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第1章 転移編
016 面会(上)
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昨日から引き続き、快晴。病室の窓から差し込む朝日は、誰にとっても心地の良いものだった。
アリ型殻獣による襲撃事件の後処理により追加の検査のできない真也は、本日は完全に休日となっていた。今日の予定は、面会が一件だけ。
天気も相まり、絶好の休日びよりである。
しかし、昨日伝えられた事を思い出すと、真也は休日を喜べるような精神状態ではない。
その原因は、今日の唯一の予定である、面会の相手にあった。
間宮まひる。
3年前に失った、真也の妹と同じ名前の少女。自分がこの世界へ来るきっかけとなった、シンヤの妹である。
複雑な事情ゆえに断ることもできたが、真也はその面会を受け入れることにした。
まひるがシンヤの異能について知っていると聞かされ、ならば彼女はその顛末を見届ける権利があると真也は思ったのだ。
そしてそれ以外にも、あまり対外的に言えない、後ろめたい理由があった。
まひるの姿を見てみたい、というものである。
真也とシンヤの姿が非常に似ていた以上、おそらくまひるもまた、似ているのでは?
そう考えた真也は、彼の世界では見ることの叶わなかった、成長した妹の姿を一目見たいという欲望に駆られたのだった。
その日、まひるとの面会時間よりも早く、別の面会があった。
レイラである。
昨日、真也と別れる際に後日来ると言ったレイラは、後日どころか翌日に彼のもとを訪れたのだ。
レイラとの面会は真也の寝泊まりしている病室で行われた。
まひるとの面会の前にシンヤと知り合いであったレイラから話を聞けるというのは、真也にとって非常にありがたく、早速相談をすることにした。
真也はベッドの上に座り、レイラはその向かいで丸椅子に腰掛け、真也の話をじっと聞いていた。
「面会…。まひると」
レイラは、複雑そうな表情をしている。
今日のレイラは軍服でもボディースーツでもない、私服だった。
編み込み模様の入った白いセーターと細身のジーンズは、シンヤと…ひいては真也と同級生とは思えぬ、大人びた服装であり、普通であれば真也は目を奪われただろう。
しかし、今の精神状態では、あまりそこまで気にかける事ができなかった。
「真也の世界、まひる…その…死んでた、のよね?」
レイラの言葉に、真也はゆっくりと首肯する。
「この世界では、まひる…さんは生きてるんだね」
「生きてる。だから、ひとり、って聞いた時、不思議に思った。
真也は、すごい似てるのに、ひとりで、暮らしてるって」
レイラにとって疑問であるこの点は、真也にとっても不思議だった。
「レイラは、この世界のまひるさんと知り合いなの?」
「ええ。まひるも、友人」
「その、どんな子?」
真也は、この世界のまひるが自分の失った妹と似ているのではと予想していたが、会う前に、少しでも知りたかった。
もしかしたら、全然違う…それも、真也があまり得意ではないタイプの子かもしれない。
真也からの質問に、レイラはふと上を向き、思案すると、口を開く。
「いい子」
短い。
レイラの喋りは、非常に語が足りないというか、単語として発される。
真也は、少しずつ理解できるようになっていたが、流石に「いい子」だけではなんの情報も得られない。
「明るい、優しい」
レイラは次々に間宮まひるの良い所をアピールする。さらに思案したレイラは、満を持して、
「小さい!」
と、伝えてきた。ドヤ顔付きである。
しかしそのアピールを聞いた当の真也の表情は、えも言われぬもののままだった。
真也は、これ以上情報を得られないだろうと話を変える。
「その、まひるさんは、俺のこと恨んでないかな…?」
それは、真也の1番の懸念であった。
レイラは首を横に振り、行動をもって明確に否、と伝える。
「真也のせいじゃ、ない。まひる、それくらい、わかる子」
この言葉に、真也は初めて、なんとなく間宮まひるの人間性をレイラから教わった気がした。
レイラは、真也のことを正面から見据え、言葉をつなげる。
「大丈夫。何かあっても、私、説得する」
その言葉に、真也はありがとう、と伝える。
そのまま、しばらくの間レイラの青い瞳をじっと見ていたが、真也は先に気恥ずかしくなり、目線を逸らすと共に、一つ、疑問が持ち上がる。
レイラはロシア人であり、おそらくまひるは日本人である。
ということは、普通であれば言葉が通じない。
「レイラが説得できるってことは、その子もオーバードなの?」
その言葉に、レイラは少し視線を落とす。
「…殻獣災害で、不意覚醒した。3年前。その時、まひるとシンヤは、両親を」
どうやら、シンヤも真也と同じく3年前に両親を失っていたらしい。
「そう…なんだ」
殻獣事件。ということは、あの化け物たちに、シンヤとまひるは両親を奪われたということである。
真也は殻獣に対して静かに怒りを募らせたが、同時に、彼らと自分の差に気付く。
「その、俺の場合なんだけど、俺の両親と妹を失ったのは、3年前に、強盗事件で。
時期まで一緒、でも、当たり前だけど、殻獣事件じゃないんだ」
「…そう。その、まひるとシンヤ…この世界の。が、殻獣事件に遭った時、2人は覚醒した。だから、助かった」
「なるほど…オーバードになったから、まひる…さんも、生きてる、と」
この世界にしかいない、殻獣とオーバードという存在が、まひるという相違点を作り出したのだろうと、真也は予想付けた。
「でも、父さんと母さんは、どちらでも…か…」
真也は一つの答えにたどり着く。
「…一昨日の事件で、まひるさんは、ひとりになっちゃった、ってこと?」
口に出してから、真也は心臓が締め付けられるような感覚に陥る。
真也は急に独りになる恐ろしさと虚しさをよく知っている。
しかも、それが女の子で、2度に及んで近親者を亡くすというのは、相当に辛いものだと想像に難くない。
「…そう、なる」
レイラの絞り出した声は、ひどく暗いものだった。
そのレイラの様子が、さらに真也の心を深く沈み込ませる。
「そんな…」
真也のその様子を見てハッとしたレイラは、自身を奮い立たせ、真也へと声を掛ける。
「でも、真也のせいじゃ、ない。落ち着いて。
そんな風に、責めちゃ、ダメ」
レイラは、真也の手に自分の手を重ね、真っ直ぐに彼の瞳を捉えると、はっきりとした口調で告げる。
「そんなの、誰も、報われない」
その言葉に、落ち着きを取り戻した真也は、一つ大きく呼吸をした。
いつの間にか、呼吸をするのを忘れていたようだった。
「私も、面会、一緒に、いい?」
「…むしろ、お願いするよ」
このまま1人で間宮まひると向き合える気がしなかった真也は、レイラの申し出を喜んで受け入れた。
コンコン、とドアをノックする音が病室内に響く。
驚いた真也はレイラの手から自分の手を引き抜くと、ドアに向かって、どうぞと伝える。
入室してきたのは、津野崎だった。
「間宮さん、おはようございます。…おや?」
「津野崎、さん。こんにちは」
無表情に、レイラは津野崎に挨拶をする。
昨日のように恐ろしい顔ではなかったが、感情のない、いまの表情の方が真也には恐ろしかった。
「どうも、レオノワさん。早速面会に来てくださったんですネ。ありがとうございます。
ところで、事件の後処理はいいんですか?」
その言葉には、同性であるレイラは気付ける程度の、薄く、細い、しかしながら確固たる棘が含まれていた。
「今日は非番。
特練の人間は、あまり、軍務、任せてもらえない」
レイラは、その言葉をいなすように、真実だけを淡々と述べた。
その様子に津野崎は何を反応するでもなく、そうですか、と短く返答すると、真也へと向き直った。
「…それで、もう間も無く間宮まひるさんがいらっしゃいますが、本当に大丈夫ですか?」
この面会は津野崎が仕掛けたとはいえ、津野崎は、最後まで真也の意思を尊重する。
真也がまひると面会する事で、彼が協力する可能性が上がる。
そう津野崎は踏んでいたが、それは、やはり机上の空論でしかないのだ。
「大丈夫です。
でも、あの、レイラに一緒に面会してもらいたいんですが、大丈夫でしょうか? どうやら、レイラはまひるとも友人だそうで」
真也の言葉に、津野崎は一瞬思案したようだったが、すぐに許可を出した。
「…構いませんよ、ハイ。お互いの知り合いがいた方が、安心かもしれませんしネ」
津野崎はそう言うと、ドアに手を掛ける。
「では、もう外までいらしていますのでネ。私はこれで。
頼みましたよ、レオノワさん」
そう言い残し、津野崎が病室を後にする。
もう外まで来ている。その言葉に真也の心臓が急に高鳴り、悲鳴をあげる。
3年前に失った、自分の妹との再会。
厳密には違うのだが、真也にはそうとしか思えなかった。どんな風に、育っているのか。どんな声を、しているのか。
そして、どんな言葉を、自分へと放つのか。
アリ型殻獣による襲撃事件の後処理により追加の検査のできない真也は、本日は完全に休日となっていた。今日の予定は、面会が一件だけ。
天気も相まり、絶好の休日びよりである。
しかし、昨日伝えられた事を思い出すと、真也は休日を喜べるような精神状態ではない。
その原因は、今日の唯一の予定である、面会の相手にあった。
間宮まひる。
3年前に失った、真也の妹と同じ名前の少女。自分がこの世界へ来るきっかけとなった、シンヤの妹である。
複雑な事情ゆえに断ることもできたが、真也はその面会を受け入れることにした。
まひるがシンヤの異能について知っていると聞かされ、ならば彼女はその顛末を見届ける権利があると真也は思ったのだ。
そしてそれ以外にも、あまり対外的に言えない、後ろめたい理由があった。
まひるの姿を見てみたい、というものである。
真也とシンヤの姿が非常に似ていた以上、おそらくまひるもまた、似ているのでは?
そう考えた真也は、彼の世界では見ることの叶わなかった、成長した妹の姿を一目見たいという欲望に駆られたのだった。
その日、まひるとの面会時間よりも早く、別の面会があった。
レイラである。
昨日、真也と別れる際に後日来ると言ったレイラは、後日どころか翌日に彼のもとを訪れたのだ。
レイラとの面会は真也の寝泊まりしている病室で行われた。
まひるとの面会の前にシンヤと知り合いであったレイラから話を聞けるというのは、真也にとって非常にありがたく、早速相談をすることにした。
真也はベッドの上に座り、レイラはその向かいで丸椅子に腰掛け、真也の話をじっと聞いていた。
「面会…。まひると」
レイラは、複雑そうな表情をしている。
今日のレイラは軍服でもボディースーツでもない、私服だった。
編み込み模様の入った白いセーターと細身のジーンズは、シンヤと…ひいては真也と同級生とは思えぬ、大人びた服装であり、普通であれば真也は目を奪われただろう。
しかし、今の精神状態では、あまりそこまで気にかける事ができなかった。
「真也の世界、まひる…その…死んでた、のよね?」
レイラの言葉に、真也はゆっくりと首肯する。
「この世界では、まひる…さんは生きてるんだね」
「生きてる。だから、ひとり、って聞いた時、不思議に思った。
真也は、すごい似てるのに、ひとりで、暮らしてるって」
レイラにとって疑問であるこの点は、真也にとっても不思議だった。
「レイラは、この世界のまひるさんと知り合いなの?」
「ええ。まひるも、友人」
「その、どんな子?」
真也は、この世界のまひるが自分の失った妹と似ているのではと予想していたが、会う前に、少しでも知りたかった。
もしかしたら、全然違う…それも、真也があまり得意ではないタイプの子かもしれない。
真也からの質問に、レイラはふと上を向き、思案すると、口を開く。
「いい子」
短い。
レイラの喋りは、非常に語が足りないというか、単語として発される。
真也は、少しずつ理解できるようになっていたが、流石に「いい子」だけではなんの情報も得られない。
「明るい、優しい」
レイラは次々に間宮まひるの良い所をアピールする。さらに思案したレイラは、満を持して、
「小さい!」
と、伝えてきた。ドヤ顔付きである。
しかしそのアピールを聞いた当の真也の表情は、えも言われぬもののままだった。
真也は、これ以上情報を得られないだろうと話を変える。
「その、まひるさんは、俺のこと恨んでないかな…?」
それは、真也の1番の懸念であった。
レイラは首を横に振り、行動をもって明確に否、と伝える。
「真也のせいじゃ、ない。まひる、それくらい、わかる子」
この言葉に、真也は初めて、なんとなく間宮まひるの人間性をレイラから教わった気がした。
レイラは、真也のことを正面から見据え、言葉をつなげる。
「大丈夫。何かあっても、私、説得する」
その言葉に、真也はありがとう、と伝える。
そのまま、しばらくの間レイラの青い瞳をじっと見ていたが、真也は先に気恥ずかしくなり、目線を逸らすと共に、一つ、疑問が持ち上がる。
レイラはロシア人であり、おそらくまひるは日本人である。
ということは、普通であれば言葉が通じない。
「レイラが説得できるってことは、その子もオーバードなの?」
その言葉に、レイラは少し視線を落とす。
「…殻獣災害で、不意覚醒した。3年前。その時、まひるとシンヤは、両親を」
どうやら、シンヤも真也と同じく3年前に両親を失っていたらしい。
「そう…なんだ」
殻獣事件。ということは、あの化け物たちに、シンヤとまひるは両親を奪われたということである。
真也は殻獣に対して静かに怒りを募らせたが、同時に、彼らと自分の差に気付く。
「その、俺の場合なんだけど、俺の両親と妹を失ったのは、3年前に、強盗事件で。
時期まで一緒、でも、当たり前だけど、殻獣事件じゃないんだ」
「…そう。その、まひるとシンヤ…この世界の。が、殻獣事件に遭った時、2人は覚醒した。だから、助かった」
「なるほど…オーバードになったから、まひる…さんも、生きてる、と」
この世界にしかいない、殻獣とオーバードという存在が、まひるという相違点を作り出したのだろうと、真也は予想付けた。
「でも、父さんと母さんは、どちらでも…か…」
真也は一つの答えにたどり着く。
「…一昨日の事件で、まひるさんは、ひとりになっちゃった、ってこと?」
口に出してから、真也は心臓が締め付けられるような感覚に陥る。
真也は急に独りになる恐ろしさと虚しさをよく知っている。
しかも、それが女の子で、2度に及んで近親者を亡くすというのは、相当に辛いものだと想像に難くない。
「…そう、なる」
レイラの絞り出した声は、ひどく暗いものだった。
そのレイラの様子が、さらに真也の心を深く沈み込ませる。
「そんな…」
真也のその様子を見てハッとしたレイラは、自身を奮い立たせ、真也へと声を掛ける。
「でも、真也のせいじゃ、ない。落ち着いて。
そんな風に、責めちゃ、ダメ」
レイラは、真也の手に自分の手を重ね、真っ直ぐに彼の瞳を捉えると、はっきりとした口調で告げる。
「そんなの、誰も、報われない」
その言葉に、落ち着きを取り戻した真也は、一つ大きく呼吸をした。
いつの間にか、呼吸をするのを忘れていたようだった。
「私も、面会、一緒に、いい?」
「…むしろ、お願いするよ」
このまま1人で間宮まひると向き合える気がしなかった真也は、レイラの申し出を喜んで受け入れた。
コンコン、とドアをノックする音が病室内に響く。
驚いた真也はレイラの手から自分の手を引き抜くと、ドアに向かって、どうぞと伝える。
入室してきたのは、津野崎だった。
「間宮さん、おはようございます。…おや?」
「津野崎、さん。こんにちは」
無表情に、レイラは津野崎に挨拶をする。
昨日のように恐ろしい顔ではなかったが、感情のない、いまの表情の方が真也には恐ろしかった。
「どうも、レオノワさん。早速面会に来てくださったんですネ。ありがとうございます。
ところで、事件の後処理はいいんですか?」
その言葉には、同性であるレイラは気付ける程度の、薄く、細い、しかしながら確固たる棘が含まれていた。
「今日は非番。
特練の人間は、あまり、軍務、任せてもらえない」
レイラは、その言葉をいなすように、真実だけを淡々と述べた。
その様子に津野崎は何を反応するでもなく、そうですか、と短く返答すると、真也へと向き直った。
「…それで、もう間も無く間宮まひるさんがいらっしゃいますが、本当に大丈夫ですか?」
この面会は津野崎が仕掛けたとはいえ、津野崎は、最後まで真也の意思を尊重する。
真也がまひると面会する事で、彼が協力する可能性が上がる。
そう津野崎は踏んでいたが、それは、やはり机上の空論でしかないのだ。
「大丈夫です。
でも、あの、レイラに一緒に面会してもらいたいんですが、大丈夫でしょうか? どうやら、レイラはまひるとも友人だそうで」
真也の言葉に、津野崎は一瞬思案したようだったが、すぐに許可を出した。
「…構いませんよ、ハイ。お互いの知り合いがいた方が、安心かもしれませんしネ」
津野崎はそう言うと、ドアに手を掛ける。
「では、もう外までいらしていますのでネ。私はこれで。
頼みましたよ、レオノワさん」
そう言い残し、津野崎が病室を後にする。
もう外まで来ている。その言葉に真也の心臓が急に高鳴り、悲鳴をあげる。
3年前に失った、自分の妹との再会。
厳密には違うのだが、真也にはそうとしか思えなかった。どんな風に、育っているのか。どんな声を、しているのか。
そして、どんな言葉を、自分へと放つのか。
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