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第2章 東雲学園編 新生活とオリエンテーション

032 自己紹介

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 自己紹介は、自由に座った席順、そのままに行われた。
 縦並びの順番で自己紹介が進むため、真横にいるレイラの方が真也より一周早く到達する。

「レイラ・レオノワ。ロシア人。高等部から、東雲。よろしく。」

 それだけ言うと、レイラは席に座ろうとする。しかしそれ以前に出来ていた、自己紹介者への質問の流れがレイラの着席を押し留めた。

「レイラさん強度はー?」
「内緒」
「中学どこー?」
「都立の」
「その喋りはキャラ作りなのぉ?」

 レイラの話し方に気を良くしなかったのだろう。甘ったるい語尾の、女生徒からの質問が飛ぶ。
 その際どい発言を飛ばしたのは、パーマをあてているのだろう、綺麗にウェーブした明るい髪色の、ギャルっぽい派手な格好をした女子生徒だ。

「…キャラ?」

 レイラは、言っている意味がわからなかったのか首をかしげた。
 変な空気が、一瞬場を包む。

「おい、やめろよ桐津きりつ。そういう言い方はないだろ」

 いち早く擁護したのは、先程レイラへと最初に話しかけて来た葛城直樹だった。

「えー、ジョークじゃん。空気わるぅー」
「誰のせいだよ」

 2人が言い合っている間に、レイラは少しかがんで真也に質問する。

「ねえ、キャラ、って?」
「…えっと、レイラがワザとそういう話し方をしてるのか、って事かな?」
「…なるほど」

 レイラは頷くと姿勢を直し、桐津と呼ばれた女子生徒に向かって、質問の答えを放つ。


「みんなと、同じに、頑張れば、できる」


 レイラによる爆弾発言だった。

「は…?」

 呆気にとられた声は、クラスの誰が発したのかわからなかったが、全員がそう発してもおかしくない発言内容だった。
 クラスメイトからしたら、いきなりキャラを作っていたという発言。
 真也からすれば、今まで話していたのがキャラ付けだったという衝撃。

 レイラは、すっと息を吸うと、話す。

「ハジメマシテ、れいらデス。…ニホンゴ、サベレマス、ヨ?」

 急に、片言だった。教室が静まり返る。

 どうやら、レイラは共通概念ではなく、直に日本語を喋っているらしい。

 オーバードが他言語を喋るとこういう感じなのか。真也は新たな発見をした事にして、現実から目を背けそうになる。

 レイラの理解のズレに桐津と呼ばれた女子生徒も、直樹も口を開けたまま固まった。
 真也は、片手で頭を抱え、もう片手でレイラの腕を引き、着席を促す。

「…いや、レイラ。話し方ってのはロシア語で話してるって意味じゃないよ…」
「え? なら、どういう…あ、真也、なぜ、座らせる?」
「いいから。もう、いいから」

 皆、完全に毒気を抜かれ、自己紹介は次へと移っていき、そして、真也の番がやって来る。
 心臓が高鳴るのを抑え、自己紹介など何でもない、という顔で立ち上がる。

「えーっと、間宮真也です。東雲には、高校から来ました。
 好きな食べ物は鍋。よろしくお願いします」

 真也は、出身校も言えなければ、強度を伝えていいのかもわからず、普通のことしか言えなかったため、好きな食べ物を追加で伝えることで茶を濁した。

 レイラの一件から、質問が飛ぶこともほぼ無くなっていたため、自己紹介は終了するかと思いきや、桐津から声が上がった。

「レイラちゃんとは知り合いなのぉー?」
「…え、あ、はい」
「どこで知り合ったのぉー?」

 どこで。それは真也にとって鬼門とも言える質問だった。

「軍務で、知り合った」

 狼狽えそうになる真也に、レイラがアシストする。真也はそのアシストを受け、桐津へと言葉を返した。

「あ、うん。軍務でね」
「…ふぅん、そうなんだぁ」

 桐津は納得しきらない表情だったが、それ以上なにも言わず、口をつぐんだ。

 次々に自己紹介が進んでいく。

「葛城です。下の名前は直樹。
 よろしくお願いします。中等部からです」

桐津きりつ姫梨きりでぇす。純東雲生でぇす! みんなよろしくぅ、仲良くやろうねぇ」

 どうやら、中等部から東雲学園に通う生徒を、純東雲、もしくは純東雲生と言うらしく、何人かが自己紹介でそう名乗っていた。

 直樹、そして桐津と呼ばれた女子、姫梨の自己紹介も終わり、最後の生徒となった。

 うさ耳の生徒である。

 窓際最後方に座っていたうさ耳の生徒は、頬に手をつき、真っ赤な瞳を窓の方に向けていたが、順番になるや否やすっと立ち上がる。

押切おしきり伊織いおり。純東雲です。よろしく」

 透き通るような声で端的にそれだけ言うと、伊織と名乗った生徒はすぐに着席した。

 やはり、伊織だった。
 真也は、名前を聞いた瞬間に驚く。

 伊織の喋り方も、真也が出会った時の伊織ものとよく似ていた。
 友人になってからは多少穏やかな話し方になったのだが、初めて会った頃はあのような感じだったと真也は思い出す。

「いおりーん、それだけじゃわかんないってぇ!」

 伊織の短すぎる自己紹介を茶化したのは、やはり姫梨だった。伊織は、なんでもない風に窓の外を見ていたが、頭から生えたうさ耳が、しっかりと姫梨の方に向いている。

「いおりーん? いおりんってばぁー」
「…はぁ」

 伊織は、ため息をつくと、根負けしたのかもう一度立ち上がる。

「押切伊織です。中等部から東雲にいます。
 …女っぽい見た目だけど、ボクは男です。一年よろしく。…桐津さん、これでいい?」

 伊織は姫梨を一瞥すると、返事を待たずに着席し、窓の外を眺め始めた。

 伊織の事も無げな様子と違い、教室の中は、高等部から入学した生徒を中心に少しざわつく。

 男。

 ぱっと見、美少女。しかも、女子中学生か下手すれば小学校高学年にも見える、あの生徒が、男性。

 真也の知る伊織も、女子の様な見た目だったが、たしかに男性だった。

 ここまで一致していれば、間違いなく彼は真也の知る伊織…の、この世界の存在だろう。
 真也は、昔の伊織を見ているようで、懐かしいような、寂しいような気分になった。

「やだー、いおりんこわーい。でもそれ言っとかないとぉ、いおりん、変な男に絡まれちゃうぞぉ?」

 ワザとらしい姫梨の声で、全員分の自己紹介は終了した。

 江島は、傾聴、と全体に声を掛け、その瞬間、だらけていた教室の空気が一変する。
 ふざけていた姫梨までもが、一瞬で姿勢を正した。

 あまりの速さに真也はついていけなかったが、急ぎ姿勢を正す。

「…よろしい。では、明日からのカリキュラムの説明に入る」

 江島は、プリントを配布し、その内容を口頭で伝える。

 真也もざっとプリントに目を通す。その内容は、授業開始日、必要な教科書とタブレットの扱い、ボディースーツなどを仕舞うロッカーの割り振りなどだった。

「以上だ。何か質問は?」
「はい」
「なんだ、葛城」
「オリエンテーション合宿はいつですか?」

 その言葉に、クラスの半数が反応する。
 特に強く反応したのは、純東雲生たちだった。

「その質問には答えられない。例年通り、直前に、大まかな日取りを発表する」
「…分かりました。ありがとうございます」

 直樹の質問に、姫梨のヤジが飛ぶ。

「毎年、教えてくれないって言われてんじゃぁん。なんで質問したのぉ?」
「…うるさいなぁ、もしかしたら、と思っただけだよ」

 その言葉とともに直樹は着席しつつ、ちら、とレイラを見た。

 真也はなるほど、と思った。
 真也は、楽しみから何度もパンフレットを読み返し、ホームページを覗いたが、そのような合宿については一言も記載されていなかった。
 どうやら直樹は、レイラに『オリエンテーション合宿』なるものがあることを伝えたかったようだ。
 レイラは、その直樹の目線をまっすぐに見返す。そして、首を傾げた。
 真也は、レイラのその様子に声をかける。

「…レイラ?」
「なんで、彼、私を見てたの?」

 レイラはこんなに鈍感な人間だっただろうかと真也は思いながら、説明する。

「ほら、オリエンテーション合宿。そんなのがあるって知らなかったでしょ? 葛城君がレイラに教えてくれたんだよ」

 レイラはポンと手を打つと、真也に言葉を返す。

「…合宿、私、知ってた。葛城、なんで、江島担任に聞いたのか、不思議だった」

 まさかの発言だった。レイラはどうやら、何らかの方法で、その情報を得ていたらしい。
 真也は、あとでオリエンテーション合宿についてレイラから聞こうと心のメモに書き留めた。

 カリキュラムの説明が終わると、江島はパン、と手を叩く。

「今日は以上だ。明日からの学生生活、気を抜かずに過ごすように。何か困ったことがあったら、一階の学生課受付へ行くといい。オリエンテーション合宿の日程以外なら、大体のことは教えてもらえるはずだ」

 その言葉に、クラスから小さな笑いが溢れ、直樹は首をすくめた。

「最後に、押切、間宮、喜多見、レオノワの4人は教室に残るように。以上だ。せっかくだから…葛城、終礼をやれ」

 直樹はその言葉に姿勢を正すと、大声でクラスメイトたちに号令を出す。

「はい! 起立! 気をつけ! 礼!」

「ありがとうございました」「お疲れ様でした」「さよーなら」

 バラバラの言葉が飛び交う。くつくつと笑う江島。毎年、高等部からの新入生を含む最初の挨拶は揃った試しがない。
 しかしそれは毎年一年の選抜クラスを担当する江島にとって、新たな一年の始まりを意味する愛しい不揃いだった。

「東雲学園では、お疲れ様でした、で統一だ。覚えておくように。さ、速やかに下校しろ。退室は10分以内だ」

 ありがとうございました、と言った真也は、頬が熱くなるのを感じた。
 ちなみにレイラは礼の際、無言だった。

 江島の言葉を皮切りに、クラスメイトたちが帰り支度を始める。

 教室に残るようにと言われた真也は、一瞬考えたが、メンバーの中にレイラが居たことで、特別部隊についてだろうと思い当たる。

「入学初日から、か…」

 真也は、周りに聞こえないほどの小さな声で、自分の境遇が一気に回り始めているのを声に出して実感した。

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