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第10話 マリンタワー (Fase 5)
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「あの高いタワーは何ですか?」
磯前神社の参道入り口にある大きな鳥居をくぐったあたりで天女が少し離れたところに建っているタワーを見つけた。
「あれは、たしか大洗ポートタワーっていう名前だったと思います」
悠生が記憶を頼りに答えた。
本当は、大洗マリンタワーである。
「上に上がれるんですか?」
「上がれたはずですよ」
「上がってみたいです」
「行きましょうか」
「はい!」
二人は、海岸の鳥居が見える通りをタワーのある方に向かって歩き始めた。
「さっき、スマホで検索したんですけど、あの鳥居は磯前神社の鳥居だそうですよ」
「そうなのですか。何を考えて建てたのか分かりませんが、大変だったのでしょうね」
天女は、軽く毒づいて鳥居に礼をした。
天女は、神に対して畏敬の念を抱きつつも、どこか反抗するようなところがある。
思春期の子供のようなものかもしれない。
大洗マリンタワーが建っているところは、ちょうどイベント会場になっていて、近づくにつれ人が増えてきた。
「海の匂いがしますね」
悠生が鼻をひくつかせた。
「はい。海水は塩が濃くてしょっぱいです」
天女が何かを思い出すように遠くを見つめた。
「ごめんなさい。その次は、ちゃんと濃度を調整したじゃないですか」
悠生が逆ギレした。
「ふふ、怒った悠生さんも素敵です。できれば罰を与えていただきたいです」
天女は、罰が欲しくて悠生をからかっていた。
「こんな大勢の人がいるところでですか?」
「ダメなのですか?」
「さすがに問題があると思います。私が天女さんに暴力を振るっているように見えてしまいます」
「事実、そのとおりなのですけれど……」
「あ、まあ、そうですね」
悠生が苦笑した。
「分かりました。1回だけですよ」
「ありがとうございます」
天女がしゃがんで顔の高さを悠生に合わせた。
ぱーん!
悠生が軽快な音をたてて天女の頬を張った。
何度も叩いているうちに、いい音をたてるコツを覚えた。
その音を聞いた周りの人が一斉に二人を注目した。
悠生は、頬を張ったあと、軽く天女にキスをした。
天女は顔を上気させて喜んでいる。
周りの人には事態が理解できなかった。
身長の低い気の弱そうな女性が、やたら背の高いゴスパン少女の頬を叩いた。
しかも、ゴスパン少女は、自分でしゃがんで叩かれにいっているように見えた。
それだけではない。
頬を叩いたあと、二人がキスをしているではないか。
どういう関係なのか、まったく理解できなかったに違いない。
「悠生さんの暴力は、いついただいても甘露です」
天女が悠生を見ながら後ろ向きに歩いた。
「私も最初のころは人を叩いたり傷つけたりすることにすごく抵抗があったんです。でも、ようやく慣れて楽しさが分かってきました。天女さんは人間じゃないから遠慮しなくていいんですよね」
「はい、おっしゃるとおりです。私は人間ではありません。どのようなひどい扱いをされても喜んで承ります」
「ドMですね、天女さんは。さすが高木神さんのお遣いです」
「ふふふ」
タッキー: だから私を引き合いに出すのはやめてってば!
高天原のタカミムスビ神が気をもんだ。
悠生と天女は、周りの視線をよそに二人だけの世界を作っていた。
二人は、マリンタワーの入り口に着いた。
やはり大勢の人で混雑している。
マリンタワーは、1階が売店で2階がカフェ、3階が展望室になっている。
展望室に上るには入館料が必要となる。
1階の窓口で入館料を払ってチケットを受け取った。
3階に上がるエレベーターは大混雑で、なかなか乗れない。
人が大勢いるがエレベーターが1基しかない。
何回か見送ってようやくエレベーターに乗ることができた。
エレベーターの乗客は、大洗のイベントに遠征に来ている客がほとんどのようだった。
たいてい大きめの荷物を持っている。
リュックサックを背負っている人も多い。
「リュックは下ろして手で持ってくれればいいのに」
人に埋もれた悠生が顔をしかめた。
混んだ電車やエレベーターのような狭い空間にリュックサックを背負ったまま入ってこられると、背が低い悠生の顔に当たって痛いのだ。
今もすぐ目の前にいる帽子を被った男がリュックサックを背負ったままエレベーターに乗ってきたので目の前にリュックサックがあって邪魔だ。
おまけに、そのリュックサックは何が入っているか知らないが、やけに中身が硬そうだった。
それがずっと顔に当たって痛い。
しかし、すし詰めのエレベーター室内では、身動きも取れずじっと我慢するしかなかった。
エレベーターが2階に止まった。
カフェを利用する客が降りて、少し混雑が解消された。
悠生の顔に当たっていたリュックサックも離れていった。
「ふう」
悠生がため息をついた。
2階から展望室のある3階はすぐに着いた。
展望室は、地上からの高さが55メートルという説明だった。
「うわー、ぐるっと一周見渡せるのですね」
天女が歓声を上げた。
「私は、何も見えません」
悠生は、人に埋もれて何も見えない。
「あ、埋もれてしまっていますね」
天女が下を見て言った。
「よいしょっと」
天女が軽くしゃがみこんで悠生を抱き上げた。
「これで見えますか」
天女に抱き上げられた悠生は、急に視界が開けた。
「見えました!」
悠生は、天女と同じ顔の高さでぐるっと周りを見回した。
「でも、これってどういう構図……」
悠生が赤面して恥ずかしがった。
真っ赤な髪のゴスパン少女がいけてないちびっ子を抱き上げている。
不思議な光景だ。
「ありがとう。もういいですよ」
悠生が天女の耳を強く噛んで礼を言った。
「あ、なんてありがたいんでしょう」
天女がうっとりとした表情を浮かべた。
天女の耳には、悠生の歯形がくっきりと残っている。
天女は、悠生をそっと下ろした。
「あれですね。窓際に行けば見えますね」
悠生が天女を窓際に誘った。
とは言うものの、混雑している展望室の窓際に陣取るのは容易ではない。
二人は、少しずつ人の隙間を縫って、じわじわと窓際に移動した。
ようやく海側の窓までたどり着いた。
「港ですね」
天女が港に停泊している船を見て喜んだ。
天女は、見るものすべてに感動するようだ。
ごん!
「痛っ!」
窓にへばりつている悠生の後頭部に何かが当たった。
悠生が後ろを振り返ると、さっきエレベーターで悠生の顔に当たっていたリュックサックが目の前にあった。
どうやらそのリュックサックを背負っている男が、海側から陸側に向きを変えたときにリュックサックを悠生の後頭部にぶつけたらしい。
気が弱い悠生は、男に文句も言えず後頭部を手でさするだけだった。
「あの、リュックサックがぶつかります。お体の後ろにもお気をつけください」
天女がその男の肩をつついて、後ろから声をかけた。
男は、一瞬身体を硬直させた。
「すんません」
少し間をおいて後ろを振り向き、目深に被った帽子をそのままに、顔を前に突き出すようにして謝った。
覇気がない暗い感じの話し方だった。
磯前神社の参道入り口にある大きな鳥居をくぐったあたりで天女が少し離れたところに建っているタワーを見つけた。
「あれは、たしか大洗ポートタワーっていう名前だったと思います」
悠生が記憶を頼りに答えた。
本当は、大洗マリンタワーである。
「上に上がれるんですか?」
「上がれたはずですよ」
「上がってみたいです」
「行きましょうか」
「はい!」
二人は、海岸の鳥居が見える通りをタワーのある方に向かって歩き始めた。
「さっき、スマホで検索したんですけど、あの鳥居は磯前神社の鳥居だそうですよ」
「そうなのですか。何を考えて建てたのか分かりませんが、大変だったのでしょうね」
天女は、軽く毒づいて鳥居に礼をした。
天女は、神に対して畏敬の念を抱きつつも、どこか反抗するようなところがある。
思春期の子供のようなものかもしれない。
大洗マリンタワーが建っているところは、ちょうどイベント会場になっていて、近づくにつれ人が増えてきた。
「海の匂いがしますね」
悠生が鼻をひくつかせた。
「はい。海水は塩が濃くてしょっぱいです」
天女が何かを思い出すように遠くを見つめた。
「ごめんなさい。その次は、ちゃんと濃度を調整したじゃないですか」
悠生が逆ギレした。
「ふふ、怒った悠生さんも素敵です。できれば罰を与えていただきたいです」
天女は、罰が欲しくて悠生をからかっていた。
「こんな大勢の人がいるところでですか?」
「ダメなのですか?」
「さすがに問題があると思います。私が天女さんに暴力を振るっているように見えてしまいます」
「事実、そのとおりなのですけれど……」
「あ、まあ、そうですね」
悠生が苦笑した。
「分かりました。1回だけですよ」
「ありがとうございます」
天女がしゃがんで顔の高さを悠生に合わせた。
ぱーん!
悠生が軽快な音をたてて天女の頬を張った。
何度も叩いているうちに、いい音をたてるコツを覚えた。
その音を聞いた周りの人が一斉に二人を注目した。
悠生は、頬を張ったあと、軽く天女にキスをした。
天女は顔を上気させて喜んでいる。
周りの人には事態が理解できなかった。
身長の低い気の弱そうな女性が、やたら背の高いゴスパン少女の頬を叩いた。
しかも、ゴスパン少女は、自分でしゃがんで叩かれにいっているように見えた。
それだけではない。
頬を叩いたあと、二人がキスをしているではないか。
どういう関係なのか、まったく理解できなかったに違いない。
「悠生さんの暴力は、いついただいても甘露です」
天女が悠生を見ながら後ろ向きに歩いた。
「私も最初のころは人を叩いたり傷つけたりすることにすごく抵抗があったんです。でも、ようやく慣れて楽しさが分かってきました。天女さんは人間じゃないから遠慮しなくていいんですよね」
「はい、おっしゃるとおりです。私は人間ではありません。どのようなひどい扱いをされても喜んで承ります」
「ドMですね、天女さんは。さすが高木神さんのお遣いです」
「ふふふ」
タッキー: だから私を引き合いに出すのはやめてってば!
高天原のタカミムスビ神が気をもんだ。
悠生と天女は、周りの視線をよそに二人だけの世界を作っていた。
二人は、マリンタワーの入り口に着いた。
やはり大勢の人で混雑している。
マリンタワーは、1階が売店で2階がカフェ、3階が展望室になっている。
展望室に上るには入館料が必要となる。
1階の窓口で入館料を払ってチケットを受け取った。
3階に上がるエレベーターは大混雑で、なかなか乗れない。
人が大勢いるがエレベーターが1基しかない。
何回か見送ってようやくエレベーターに乗ることができた。
エレベーターの乗客は、大洗のイベントに遠征に来ている客がほとんどのようだった。
たいてい大きめの荷物を持っている。
リュックサックを背負っている人も多い。
「リュックは下ろして手で持ってくれればいいのに」
人に埋もれた悠生が顔をしかめた。
混んだ電車やエレベーターのような狭い空間にリュックサックを背負ったまま入ってこられると、背が低い悠生の顔に当たって痛いのだ。
今もすぐ目の前にいる帽子を被った男がリュックサックを背負ったままエレベーターに乗ってきたので目の前にリュックサックがあって邪魔だ。
おまけに、そのリュックサックは何が入っているか知らないが、やけに中身が硬そうだった。
それがずっと顔に当たって痛い。
しかし、すし詰めのエレベーター室内では、身動きも取れずじっと我慢するしかなかった。
エレベーターが2階に止まった。
カフェを利用する客が降りて、少し混雑が解消された。
悠生の顔に当たっていたリュックサックも離れていった。
「ふう」
悠生がため息をついた。
2階から展望室のある3階はすぐに着いた。
展望室は、地上からの高さが55メートルという説明だった。
「うわー、ぐるっと一周見渡せるのですね」
天女が歓声を上げた。
「私は、何も見えません」
悠生は、人に埋もれて何も見えない。
「あ、埋もれてしまっていますね」
天女が下を見て言った。
「よいしょっと」
天女が軽くしゃがみこんで悠生を抱き上げた。
「これで見えますか」
天女に抱き上げられた悠生は、急に視界が開けた。
「見えました!」
悠生は、天女と同じ顔の高さでぐるっと周りを見回した。
「でも、これってどういう構図……」
悠生が赤面して恥ずかしがった。
真っ赤な髪のゴスパン少女がいけてないちびっ子を抱き上げている。
不思議な光景だ。
「ありがとう。もういいですよ」
悠生が天女の耳を強く噛んで礼を言った。
「あ、なんてありがたいんでしょう」
天女がうっとりとした表情を浮かべた。
天女の耳には、悠生の歯形がくっきりと残っている。
天女は、悠生をそっと下ろした。
「あれですね。窓際に行けば見えますね」
悠生が天女を窓際に誘った。
とは言うものの、混雑している展望室の窓際に陣取るのは容易ではない。
二人は、少しずつ人の隙間を縫って、じわじわと窓際に移動した。
ようやく海側の窓までたどり着いた。
「港ですね」
天女が港に停泊している船を見て喜んだ。
天女は、見るものすべてに感動するようだ。
ごん!
「痛っ!」
窓にへばりつている悠生の後頭部に何かが当たった。
悠生が後ろを振り返ると、さっきエレベーターで悠生の顔に当たっていたリュックサックが目の前にあった。
どうやらそのリュックサックを背負っている男が、海側から陸側に向きを変えたときにリュックサックを悠生の後頭部にぶつけたらしい。
気が弱い悠生は、男に文句も言えず後頭部を手でさするだけだった。
「あの、リュックサックがぶつかります。お体の後ろにもお気をつけください」
天女がその男の肩をつついて、後ろから声をかけた。
男は、一瞬身体を硬直させた。
「すんません」
少し間をおいて後ろを振り向き、目深に被った帽子をそのままに、顔を前に突き出すようにして謝った。
覇気がない暗い感じの話し方だった。
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