、伊織は高精度で『嘘を聞き分ける』ことが出来るのだ。

「ま、あれくらいの嘘、どうでもいい。…間宮は、他の連中とは違う」

 真也が自分と話す際、他の男が放つ『気持ち悪い音』が全く感じられなかったし、彼の嘘は『押井』に関してのものくらいだった。

 なにか秘密があるのだろうが、伊織にとってはそこまで重要ではなかった。

『男友達として仲良くなりたい』

 その真也の主張に、全くの嘘がなかったのだから。

 数多くの下衆な考え、嘘、同情に彩られた言葉を聞き続けた伊織の耳に、真也の言葉は優しく響き、喜びをもたらした。

「この耳が嬉しいなんて、初めてだな」

 労わるようにもう一度自分の耳を撫でる。
 伊織はその後、自分の手元にある『こげぶた』のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ直し、頬が緩むのを感じたが、同時にずきりと胸が痛んだ。

「あいつ、なんで真也って呼ばせてくれなかったんだろ…」



 そんな事を考え、少し悩ましげにする伊織の様子は、皮肉にも何も知らない電車の同乗者たちから見れば、恋する可憐な乙女にしか見えなかった。
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