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チャプター08-01
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8
リップルは、罠であればあえて罠に入ると決めていた。そのほうが、敵地に侵入しやすいからだ。惑星クラウの発電所周辺の警備は、予想どおりに手薄だった。巨大荷物の運搬が予想されるような巨大ハッチに、警備隊の姿が見られなかった。
調子を取り戻したエギーの飛行技術により、目的のハッチ前まで難なく移動を完了させた。
着陸した直後に、リップルは腰に備えていた雷刀を手に持った。まだ起動はさせないものの、いつ戦闘になっても良いように意識を集中させた。
エギーは、ハッチ付近にある基盤に近寄り、無線通信を用いて情報網への侵入を試みた。これにより、ハッチはこちらの意志で開けることができるようになった。
「オッケーです」エギーが合図をくれた。「スイッチに触れるだけで、ここのハッチは開放できます。やはり、魔界の情報網は侵入しやすいですね」
「ありがとう。ミアとエギーは、この周辺で巡回して花の捜索。俺の合図でもう一度ここに戻ってくる。……その時に、ランスだけしかいなかったとしても、この惑星から脱出して」
「ん? なにそれ?」ミアが疑問を投げかけた。「リップルも来るでしょ?」
彼女からのその質問を受けるよりも、警戒をしなくてはいけない魔気を受け取っているのが、顔を険しくするリップルだった。
「……強力な魔気を感じる」リップルは、ハッチの向こう側へ視線を向けた。「ランス以外の魔気だ。一般魔術師の魔気ですらない」
「……どうしましょう」エギーが首を傾げた。
「とりあえず、ミアとエギーは、ここから少し離れて近くの峡谷を飛行していてくれれば、それで良い。あとは、通信で指示をする」
「そうだ。一回、ここで約束事を決めよう」ミアが明るく言った。「皆で一緒に帰る」
「……」リップルは、その言葉には返すことはしなかった。「もう行って。時間がない」
「でも……」エギーが飛行に躊躇していた。
だが、この場所がすでに危険な場所であることは、リップルしか知らなかった。ランスの言うとおり、ハッチのすぐ向こう側には、魔術師が三二人いるのが、魔気で感じ取っていた。そんな大群に対して、加勢をしてもらっても良いが、仲間が危機に陥った場合に、集中力が切れてしまうこともあるため、ここは一人で攻めに行きたい気持ちだった。
「一人で行かせて」リップルは、ハッチに身体を向けたままそう言った。
「わかった」ミアは、こちらの意志の固さを察したのか、納得してくれた。「エギー、行くよ」
「リップル殿とランス殿の帰りをお待ちしております」エギーは、原動機を起動し、飛行を開始した。
そして、ミアとエギーがハッチから離れると、近くの峡谷へと向かって、崖を降りるように高度を下げていった。
リップルは、ミアとエギーの姿が消えたとたん、念力で近くのスイッチを押した。とたんに、巨大なハッチは轟音を響かせながらゆっくりと上へと上昇した。そして、こちらの目に入ったのは、明るく照らされた幅広い連絡通路に、三二人の魔術師が、左右二箇所に一六人ずつわかれて綺麗に並んで待機している光景だった。個々の魔術師は、すでに杖を緑色の稲妻に染めて、剣や槍のように構えていた。
それらを前にしたリップルは、雷刀を起動し、青緑色のレーザーを突出させた。
これは、まだ序章に過ぎない。相手は雑魚に過ぎない。そう感じ取りながら、目の前にした大勢の魔術師を睨みつけた。
※※※
スノーは船に乗って、宇宙空間を浮遊していた。自分の意思で魔界の追放を選んだ身であるため、あの少年リップルと同じように、人権のない者、となってしまった。これからどんな行動を起こそうが、誰も関心を寄せない立場となったのだ。魔界から追われることもなければ、他者から支援を受けるようなこともない。なにもかも失った状態だった。あるのは、自分自身の魔力と、この小型の船である。
吐息を漏らすようなひと時が訪れているなか、急に通信が繋がった。唯一、連絡をくれる人物といったら、カッツィ団の魔術師しかいない。
「スノー様、ご報告がございます」と魔術師の一人。「こちらは、反銀河連邦団の支援により、人造人間を完成させることができました。引き続き、スノー様の機械を合わせることで、量産が可能になりそうです」
「すまない。私はもう、魔女ではない」スノーは力なく答えた。「バリスの判断だ。彼女の判断により、私は追放の身となった。私もそこに異論はない。魔界に属さない魔術師だ」
「……では、カッツィ団には協力ができない、というお立場に?」相手の魔術師は、困惑している様子だった。「反銀河連邦団の情報提供により、惑星マシスに、賞金稼ぎによる襲撃があるかもしれない、と。万が一のことも踏まえ、スノー様にもお急ぎで来ていただきたいと……」
「私はもう、指示をする立場でなければ、協力する立場ではなくなった」そんな答え方をしつつも、反銀河連邦団の話を耳にし、不快感をおぼえた。カッツィ団があの団体と契約をする方針となってしまえば、こちらがどんな立場であれ、協力するつもりはないからだ。ここは、私情を入れてしまった「……できれば、反銀河連邦団と連携を取るようなことはするな」
魔界やカッツィ団は、今や暴走を始めた時代となった。スノーは、そう感じていた。魔界から独立したとされるカッツィ団であっても、銀河連邦からすれば、魔界の人間。魔界全体として、危険なことに手を出し始めた、そんな時代になったと判断されてもおかしくはなかった。
スノーは、目を閉じて感覚を研ぎ澄ました。それは自身の魔気を飛ばし、惑星クラウで起きている魔気の情報を読み取ることだった。そして、魔気から入ってくる情報に、内心驚いた。
「……二六、二七」スノーは呟いた。
「はい?」相手の魔術師は聞き返してきた。
「今、ものの十数秒で二八人もの魔術師が命を落とした。どういうことか、わかるな?」
「侵入者ですか?」
「その可能性はある」とスノー。脳裏には、リップルの笑顔が浮かび上がっていた。「……これ以上、カッツィ団は今の企画を進行させないことを推奨する。惑星スティーアンは、そなたらの活動への支援を中断させた。そのうえ、お前達を注視している。お前達の生命の危機が訪れようとも、保護はされないだろう。その賞金稼ぎの相手もせず、解散したほうが良い」
スノーは、ここで通信をきった。しばらく静寂が訪れると、惑星シストンでの、ランスの母らしき人物の悲しげな表情を思い出した。かつて、自身の幼少期も、惑星スティーアンへの異動が決まった時、ランスの母と同じように、こちらの両親も悲しげな表情をしていた。その時の記憶は、今でも忘れられなかった。
もしも、リップルがランスの救出に成功した場合、その悲しげなランスの表情は、笑顔へと変わるのかもしれない。
スノーは、移動を開始した。
※※※
全部で三二人の魔術師を倒した。
リップルは、下級魔術師の相手を一瞬で終わらせていた。体力の消耗はあったものの、身体に傷がつくようなことはなかった。すべての魔術師の死体を乗り越えると、連絡通路の奥にある二箇所目の巨大なハッチを開けた。
ハッチが開くと、そこには、格子状のドアが並び、薄暗い雰囲気を醸し出す小汚い泥の床と壁が広がっていた。こういった劣悪な環境でランスを閉じ込めることに、カッツィ団への怒りをおぼえた。
「ランス!」リップルは、声を張った。
「リップル? リップル!」そこで、ランスの声がどこからか返ってきた。
リップルは走ると、声のする格子部屋へと向かった。まるで、惑星シストンで、ランスが心配をしてくれたように、今度は、こちらが心配してランスに向かって走った。
ランスの声のするところへと近づくにつれて、格子を握る小さな手が見えた。彼女のいる場所を明確に知ると、そこへと駆け寄った。そして、その格子の前に立つと、そこには、初めて会った時と変わらないランスがいた。
「リップル!」ランスは涙すると格子から両手を伸ばした。
「よう、来たぞ!」リップルは、笑顔で対面した。「スープは、持って来てないけど」と冗談も言ってみた。彼女を少しでも緊張から解放させるためであった。
「リップル! リップル!」ランスは、すぐにでもこちらの傍に寄りたいというように手を伸ばし続けていた。「ありがとう!」
「待って、格子を切る。離れて」リップルは雷刀を起動して、レーザーで格子を切断した。
必要最低限の格子を切断し、人の出入りが可能となると、ランスが飛び出してきた。そして、彼女は、こちらを強く抱きしめてくると、震える全身をゆだねてくれた。
「よく頑張った!」リップルも、雷刀を腰に備えると、抱きしめてあげた。「もう、大丈夫。家に帰ることができるぞ」
「うん。ありがとう……」ランスは、不安だった気持ちを爆発させたためか、たくさんの言葉は出なかった。一つ言えることは、彼女から受ける感謝の気持ちが非常に大きかった。
「お礼はまだ」リップルは、ランスから少し離れた。「これから、脱出がある。近くの巨大ハッチまで走るよ」
「うん!」ランスは涙を拭きながら、頷いてくれた。
ここで、リップルが先陣をきって、巨大ハッチまで走ろうとした時だった。
この場所に侵入する際に感じていた強大な魔気を改めて感じ取った。そんな魔気は、監獄のさらに奥から、こちらの背中に向けられていた。リップルは思わず立ち止まってしまった。
「どうしたの?」ランスも気づいて、こちらに目を向けた。「はやく行かないと」
「……ランス。この先に巨大ハッチが二つある。二つ目の出口のところで、妖精のミアと、ロボットのエギーが待ってる。そこまで走って」リップルはそう言ってから、ゆっくりと振り向くと、監獄の奥の暗がりに目を向けた。
暗がりのところから、二人組の男が出現した。一人は、灰色の外套で頭巾をかぶらずに、堂々と顔を出した魔術師特有の外套を着るジャン。そして、もう一人は、黒い防弾コートのようなものを着た赤い目をする不審な男だった。人造人間だとすぐに予想できる、灰色の人工皮膚で仕上がった顔。完成されたばかりで、髪の毛は生えてはいない。
やはり、カッツィ団は人造人間を完成させたのか、その機能をこちらで試そうとしているようだった。
「逃げよう」ランスが言い、袖を引っ張って来た。「ジャンっていう男、魔界大臣の経歴を持ってて、魔女と同等の魔力を持ってる。レッグスっていう人造人間も、さっき。何人も殺して……」
「俺には、やることがもう一つあるんだ」リップルは、ランスの言葉を遮ると、彼女の手を優しく離した。「走って」
ランスは、あとずさりしながらも、こちらをじっと見ていた。
「走れ!」リップルは、ランスを我に返らせるように、大きな声を出した。
ランスは、こちらの声に驚きつつもすぐに背を向けて、巨大ハッチまで走ってくれた。
リップルは、ランスを見送ったあと、改めてあの二人を見た。
生き続けてはいけない二人であり、こちらに迷惑をかけた二人である。
そして、サリーやほかの賞金稼ぎの命を奪った。こちらは、ただでは帰ることができないのだ。相手がどんなに強敵だろうと、本気を出せば二人までは相手にできると決めている。
リップルは、雷刀を構えて起動し、青緑色のレーザーを突出させた。
「エギー、ランスが出口に向かった」リップルは、首に貼っている通信パットを意識して喋った。「ランスを保護したら、旋回しながら花を探してて。花の回収もできたら、ブーチのところに行って」そう言って通信を終えた。
人造人間レッグスは、長い杖の真んなかを持つと、緑色の稲妻を巻いて両刀術のように構えた。
ジャンは、杖の端を両手で持ち、緑色の稲妻を巻いた。
彼らの動きを見て、リップルは、二人に向かって歩き始めた。その速度は、徐々にはやくなっていく。
※※※
ランスは、泣きながらも、巨大連絡通路を走っていた。左右で倒れている魔術師など視野に入らなかった。リップルと再会できた喜びは束の間、彼は、自らの意志で危険な二人に向かっていってしまった。彼の行動を止められなかった悔しさと不安がのしかかり、感情のぶつけどころを失っていた。あの強力な魔術師二人に、小さな身体が立ち向かう。
ひたすら進行方向を走っていると、目の当たりにした巨大ハッチが開きだした。リップルが拓いた道であるため、ハッチの向こうに危機感をおぼえず、開ききっていないハッチを潜り抜けた。
すると、突如として硬い素材のようなもので抱きしめられると、耳元で優しく声をかけられた。
「待ってください! ランス殿ですね」全身が機械で構成されている人型のロボットだった。リップルやミアが言っていた、エギー、というロボットのようだ。
「おかえり!」エギーの頭の上には、ミアがいた。「ここから一時退避するよ」
「待って!」ランスは、ロボットに保護されながらも叫んだ。「リップルを助けてあげて!」
しかし、こちらの意志とは逆に、ロボットが飛行を開始してしまった。巨大ハッチから離れると、近くの峡谷へ向かい、岩壁を伝って崖のなかで高度を下げた。
「リップル殿の命令なのです!」エギーも、悲しさを交えながら答えていた。
「お願い! 助けるために戻って!」ランスは、巨大ハッチを指しながら叫び続けた。「リップルが死んじゃう! 死んじゃうってば!」
※※※
リップルは、雷刀を片手に持って全速力で走っていた。続けて、念力のあと押しを利用し、両足に踏ん張りを入れて低く跳躍すると、一瞬でジャンとレッグスの足元を通過した。二人の背後にまわったところで、ジャンの背後で雷刀を振った。
ジャンも桁外れの速度で棒術を展開して、自身の背後を守るように魔杖を振りまわして、こちらの雷刀を弾いてきた。そして、至近距離にいるレッグスの魔杖の右端がこちらの顔をかすめて通過し、連続して左端が振り下ろされてきた。
レッグスの魔杖を受け止めて力を逃がすと、跳躍して二人の頭上で雷刀を振りまわして、牽制をしながらレッグスの目の下に裂傷を与えた。地面に着地したとたん、ジャンの次の攻撃が展開され、彼が片手で魔杖を握って大振りで足元を削ると、連続して魔杖を振りまわして、胴体や頭部へと攻めてきた。
リップルは、魔術の圧力に負けないように、念力での体重移動を重視し、頭部を狙われた時は、跳ねながら雷刀を振りまわして相手の魔杖を弾き飛ばした。そのまま、勢い余ったジャンの体勢を見逃さず、さらに念力を展開して手をかざし、ジャンを吹き飛ばした。
入れ替わりでレッグスが割って入ると、左右が輝く魔杖を振りまわして、高速棒術を展開してきた。こちらに対して刻むような連続攻撃をし、体力の消耗と、集中力の低下をはかってきた。四方から攻めてくるような両刀術にも負けず、こちらも身体を回転させながら、片手で雷刀を振りまわし、上から下からと攻め込んでくる魔杖を受け止めては、反撃を繰り返した。
レッグスによる強力な振り上げに襲われると、リップルは、雷刀を横にして受け止めながら、身体を反るようにして跳躍し、すぐ後ろに着地した。
同時に、ジャンの魔杖から稲妻が発射され、こちらに襲い掛かった。そんな空中を切り刻む稲妻を、念力を集中させた右手で受け止めた。ただ、受け止めるだけでは効率が悪いのだ。
左手に持った雷刀を起動したまま回転させるように投げると、レッグスの後ろへと旋回させた。また、こちらの念力の強さを主張するかのように、右手に溜めた稲妻を跳ね返して、レッグスの胸部に当てることができた。そんなレッグスは吹き飛び、地面に落下していた。
リップルは、ジャンとの距離を詰めようと走った。ジャンは、こちらの投げた雷刀が回転しながら背後にまわっていたことに気づいて、接近していた雷刀を弾き飛ばしていた。
その隙をついて、リップルは、ジャンの背中に飛び蹴りをかまし、転倒させた。続けて、地面に転がっていた雷刀を手元に引き寄せて起動し、地面に倒れるジャンに雷刀を振り下ろした。
ジャンは、腕に稲妻を巻いて、雷刀を受け止めるという巧みな技を展開してくると、こちらに隙をつくらせた。おかげで、戦闘に復帰していたレッグスが真横にいた。彼はすでに魔杖を横振りしている状態だったため、リップルも雷刀を雑に横へ振ってしまった。
こちらとレッグスの攻撃が互いに当たると、リップルは、近くの格子ドアに背中を打ちつけ、地面に倒れた。ただ、痛みを感じたとしても、意識はまだあり、大怪我をしていないことはわかっていた。
リップルは急いで立ち上がると、顔を上げた。とたんに、ジャンが戦闘に復帰しており、魔杖を叩きつけてきた。そんな攻撃に対して身を転がして避けると、ジャンとレッグスの二人から距離を空けるような立まわりとなった。また、こちらが格子ドアとぶつかった衝撃で、レンガのような石片が散らばっていたのがわかり、念力を使って石片をジャンに向かって飛ばした。
そして、全身で感じたのは、この監獄の床が脆いことであり、下が広い空間となっていることだった。この狭い場所で戦うのも良いのだが、できれば広いほうが有利になれそうだった。
リップルは、右手に強大な念力を溜めて、それを地面に押し当てた。その衝撃でこの階層の石床が爆発して、ここにいる三人が暗闇の下へと落下した。
三人が落下した下の階層は、開拓途中のあまり舗装されていない広大な洞窟だった。そんな白色と赤色の混じった塩で仕上がった地面に、リップルとレッグスは全身を打ちつけるようにして着地し、ジャンは、魔術で落下速度を落としながら両足で着地した。
リップルは、急いで身体を起こして、二人の位置を確認した。いくつかの巨大鍾乳石に照明器具が設置されており、なんとか目視でも敵との距離を知ることはできていた。
レッグスは、先程の雷刀と魔杖の交差によって、腕を負傷しているらしく、片腕から黒い液体を垂らしていた。人造人間を構成するうえで必要な情報液のようで、その損傷具合から、こちらが持つ雷刀でもレッグスを倒せることは証明された。
※※※
ブーチは、船の移動を余儀なくされていた。自身の探知機で得た情報によれば、反銀河連邦団の戦闘艦が三隻、惑星マシスの重力場で巡回警備をしているという。その戦闘艦にこちらの存在を感づかれてしまったのか、巡回をしながら、こちらに向かって距離を詰めてきていた。
なぜ、魔界宙域に、反銀河連邦団の戦闘艦がいるのか理解ができなかった。こちらの船の迷彩妖術が解けて、低品質の光学迷彩を展開しているだけの現状、ハッキングの対象外である反銀河連邦団に怪しまれて当然だった。簡易通信を受けつけない巨大なゴミが浮遊しているようなものなのだから。
「惑星マシス周辺に、反連邦の戦闘艦が三隻。今、追跡をされて逃げてる状況」ブーチは、エギーに通信を投げた。通信使用による探知にも恐れながら、情報を伝える義務を務めた。「どうして、彼らがいるのかはわからないから、そっちも危険な状況になるかも。警戒して」
惑星マシスを見ているだけの時間は、思ったよりも短かった。待ち伏せをしていたかのような反銀河連邦団の配置が、こちらを休ませてはくれなかったのだ。
こちらにとっては、目の前にしている惑星でリップル達がなにをしているのか、知らない状態が続いていたものの、こちらはこちらで危険な状態へと発展していた。リップルが誰かと戦う前のような覚悟の決まった言葉が通信で耳にしてからは、なにも情報が入らなくなっていた。その直後に、今の状況となってしまっている。
「な、なんと!」エギーは驚いていた。「私達を追ってきたのですか?」
「わからない。あらかじめ、配備されてたのかも。エギーは、はやく合流できない? タイミングを逃すと、魔術師から逃げられても、反連邦からは逃げられないよ」魔界が得ている宇宙空間での移動技術は、こちらの許容範囲内である。そのため、魔術師から逃げることに関しては問題なかった。一方で、今のように、反銀河連邦団の戦闘艦に追跡されてしまえば、逃げられる確率は極端に低くなる。
「リップル、まだなの?」ブーチは、腹部に手を当てながら、つぶやいた。
未だに汗は止まらず、いつしか意識が朦朧としてしまうのでは、という不安にも駆られていた。かろうじて、まだ意識ははっきりとしているが、反銀河連邦による激しい追撃を受けるようなことがあれば、今の体調では、逃げきれる自信がなかった。まして、攻撃を加えられるようなことがあれば、船体から伝わる衝撃によって、こちらの体調がさらに悪化してしまう。
すると、さらに探知機が反応し、一隻の大型船を捕らえた。それは、魔界の旧式輸送船で、小型の戦闘機を運搬することを目的とした船だった。そんな船がこちらの船に気づかずに、惑星マシスへと向かっていった。また、重力場へと差し掛かったところで、巨大ハッチが開き、複数の戦闘機が地上へと降下してしまった。
「エギー! そっちに魔界の戦闘機が向かった! 数えきれないほどの機体数だから、気をつけて!」ブーチは焦るようにして言った。
そこで、全身へのかすかな振動と耳鳴りが起きた。空振というものは、ワープ以外でも、熱量の大きいなにかしらの反応が起きた時にも出るものであり、そういった熱量の大きい警告大砲が発射され、その宙域専用の弾丸が近くで爆発したのだ。その弾丸は、爆発で生じる衝撃波とその反響を利用した障害物の位置情報を特定するもので、今この状況において、反銀河連邦が周囲に大口径の熱量弾を周囲に放っていた。こちらの船が音波や空振と接触することで、船の形状すら特定できてしまう。
「こっちは逃げるよ! エギーも逃げて!」ブーチは、この船の光学迷彩機能を停止し、原動機を出力全開にさせて移動速度を上げた。衝撃波を吸収したことにより、こちらの存在情報を相手に与えたとなれば、逃げるしかなかった。
※※※
エギーは、ブーチから貰った情報に焦りを募らせていた。それをミアとランスにも伝えると、彼女らも焦っていた。今も、岩に挟まれたような崖のなかを低空飛行しており、時折高度を上げては、峡谷の上部に花が咲いていないかと捜索をして、リップルの帰りを待っているところだった。
けれど、空中から赤色の熱量弾が降り注いだのが、今だった。いくつかの熱量弾が、妖術光壁をかすめ、迷彩術が途切れてしまうと、相手によってこちらの位置が特定されてしまった。
「迷彩術、やめて、防御光壁に切り替えるよ!」ミアは、エギーの頭部に立って両手を広げ、全身を黄色に輝かせた。「回避経路を確保して!」
「飛行で精一杯です! 計算ができるほどの余裕がありません!」エギーは、身体の横からワイヤーを飛ばすと、ランスの身体に巻きつけ、彼女が振り落とされないように固定した。
すると、後方で追いついた戦闘機が追尾を開始してくると、強力な熱量弾を連射してきた。
かろうじて、その熱量弾はこちらの傍を通過し、進行方向の岩壁に幾度となく命中した。よって、目の前にした岩壁は脆くなり、そこに追い打ちをかけるように、エギーは腕から熱量弾を発射し、脆くなった岩壁をさらに破壊した。続けて、崩れ落ちる岩壁の下を潜り抜けるような飛行をすると、こちらを追跡していた二隻の戦闘機が、岩の下敷きとなって破壊された。
「皆でリップル殿の帰りを待ちましょう!」エギーは必死になっていった。
「あったりまえよー!」ミアが気前良く言った。「皆、頑張ってー!」
※※※
巨大な針のような大きい鍾乳石が稲妻に包まれ、洞窟内で浮遊していた。そして、そんな鍾乳石は、リップルに向かって弾丸のように飛ばされ、リップルをかすめて、付近の岩壁に衝突していた。
ジャンは、洞窟の奥で立ち、自身の周囲にある鍾乳石や巨大な岩に稲妻を巻いて、幾度となく飛ばし始めた。
リップルは、何度も壁や床を蹴って跳躍をしては、襲い掛かる巨大な岩を避けていた。足場の悪いところへと着地をしてしまえば、転んでしまうこともあり、そこへ追い打ちをかけるように、レッグスの魔杖が降りかかった。レッグスの攻撃もかろうじて防ぐことができ、雷刀を振りまわしてレッグスと距離を取った。
そして、洞窟の深い場所へと飛び降りては、ジャンが飛ばす巨大な岩と同じ大きさの岩を見つけては、それを念力で飛ばして、ジャンの立っている場所へと衝突させた。ジャンは冷静であり、その場から跳躍しては、近くの足場へと着地して、さらなる巨大な岩を飛ばしてきた。
リップルは跳躍して、ジャンと同じ高さまで上り詰めると、飛んでくる巨大な岩を前にして、全身に渾身の力を入れた。前方へ念力を局所放射して、向かってくる巨大な岩を二つに割り、その隙間に身体を強引に入れた。
ただ、足場の悪いこの洞窟では、魔術師も立ちまわりに苦戦を要しているようで、魔力や念力での体重移動だけでは、体勢を整えることは難しかった。次第に、そんな環境を活かすことが出来たのは、リップルのほうだった。
粉々になった岩が周囲へと飛んだことで、こちらに詰め寄って来ていたレッグスが、わずかに躓いた。そこを見逃さなかったリップルは、レッグスの攻撃を何度も跳ね返し、後退をさせて距離を詰めた。そして、彼の魔杖の、稲妻の巻かれていない持ち手部分を、こちらの雷刀で切断することができた。短くなった杖は、一時的に稲妻すら巻けず、レッグスは魔力だけで対抗しようと、こちらに向かって手をかざした。その程度の魔力であるならば吹き飛ばされない、とリップルは果敢に攻め、彼の首を目掛けて雷刀を振った。
だが、レッグスもろとも新たな岩に襲われ、こちらの全身がその岩と激突し、リップルは吹き飛んでしまった。岩に巻かれていた稲妻がリップルの全身にも巻き込み、一時的に麻痺させた。
リップルは、岩の破片や砂に埋もれた状態から、気を振り絞って立ち上がり、砂埃のなかにいるレッグスを見た。
レッグスは、よろけながらも立ち上がっていた。そして、顔面の中央に裂傷を負っており、黒い液体を流していた。ジャンに忠実すぎるのか、感情がないのか、囮として扱われたとしても、ジャンに対する怒りを見せず、常にこちらを殺すつもりで睨んでいた。
ここまでの闘いで、レッグスに二箇所、ジャンに一箇所、深い裂傷を負わせている。
ジャンは、足を負傷しているため、距離を取るような戦い方をしていたものの、こちらに岩が当たったことを好機と判断したのか、魔杖を握って、レッグスの隣に立った。
リップルは頭の違和感に襲われ、手を当ててみた。すると、手のひら一面に、血がついていた。久々の出血に、彼らの強さを改めて実感していた。こちらは、特殊人間であるため、四輪車両などに轢かれたとしても傷がつかない身体のはずなのだ。それを、ここまで出血させたのは久々であり、死に近い大怪我をした時以来だった。上級魔術師と人造魔術師を相手にすると、ここまで傷がついてしまうことに、これ以上の長期戦は避けたほうが良いと考えるようになった。さらには、肩にも大きな負傷があり、肩にある傷口から血が流れて指先へと垂れていた。
出血するこちらを見たジャンは、すぐさま攻撃を再開してきた。彼は、跳躍と同時に魔杖を地面に叩きつけるように振り下ろしてきた。
力業では負けてしまうと判断したリップルは、身を転がしてその魔杖の攻撃から避けた。続けざまに、レッグスの魔杖による攻撃があり、それは雷刀で受け止めた。レッグスは、巧みな技を展開し、両刀術から短い二刀流術へと戦法を変えてくると、両手に光る魔杖を何度も振ってきた。
リップルは、疲れ知らずの動きで身体を回転させながら、レッグスの二つの魔杖を弾き返し、後退こそはしながらも牽制を続けた。次第に、鍾乳石の破片の山へとたどり着いた。そこで跳躍をして破片の山へと足をつけると同時に、手のひらを破片の山へと押しつけ、強力な念力を地面へと流し込んだ。とたんに、砂埃が舞い、全員の視界を塞いだ。その隙を突いて雷刀を振りまわし、レッグスの左手を切断することに成功した。
動きが鈍くなったレッグスに追い打ちをかけるように、頭上にあった鍾乳石を念力で落下させ、レッグスの胸部を刺した。よって、地面と鍾乳石に挟まれて身動きが取れなくなっていた。そこへ、リップルによる渾身の一撃が炸裂し、雷刀でレッグスの頭部を切断することに成功した。レッグスは散った。あとはジャンという敵対者一人となった。
とたんに、リップルは稲妻を撃たれて、壁にめり込んでしまった。レッグスの相手に集中しすぎたせいで、砂埃のなかにいたジャンに攻撃を許してしまった。
けれど、それで良かった。二人を同時に相手にするよりも、着実に一人にしたほうが良いからだ。その分、身体が傷ついても良かった。
リップルは壁を貫通すると、洞窟から上昇して、発電所へと移されてしまった。岩壁や鉄壁を貫通するほどの威力を受けてもなお、広大な部屋へ飛ばされ、しまいには、燃料タンクが無数に設置されたホールまで吹き飛ばされてしまった。
ホール内の電子機器と衝突して、激しい火花を散らすと、金属で仕上がった地面に叩きつけられた。続けて、こちらのまわりが緑色に光ると、円形の結界に囲まれ、身動きが取りにくくなった。
そこを、強引に念力を使い、手のひらを地面に当てて、結界を消滅させた。
また、火花の散る発電室に飛び込むようにして接近してきたジャンは、魔杖を振り上げて、こちらの顔面を打ち上げた。
リップルは頭部から弧を描くように吹き飛び、再び地面に叩きつけられ、魔杖で突き刺そうとしてくるジャンを真上にした。そこで気転を効かせ、浮き上がるジャンと同じ位置にある照明器具を念力で操り、その照明器具をジャンと衝突させた。
リップルは急いで立ち上がり、もんどりを打って倒れたジャンに、雷刀を振り下ろした。
ジャンは、倒れながらも魔杖でこちらの雷刀を受け止めた。
※※※
無数の高威力熱量弾を受けたことにより、ミアの妖術が途切れかかっていた。
「うーん、ダメ! もたない!」ミアはエギーに警告した。
「回避空路が見当たりません!」エギーは、高速飛行をして、峡谷の低空飛行を続けていた。
この回避行動でも、いくつかの戦闘機は、岩壁に激突させて無力にすることはできていた。しかし、位置を知られている状況のため、追加の戦闘機が現れ、追撃は激しくなる一方だった。ジャンの部下がどれほどいるのかわからないが、魔界から独立を試みている元大臣のジャンが、予想以上に凄い魔術師であることが、今になって理解できた感じだった。
そこで、無数の熱量弾のうちの一発が、弱体化した光壁を貫通し、エギーの足をかすめて激しい火花が散った。
「きゃっ!」ランスが悲鳴を上げたのは、この場にいる全員が衝撃に襲われたためだった。
「ごめん!」ミアは、疲れた表情を出しながらも、謝罪をした。
「まだ、大丈夫です」エギーはすぐに答えた。「左足出力は四割減少しましたが、右足を全開出力にします」
「私もできるかも?」ランスは、自身を巻いているワイヤーに身体を預けて、両手を広げた。
ランスが微かに光ると、青色の光壁がミアを含む三人を包んだ。
「杖なしで魔術が使えるの?」ミアは驚いていた。
「うん! 防げてるかな?」ランスも必死に答えてくれた。
「防げています! さすがです!」エギーが、すぐに統計調査をし、答えてくれた。
すでに数発の熱量弾が命中しており、ミアの光壁よりも頑丈な防御力を発揮してくれた。
「すごい! 良い心を持つ魔女になれるんじゃない?」ミアは、この場を乗りきれる希望を得たような気がした。「私は、戦闘機への反撃に移るよ」
ミアは片手に槍を出現させて、すぐに一発目の光線を発射した。とたんに、すぐ後ろを飛行していた戦闘機の操縦席に命中し、一瞬にして爆発していた。
「ボロい戦闘機を使うからだよ!」ミアは、どんな状況でも、陽気さだけは忘れなかった。
「リップル殿とブーチ殿との合流がうまくできると良いですが」エギーは、無線を繋げた。「ブーチ殿、大丈夫ですか?」エギーは、ランスの防御魔法によって守られたその一瞬の余裕を見計らって、ブーチの安否確認をしていた。「ブーチ殿! 聞こえますか?」
※※※
ブーチは、惑星マシスの重力場を軸に、かなりの速度を出して外周飛行をしていた。ここまでの速度を出すのは送迎業をやってからというもの初めてだった。しかも、後方に位置しているのは、熱量砲を低速三連射してくる中型戦闘艦である。三つの光がこちらの船をかすめ、どこかへと飛んでいっては、少しの間があいてまた三つの光がかすめていく。
もはや、光壁出力を高めるのではなく、推進出力を高めたほうが良かった。
「こちらブーチ。反銀河連邦団から攻撃を受けてる!」繋がりにくくなったエギーとの通信に、なんとか反応することができた。「高速で重力場を外周してる! かなりまずい状況になった!」
ブーチは、操縦席の脇にある医療キットを開き、小型注射器を手に取った。これは、軽度の興奮剤であり、それを腹部に打つことで今の痛みを和らげ、操縦に集中できるようになるのだ。
回復が見込めない今、万能軟膏を塗ったところで時間の無駄であり、重症の軍人が使うような即席の薬を投与するほうがまだマシだった。
「こっちは惑星マシスの外周をまわり続けるから、そっちは回避飛行を続けて!」ブーチは歯を食いしばる思いで答えた。「リップルを待つよ!」
攻撃を受けているなかでも、反銀河連邦団とカッツィ団が組んでいることがわかるのが、熱量砲が軌道を外して惑星マシスの地上へと向かいそうになったところで、その熱量砲は途中で爆発するようになっていた。味方への着弾被害が起きないようになっていることから、ここにいる反銀河連邦団は、強引な手法でリップルの情報を入手し、カッツィ団へ流したことが十分にわかった。
ただ、今はそんなことに怒りをおぼえている場合ではなく、この作戦をはやく終わりにするべきだという思いが強かった。
※※※
周囲の機器が熱を帯び、発火を始めていた。リップルは、周囲がどうなろうと、鼻から出血があろうと、なにも気にせず戦闘を続けていた。
そこで、ジャンとの距離が大きくあいたとたんに、その彼は自身の足元に結界を発生させ、全身を緑色の稲妻で包んでいた。次第に、まとまった稲妻は彼の持つ杖に集まり、その杖がこちらに向いた。
たちまち、ジャンの杖の先端から光線のように見える太い稲妻が発射された。
リップルは、部屋全体を緑色に染める稲妻に対して、両手から念力を放射して受け止めた。稲妻が念力に包まれると、双方の熱量が交わって消滅していった。
リップルにとって、彼からの遠距離攻撃は、防ぐことのできる戦術だった。だからこそ、接近戦における肉体の破壊が勝敗をつける、とジャンはすぐに切り替えて、再び魔杖を構えて接近をしてきた。
そんなジャンの振り下ろす魔杖を受け流し、雷刀を横降りして、弾き返される。接近戦の攻防を長時間行うことで、互いの疲れが顔に出てくるようになっていた。念力を使った体重移動もまともにできなくなり、跳躍をせずに相手との距離を取りながら淡々と魔杖を弾き返すような戦い方しかできなくなっていた。
相手も、こちらと同様に、疲労による影響で跳躍を交えた魔杖術が出来なくなり、双方の剣術と棒術だけが目立つ戦いになっていた。それでも、素早さを欠いてしまえば、たちまち身体に傷を入れられる状況ではあった。雷刀と魔杖の接触による引き離される力は、身を任せるだけでなんとかなるが、隙を突くためには、相手よりも素早い動きをしなくてはならなかった。
ジャンへは手首にも裂傷を与え、杖を構える力を弱らせていた。相手は、こちらが疲労困憊である、と勘違いをしているようで、徐々に油断をし始めているところだった。
「お前はいったいなんなんだ」もう一度距離があいたとたん、ジャンが口を開いた。「俺に高い懸賞金でもあるのか?」
「発電石を取られて怒ってる小さな男だよ」リップルは答えた。
「……ああ。生き残りがいたのか」彼は、ようやくこちらの情報を掴み、納得していた。「どこかの団体の補償を受ける立場になってから、高価物の運搬をするべきだな。……この惑星にどんな仲間を連れてきているかわからないが、反銀河連邦団がここを見張っている。反銀河連邦団のバズを知っているか? いつでも、お前の仲間を殺せる。……また、お前は仲間を見殺しすることになるとはな。残念だよ」
その言葉に、顔をしかめた。彼の言葉が本当であれば、ブーチが危険な状態であるからだ。ブーチだけでなく、ジャンの仲間にこの活動が知られているのであれば、ミア達も危ないことになる。そして、あの卑怯なバズもここにいる。
リップルは、最終手段に出ることにした。ジャンは、疲労から魔術が鈍くなっている分、こちらが優位に立てるのは確かだった。こちらが大怪我を負うようなことをしてでも同士討ちを謀れば、相手に致命傷を与えられると予想できた。
周囲を見て、たくさんの巨大機器や燃料タンクを確認し、これらを利用できないかと考えた。
とっさの判断で踏ん張り、飛び掛かるようにして相手へ距離を詰めた。たちまち、至近距離での雷刀と魔杖の攻防が展開され、さらに互いの体力が消耗されていった。
ジャンも、やられているだけではなかった。魔杖を振りまわしながらも、小型結界を展開し、こちらの足を取ってきた。
リップルは、足下で完成された結界に動きを止められ、右足を動かせなくなってしまった。その焦りから集中力が切れ、とたんに持っていた雷刀を跳ね飛ばされてしまった。レーザーの起動が止まった雷刀は手元から離れ、どこかへと転がっていった。
全念力を両手に集中させると、ジャンが振り下ろしてきた魔杖を両手で受け止めた。こちらの両手も稲妻に巻かれると、全身に痛みが走った。まだ念力の展開が出来ているため、頭を働かせることはできた。
「魔術師を甘く見るな!」ジャンは、魔杖に力を入れるために結界術も解いて、全魔力を魔杖へ注ぎ、杖だけでなく、こちらの全身を稲妻で巻いた。
ふと、リップルは周囲を見渡して、ジャンの背後にある燃料タンクを発見した。それは、脆くなっており、今にも倒れそうなものだった。一か八かをかけるため、両手に集中させていた念力を半減させ、右手だけで魔杖を持った。すると、念力が魔力に負けた分、ジャンの魔杖はこちらの右肩まで押しつけるようになり、稲妻で巻かれている全身から複数の裂傷が起き、血が噴き出し始めた。
これまでにない全身の痛みに耐えながら、まだ生き残っている左手を燃料タンクのほうへ伸ばし、念力を使った。燃料タンクの接続部分をすべて破壊し、重心を極端に傾けた。おかげで、巨大な燃料タンクは、こちらに向かって倒れてくれた。
魔力を受け続けたリップルは気を失いそうになり、右手にも力が入らなくなっては、相手の魔杖を身体で受け止める形となってしまった。右目も見えなくなり、呼吸も止まり始めた。
そこへ轟音が鳴り響いた。倒壊を始めていた燃料タンクが、すぐここまできていた。ジャンもその異変に気づき、魔力を解いて振り向いていた。その隙を突いて、リップルは素早くジャンに足払いをして転倒させた。続けて、身を転がし、倒壊する燃料タンクの軌道から回避した。
けたたましい衝撃音と地震が起きると同時に、周囲の機器も倒壊させては、黒煙を発生させた。そして、このホールにあった魔気も消滅した。
魔力から解放されたリップルは、一度は気絶したものの、すぐに気を取り戻して、背中にのしかかっていた機材を持ち上げながら、ゆっくりと立ち上がった。周辺の火花の散る音だけが耳に入り、この場で戦闘をするようなことは、もう起きないことがわかった。
リップルは、額や右目から流れる血を外套の袖で拭った。右目は開かないものの、左目の目視と念力放射で、異常がないことを確認した。目の前にある燃料タンクは、ジャンを押し潰したのか、黒い液体と赤い液体が混ざっていた。
そんな燃料タンクに近寄ってみると、寸でのところで逃げきれなかったジャンの上半身があった。彼は胸部より下を潰されており、残り数秒の時間を生きていた。
「……スティーアン女王様」ジャンは、かつて所属していた魔界の忠誠を言葉にしていた。やがて、彼は息を引き取り、力ませていた上半身を地面に落とした。
「サリー、やったよ」リップルは、そんな言葉を小さく発した。
そして、ジャンの魔力が想像以上に強かったためか、監獄に向かって走ろうとしても、足の神経も損傷しているため、片足を引きずるようにして小走りすることとなった。
「……エギー。俺は今から、ランスが捕まってた監獄に向って、そこの壁を破壊する」
※※※
リップルの通信が入ったことで、安堵したのは言うまでもなかった。
エギーは、回避空路を維持しながら峡谷を低空飛行し、戦闘機から逃れている最中だった。それでも、通信機が起動し、リップルからの合図が来たことに、嬉しさが込み上げてきた。
ミアは、ランスの防御魔法の展開により、相手の戦闘機に光線を撃ち続けるなどをして、こちらへの攻撃の妨害に集中してくれていた。
リップルは、ミアが確認していた監獄の小窓に向かっているのだという。
「壁を破壊する?」ミアがリップルへ言った。「ハッチの合流じゃなくて良いの?」
「良い。急いで逃げないと」リップルは、息を切らしながら返してくれた。
「最後のチャンスだよ!」今度は、ブーチからの通信が入った。「ちょうど良い具合に、座標が合う。監獄からポイント三〇一の方角で重力場まで上昇してくれたら、回収できるよ」
「ブーチ、やったよ」リップルは弱くなった声で言った。「ジャンを倒した」
「わかってる。あとで聞くから、無事に帰ってきて!」ブーチは喜ぶ感情を抑えて、脱出計画を正確に進行できるようにしてくれていた。「今言った座標での合流に失敗したら、この船は耐えられないよ。寄り道はしないでね」
そこで、ランスが顔をゆがめたところで、ミアが察した。ランスの魔力が低下し、これ以上の防御魔法を展開できなくなってしまった。ランスには休憩が必要となり、ミアが防御光壁の妖術を展開し、光壁を再設置してくれた。
そこで、目の当たりにした監獄施設の一部で爆発が起きた。それは、ミアがランスを発見した地点で、そこにリップルがいると思われた。まだ遠くのほうではあるが、砂埃が舞う壁穴から小さな男の姿が見え、こちらに顔を見せてくれた。
「リップル殿!」エギーは、拡大機能のある視覚でリップルを確認し、監獄の壁穴と同じ高度まで上昇を始めた。そして、自身の目を何度か光らせて、彼に合図を送った。
しかし、同時に悪い情報が入った。それは、リップルが大怪我をしていることだった。目視だけでも、頭部からの出血、右目と左足の不調、というのがわかった。
「速度を……」エギーが減速を始めようとしたときだった。
「下げるな! 速度は上げろ!」リップルはそう言うと、監獄の壁穴から飛び降りてしまった。
「ああ、もう!」エギーは、彼の落下速度に合わせて、飛行速度を下げることになり、さらに急激な加速も余儀なくされた。「なんてことを!」
なんとかして、落下するリップルに合わせることができた。寸でのところで、リップルはこちらの胴体に両手をかけることができた。しかし、思いがけないことが起きた。彼の両手は力が入らないのか、または速度が速すぎたのか、彼の手は滑り、もう一度落ちようとしていた。
エギーには、なにもできなかった。ワイヤーは、ランスを固定するために使っているからだ。
「リップル!」その瞬間、ランスがリップルの手を掴んでくれた。「捕まえた!」
「ありがとうございます!」エギーは勝鬨を上げた。そして、ランスが持ち上げやすいように、もう一度だけ降下をし、皆の身体を浮かせて、リップルを保護できるようにした。「よくやりました! ランス殿!」
「悪い……」リップルは、血だらけの顔面から微笑みを見せてくれた。
「リップル、ごめんね!」ランスは、怪我をしたリップルを見て泣いていた。
「ブーチ殿、リップル殿を回収できましたよ! 予定ポイントまで上昇します!」エギーは、ブーチに合図を送り、高度上昇を再開した。リップルの曲芸な合流によって進路が多少ずれてしまったものの、許容範囲内だった。崖のわかれ道を曲がりながら、空へと突き進んだ。
「リップル! 帰ってきたら、皆で食事会をするよ!」ブーチも、自身の痛みに耐えながらも、そんな言葉を言ってくれた。「ちゃんと帰って来なさいよ!」
エギーと背中に乗る三人は、岸壁を越えて峡谷を抜けた。あとは、複数の戦闘機から逃れながら空を抜けて宇宙へと出て、その重力場でブーチの乗る船の脱出ハッチに突っ込むだけだった。
こちらを守るものは、ミアとランスの光壁で十分だった。そして、重力場に飛び出したところで、ブーチの船とも合流し、敵からの攻撃をうまく回避したうえでワープすれば、計画に問題なかった。
そこで、峡谷を抜けて地上へと上昇したとたん、エギーには、ある物が目に入った。
それは、あの白い花がある花畑だった。思いがけないところで、ゼシロンを大量に見つけてしまった。ウィルスを駆逐するうえで十分な量とも断言できる、ゼシロンの花畑である。
けれど、今の状況では、取りに行くことは不可能だった。取りに行ってしまえば、最後の好機である重力場での合流ができなくなってしまう。エギーは、自分自身を犠牲にすることで、自分以外の幸せが確保できると察し、上昇を継続した。
「ランス殿、私にしっかりと捕まってくださいね」エギーはランスに言うと、彼女の身体を固定していたワイヤーを解除した。
そして、そのワイヤーをリップルに装着し、彼の身体を固定した。これは、衰弱している彼を固定することもあるが、彼が思いがけない行動をしないためでもあった。
「エギー、花だ! 今、花はあるのか?」リップルは気づいてしまった。
「本当だ! ゼシロンがある!」ミアも気づいた。「まだ、花は取れてないよ!」
「エギー、降りろ!」リップルに、花がないことを悟られてしまった。「なにをしてる! 降りろ!」
「無理です! 降りません!」エギーは、断固として拒否した。「皆で逃げるのです!」
「エギーに必要な花でしょ!」ミアも攻めてきた。「まだ、間に合うよ!」
「エギーの花?」ランスが耳を傾けた。
「あの花が無いと、エギーが死んじゃうんだ!」とリップル。「袋一杯分を摘むだけ!」
「リップル殿!」エギーは、大きな声を上げた。「良いのです! 僕の為に、リップル殿がこれ以上に傷つく必要はないのです!」
「悪いな。俺は約束を守りたいんでね」リップルは姿勢を正すと、雷刀を手にしては、レーザーを突出させた。そして、そんな雷刀でワイヤーを切断してしまうと立ち上がり、微笑んで答えた。「それに、縛られるのは嫌いなんだ」
「ダメです!」エギーは、強く言った。「僕は、ここまでが楽しかったのです! 楽しいという感情を味わえただけで良いのですよ!」
「この後も、つらいことがあるかもしれないけど、楽しみが待ってるなら、生き続ける意味はあるだろ」リップルは、エギーに笑顔を向けると、花畑に向かって躊躇なく飛び降りてしまった。
※※※
ここまで来て、約束を破るのはいやだった。
リップルは、思いがけないところで発見した花畑に着地した。それは、天国のように、真っ白なゼシロンが無数に並んでいた。自身の着ている外套の頭巾を破ると、その頭巾のなかにゼシロンの花弁を摘み始めた。
周囲では、戦闘機が停止し、その戦闘機から魔術師が杖を持ったまま降り立ってきた。
「来るんじゃねえよ!」リップルは、接近してきた魔術師の一人を念力で吹き飛ばし、崖へと落とした。「もう、お前らには興味はない!」
しかし、背後から発射された稲妻によって、手首を捕獲されてしまった。牽引ワイヤーのように手首が稲妻に巻かれると、引っ張られて花弁を摘んだ頭巾を落としてしまった。
その稲妻を雷刀で打ち消し、改めて頭巾を拾った。
「ブーチ、予定変更! エギー達を回収して!」リップルは、幾度となく稲妻を発射されて、何度も避けた。「俺は、あとから合流する!」
「まったく、なにしてんのよ!」ブーチも焦っているようだった。「花が回収できていないの?」
そこで、リップルは背後に気配を感じ取り、雷刀を構えた。しかし、その背後にいたのはミアだった。
「へへー」ミアは満面な笑みで、こちらに近寄った。「来ちゃったー!」
「ミア、どうして?」
「今度は、私が守る番だね! はやく花を摘んじゃいなさい!」とミア。彼女はそう言うと、身体を光らせて妖術の光線を発射し、魔術師を一人ずつ撃退してくれた。
「悪いな」リップルは、花を摘む作業を再開した。
「ブーチ殿! 地上へ来られますか?」エギーが提案をしてきた。
「ブーチ! 俺以外の言うことは聞くな! 憲章にも抵触するから、ランスとエギーを回収して逃げろ!」
ブーチとやり取りをしたことで集中力が切れたのか、魔術師の稲妻がこちらの頭巾を貫いて、燃やしてしまった。
「クソ!」リップルは、外套を脱いで、薄手の着物だけの姿になった。その姿は、血がいくつか見られて、衰弱していることが他人に知られてしまうのだった。それでも良かった。他人の目は気にせず、外套を袋代わりにして、花弁を摘み始めた。
厄介なことは、戦闘機が集中してこの場に集まり、魔術師が幾度となく追加されていった。
おかげで、リップルは魔術師の放った稲妻によって身体を巻かれると、怪我を負っていない右足や左手をも稲妻で巻かれて、魔術師達によって、拘束されてしまった。
ミアは、複数の魔術師を相手にするので手一杯で、捕獲稲妻を解除するほどの力はなかった。
リップルは、魔術師の大群へと引きずられ、雷刀も手放してしまった。
「ランス殿を船に届けたら、僕も戻ります!」とエギー。
「リップル!」しかし、今度はランスがエギーから飛び降りてしまった。
ランスは、自身の魔術で落下速度を調整できるのか、花畑に着地する直前で全身を光らせた。そのあと、両足着地をしても、続けてこちらに向かって走ってくることが出来ていた。
「もう、皆さんどうしたのです!」エギーも、空への上昇を諦めると、急降下を始めた。
ランスは、手を光らせると、こちらの周囲にあった稲妻を消滅させた。
稲妻の拘束から解かれたリップルは立ち上がり、雷刀を回収した。
「ブーチ、逃げろ!」リップルは言った。
「ごめんなさいね。私も降りてるよ!」予想だにしなかったのが、あのブーチも憲章の抵触を恐れずに降下をしていることだった。「ほんと、信じられない子ね!」
紫色の雲から抜けてきたのは、ブーチの船だった。所々で煙を上げた損傷状態の船ではあったが、まだ飛行する能力はあった。
あとから続いて、反銀河連邦の戦闘艦三隻が現れ、雲を抜けたところで浮遊を開始していた。砲座の銃口をこちらに向けたまま、様子見をするかのように、それ以上の降下はしなかった。
やがて、魔術師との拗れを展開している花畑に、ブーチの船が着陸した。
「包囲されちゃったよ」ブーチが、船内からハッチを潜って、拳銃を持って現れた。
「僕がハッキングできるか、試します」エギーも着地すると、周囲の魔術師に熱量弾を発射しながら、真上にいる戦闘艦の情報網への侵入を謀った。「オーバーヒートをさせてみます」
たちまち、魔術師の追加は激しくなり、距離を詰められ始めていた。
無数の稲妻がこちらに向かって発射されるも、ブーチの船体や、ミアとランスの光壁によって、なんとか防ぎながら、リップルとブーチとエギーで魔術師を吹き飛ばしていった。しかし、多勢に無勢で、ジャンの部下がたくさんいることに焦りを募らせることとなった。
エギーの片腕にも、魔術師の稲妻が命中し、倒れ込んでしまった。
もはや、劣勢となってしまったこの状況で、魔術師との距離はさらに近くなってしまった。
すると、突如として、真上にいる反銀河連邦団の戦闘艦三隻が大爆発を起こした。赤い光に包まれてから爆発する異様な光景に、皆が上空を見上げた。また、赤い稲妻に巻かれた戦闘艦の瓦礫は、こちらに被害が出ないように、周囲の崖へと誘導されていた。
「やったー!」リップルは叫んだ。「エギーのハッキング、すげーな!」
「ぼ、僕ではないですよ!」片腕を失ったエギーは、立ち上がりながら答えていた。
「じゃあ、誰だ?」リップルは、もう一度頭上を見上げた。
「魔女?」ランスが口にした。「魔女が来る」
ゆっくりと墜落する戦闘艦のあいだを抜けるように、小型の戦闘機のような船が現れた。その降下する戦闘機の外で立ちつくすように、赤い稲妻を輝かせた魔杖を持つ一人の女性がいた。
彼女は自身の戦闘機を自動操縦にしているのか、ガラス張りの操縦席の外に立ち、さらに魔法を展開させると、墜落する戦闘艦三隻の破片の部品を、こちらを取り囲む魔術師達に落下させていた。
「スノーちゃんだ!」リップルは歓喜を上げた。「赤い魔女、スノーちゃんだ! 助けてくれたんだ!」
戦闘機にも見える移動船の上に立つ女性は、スノーだった。彼女は、自身の船をブーチの船の隣に着陸させ、船から飛び降りてゆっくりと着地すると、こちらに駆け寄って来てくれた。
「リップル、逃げる準備をしろ!」今のスノーに、あの冷徹な目はなかった。「ここは、私が援護をする。操縦士と共に、船に乗れ」
「俺、そういうことをしてくれるスノーちゃんのほうが、大好きだな!」リップルは笑みを浮かべた。
「……うるさい」スノーは顔を赤らめる意外な表情を見せてくれた。「この惑星は、魔界からも見放された。君達は、魔界から注視されることも、追跡されることもない。やるべきことをやったら、すぐに帰れ」
「もし良かったら、仲間にならない?」リップルは誘った。「一緒に遊ぼうよ!」
「……検討する」スノーはそう言うと、周囲の魔術師を蹴散らしに行った。
「良い姉ちゃんじゃん!」リップルは、安堵し、花摘みに集中した。「皆、もうすぐで花を摘み終わるから、ブーチの船に乗って」
スノーの魔力は絶大だった。一度の稲妻の発射で、数人の魔術師を吹き飛ばし、こちらよりも効率の良い戦闘能力を発揮してくれていた。
そこへ、なにかの脱出船が、こちらの傍に落下してきた。そして、その脱出船から現れたのは、バズだった。そのバズは、今度こそは遠隔操作の機体ではなく本人なのか、頭部から出血している姿だった。
「リップル!」バズは、赤色の雷刀を展開し、こちらに向かって来た「お前だけは殺す!」
リップルが花を摘み終えた外套を足元に置くと、それをランスが受け取った。リップル以外の皆は、脱出の準備を始めた。
「やってやろうじゃん」リップルは、最後の仕事だ、とバズに向かって詰め寄った。
バズの振り下ろす雷刀を受け止めると、今度はこちらが攻めに行った。互いが万全ではない体調のなかでも、素早い動きを展開して、攻防を繰り返した。
ただ、先程のジャンやレッグスとの戦闘を経験し、加えて、バズの癖を前の二機で経験をしているのもあって、バズの動きは簡単に読めることができた。
いとも簡単に、バズの足を切断すると、腹部にも裂傷を与え、しまいには、雷刀を握る腕も切断した。なにもできなくなったバズは、力なく地面に倒れた。
「お前だけは……」意地の悪いバズは、腰にあった爆弾を起動した。
とたんに、リップルの横を赤い稲妻が通過し、バズに命中した。バズは、吹き飛んで崖へと落ち、峡谷で爆発を起こして絶命した。
「スノーちゃん、ありがとう!」リップルは振り向いた。もちろん、爆発から守ってくれたのも、スノーだった。「俺は、いつでもスノーちゃんを仲間に入れられる準備をするよ」
「そんなことより、脱出をするぞ!」スノーは返答をせずに走ると、自身の移動船の上へと行き、そこで立って自動操作で浮上させていた。
スノーの船が浮上をしても、彼女はまだ周囲の魔術師を蹴散らしてくれた。
「リップル! 全員乗ったよ!」ミアがハッチで待っていた。
リップルも、自分以外の仲間がブーチの船に乗ったのを確認して、船に乗った。
「ブーチ、オッケー!」リップルは、船に乗り込んだところでハッチを閉めた。
「上昇するよ!」ブーチも仲間を確認して、上昇を開始した。
ブーチの船は雲を抜けて、大気圏へと突入した。四方からの襲撃は未だ続き、無数の熱量弾がかすめていた。光壁が、相手の熱量弾の軌道を曲げるまではできているが、どこまで防ぎ続けることができるかわからなかった。
「うーん、持つかな?」ブーチは歯を食いしばっていた。重力場からさらに離れれば、ワープが可能となるが、光壁出力を上げている分、都合の良い速度は出せていなかった。
「大丈夫。スノーちゃんがやってくれる」リップルは、助手席に座って宇宙を眺めた。
そこで、後方で赤い閃光が放たれると、一瞬で静寂が訪れた。
ブーチが計器を確認すると、後方にあった敵機の反応がなくなっており、スノーの移動船だけが反応していた。
「魔界って、怖いな」リップルはそう言って、ブーチを見た。「ブーチ、酷い顔だな」
「ふふ、リップルこそ」ブーチも微笑んで返してきた。「……リップル、お帰り」
スノーの船は、こちらの軌道とは逸れて、どこかへとワープをして、姿を消してしまった。
「さあ、俺達も惑星ダッセルに行こう」リップルはそう言うと、背もたれに寄り掛かり、目を閉じた。
リップルは、罠であればあえて罠に入ると決めていた。そのほうが、敵地に侵入しやすいからだ。惑星クラウの発電所周辺の警備は、予想どおりに手薄だった。巨大荷物の運搬が予想されるような巨大ハッチに、警備隊の姿が見られなかった。
調子を取り戻したエギーの飛行技術により、目的のハッチ前まで難なく移動を完了させた。
着陸した直後に、リップルは腰に備えていた雷刀を手に持った。まだ起動はさせないものの、いつ戦闘になっても良いように意識を集中させた。
エギーは、ハッチ付近にある基盤に近寄り、無線通信を用いて情報網への侵入を試みた。これにより、ハッチはこちらの意志で開けることができるようになった。
「オッケーです」エギーが合図をくれた。「スイッチに触れるだけで、ここのハッチは開放できます。やはり、魔界の情報網は侵入しやすいですね」
「ありがとう。ミアとエギーは、この周辺で巡回して花の捜索。俺の合図でもう一度ここに戻ってくる。……その時に、ランスだけしかいなかったとしても、この惑星から脱出して」
「ん? なにそれ?」ミアが疑問を投げかけた。「リップルも来るでしょ?」
彼女からのその質問を受けるよりも、警戒をしなくてはいけない魔気を受け取っているのが、顔を険しくするリップルだった。
「……強力な魔気を感じる」リップルは、ハッチの向こう側へ視線を向けた。「ランス以外の魔気だ。一般魔術師の魔気ですらない」
「……どうしましょう」エギーが首を傾げた。
「とりあえず、ミアとエギーは、ここから少し離れて近くの峡谷を飛行していてくれれば、それで良い。あとは、通信で指示をする」
「そうだ。一回、ここで約束事を決めよう」ミアが明るく言った。「皆で一緒に帰る」
「……」リップルは、その言葉には返すことはしなかった。「もう行って。時間がない」
「でも……」エギーが飛行に躊躇していた。
だが、この場所がすでに危険な場所であることは、リップルしか知らなかった。ランスの言うとおり、ハッチのすぐ向こう側には、魔術師が三二人いるのが、魔気で感じ取っていた。そんな大群に対して、加勢をしてもらっても良いが、仲間が危機に陥った場合に、集中力が切れてしまうこともあるため、ここは一人で攻めに行きたい気持ちだった。
「一人で行かせて」リップルは、ハッチに身体を向けたままそう言った。
「わかった」ミアは、こちらの意志の固さを察したのか、納得してくれた。「エギー、行くよ」
「リップル殿とランス殿の帰りをお待ちしております」エギーは、原動機を起動し、飛行を開始した。
そして、ミアとエギーがハッチから離れると、近くの峡谷へと向かって、崖を降りるように高度を下げていった。
リップルは、ミアとエギーの姿が消えたとたん、念力で近くのスイッチを押した。とたんに、巨大なハッチは轟音を響かせながらゆっくりと上へと上昇した。そして、こちらの目に入ったのは、明るく照らされた幅広い連絡通路に、三二人の魔術師が、左右二箇所に一六人ずつわかれて綺麗に並んで待機している光景だった。個々の魔術師は、すでに杖を緑色の稲妻に染めて、剣や槍のように構えていた。
それらを前にしたリップルは、雷刀を起動し、青緑色のレーザーを突出させた。
これは、まだ序章に過ぎない。相手は雑魚に過ぎない。そう感じ取りながら、目の前にした大勢の魔術師を睨みつけた。
※※※
スノーは船に乗って、宇宙空間を浮遊していた。自分の意思で魔界の追放を選んだ身であるため、あの少年リップルと同じように、人権のない者、となってしまった。これからどんな行動を起こそうが、誰も関心を寄せない立場となったのだ。魔界から追われることもなければ、他者から支援を受けるようなこともない。なにもかも失った状態だった。あるのは、自分自身の魔力と、この小型の船である。
吐息を漏らすようなひと時が訪れているなか、急に通信が繋がった。唯一、連絡をくれる人物といったら、カッツィ団の魔術師しかいない。
「スノー様、ご報告がございます」と魔術師の一人。「こちらは、反銀河連邦団の支援により、人造人間を完成させることができました。引き続き、スノー様の機械を合わせることで、量産が可能になりそうです」
「すまない。私はもう、魔女ではない」スノーは力なく答えた。「バリスの判断だ。彼女の判断により、私は追放の身となった。私もそこに異論はない。魔界に属さない魔術師だ」
「……では、カッツィ団には協力ができない、というお立場に?」相手の魔術師は、困惑している様子だった。「反銀河連邦団の情報提供により、惑星マシスに、賞金稼ぎによる襲撃があるかもしれない、と。万が一のことも踏まえ、スノー様にもお急ぎで来ていただきたいと……」
「私はもう、指示をする立場でなければ、協力する立場ではなくなった」そんな答え方をしつつも、反銀河連邦団の話を耳にし、不快感をおぼえた。カッツィ団があの団体と契約をする方針となってしまえば、こちらがどんな立場であれ、協力するつもりはないからだ。ここは、私情を入れてしまった「……できれば、反銀河連邦団と連携を取るようなことはするな」
魔界やカッツィ団は、今や暴走を始めた時代となった。スノーは、そう感じていた。魔界から独立したとされるカッツィ団であっても、銀河連邦からすれば、魔界の人間。魔界全体として、危険なことに手を出し始めた、そんな時代になったと判断されてもおかしくはなかった。
スノーは、目を閉じて感覚を研ぎ澄ました。それは自身の魔気を飛ばし、惑星クラウで起きている魔気の情報を読み取ることだった。そして、魔気から入ってくる情報に、内心驚いた。
「……二六、二七」スノーは呟いた。
「はい?」相手の魔術師は聞き返してきた。
「今、ものの十数秒で二八人もの魔術師が命を落とした。どういうことか、わかるな?」
「侵入者ですか?」
「その可能性はある」とスノー。脳裏には、リップルの笑顔が浮かび上がっていた。「……これ以上、カッツィ団は今の企画を進行させないことを推奨する。惑星スティーアンは、そなたらの活動への支援を中断させた。そのうえ、お前達を注視している。お前達の生命の危機が訪れようとも、保護はされないだろう。その賞金稼ぎの相手もせず、解散したほうが良い」
スノーは、ここで通信をきった。しばらく静寂が訪れると、惑星シストンでの、ランスの母らしき人物の悲しげな表情を思い出した。かつて、自身の幼少期も、惑星スティーアンへの異動が決まった時、ランスの母と同じように、こちらの両親も悲しげな表情をしていた。その時の記憶は、今でも忘れられなかった。
もしも、リップルがランスの救出に成功した場合、その悲しげなランスの表情は、笑顔へと変わるのかもしれない。
スノーは、移動を開始した。
※※※
全部で三二人の魔術師を倒した。
リップルは、下級魔術師の相手を一瞬で終わらせていた。体力の消耗はあったものの、身体に傷がつくようなことはなかった。すべての魔術師の死体を乗り越えると、連絡通路の奥にある二箇所目の巨大なハッチを開けた。
ハッチが開くと、そこには、格子状のドアが並び、薄暗い雰囲気を醸し出す小汚い泥の床と壁が広がっていた。こういった劣悪な環境でランスを閉じ込めることに、カッツィ団への怒りをおぼえた。
「ランス!」リップルは、声を張った。
「リップル? リップル!」そこで、ランスの声がどこからか返ってきた。
リップルは走ると、声のする格子部屋へと向かった。まるで、惑星シストンで、ランスが心配をしてくれたように、今度は、こちらが心配してランスに向かって走った。
ランスの声のするところへと近づくにつれて、格子を握る小さな手が見えた。彼女のいる場所を明確に知ると、そこへと駆け寄った。そして、その格子の前に立つと、そこには、初めて会った時と変わらないランスがいた。
「リップル!」ランスは涙すると格子から両手を伸ばした。
「よう、来たぞ!」リップルは、笑顔で対面した。「スープは、持って来てないけど」と冗談も言ってみた。彼女を少しでも緊張から解放させるためであった。
「リップル! リップル!」ランスは、すぐにでもこちらの傍に寄りたいというように手を伸ばし続けていた。「ありがとう!」
「待って、格子を切る。離れて」リップルは雷刀を起動して、レーザーで格子を切断した。
必要最低限の格子を切断し、人の出入りが可能となると、ランスが飛び出してきた。そして、彼女は、こちらを強く抱きしめてくると、震える全身をゆだねてくれた。
「よく頑張った!」リップルも、雷刀を腰に備えると、抱きしめてあげた。「もう、大丈夫。家に帰ることができるぞ」
「うん。ありがとう……」ランスは、不安だった気持ちを爆発させたためか、たくさんの言葉は出なかった。一つ言えることは、彼女から受ける感謝の気持ちが非常に大きかった。
「お礼はまだ」リップルは、ランスから少し離れた。「これから、脱出がある。近くの巨大ハッチまで走るよ」
「うん!」ランスは涙を拭きながら、頷いてくれた。
ここで、リップルが先陣をきって、巨大ハッチまで走ろうとした時だった。
この場所に侵入する際に感じていた強大な魔気を改めて感じ取った。そんな魔気は、監獄のさらに奥から、こちらの背中に向けられていた。リップルは思わず立ち止まってしまった。
「どうしたの?」ランスも気づいて、こちらに目を向けた。「はやく行かないと」
「……ランス。この先に巨大ハッチが二つある。二つ目の出口のところで、妖精のミアと、ロボットのエギーが待ってる。そこまで走って」リップルはそう言ってから、ゆっくりと振り向くと、監獄の奥の暗がりに目を向けた。
暗がりのところから、二人組の男が出現した。一人は、灰色の外套で頭巾をかぶらずに、堂々と顔を出した魔術師特有の外套を着るジャン。そして、もう一人は、黒い防弾コートのようなものを着た赤い目をする不審な男だった。人造人間だとすぐに予想できる、灰色の人工皮膚で仕上がった顔。完成されたばかりで、髪の毛は生えてはいない。
やはり、カッツィ団は人造人間を完成させたのか、その機能をこちらで試そうとしているようだった。
「逃げよう」ランスが言い、袖を引っ張って来た。「ジャンっていう男、魔界大臣の経歴を持ってて、魔女と同等の魔力を持ってる。レッグスっていう人造人間も、さっき。何人も殺して……」
「俺には、やることがもう一つあるんだ」リップルは、ランスの言葉を遮ると、彼女の手を優しく離した。「走って」
ランスは、あとずさりしながらも、こちらをじっと見ていた。
「走れ!」リップルは、ランスを我に返らせるように、大きな声を出した。
ランスは、こちらの声に驚きつつもすぐに背を向けて、巨大ハッチまで走ってくれた。
リップルは、ランスを見送ったあと、改めてあの二人を見た。
生き続けてはいけない二人であり、こちらに迷惑をかけた二人である。
そして、サリーやほかの賞金稼ぎの命を奪った。こちらは、ただでは帰ることができないのだ。相手がどんなに強敵だろうと、本気を出せば二人までは相手にできると決めている。
リップルは、雷刀を構えて起動し、青緑色のレーザーを突出させた。
「エギー、ランスが出口に向かった」リップルは、首に貼っている通信パットを意識して喋った。「ランスを保護したら、旋回しながら花を探してて。花の回収もできたら、ブーチのところに行って」そう言って通信を終えた。
人造人間レッグスは、長い杖の真んなかを持つと、緑色の稲妻を巻いて両刀術のように構えた。
ジャンは、杖の端を両手で持ち、緑色の稲妻を巻いた。
彼らの動きを見て、リップルは、二人に向かって歩き始めた。その速度は、徐々にはやくなっていく。
※※※
ランスは、泣きながらも、巨大連絡通路を走っていた。左右で倒れている魔術師など視野に入らなかった。リップルと再会できた喜びは束の間、彼は、自らの意志で危険な二人に向かっていってしまった。彼の行動を止められなかった悔しさと不安がのしかかり、感情のぶつけどころを失っていた。あの強力な魔術師二人に、小さな身体が立ち向かう。
ひたすら進行方向を走っていると、目の当たりにした巨大ハッチが開きだした。リップルが拓いた道であるため、ハッチの向こうに危機感をおぼえず、開ききっていないハッチを潜り抜けた。
すると、突如として硬い素材のようなもので抱きしめられると、耳元で優しく声をかけられた。
「待ってください! ランス殿ですね」全身が機械で構成されている人型のロボットだった。リップルやミアが言っていた、エギー、というロボットのようだ。
「おかえり!」エギーの頭の上には、ミアがいた。「ここから一時退避するよ」
「待って!」ランスは、ロボットに保護されながらも叫んだ。「リップルを助けてあげて!」
しかし、こちらの意志とは逆に、ロボットが飛行を開始してしまった。巨大ハッチから離れると、近くの峡谷へ向かい、岩壁を伝って崖のなかで高度を下げた。
「リップル殿の命令なのです!」エギーも、悲しさを交えながら答えていた。
「お願い! 助けるために戻って!」ランスは、巨大ハッチを指しながら叫び続けた。「リップルが死んじゃう! 死んじゃうってば!」
※※※
リップルは、雷刀を片手に持って全速力で走っていた。続けて、念力のあと押しを利用し、両足に踏ん張りを入れて低く跳躍すると、一瞬でジャンとレッグスの足元を通過した。二人の背後にまわったところで、ジャンの背後で雷刀を振った。
ジャンも桁外れの速度で棒術を展開して、自身の背後を守るように魔杖を振りまわして、こちらの雷刀を弾いてきた。そして、至近距離にいるレッグスの魔杖の右端がこちらの顔をかすめて通過し、連続して左端が振り下ろされてきた。
レッグスの魔杖を受け止めて力を逃がすと、跳躍して二人の頭上で雷刀を振りまわして、牽制をしながらレッグスの目の下に裂傷を与えた。地面に着地したとたん、ジャンの次の攻撃が展開され、彼が片手で魔杖を握って大振りで足元を削ると、連続して魔杖を振りまわして、胴体や頭部へと攻めてきた。
リップルは、魔術の圧力に負けないように、念力での体重移動を重視し、頭部を狙われた時は、跳ねながら雷刀を振りまわして相手の魔杖を弾き飛ばした。そのまま、勢い余ったジャンの体勢を見逃さず、さらに念力を展開して手をかざし、ジャンを吹き飛ばした。
入れ替わりでレッグスが割って入ると、左右が輝く魔杖を振りまわして、高速棒術を展開してきた。こちらに対して刻むような連続攻撃をし、体力の消耗と、集中力の低下をはかってきた。四方から攻めてくるような両刀術にも負けず、こちらも身体を回転させながら、片手で雷刀を振りまわし、上から下からと攻め込んでくる魔杖を受け止めては、反撃を繰り返した。
レッグスによる強力な振り上げに襲われると、リップルは、雷刀を横にして受け止めながら、身体を反るようにして跳躍し、すぐ後ろに着地した。
同時に、ジャンの魔杖から稲妻が発射され、こちらに襲い掛かった。そんな空中を切り刻む稲妻を、念力を集中させた右手で受け止めた。ただ、受け止めるだけでは効率が悪いのだ。
左手に持った雷刀を起動したまま回転させるように投げると、レッグスの後ろへと旋回させた。また、こちらの念力の強さを主張するかのように、右手に溜めた稲妻を跳ね返して、レッグスの胸部に当てることができた。そんなレッグスは吹き飛び、地面に落下していた。
リップルは、ジャンとの距離を詰めようと走った。ジャンは、こちらの投げた雷刀が回転しながら背後にまわっていたことに気づいて、接近していた雷刀を弾き飛ばしていた。
その隙をついて、リップルは、ジャンの背中に飛び蹴りをかまし、転倒させた。続けて、地面に転がっていた雷刀を手元に引き寄せて起動し、地面に倒れるジャンに雷刀を振り下ろした。
ジャンは、腕に稲妻を巻いて、雷刀を受け止めるという巧みな技を展開してくると、こちらに隙をつくらせた。おかげで、戦闘に復帰していたレッグスが真横にいた。彼はすでに魔杖を横振りしている状態だったため、リップルも雷刀を雑に横へ振ってしまった。
こちらとレッグスの攻撃が互いに当たると、リップルは、近くの格子ドアに背中を打ちつけ、地面に倒れた。ただ、痛みを感じたとしても、意識はまだあり、大怪我をしていないことはわかっていた。
リップルは急いで立ち上がると、顔を上げた。とたんに、ジャンが戦闘に復帰しており、魔杖を叩きつけてきた。そんな攻撃に対して身を転がして避けると、ジャンとレッグスの二人から距離を空けるような立まわりとなった。また、こちらが格子ドアとぶつかった衝撃で、レンガのような石片が散らばっていたのがわかり、念力を使って石片をジャンに向かって飛ばした。
そして、全身で感じたのは、この監獄の床が脆いことであり、下が広い空間となっていることだった。この狭い場所で戦うのも良いのだが、できれば広いほうが有利になれそうだった。
リップルは、右手に強大な念力を溜めて、それを地面に押し当てた。その衝撃でこの階層の石床が爆発して、ここにいる三人が暗闇の下へと落下した。
三人が落下した下の階層は、開拓途中のあまり舗装されていない広大な洞窟だった。そんな白色と赤色の混じった塩で仕上がった地面に、リップルとレッグスは全身を打ちつけるようにして着地し、ジャンは、魔術で落下速度を落としながら両足で着地した。
リップルは、急いで身体を起こして、二人の位置を確認した。いくつかの巨大鍾乳石に照明器具が設置されており、なんとか目視でも敵との距離を知ることはできていた。
レッグスは、先程の雷刀と魔杖の交差によって、腕を負傷しているらしく、片腕から黒い液体を垂らしていた。人造人間を構成するうえで必要な情報液のようで、その損傷具合から、こちらが持つ雷刀でもレッグスを倒せることは証明された。
※※※
ブーチは、船の移動を余儀なくされていた。自身の探知機で得た情報によれば、反銀河連邦団の戦闘艦が三隻、惑星マシスの重力場で巡回警備をしているという。その戦闘艦にこちらの存在を感づかれてしまったのか、巡回をしながら、こちらに向かって距離を詰めてきていた。
なぜ、魔界宙域に、反銀河連邦団の戦闘艦がいるのか理解ができなかった。こちらの船の迷彩妖術が解けて、低品質の光学迷彩を展開しているだけの現状、ハッキングの対象外である反銀河連邦団に怪しまれて当然だった。簡易通信を受けつけない巨大なゴミが浮遊しているようなものなのだから。
「惑星マシス周辺に、反連邦の戦闘艦が三隻。今、追跡をされて逃げてる状況」ブーチは、エギーに通信を投げた。通信使用による探知にも恐れながら、情報を伝える義務を務めた。「どうして、彼らがいるのかはわからないから、そっちも危険な状況になるかも。警戒して」
惑星マシスを見ているだけの時間は、思ったよりも短かった。待ち伏せをしていたかのような反銀河連邦団の配置が、こちらを休ませてはくれなかったのだ。
こちらにとっては、目の前にしている惑星でリップル達がなにをしているのか、知らない状態が続いていたものの、こちらはこちらで危険な状態へと発展していた。リップルが誰かと戦う前のような覚悟の決まった言葉が通信で耳にしてからは、なにも情報が入らなくなっていた。その直後に、今の状況となってしまっている。
「な、なんと!」エギーは驚いていた。「私達を追ってきたのですか?」
「わからない。あらかじめ、配備されてたのかも。エギーは、はやく合流できない? タイミングを逃すと、魔術師から逃げられても、反連邦からは逃げられないよ」魔界が得ている宇宙空間での移動技術は、こちらの許容範囲内である。そのため、魔術師から逃げることに関しては問題なかった。一方で、今のように、反銀河連邦団の戦闘艦に追跡されてしまえば、逃げられる確率は極端に低くなる。
「リップル、まだなの?」ブーチは、腹部に手を当てながら、つぶやいた。
未だに汗は止まらず、いつしか意識が朦朧としてしまうのでは、という不安にも駆られていた。かろうじて、まだ意識ははっきりとしているが、反銀河連邦による激しい追撃を受けるようなことがあれば、今の体調では、逃げきれる自信がなかった。まして、攻撃を加えられるようなことがあれば、船体から伝わる衝撃によって、こちらの体調がさらに悪化してしまう。
すると、さらに探知機が反応し、一隻の大型船を捕らえた。それは、魔界の旧式輸送船で、小型の戦闘機を運搬することを目的とした船だった。そんな船がこちらの船に気づかずに、惑星マシスへと向かっていった。また、重力場へと差し掛かったところで、巨大ハッチが開き、複数の戦闘機が地上へと降下してしまった。
「エギー! そっちに魔界の戦闘機が向かった! 数えきれないほどの機体数だから、気をつけて!」ブーチは焦るようにして言った。
そこで、全身へのかすかな振動と耳鳴りが起きた。空振というものは、ワープ以外でも、熱量の大きいなにかしらの反応が起きた時にも出るものであり、そういった熱量の大きい警告大砲が発射され、その宙域専用の弾丸が近くで爆発したのだ。その弾丸は、爆発で生じる衝撃波とその反響を利用した障害物の位置情報を特定するもので、今この状況において、反銀河連邦が周囲に大口径の熱量弾を周囲に放っていた。こちらの船が音波や空振と接触することで、船の形状すら特定できてしまう。
「こっちは逃げるよ! エギーも逃げて!」ブーチは、この船の光学迷彩機能を停止し、原動機を出力全開にさせて移動速度を上げた。衝撃波を吸収したことにより、こちらの存在情報を相手に与えたとなれば、逃げるしかなかった。
※※※
エギーは、ブーチから貰った情報に焦りを募らせていた。それをミアとランスにも伝えると、彼女らも焦っていた。今も、岩に挟まれたような崖のなかを低空飛行しており、時折高度を上げては、峡谷の上部に花が咲いていないかと捜索をして、リップルの帰りを待っているところだった。
けれど、空中から赤色の熱量弾が降り注いだのが、今だった。いくつかの熱量弾が、妖術光壁をかすめ、迷彩術が途切れてしまうと、相手によってこちらの位置が特定されてしまった。
「迷彩術、やめて、防御光壁に切り替えるよ!」ミアは、エギーの頭部に立って両手を広げ、全身を黄色に輝かせた。「回避経路を確保して!」
「飛行で精一杯です! 計算ができるほどの余裕がありません!」エギーは、身体の横からワイヤーを飛ばすと、ランスの身体に巻きつけ、彼女が振り落とされないように固定した。
すると、後方で追いついた戦闘機が追尾を開始してくると、強力な熱量弾を連射してきた。
かろうじて、その熱量弾はこちらの傍を通過し、進行方向の岩壁に幾度となく命中した。よって、目の前にした岩壁は脆くなり、そこに追い打ちをかけるように、エギーは腕から熱量弾を発射し、脆くなった岩壁をさらに破壊した。続けて、崩れ落ちる岩壁の下を潜り抜けるような飛行をすると、こちらを追跡していた二隻の戦闘機が、岩の下敷きとなって破壊された。
「皆でリップル殿の帰りを待ちましょう!」エギーは必死になっていった。
「あったりまえよー!」ミアが気前良く言った。「皆、頑張ってー!」
※※※
巨大な針のような大きい鍾乳石が稲妻に包まれ、洞窟内で浮遊していた。そして、そんな鍾乳石は、リップルに向かって弾丸のように飛ばされ、リップルをかすめて、付近の岩壁に衝突していた。
ジャンは、洞窟の奥で立ち、自身の周囲にある鍾乳石や巨大な岩に稲妻を巻いて、幾度となく飛ばし始めた。
リップルは、何度も壁や床を蹴って跳躍をしては、襲い掛かる巨大な岩を避けていた。足場の悪いところへと着地をしてしまえば、転んでしまうこともあり、そこへ追い打ちをかけるように、レッグスの魔杖が降りかかった。レッグスの攻撃もかろうじて防ぐことができ、雷刀を振りまわしてレッグスと距離を取った。
そして、洞窟の深い場所へと飛び降りては、ジャンが飛ばす巨大な岩と同じ大きさの岩を見つけては、それを念力で飛ばして、ジャンの立っている場所へと衝突させた。ジャンは冷静であり、その場から跳躍しては、近くの足場へと着地して、さらなる巨大な岩を飛ばしてきた。
リップルは跳躍して、ジャンと同じ高さまで上り詰めると、飛んでくる巨大な岩を前にして、全身に渾身の力を入れた。前方へ念力を局所放射して、向かってくる巨大な岩を二つに割り、その隙間に身体を強引に入れた。
ただ、足場の悪いこの洞窟では、魔術師も立ちまわりに苦戦を要しているようで、魔力や念力での体重移動だけでは、体勢を整えることは難しかった。次第に、そんな環境を活かすことが出来たのは、リップルのほうだった。
粉々になった岩が周囲へと飛んだことで、こちらに詰め寄って来ていたレッグスが、わずかに躓いた。そこを見逃さなかったリップルは、レッグスの攻撃を何度も跳ね返し、後退をさせて距離を詰めた。そして、彼の魔杖の、稲妻の巻かれていない持ち手部分を、こちらの雷刀で切断することができた。短くなった杖は、一時的に稲妻すら巻けず、レッグスは魔力だけで対抗しようと、こちらに向かって手をかざした。その程度の魔力であるならば吹き飛ばされない、とリップルは果敢に攻め、彼の首を目掛けて雷刀を振った。
だが、レッグスもろとも新たな岩に襲われ、こちらの全身がその岩と激突し、リップルは吹き飛んでしまった。岩に巻かれていた稲妻がリップルの全身にも巻き込み、一時的に麻痺させた。
リップルは、岩の破片や砂に埋もれた状態から、気を振り絞って立ち上がり、砂埃のなかにいるレッグスを見た。
レッグスは、よろけながらも立ち上がっていた。そして、顔面の中央に裂傷を負っており、黒い液体を流していた。ジャンに忠実すぎるのか、感情がないのか、囮として扱われたとしても、ジャンに対する怒りを見せず、常にこちらを殺すつもりで睨んでいた。
ここまでの闘いで、レッグスに二箇所、ジャンに一箇所、深い裂傷を負わせている。
ジャンは、足を負傷しているため、距離を取るような戦い方をしていたものの、こちらに岩が当たったことを好機と判断したのか、魔杖を握って、レッグスの隣に立った。
リップルは頭の違和感に襲われ、手を当ててみた。すると、手のひら一面に、血がついていた。久々の出血に、彼らの強さを改めて実感していた。こちらは、特殊人間であるため、四輪車両などに轢かれたとしても傷がつかない身体のはずなのだ。それを、ここまで出血させたのは久々であり、死に近い大怪我をした時以来だった。上級魔術師と人造魔術師を相手にすると、ここまで傷がついてしまうことに、これ以上の長期戦は避けたほうが良いと考えるようになった。さらには、肩にも大きな負傷があり、肩にある傷口から血が流れて指先へと垂れていた。
出血するこちらを見たジャンは、すぐさま攻撃を再開してきた。彼は、跳躍と同時に魔杖を地面に叩きつけるように振り下ろしてきた。
力業では負けてしまうと判断したリップルは、身を転がしてその魔杖の攻撃から避けた。続けざまに、レッグスの魔杖による攻撃があり、それは雷刀で受け止めた。レッグスは、巧みな技を展開し、両刀術から短い二刀流術へと戦法を変えてくると、両手に光る魔杖を何度も振ってきた。
リップルは、疲れ知らずの動きで身体を回転させながら、レッグスの二つの魔杖を弾き返し、後退こそはしながらも牽制を続けた。次第に、鍾乳石の破片の山へとたどり着いた。そこで跳躍をして破片の山へと足をつけると同時に、手のひらを破片の山へと押しつけ、強力な念力を地面へと流し込んだ。とたんに、砂埃が舞い、全員の視界を塞いだ。その隙を突いて雷刀を振りまわし、レッグスの左手を切断することに成功した。
動きが鈍くなったレッグスに追い打ちをかけるように、頭上にあった鍾乳石を念力で落下させ、レッグスの胸部を刺した。よって、地面と鍾乳石に挟まれて身動きが取れなくなっていた。そこへ、リップルによる渾身の一撃が炸裂し、雷刀でレッグスの頭部を切断することに成功した。レッグスは散った。あとはジャンという敵対者一人となった。
とたんに、リップルは稲妻を撃たれて、壁にめり込んでしまった。レッグスの相手に集中しすぎたせいで、砂埃のなかにいたジャンに攻撃を許してしまった。
けれど、それで良かった。二人を同時に相手にするよりも、着実に一人にしたほうが良いからだ。その分、身体が傷ついても良かった。
リップルは壁を貫通すると、洞窟から上昇して、発電所へと移されてしまった。岩壁や鉄壁を貫通するほどの威力を受けてもなお、広大な部屋へ飛ばされ、しまいには、燃料タンクが無数に設置されたホールまで吹き飛ばされてしまった。
ホール内の電子機器と衝突して、激しい火花を散らすと、金属で仕上がった地面に叩きつけられた。続けて、こちらのまわりが緑色に光ると、円形の結界に囲まれ、身動きが取りにくくなった。
そこを、強引に念力を使い、手のひらを地面に当てて、結界を消滅させた。
また、火花の散る発電室に飛び込むようにして接近してきたジャンは、魔杖を振り上げて、こちらの顔面を打ち上げた。
リップルは頭部から弧を描くように吹き飛び、再び地面に叩きつけられ、魔杖で突き刺そうとしてくるジャンを真上にした。そこで気転を効かせ、浮き上がるジャンと同じ位置にある照明器具を念力で操り、その照明器具をジャンと衝突させた。
リップルは急いで立ち上がり、もんどりを打って倒れたジャンに、雷刀を振り下ろした。
ジャンは、倒れながらも魔杖でこちらの雷刀を受け止めた。
※※※
無数の高威力熱量弾を受けたことにより、ミアの妖術が途切れかかっていた。
「うーん、ダメ! もたない!」ミアはエギーに警告した。
「回避空路が見当たりません!」エギーは、高速飛行をして、峡谷の低空飛行を続けていた。
この回避行動でも、いくつかの戦闘機は、岩壁に激突させて無力にすることはできていた。しかし、位置を知られている状況のため、追加の戦闘機が現れ、追撃は激しくなる一方だった。ジャンの部下がどれほどいるのかわからないが、魔界から独立を試みている元大臣のジャンが、予想以上に凄い魔術師であることが、今になって理解できた感じだった。
そこで、無数の熱量弾のうちの一発が、弱体化した光壁を貫通し、エギーの足をかすめて激しい火花が散った。
「きゃっ!」ランスが悲鳴を上げたのは、この場にいる全員が衝撃に襲われたためだった。
「ごめん!」ミアは、疲れた表情を出しながらも、謝罪をした。
「まだ、大丈夫です」エギーはすぐに答えた。「左足出力は四割減少しましたが、右足を全開出力にします」
「私もできるかも?」ランスは、自身を巻いているワイヤーに身体を預けて、両手を広げた。
ランスが微かに光ると、青色の光壁がミアを含む三人を包んだ。
「杖なしで魔術が使えるの?」ミアは驚いていた。
「うん! 防げてるかな?」ランスも必死に答えてくれた。
「防げています! さすがです!」エギーが、すぐに統計調査をし、答えてくれた。
すでに数発の熱量弾が命中しており、ミアの光壁よりも頑丈な防御力を発揮してくれた。
「すごい! 良い心を持つ魔女になれるんじゃない?」ミアは、この場を乗りきれる希望を得たような気がした。「私は、戦闘機への反撃に移るよ」
ミアは片手に槍を出現させて、すぐに一発目の光線を発射した。とたんに、すぐ後ろを飛行していた戦闘機の操縦席に命中し、一瞬にして爆発していた。
「ボロい戦闘機を使うからだよ!」ミアは、どんな状況でも、陽気さだけは忘れなかった。
「リップル殿とブーチ殿との合流がうまくできると良いですが」エギーは、無線を繋げた。「ブーチ殿、大丈夫ですか?」エギーは、ランスの防御魔法によって守られたその一瞬の余裕を見計らって、ブーチの安否確認をしていた。「ブーチ殿! 聞こえますか?」
※※※
ブーチは、惑星マシスの重力場を軸に、かなりの速度を出して外周飛行をしていた。ここまでの速度を出すのは送迎業をやってからというもの初めてだった。しかも、後方に位置しているのは、熱量砲を低速三連射してくる中型戦闘艦である。三つの光がこちらの船をかすめ、どこかへと飛んでいっては、少しの間があいてまた三つの光がかすめていく。
もはや、光壁出力を高めるのではなく、推進出力を高めたほうが良かった。
「こちらブーチ。反銀河連邦団から攻撃を受けてる!」繋がりにくくなったエギーとの通信に、なんとか反応することができた。「高速で重力場を外周してる! かなりまずい状況になった!」
ブーチは、操縦席の脇にある医療キットを開き、小型注射器を手に取った。これは、軽度の興奮剤であり、それを腹部に打つことで今の痛みを和らげ、操縦に集中できるようになるのだ。
回復が見込めない今、万能軟膏を塗ったところで時間の無駄であり、重症の軍人が使うような即席の薬を投与するほうがまだマシだった。
「こっちは惑星マシスの外周をまわり続けるから、そっちは回避飛行を続けて!」ブーチは歯を食いしばる思いで答えた。「リップルを待つよ!」
攻撃を受けているなかでも、反銀河連邦団とカッツィ団が組んでいることがわかるのが、熱量砲が軌道を外して惑星マシスの地上へと向かいそうになったところで、その熱量砲は途中で爆発するようになっていた。味方への着弾被害が起きないようになっていることから、ここにいる反銀河連邦団は、強引な手法でリップルの情報を入手し、カッツィ団へ流したことが十分にわかった。
ただ、今はそんなことに怒りをおぼえている場合ではなく、この作戦をはやく終わりにするべきだという思いが強かった。
※※※
周囲の機器が熱を帯び、発火を始めていた。リップルは、周囲がどうなろうと、鼻から出血があろうと、なにも気にせず戦闘を続けていた。
そこで、ジャンとの距離が大きくあいたとたんに、その彼は自身の足元に結界を発生させ、全身を緑色の稲妻で包んでいた。次第に、まとまった稲妻は彼の持つ杖に集まり、その杖がこちらに向いた。
たちまち、ジャンの杖の先端から光線のように見える太い稲妻が発射された。
リップルは、部屋全体を緑色に染める稲妻に対して、両手から念力を放射して受け止めた。稲妻が念力に包まれると、双方の熱量が交わって消滅していった。
リップルにとって、彼からの遠距離攻撃は、防ぐことのできる戦術だった。だからこそ、接近戦における肉体の破壊が勝敗をつける、とジャンはすぐに切り替えて、再び魔杖を構えて接近をしてきた。
そんなジャンの振り下ろす魔杖を受け流し、雷刀を横降りして、弾き返される。接近戦の攻防を長時間行うことで、互いの疲れが顔に出てくるようになっていた。念力を使った体重移動もまともにできなくなり、跳躍をせずに相手との距離を取りながら淡々と魔杖を弾き返すような戦い方しかできなくなっていた。
相手も、こちらと同様に、疲労による影響で跳躍を交えた魔杖術が出来なくなり、双方の剣術と棒術だけが目立つ戦いになっていた。それでも、素早さを欠いてしまえば、たちまち身体に傷を入れられる状況ではあった。雷刀と魔杖の接触による引き離される力は、身を任せるだけでなんとかなるが、隙を突くためには、相手よりも素早い動きをしなくてはならなかった。
ジャンへは手首にも裂傷を与え、杖を構える力を弱らせていた。相手は、こちらが疲労困憊である、と勘違いをしているようで、徐々に油断をし始めているところだった。
「お前はいったいなんなんだ」もう一度距離があいたとたん、ジャンが口を開いた。「俺に高い懸賞金でもあるのか?」
「発電石を取られて怒ってる小さな男だよ」リップルは答えた。
「……ああ。生き残りがいたのか」彼は、ようやくこちらの情報を掴み、納得していた。「どこかの団体の補償を受ける立場になってから、高価物の運搬をするべきだな。……この惑星にどんな仲間を連れてきているかわからないが、反銀河連邦団がここを見張っている。反銀河連邦団のバズを知っているか? いつでも、お前の仲間を殺せる。……また、お前は仲間を見殺しすることになるとはな。残念だよ」
その言葉に、顔をしかめた。彼の言葉が本当であれば、ブーチが危険な状態であるからだ。ブーチだけでなく、ジャンの仲間にこの活動が知られているのであれば、ミア達も危ないことになる。そして、あの卑怯なバズもここにいる。
リップルは、最終手段に出ることにした。ジャンは、疲労から魔術が鈍くなっている分、こちらが優位に立てるのは確かだった。こちらが大怪我を負うようなことをしてでも同士討ちを謀れば、相手に致命傷を与えられると予想できた。
周囲を見て、たくさんの巨大機器や燃料タンクを確認し、これらを利用できないかと考えた。
とっさの判断で踏ん張り、飛び掛かるようにして相手へ距離を詰めた。たちまち、至近距離での雷刀と魔杖の攻防が展開され、さらに互いの体力が消耗されていった。
ジャンも、やられているだけではなかった。魔杖を振りまわしながらも、小型結界を展開し、こちらの足を取ってきた。
リップルは、足下で完成された結界に動きを止められ、右足を動かせなくなってしまった。その焦りから集中力が切れ、とたんに持っていた雷刀を跳ね飛ばされてしまった。レーザーの起動が止まった雷刀は手元から離れ、どこかへと転がっていった。
全念力を両手に集中させると、ジャンが振り下ろしてきた魔杖を両手で受け止めた。こちらの両手も稲妻に巻かれると、全身に痛みが走った。まだ念力の展開が出来ているため、頭を働かせることはできた。
「魔術師を甘く見るな!」ジャンは、魔杖に力を入れるために結界術も解いて、全魔力を魔杖へ注ぎ、杖だけでなく、こちらの全身を稲妻で巻いた。
ふと、リップルは周囲を見渡して、ジャンの背後にある燃料タンクを発見した。それは、脆くなっており、今にも倒れそうなものだった。一か八かをかけるため、両手に集中させていた念力を半減させ、右手だけで魔杖を持った。すると、念力が魔力に負けた分、ジャンの魔杖はこちらの右肩まで押しつけるようになり、稲妻で巻かれている全身から複数の裂傷が起き、血が噴き出し始めた。
これまでにない全身の痛みに耐えながら、まだ生き残っている左手を燃料タンクのほうへ伸ばし、念力を使った。燃料タンクの接続部分をすべて破壊し、重心を極端に傾けた。おかげで、巨大な燃料タンクは、こちらに向かって倒れてくれた。
魔力を受け続けたリップルは気を失いそうになり、右手にも力が入らなくなっては、相手の魔杖を身体で受け止める形となってしまった。右目も見えなくなり、呼吸も止まり始めた。
そこへ轟音が鳴り響いた。倒壊を始めていた燃料タンクが、すぐここまできていた。ジャンもその異変に気づき、魔力を解いて振り向いていた。その隙を突いて、リップルは素早くジャンに足払いをして転倒させた。続けて、身を転がし、倒壊する燃料タンクの軌道から回避した。
けたたましい衝撃音と地震が起きると同時に、周囲の機器も倒壊させては、黒煙を発生させた。そして、このホールにあった魔気も消滅した。
魔力から解放されたリップルは、一度は気絶したものの、すぐに気を取り戻して、背中にのしかかっていた機材を持ち上げながら、ゆっくりと立ち上がった。周辺の火花の散る音だけが耳に入り、この場で戦闘をするようなことは、もう起きないことがわかった。
リップルは、額や右目から流れる血を外套の袖で拭った。右目は開かないものの、左目の目視と念力放射で、異常がないことを確認した。目の前にある燃料タンクは、ジャンを押し潰したのか、黒い液体と赤い液体が混ざっていた。
そんな燃料タンクに近寄ってみると、寸でのところで逃げきれなかったジャンの上半身があった。彼は胸部より下を潰されており、残り数秒の時間を生きていた。
「……スティーアン女王様」ジャンは、かつて所属していた魔界の忠誠を言葉にしていた。やがて、彼は息を引き取り、力ませていた上半身を地面に落とした。
「サリー、やったよ」リップルは、そんな言葉を小さく発した。
そして、ジャンの魔力が想像以上に強かったためか、監獄に向かって走ろうとしても、足の神経も損傷しているため、片足を引きずるようにして小走りすることとなった。
「……エギー。俺は今から、ランスが捕まってた監獄に向って、そこの壁を破壊する」
※※※
リップルの通信が入ったことで、安堵したのは言うまでもなかった。
エギーは、回避空路を維持しながら峡谷を低空飛行し、戦闘機から逃れている最中だった。それでも、通信機が起動し、リップルからの合図が来たことに、嬉しさが込み上げてきた。
ミアは、ランスの防御魔法の展開により、相手の戦闘機に光線を撃ち続けるなどをして、こちらへの攻撃の妨害に集中してくれていた。
リップルは、ミアが確認していた監獄の小窓に向かっているのだという。
「壁を破壊する?」ミアがリップルへ言った。「ハッチの合流じゃなくて良いの?」
「良い。急いで逃げないと」リップルは、息を切らしながら返してくれた。
「最後のチャンスだよ!」今度は、ブーチからの通信が入った。「ちょうど良い具合に、座標が合う。監獄からポイント三〇一の方角で重力場まで上昇してくれたら、回収できるよ」
「ブーチ、やったよ」リップルは弱くなった声で言った。「ジャンを倒した」
「わかってる。あとで聞くから、無事に帰ってきて!」ブーチは喜ぶ感情を抑えて、脱出計画を正確に進行できるようにしてくれていた。「今言った座標での合流に失敗したら、この船は耐えられないよ。寄り道はしないでね」
そこで、ランスが顔をゆがめたところで、ミアが察した。ランスの魔力が低下し、これ以上の防御魔法を展開できなくなってしまった。ランスには休憩が必要となり、ミアが防御光壁の妖術を展開し、光壁を再設置してくれた。
そこで、目の当たりにした監獄施設の一部で爆発が起きた。それは、ミアがランスを発見した地点で、そこにリップルがいると思われた。まだ遠くのほうではあるが、砂埃が舞う壁穴から小さな男の姿が見え、こちらに顔を見せてくれた。
「リップル殿!」エギーは、拡大機能のある視覚でリップルを確認し、監獄の壁穴と同じ高度まで上昇を始めた。そして、自身の目を何度か光らせて、彼に合図を送った。
しかし、同時に悪い情報が入った。それは、リップルが大怪我をしていることだった。目視だけでも、頭部からの出血、右目と左足の不調、というのがわかった。
「速度を……」エギーが減速を始めようとしたときだった。
「下げるな! 速度は上げろ!」リップルはそう言うと、監獄の壁穴から飛び降りてしまった。
「ああ、もう!」エギーは、彼の落下速度に合わせて、飛行速度を下げることになり、さらに急激な加速も余儀なくされた。「なんてことを!」
なんとかして、落下するリップルに合わせることができた。寸でのところで、リップルはこちらの胴体に両手をかけることができた。しかし、思いがけないことが起きた。彼の両手は力が入らないのか、または速度が速すぎたのか、彼の手は滑り、もう一度落ちようとしていた。
エギーには、なにもできなかった。ワイヤーは、ランスを固定するために使っているからだ。
「リップル!」その瞬間、ランスがリップルの手を掴んでくれた。「捕まえた!」
「ありがとうございます!」エギーは勝鬨を上げた。そして、ランスが持ち上げやすいように、もう一度だけ降下をし、皆の身体を浮かせて、リップルを保護できるようにした。「よくやりました! ランス殿!」
「悪い……」リップルは、血だらけの顔面から微笑みを見せてくれた。
「リップル、ごめんね!」ランスは、怪我をしたリップルを見て泣いていた。
「ブーチ殿、リップル殿を回収できましたよ! 予定ポイントまで上昇します!」エギーは、ブーチに合図を送り、高度上昇を再開した。リップルの曲芸な合流によって進路が多少ずれてしまったものの、許容範囲内だった。崖のわかれ道を曲がりながら、空へと突き進んだ。
「リップル! 帰ってきたら、皆で食事会をするよ!」ブーチも、自身の痛みに耐えながらも、そんな言葉を言ってくれた。「ちゃんと帰って来なさいよ!」
エギーと背中に乗る三人は、岸壁を越えて峡谷を抜けた。あとは、複数の戦闘機から逃れながら空を抜けて宇宙へと出て、その重力場でブーチの乗る船の脱出ハッチに突っ込むだけだった。
こちらを守るものは、ミアとランスの光壁で十分だった。そして、重力場に飛び出したところで、ブーチの船とも合流し、敵からの攻撃をうまく回避したうえでワープすれば、計画に問題なかった。
そこで、峡谷を抜けて地上へと上昇したとたん、エギーには、ある物が目に入った。
それは、あの白い花がある花畑だった。思いがけないところで、ゼシロンを大量に見つけてしまった。ウィルスを駆逐するうえで十分な量とも断言できる、ゼシロンの花畑である。
けれど、今の状況では、取りに行くことは不可能だった。取りに行ってしまえば、最後の好機である重力場での合流ができなくなってしまう。エギーは、自分自身を犠牲にすることで、自分以外の幸せが確保できると察し、上昇を継続した。
「ランス殿、私にしっかりと捕まってくださいね」エギーはランスに言うと、彼女の身体を固定していたワイヤーを解除した。
そして、そのワイヤーをリップルに装着し、彼の身体を固定した。これは、衰弱している彼を固定することもあるが、彼が思いがけない行動をしないためでもあった。
「エギー、花だ! 今、花はあるのか?」リップルは気づいてしまった。
「本当だ! ゼシロンがある!」ミアも気づいた。「まだ、花は取れてないよ!」
「エギー、降りろ!」リップルに、花がないことを悟られてしまった。「なにをしてる! 降りろ!」
「無理です! 降りません!」エギーは、断固として拒否した。「皆で逃げるのです!」
「エギーに必要な花でしょ!」ミアも攻めてきた。「まだ、間に合うよ!」
「エギーの花?」ランスが耳を傾けた。
「あの花が無いと、エギーが死んじゃうんだ!」とリップル。「袋一杯分を摘むだけ!」
「リップル殿!」エギーは、大きな声を上げた。「良いのです! 僕の為に、リップル殿がこれ以上に傷つく必要はないのです!」
「悪いな。俺は約束を守りたいんでね」リップルは姿勢を正すと、雷刀を手にしては、レーザーを突出させた。そして、そんな雷刀でワイヤーを切断してしまうと立ち上がり、微笑んで答えた。「それに、縛られるのは嫌いなんだ」
「ダメです!」エギーは、強く言った。「僕は、ここまでが楽しかったのです! 楽しいという感情を味わえただけで良いのですよ!」
「この後も、つらいことがあるかもしれないけど、楽しみが待ってるなら、生き続ける意味はあるだろ」リップルは、エギーに笑顔を向けると、花畑に向かって躊躇なく飛び降りてしまった。
※※※
ここまで来て、約束を破るのはいやだった。
リップルは、思いがけないところで発見した花畑に着地した。それは、天国のように、真っ白なゼシロンが無数に並んでいた。自身の着ている外套の頭巾を破ると、その頭巾のなかにゼシロンの花弁を摘み始めた。
周囲では、戦闘機が停止し、その戦闘機から魔術師が杖を持ったまま降り立ってきた。
「来るんじゃねえよ!」リップルは、接近してきた魔術師の一人を念力で吹き飛ばし、崖へと落とした。「もう、お前らには興味はない!」
しかし、背後から発射された稲妻によって、手首を捕獲されてしまった。牽引ワイヤーのように手首が稲妻に巻かれると、引っ張られて花弁を摘んだ頭巾を落としてしまった。
その稲妻を雷刀で打ち消し、改めて頭巾を拾った。
「ブーチ、予定変更! エギー達を回収して!」リップルは、幾度となく稲妻を発射されて、何度も避けた。「俺は、あとから合流する!」
「まったく、なにしてんのよ!」ブーチも焦っているようだった。「花が回収できていないの?」
そこで、リップルは背後に気配を感じ取り、雷刀を構えた。しかし、その背後にいたのはミアだった。
「へへー」ミアは満面な笑みで、こちらに近寄った。「来ちゃったー!」
「ミア、どうして?」
「今度は、私が守る番だね! はやく花を摘んじゃいなさい!」とミア。彼女はそう言うと、身体を光らせて妖術の光線を発射し、魔術師を一人ずつ撃退してくれた。
「悪いな」リップルは、花を摘む作業を再開した。
「ブーチ殿! 地上へ来られますか?」エギーが提案をしてきた。
「ブーチ! 俺以外の言うことは聞くな! 憲章にも抵触するから、ランスとエギーを回収して逃げろ!」
ブーチとやり取りをしたことで集中力が切れたのか、魔術師の稲妻がこちらの頭巾を貫いて、燃やしてしまった。
「クソ!」リップルは、外套を脱いで、薄手の着物だけの姿になった。その姿は、血がいくつか見られて、衰弱していることが他人に知られてしまうのだった。それでも良かった。他人の目は気にせず、外套を袋代わりにして、花弁を摘み始めた。
厄介なことは、戦闘機が集中してこの場に集まり、魔術師が幾度となく追加されていった。
おかげで、リップルは魔術師の放った稲妻によって身体を巻かれると、怪我を負っていない右足や左手をも稲妻で巻かれて、魔術師達によって、拘束されてしまった。
ミアは、複数の魔術師を相手にするので手一杯で、捕獲稲妻を解除するほどの力はなかった。
リップルは、魔術師の大群へと引きずられ、雷刀も手放してしまった。
「ランス殿を船に届けたら、僕も戻ります!」とエギー。
「リップル!」しかし、今度はランスがエギーから飛び降りてしまった。
ランスは、自身の魔術で落下速度を調整できるのか、花畑に着地する直前で全身を光らせた。そのあと、両足着地をしても、続けてこちらに向かって走ってくることが出来ていた。
「もう、皆さんどうしたのです!」エギーも、空への上昇を諦めると、急降下を始めた。
ランスは、手を光らせると、こちらの周囲にあった稲妻を消滅させた。
稲妻の拘束から解かれたリップルは立ち上がり、雷刀を回収した。
「ブーチ、逃げろ!」リップルは言った。
「ごめんなさいね。私も降りてるよ!」予想だにしなかったのが、あのブーチも憲章の抵触を恐れずに降下をしていることだった。「ほんと、信じられない子ね!」
紫色の雲から抜けてきたのは、ブーチの船だった。所々で煙を上げた損傷状態の船ではあったが、まだ飛行する能力はあった。
あとから続いて、反銀河連邦の戦闘艦三隻が現れ、雲を抜けたところで浮遊を開始していた。砲座の銃口をこちらに向けたまま、様子見をするかのように、それ以上の降下はしなかった。
やがて、魔術師との拗れを展開している花畑に、ブーチの船が着陸した。
「包囲されちゃったよ」ブーチが、船内からハッチを潜って、拳銃を持って現れた。
「僕がハッキングできるか、試します」エギーも着地すると、周囲の魔術師に熱量弾を発射しながら、真上にいる戦闘艦の情報網への侵入を謀った。「オーバーヒートをさせてみます」
たちまち、魔術師の追加は激しくなり、距離を詰められ始めていた。
無数の稲妻がこちらに向かって発射されるも、ブーチの船体や、ミアとランスの光壁によって、なんとか防ぎながら、リップルとブーチとエギーで魔術師を吹き飛ばしていった。しかし、多勢に無勢で、ジャンの部下がたくさんいることに焦りを募らせることとなった。
エギーの片腕にも、魔術師の稲妻が命中し、倒れ込んでしまった。
もはや、劣勢となってしまったこの状況で、魔術師との距離はさらに近くなってしまった。
すると、突如として、真上にいる反銀河連邦団の戦闘艦三隻が大爆発を起こした。赤い光に包まれてから爆発する異様な光景に、皆が上空を見上げた。また、赤い稲妻に巻かれた戦闘艦の瓦礫は、こちらに被害が出ないように、周囲の崖へと誘導されていた。
「やったー!」リップルは叫んだ。「エギーのハッキング、すげーな!」
「ぼ、僕ではないですよ!」片腕を失ったエギーは、立ち上がりながら答えていた。
「じゃあ、誰だ?」リップルは、もう一度頭上を見上げた。
「魔女?」ランスが口にした。「魔女が来る」
ゆっくりと墜落する戦闘艦のあいだを抜けるように、小型の戦闘機のような船が現れた。その降下する戦闘機の外で立ちつくすように、赤い稲妻を輝かせた魔杖を持つ一人の女性がいた。
彼女は自身の戦闘機を自動操縦にしているのか、ガラス張りの操縦席の外に立ち、さらに魔法を展開させると、墜落する戦闘艦三隻の破片の部品を、こちらを取り囲む魔術師達に落下させていた。
「スノーちゃんだ!」リップルは歓喜を上げた。「赤い魔女、スノーちゃんだ! 助けてくれたんだ!」
戦闘機にも見える移動船の上に立つ女性は、スノーだった。彼女は、自身の船をブーチの船の隣に着陸させ、船から飛び降りてゆっくりと着地すると、こちらに駆け寄って来てくれた。
「リップル、逃げる準備をしろ!」今のスノーに、あの冷徹な目はなかった。「ここは、私が援護をする。操縦士と共に、船に乗れ」
「俺、そういうことをしてくれるスノーちゃんのほうが、大好きだな!」リップルは笑みを浮かべた。
「……うるさい」スノーは顔を赤らめる意外な表情を見せてくれた。「この惑星は、魔界からも見放された。君達は、魔界から注視されることも、追跡されることもない。やるべきことをやったら、すぐに帰れ」
「もし良かったら、仲間にならない?」リップルは誘った。「一緒に遊ぼうよ!」
「……検討する」スノーはそう言うと、周囲の魔術師を蹴散らしに行った。
「良い姉ちゃんじゃん!」リップルは、安堵し、花摘みに集中した。「皆、もうすぐで花を摘み終わるから、ブーチの船に乗って」
スノーの魔力は絶大だった。一度の稲妻の発射で、数人の魔術師を吹き飛ばし、こちらよりも効率の良い戦闘能力を発揮してくれていた。
そこへ、なにかの脱出船が、こちらの傍に落下してきた。そして、その脱出船から現れたのは、バズだった。そのバズは、今度こそは遠隔操作の機体ではなく本人なのか、頭部から出血している姿だった。
「リップル!」バズは、赤色の雷刀を展開し、こちらに向かって来た「お前だけは殺す!」
リップルが花を摘み終えた外套を足元に置くと、それをランスが受け取った。リップル以外の皆は、脱出の準備を始めた。
「やってやろうじゃん」リップルは、最後の仕事だ、とバズに向かって詰め寄った。
バズの振り下ろす雷刀を受け止めると、今度はこちらが攻めに行った。互いが万全ではない体調のなかでも、素早い動きを展開して、攻防を繰り返した。
ただ、先程のジャンやレッグスとの戦闘を経験し、加えて、バズの癖を前の二機で経験をしているのもあって、バズの動きは簡単に読めることができた。
いとも簡単に、バズの足を切断すると、腹部にも裂傷を与え、しまいには、雷刀を握る腕も切断した。なにもできなくなったバズは、力なく地面に倒れた。
「お前だけは……」意地の悪いバズは、腰にあった爆弾を起動した。
とたんに、リップルの横を赤い稲妻が通過し、バズに命中した。バズは、吹き飛んで崖へと落ち、峡谷で爆発を起こして絶命した。
「スノーちゃん、ありがとう!」リップルは振り向いた。もちろん、爆発から守ってくれたのも、スノーだった。「俺は、いつでもスノーちゃんを仲間に入れられる準備をするよ」
「そんなことより、脱出をするぞ!」スノーは返答をせずに走ると、自身の移動船の上へと行き、そこで立って自動操作で浮上させていた。
スノーの船が浮上をしても、彼女はまだ周囲の魔術師を蹴散らしてくれた。
「リップル! 全員乗ったよ!」ミアがハッチで待っていた。
リップルも、自分以外の仲間がブーチの船に乗ったのを確認して、船に乗った。
「ブーチ、オッケー!」リップルは、船に乗り込んだところでハッチを閉めた。
「上昇するよ!」ブーチも仲間を確認して、上昇を開始した。
ブーチの船は雲を抜けて、大気圏へと突入した。四方からの襲撃は未だ続き、無数の熱量弾がかすめていた。光壁が、相手の熱量弾の軌道を曲げるまではできているが、どこまで防ぎ続けることができるかわからなかった。
「うーん、持つかな?」ブーチは歯を食いしばっていた。重力場からさらに離れれば、ワープが可能となるが、光壁出力を上げている分、都合の良い速度は出せていなかった。
「大丈夫。スノーちゃんがやってくれる」リップルは、助手席に座って宇宙を眺めた。
そこで、後方で赤い閃光が放たれると、一瞬で静寂が訪れた。
ブーチが計器を確認すると、後方にあった敵機の反応がなくなっており、スノーの移動船だけが反応していた。
「魔界って、怖いな」リップルはそう言って、ブーチを見た。「ブーチ、酷い顔だな」
「ふふ、リップルこそ」ブーチも微笑んで返してきた。「……リップル、お帰り」
スノーの船は、こちらの軌道とは逸れて、どこかへとワープをして、姿を消してしまった。
「さあ、俺達も惑星ダッセルに行こう」リップルはそう言うと、背もたれに寄り掛かり、目を閉じた。
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人物設定(イラスト有り) → https://www.pixiv.net/artworks/120358944
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