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チャプター05-03
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ブーチは、リップルと別行動を開始してしばらくしたあと、改めて惑星クラウが管理する衛星リングを通過して、正式な入星手続きを終えていた。行政機関からの指示に従い、指定の停船所に船を停めて、買い出しをしているところだった。加えて、停船所の整備サービスに船の修理を依頼して、付近の雑貨屋で船の部品や保存食の購入もしていた。
雑貨屋からエギーの容姿に似た補助ロボットを借りては、重い荷物を持たせて、船内格納庫に運ばせていた。こちらも、台車に食料と軽量の部品を積んで運搬し、エギーに似たロボットと一緒に船内格納庫に入った。
「これで、完了となります」補助をしていたロボットが発した。「この度は、雑貨サービスと整備サービスをご利用いただきまして、ありがとうございました」と規定どおりの口調。
「一つ、質問を良い?」ブーチは、ロボットに聞いた。「あなたは、人間に忠実?」
「各星団の憲章に抵触する人物は、扶助の対象外となります」この感情のない口調は、エギーとは大違いだった。「あくまで、契約対象者として認められた人物のみ、サービスの対象です」
「わかった。ありがとう。持ち場に戻って良し」そう言って、ロボットを帰らせた。
この世のなかには、様々な人間がいれば、様々な二足歩行ロボットもいる。
魔術師の血をつけた外套を着るリップルに対し、警戒対象と判断せずに忠実な態度を見せるエギーがいることに、ブーチは疑問を抱いていた。エギーには論理原動機があり、両腕には熱量弾発射装置がある。ここまでは、汚い惑星出身とあれば、そう改造されてもおかしくはなかった。ただ、病気の友達のためとはいえ、リップルの指示に従うことは、プログラムの枠を超えているような気がしていた。
ブーチはしばらくのあいだ、感情のないロボットの去っていく姿を眺めていた。
※※※
夜となった惑星クラウの海岸。
観光地らしい、様々な色を輝かせる照明器具が、通路や砂浜を照らし始めた。
そんな海岸沿いの繁華街観光地を、リップルは堂々と歩き、エギーを連れて、雑貨屋を目指していた。
肩に乗るミアは食材屋を探しているものの、加工食品ばかりに頬を膨らませていた。ミアは、時には愚痴を言いだすものの、仕方がない、と仲間に流されてしまうのは、どの場面でもあることだった。
ここは、観光客の割合としては、銀河連邦の富豪民が多いとされている。魔術師を直接見たい、という興味本位で訪れていることが多く、様々な服装が見られた。
そういったなかで、観光客の視線を奪うような目立った魔術師が、歩道を横切った。
「おっと。良い女を見つけた」リップルは、そんな偶然を目の当たりにしていた。
「彼女は、どちら様ですか?」エギーが首をかしげるように聞いてきた。
目の前にしたのは、黒と赤を基準とした高価な外套を風になびかせる長身の女性が、観光客のあいだを抜けていく様子だった。こちらの胸部に強力な赤色の稲妻を発射してきた、あの赤髪魔女が、この通路にある噴水のそばを歩いて、近くの酒場に向かっていった。思いがけない発見に興奮してしまいつつも、違和感もおぼえていた。それは、魔女という立場の魔術師が、部下も連れずに歩いているからだ。この掟を守らずに単独行動をする姿には、なぜか共感できた。普通、という言葉を信用しない傾向にある者に見られる姿である。
「ここに来た時から、なんとなく強い魔気を感じるなー、って思ってたんだよな」とリップルは言ってみた。「強い魔気に近づいてみれば、これだよ。強い魔気に、美女ありだね」
連邦軍の座学では、魔女は部下を連れて集団行動をする体制である、と説明を受けていた。魔女同士で会話をする時、または、規則の変更が起きない限り、あの魔女は一人で歩かないはずだった。魔界という輪から離れたい、という願望があるのか、上層部に対する反骨心があるのか。
「仲間になってくれそうな魔術師かもしれない」リップルは、エギーに答えた。
「これ以上の寄り道は、危険ではないでしょうか?」エギーは忠告してきた。「私達は、海岸沿いの森に不時着したあと、砂浜を長時間歩きました。私の体内は砂と塩まみれです。はやく部材を購入して、私自身も整備しないと、遅れが出てしまいます」
「わかってる」リップルは、外套の内側に手を突っ込み、連邦紙幣を取り出した。「ミアとエギーは、このあたりを散策して必要部材や食料を買って。ついでに、首に貼れる通信パットも購入。エギーとミアが、もし店員に怪しまれたら、ご主人様は近くのバーにいる、って答えて。……用事が済んだら、この噴水の前で待ってて」
「了解しました」エギーは、快く返事をしてくれた。
リップルは、ミアとエギーから離れると、例の魔女が入っていった洒落た酒場へと入店した。
宇宙開拓が行われている時代に、広い宇宙において、知人と偶然に会う確率は低くなる、と思われがちなのが一般的な解釈。けれど、実はその逆の出来事もある。結局は、自分自身の目的達成のために求められる技術者は限られており、似た目的を持つ者同士であれば、立ち寄る惑星が被ることが多い。惑星ゼリアでの一件でもそうであるが、連邦に隠れて高度な技術を入手するためには、惑星ゼリアの雑貨屋が有名で、反銀河連邦団と賞金稼ぎが鉢合わせすることが起きるのは当然の結果。ただ、運が悪かったのは、第一開拓局と鉢合わせすることは予想できなかった部分ではある。
リップルは、この偶然を活かして赤色魔女と会話をするべきだ、と心を高ぶらせていた。
例の魔女が入店した酒場の店内は、薄暗くされた良い雰囲気で、広い席を選ぶのであれば、好みの異性と踊ることができる音楽の流れた場所となり、一人酒を楽しむのであれば、カウンター席があった。
出入口で気前の良い女性店員が出迎えてくれると、店内の案内をしてくれた。そこで、自由席を希望することで店員から離れることができ、自分自身で店内を散策することができた。あの魔女が酒場で誰かと合流しているのなら、広い空間の席に行くべきだと予想ができる。けれど、魔気を感じ取れないことから、明るい雰囲気の場所には、あの魔女はいないことがわかった。となれば、静かな場所で魔気を閉ざし、一人酒をしていることが確信できた。
この店は広く、地下と二階にも飲む場所があり、カウンター席も点在していた。二階は海や都市が見通せるガラス張り。地下は、さらに落ち着いた雰囲気の店構え。
リップルは、連邦軍訓練時代の、他人から遠ざかるような自由時間の過ごし方をしていたことを思い出しながら、地下へと足を運んだ。薄暗い照明のなかで、カウンター席だけが綺麗に照らされ、仲の良い男女の会話をしている姿があれば、一人酒を楽しむ姿もあった。
そんな場所に溶け込むかのように、例の魔女の背中がそこにあり、目的の彼女を見つけることができた。念力を閉ざして、彼女から気配を悟られないようにして近寄り、至近距離になったところで、勢い良く隣の席に座った。
「よいしょ! ここの客は、胸に痛みを抱えた人が座る場所かな?」そう言って、両手を机に乗せ、魔女の顔を覗いた。
「私は、魔女だ。声をかけるでない……」と魔女は、鬱陶しい声かけ男性に対する対応の仕方だった。けれど、こちらを見て静かに驚き、誰なのか気づいてくれた。「お、お前!」
「やあ! 俺は、リップル。セルリアン・リップルっていうんだ」リップルは、堂々と自己紹介をした。「ちなみに俺は、魔女から稲妻を食らって、胸の痛みを抱えてた」
「……どうしてここに?」魔女は立ち上がると、それまでなかった杖を手元で出現させて、赤色の稲妻を杖に巻き、魔杖を構えて警戒態勢に入った。
「ちょ、ちょ、ちょ、待って!」リップルは焦り、席から立ち上がって両手を広げ、戦うつもりはない、と手のひらを振った。ほかの客から視線を浴びながらも、彼女を冷静にさせようと努力した。「……今、魔女と争うつもりはない。いい? その杖を収めて。お願い」
「掟がある」魔女は、鋭い視線を刺し続けてきた。
「知ってる」リップルも冷や汗を垂らした。「目的に対して妨げになる活動を行う者は、警戒対象となるか、攻撃対象となる。魔界憲章も、多少は頭に入ってる。でも、今は違う。この場所で邪魔をするつもりはない。なんなら、武器を預ける」
リップルは、両手を広げながらも念力を展開し、腰に備えていた雷刀のグリップを浮遊させ、魔女が使用していたと思われる酒の入ったグラスの隣へ移動させ、念力を解いた。
「一つ、聞きたいことがある。ただ、俺の欲望を叶えてくれるなら、二つ聞きたいことがある」リップルは、この問いかけに沈黙する魔女を見て、話を続けた。「あの女の子は無事?」
「……お前には答えない」魔女は数秒間だけ悩んだ末、その一言を放ってきた。
「……わかった」リップルも、無理に追及してはいけないと判断した反面、なにか面白いことでも言いたい、とも考えていた。「……それと、俺の友達になってくれないかな?」
そこでも、沈黙する魔女を目の当たりにすることとなってしまった。この質問は冗談ではあったが、少しは本気で、魔女らしくない部分を見かけて、そんな誘いをしてみた。もし良心があるのであれば、引き出そうと考えていたからだ。
「そうだよね。邪魔だったね」リップルは、念力で雷刀のグリップを引き寄せると手に持ち、腰に装着した。帰ろうと踵を返そうとして、わざとらしく立ち止まってから素直に言った。「そうだ。あの時の稲妻、弱く撃ってくれてありがとう。魔女にも優しい人がいるのは、初めて知った。それに、今まで会った魔術師のなかで、一番の美人だよ」
リップルは、それを言い残すと、魔女の視線を浴びながら、出口へと向かおうとした。
すると、階段から大勢の警備担当の魔術師が突入してくると、緑色の稲妻を巻いた魔杖を構えて、その杖先をこちらに向けて包囲してきた。
「動くな!」威勢の良かった魔術師達は、こちらだけでなく、魔女も前にしたことによって動揺していた。「……あっ、スノー様」
予想外の急な警備展開に、リップルは焦ってしまった。ここで逮捕されてしまえば、ランスの救出作戦に遅れが出てしまうからだ。なんとか言い訳をしようと考えるも、なにも浮かばなかった。
「許可なく、スノー様に接近をする行為は、魔界憲章に抵触する……」と警備隊の先頭。
「待て!」そこで、スノー様、と呼ばれていた魔女の声がかかった。「私の客人だ。……警戒態勢を解き、持ち場に戻れ。以上」
魔術師達は、スノーのその言葉に迷いもなく返事をすると、すぐにこの場から去っていった。魔女の権威は偉大で、警備担当を含めた一般魔術師は、魔女に疑いの目を向けないのだ。
「あ、ありがとう」静かになったこの場所で、リップルは振り向いて、スノーをしっかりと見て言った。「これで、借りが二つだ。惑星シストンで稲妻を弱めてくれた件と、今の警戒解除の件で。……スノー様、かな?」
「お前は何者だ?」スノーは、意外な動きを見せた。魔杖を解いて手のなかで納めると、身体をこちらに向けて、会話をする姿勢になってくれた。
「俺は、背の低い賞金稼ぎ」リップルは、彼女に対しても嘘を言うつもりはなかった。「そして、念力と雷刀を扱う、特殊人間。直近の仕事は、反銀河連邦団の奇襲から妖精を守った」
「あのランスという女児と、どんな関係だ?」スノーからの連続した質問は、会話をする好機だった。
「俺があの惑星に不時着して死にかけた時に、助けてくれたんだ。会ってまだ間もない」と答える。
「それで、なぜ、そんな会って間もない人間を救おうと、その雷刀を振りまわした?」スノーは、ランスに対する対応の仕方を気にしているようだった。まさに、こちらの目的を探っている。
「カッツィ団からの勧誘に、ランスがイヤな顔をしてたから」と答えてみた。「強要や押しつけは嫌いだし、カッツィ団の頭首ジャンは……」ここで言葉が詰まってしまった。
「……答えてみろ」スノーは、顔を険しくしつつも、攻撃性のない目をしていた。
「ジャンは、俺の命の恩人サリーを殺したうえ、大切な物を盗んだ人物でもあり、不当な資源回収活動を続けてる。……ランスの死ぬ姿も見たくない。ランスを救助したら、彼女の送迎は仲間に任せて、俺はジャンと会う予定をしてる」と暴露した。なぜなら、スノーは、いやな魔術師には見えなかったからだ。
これは、正直な話である。もし、サリーが生きていたら、この活動はしなかったのかもしれない。サリーがいないからこそ、約束を守るための活動をする、という命を張った今のことができるのだ。
そこで、しばらくのあいだ、睨み合いのような時間が続いた。
「……その、俺は、このまま活動は続けるよ」リップルは、ここで駆け引きをした。「今から、目標の惑星に行って、ランスを救助して、両親のもとへ返す。そして、俺はジャンと会ってお話をする。……とりあえず、今からゆっくりとこの店を出るから、俺の今の目的がスノーちゃんの考えに反していたら、背中に稲妻でも発射して殺して良いから」
そう言って、スノーに対して背中を向けると、ゆっくりと階段へと歩いた。その間も、静けさだけが時を刻み、耳に刺さるような稲妻の音はしなかった。
やがて、階段をのぼりきり、スノーの視界から外れたとたん、リップルは全速力で走って逃げた。警備隊によって散っていった客足が戻った店内の一階を突き進み、出口へと向かった。ほかの客の視線を浴びてもなにも思わず、噴水の場所へと戻った。
噴水の場所では、エギーとミアが待っていた。
「よう! ナンパ男!」ミアが、エギーの頭の上で立って、手を上げて挨拶をしてきた。「女に警備を呼ばれたか? 警備隊が走って店に入った時は、終わった、と思ったよー」
「誰かに警備を呼ばれたうえ、ナンパは失敗」リップルは、はにかんだ。「買い物は?」
「済ませました」エギーが答えた。「お陰様で、必要な部材や食料は整いました。ブーチ殿も、無事に入星手続きを終えたようで。ブーチ殿の船の発信地も特定できました。ドック三番五列目のようです。移動には時間が掛かるかもしれないので、すぐに向かいましょうか」
「了解。ここから飛行して都市部へ向かうと目立つから、徒歩か公共車両で行こう」
リップル達は、送迎施設まで向かうことにした。
そしてリップルは、稲妻を発射してこなかったスノーが、こちらの仲間になってくれないか、と小さな希望を抱いていた。
雑貨屋からエギーの容姿に似た補助ロボットを借りては、重い荷物を持たせて、船内格納庫に運ばせていた。こちらも、台車に食料と軽量の部品を積んで運搬し、エギーに似たロボットと一緒に船内格納庫に入った。
「これで、完了となります」補助をしていたロボットが発した。「この度は、雑貨サービスと整備サービスをご利用いただきまして、ありがとうございました」と規定どおりの口調。
「一つ、質問を良い?」ブーチは、ロボットに聞いた。「あなたは、人間に忠実?」
「各星団の憲章に抵触する人物は、扶助の対象外となります」この感情のない口調は、エギーとは大違いだった。「あくまで、契約対象者として認められた人物のみ、サービスの対象です」
「わかった。ありがとう。持ち場に戻って良し」そう言って、ロボットを帰らせた。
この世のなかには、様々な人間がいれば、様々な二足歩行ロボットもいる。
魔術師の血をつけた外套を着るリップルに対し、警戒対象と判断せずに忠実な態度を見せるエギーがいることに、ブーチは疑問を抱いていた。エギーには論理原動機があり、両腕には熱量弾発射装置がある。ここまでは、汚い惑星出身とあれば、そう改造されてもおかしくはなかった。ただ、病気の友達のためとはいえ、リップルの指示に従うことは、プログラムの枠を超えているような気がしていた。
ブーチはしばらくのあいだ、感情のないロボットの去っていく姿を眺めていた。
※※※
夜となった惑星クラウの海岸。
観光地らしい、様々な色を輝かせる照明器具が、通路や砂浜を照らし始めた。
そんな海岸沿いの繁華街観光地を、リップルは堂々と歩き、エギーを連れて、雑貨屋を目指していた。
肩に乗るミアは食材屋を探しているものの、加工食品ばかりに頬を膨らませていた。ミアは、時には愚痴を言いだすものの、仕方がない、と仲間に流されてしまうのは、どの場面でもあることだった。
ここは、観光客の割合としては、銀河連邦の富豪民が多いとされている。魔術師を直接見たい、という興味本位で訪れていることが多く、様々な服装が見られた。
そういったなかで、観光客の視線を奪うような目立った魔術師が、歩道を横切った。
「おっと。良い女を見つけた」リップルは、そんな偶然を目の当たりにしていた。
「彼女は、どちら様ですか?」エギーが首をかしげるように聞いてきた。
目の前にしたのは、黒と赤を基準とした高価な外套を風になびかせる長身の女性が、観光客のあいだを抜けていく様子だった。こちらの胸部に強力な赤色の稲妻を発射してきた、あの赤髪魔女が、この通路にある噴水のそばを歩いて、近くの酒場に向かっていった。思いがけない発見に興奮してしまいつつも、違和感もおぼえていた。それは、魔女という立場の魔術師が、部下も連れずに歩いているからだ。この掟を守らずに単独行動をする姿には、なぜか共感できた。普通、という言葉を信用しない傾向にある者に見られる姿である。
「ここに来た時から、なんとなく強い魔気を感じるなー、って思ってたんだよな」とリップルは言ってみた。「強い魔気に近づいてみれば、これだよ。強い魔気に、美女ありだね」
連邦軍の座学では、魔女は部下を連れて集団行動をする体制である、と説明を受けていた。魔女同士で会話をする時、または、規則の変更が起きない限り、あの魔女は一人で歩かないはずだった。魔界という輪から離れたい、という願望があるのか、上層部に対する反骨心があるのか。
「仲間になってくれそうな魔術師かもしれない」リップルは、エギーに答えた。
「これ以上の寄り道は、危険ではないでしょうか?」エギーは忠告してきた。「私達は、海岸沿いの森に不時着したあと、砂浜を長時間歩きました。私の体内は砂と塩まみれです。はやく部材を購入して、私自身も整備しないと、遅れが出てしまいます」
「わかってる」リップルは、外套の内側に手を突っ込み、連邦紙幣を取り出した。「ミアとエギーは、このあたりを散策して必要部材や食料を買って。ついでに、首に貼れる通信パットも購入。エギーとミアが、もし店員に怪しまれたら、ご主人様は近くのバーにいる、って答えて。……用事が済んだら、この噴水の前で待ってて」
「了解しました」エギーは、快く返事をしてくれた。
リップルは、ミアとエギーから離れると、例の魔女が入っていった洒落た酒場へと入店した。
宇宙開拓が行われている時代に、広い宇宙において、知人と偶然に会う確率は低くなる、と思われがちなのが一般的な解釈。けれど、実はその逆の出来事もある。結局は、自分自身の目的達成のために求められる技術者は限られており、似た目的を持つ者同士であれば、立ち寄る惑星が被ることが多い。惑星ゼリアでの一件でもそうであるが、連邦に隠れて高度な技術を入手するためには、惑星ゼリアの雑貨屋が有名で、反銀河連邦団と賞金稼ぎが鉢合わせすることが起きるのは当然の結果。ただ、運が悪かったのは、第一開拓局と鉢合わせすることは予想できなかった部分ではある。
リップルは、この偶然を活かして赤色魔女と会話をするべきだ、と心を高ぶらせていた。
例の魔女が入店した酒場の店内は、薄暗くされた良い雰囲気で、広い席を選ぶのであれば、好みの異性と踊ることができる音楽の流れた場所となり、一人酒を楽しむのであれば、カウンター席があった。
出入口で気前の良い女性店員が出迎えてくれると、店内の案内をしてくれた。そこで、自由席を希望することで店員から離れることができ、自分自身で店内を散策することができた。あの魔女が酒場で誰かと合流しているのなら、広い空間の席に行くべきだと予想ができる。けれど、魔気を感じ取れないことから、明るい雰囲気の場所には、あの魔女はいないことがわかった。となれば、静かな場所で魔気を閉ざし、一人酒をしていることが確信できた。
この店は広く、地下と二階にも飲む場所があり、カウンター席も点在していた。二階は海や都市が見通せるガラス張り。地下は、さらに落ち着いた雰囲気の店構え。
リップルは、連邦軍訓練時代の、他人から遠ざかるような自由時間の過ごし方をしていたことを思い出しながら、地下へと足を運んだ。薄暗い照明のなかで、カウンター席だけが綺麗に照らされ、仲の良い男女の会話をしている姿があれば、一人酒を楽しむ姿もあった。
そんな場所に溶け込むかのように、例の魔女の背中がそこにあり、目的の彼女を見つけることができた。念力を閉ざして、彼女から気配を悟られないようにして近寄り、至近距離になったところで、勢い良く隣の席に座った。
「よいしょ! ここの客は、胸に痛みを抱えた人が座る場所かな?」そう言って、両手を机に乗せ、魔女の顔を覗いた。
「私は、魔女だ。声をかけるでない……」と魔女は、鬱陶しい声かけ男性に対する対応の仕方だった。けれど、こちらを見て静かに驚き、誰なのか気づいてくれた。「お、お前!」
「やあ! 俺は、リップル。セルリアン・リップルっていうんだ」リップルは、堂々と自己紹介をした。「ちなみに俺は、魔女から稲妻を食らって、胸の痛みを抱えてた」
「……どうしてここに?」魔女は立ち上がると、それまでなかった杖を手元で出現させて、赤色の稲妻を杖に巻き、魔杖を構えて警戒態勢に入った。
「ちょ、ちょ、ちょ、待って!」リップルは焦り、席から立ち上がって両手を広げ、戦うつもりはない、と手のひらを振った。ほかの客から視線を浴びながらも、彼女を冷静にさせようと努力した。「……今、魔女と争うつもりはない。いい? その杖を収めて。お願い」
「掟がある」魔女は、鋭い視線を刺し続けてきた。
「知ってる」リップルも冷や汗を垂らした。「目的に対して妨げになる活動を行う者は、警戒対象となるか、攻撃対象となる。魔界憲章も、多少は頭に入ってる。でも、今は違う。この場所で邪魔をするつもりはない。なんなら、武器を預ける」
リップルは、両手を広げながらも念力を展開し、腰に備えていた雷刀のグリップを浮遊させ、魔女が使用していたと思われる酒の入ったグラスの隣へ移動させ、念力を解いた。
「一つ、聞きたいことがある。ただ、俺の欲望を叶えてくれるなら、二つ聞きたいことがある」リップルは、この問いかけに沈黙する魔女を見て、話を続けた。「あの女の子は無事?」
「……お前には答えない」魔女は数秒間だけ悩んだ末、その一言を放ってきた。
「……わかった」リップルも、無理に追及してはいけないと判断した反面、なにか面白いことでも言いたい、とも考えていた。「……それと、俺の友達になってくれないかな?」
そこでも、沈黙する魔女を目の当たりにすることとなってしまった。この質問は冗談ではあったが、少しは本気で、魔女らしくない部分を見かけて、そんな誘いをしてみた。もし良心があるのであれば、引き出そうと考えていたからだ。
「そうだよね。邪魔だったね」リップルは、念力で雷刀のグリップを引き寄せると手に持ち、腰に装着した。帰ろうと踵を返そうとして、わざとらしく立ち止まってから素直に言った。「そうだ。あの時の稲妻、弱く撃ってくれてありがとう。魔女にも優しい人がいるのは、初めて知った。それに、今まで会った魔術師のなかで、一番の美人だよ」
リップルは、それを言い残すと、魔女の視線を浴びながら、出口へと向かおうとした。
すると、階段から大勢の警備担当の魔術師が突入してくると、緑色の稲妻を巻いた魔杖を構えて、その杖先をこちらに向けて包囲してきた。
「動くな!」威勢の良かった魔術師達は、こちらだけでなく、魔女も前にしたことによって動揺していた。「……あっ、スノー様」
予想外の急な警備展開に、リップルは焦ってしまった。ここで逮捕されてしまえば、ランスの救出作戦に遅れが出てしまうからだ。なんとか言い訳をしようと考えるも、なにも浮かばなかった。
「許可なく、スノー様に接近をする行為は、魔界憲章に抵触する……」と警備隊の先頭。
「待て!」そこで、スノー様、と呼ばれていた魔女の声がかかった。「私の客人だ。……警戒態勢を解き、持ち場に戻れ。以上」
魔術師達は、スノーのその言葉に迷いもなく返事をすると、すぐにこの場から去っていった。魔女の権威は偉大で、警備担当を含めた一般魔術師は、魔女に疑いの目を向けないのだ。
「あ、ありがとう」静かになったこの場所で、リップルは振り向いて、スノーをしっかりと見て言った。「これで、借りが二つだ。惑星シストンで稲妻を弱めてくれた件と、今の警戒解除の件で。……スノー様、かな?」
「お前は何者だ?」スノーは、意外な動きを見せた。魔杖を解いて手のなかで納めると、身体をこちらに向けて、会話をする姿勢になってくれた。
「俺は、背の低い賞金稼ぎ」リップルは、彼女に対しても嘘を言うつもりはなかった。「そして、念力と雷刀を扱う、特殊人間。直近の仕事は、反銀河連邦団の奇襲から妖精を守った」
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「俺があの惑星に不時着して死にかけた時に、助けてくれたんだ。会ってまだ間もない」と答える。
「それで、なぜ、そんな会って間もない人間を救おうと、その雷刀を振りまわした?」スノーは、ランスに対する対応の仕方を気にしているようだった。まさに、こちらの目的を探っている。
「カッツィ団からの勧誘に、ランスがイヤな顔をしてたから」と答えてみた。「強要や押しつけは嫌いだし、カッツィ団の頭首ジャンは……」ここで言葉が詰まってしまった。
「……答えてみろ」スノーは、顔を険しくしつつも、攻撃性のない目をしていた。
「ジャンは、俺の命の恩人サリーを殺したうえ、大切な物を盗んだ人物でもあり、不当な資源回収活動を続けてる。……ランスの死ぬ姿も見たくない。ランスを救助したら、彼女の送迎は仲間に任せて、俺はジャンと会う予定をしてる」と暴露した。なぜなら、スノーは、いやな魔術師には見えなかったからだ。
これは、正直な話である。もし、サリーが生きていたら、この活動はしなかったのかもしれない。サリーがいないからこそ、約束を守るための活動をする、という命を張った今のことができるのだ。
そこで、しばらくのあいだ、睨み合いのような時間が続いた。
「……その、俺は、このまま活動は続けるよ」リップルは、ここで駆け引きをした。「今から、目標の惑星に行って、ランスを救助して、両親のもとへ返す。そして、俺はジャンと会ってお話をする。……とりあえず、今からゆっくりとこの店を出るから、俺の今の目的がスノーちゃんの考えに反していたら、背中に稲妻でも発射して殺して良いから」
そう言って、スノーに対して背中を向けると、ゆっくりと階段へと歩いた。その間も、静けさだけが時を刻み、耳に刺さるような稲妻の音はしなかった。
やがて、階段をのぼりきり、スノーの視界から外れたとたん、リップルは全速力で走って逃げた。警備隊によって散っていった客足が戻った店内の一階を突き進み、出口へと向かった。ほかの客の視線を浴びてもなにも思わず、噴水の場所へと戻った。
噴水の場所では、エギーとミアが待っていた。
「よう! ナンパ男!」ミアが、エギーの頭の上で立って、手を上げて挨拶をしてきた。「女に警備を呼ばれたか? 警備隊が走って店に入った時は、終わった、と思ったよー」
「誰かに警備を呼ばれたうえ、ナンパは失敗」リップルは、はにかんだ。「買い物は?」
「済ませました」エギーが答えた。「お陰様で、必要な部材や食料は整いました。ブーチ殿も、無事に入星手続きを終えたようで。ブーチ殿の船の発信地も特定できました。ドック三番五列目のようです。移動には時間が掛かるかもしれないので、すぐに向かいましょうか」
「了解。ここから飛行して都市部へ向かうと目立つから、徒歩か公共車両で行こう」
リップル達は、送迎施設まで向かうことにした。
そしてリップルは、稲妻を発射してこなかったスノーが、こちらの仲間になってくれないか、と小さな希望を抱いていた。
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