セルリアン

吉谷新次

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チャプター04-02

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 リップルは、惑星シストンや惑星ゼリアでの戦闘により、胸部に違和感をおぼえていた。

 特に、赤髪魔女の稲妻を胸部に食らってからというもの、内出血していると予想していた。治療をしたい、と考えるも、ランスのことを思い浮かべると、それどころではない、という抑制が働いた。

 ここブーチの船では、船長ブーチのほか、リップルとロボットと妖精という、異色の乗組員で揃っていた。賑やかになるかと思われていたが、惑星ゼリアでの戦闘により、この船は大きく損傷し、皆が疲労困憊となり、ブーチの機嫌は悪そうだった。彼女は、修理費の問題ではなく、違法行為と死にかけたことに不満を持っている。確かに、迷惑をかけたのは、こちらだった。

 そのブーチは、食堂で地味な保存食を口にしていた。

「惑星ジャスリンの光壁機器を買う予定じゃなかったっけ?」リップルは、世間話の様に声をかけた。

「最近に契約してた賞金稼ぎが、楽観主義団の特殊隊に殺されて、前金しか入らず」と返してきた。「今は、低レベルの光壁を搭載した輸送船でごめんなさいね」

「あらら」世間話をして気を紛らわそうと思ったものの、これも機嫌取りの手段としては、的外れだった。「……俺が金持ちになれば良いんだ」

 今は、船内のフリースペースで四人が集まり、それぞれが用事を済ませているところだった。

 妖精のミアは、こちらの残り物の食材で食事をしており、ロボットのエギーは、充電をして大人しくしている。船長のブーチは、食事を終え、食堂の整理整頓を始めた。

「そうだ。内部の破損状況を見てくるよ」リップルは休憩を取らず、船の修理をすることにした。

 彼女らを横目に、リップルは食堂の床にある扉を開けて、地下にある原動機室へと梯子を伝って降りた。小型照明を使って原動機室と発電機室を照らし、長い時間をかけて、異常がないことを確認した。

 しばらくして、食堂へと上ってくると、思ったより時間が経過していたのか、ミアは寝ており、エギーは仮停止状態だった。皆が休憩中のなか、操縦席ではブーチが飲料水を飲んで、宇宙空間を眺めていた。サリーの死は、ブーチにとって大きな痛みであり、今のこの時間は、あまり声をかけないように心掛けることが必要のようである。

 食堂の床の扉を閉じて、続けて船尾方面の寝室へと向かった。

 操縦室から後方に、フリースペース、食堂とある。そこから、階段が二つに伸び、階段を降りれば格納庫。階段を登れば寝室などの小型居住区がある。その寝室には、いくつかのベッド以外に、ハッチがいくつもあり、非常口、格納庫、機械室へと繋がっている。そのなかで、天井ハッチを開けて梯子をのぼり、機械室へと入った。

 焦げた香りが鼻を突き、異常があることはわかった。とはいっても、この船が宇宙空間に出て以降に異音がないことから、緊急性の異常がないことは把握していた。煙の上がっている箇所を発見し、鉄板を取り外せば、最も熱量の負荷がかかった箇所で、電線や基盤に損傷が見られた。

「このエリアスライダーも、古いからな」リップルは、この船の名前をつぶやいた。

 船内の異常内容は、ハッチの開閉が正確ではないような簡単な症状と、防御光壁の出力不良だった。それらをなおすことなど、リップルにとって簡単だった。準発電石が予想以上に力を発揮しているものの、その電力を受け取る側が古い光壁出力機器というのもあり、送電が上手く機能しなかったようだ。

 やがて、あと少しで修理が終わる、といったところまでの修理時間を過ごしていると、下の寝室側から足音が聞こえた。

「リップル?」ブーチだった。続けて、こちらの返事を聞いた彼女は声をかけてきた。「こっちに来られる?」

「もう少しで修理が終わる。ちょっと待ってて」と言うも。

「来られそうなら、今すぐ来てほしいの」と優先順位の高そうな言い方だった。

 リップルは、手を止めてしまうほどの疑問に駆られた。なにか重要な話でもあるのか、と軽度な緊張を全身に走らせながら修理を中断した。すぐに梯子を下りて、寝室でこちらを見上げているブーチの前に着地した。

「やっぱり、この船だと、準発電石の扱いに制御装置が必要かも」リップルは、途中経過を言った。「今あるものでも、修理すれば使えるけど、交換費用に余裕があるなら、光壁出力と論理原動機を強化できるかも」

「……服を脱いで」とブーチ。

「……やめろよ」リップルは笑った。「その催促は、デートをしてからにしろよ」と冗談を放つも。

「脱ぎなさいよ」ブーチは、皮膚の治療に使う万能軟膏を三つ持っていた。「怪我をしているでしょ?」

「……よくわかったじゃん」リップルは、彼女の真剣な話に苦笑してしまった。「そこに置いといてよ。修理が終わったら、自分で塗るから?」

「リップルが元歩兵であっても、連邦軍が使ってる万能軟膏の使い方は、知らないでしょ?」ブーチは、やけに真剣なまなざしだった。「……それに、話があるの」

「……わかった」リップルは、外套から脱いでいき、上半身だけ裸になった。

 惑星シストンでの監獄生活から裸になっていなかったことから、いざ上半身を裸にしてみると、自分の胸に大きな痣があることと、その痣を中心に血管が目立ってしまっている症状が見えていた。赤髪魔女の魔術は、特殊人間の代謝も関係なく、自己再生能力を遅らせてしまうようだった。

「この軟膏はね」ブーチは、低身長であるこちらに合わせてしゃがむと、三つの軟膏を手のひらで混ぜながら説明を始めた。「私が軍人だった頃に、お世話になった薬局の店長が、今でも売ってくれる軟膏なの。軍人が怪我をした時、操縦士は操縦の仕事だけじゃなくて、基礎治療の知識も入れて、それも戦場で役立つようにしてた」

 彼女は、いくつかの軟膏を混ぜ終わると、それをこちらの胸に当てて伸ばしてきた。

「リップルみたいなパープ星系の人種は、低身長のまま成長するから、使う軟膏の量が少なくて良いね」と冗談と事実を交えながら、作業は続いた。「いつまでも見た目が若くて長寿だから、羨ましい。私も、パープ星系かつ特殊人間に生まれたかったなー」

「特殊人間は、誘拐の的であり、懸賞金の的だ。自己防衛ができない中途半端な特殊人間は、すぐに殺されて、通常人間より人生が短いんだよ」と返す。「特殊人間として生まれたのなら、訓練をしなくちゃいけないんだ。どの人種や業種にも、社会競争はつきものだよ」

「ってことは、リップルは、強いんだね」ブーチは微笑んだ。

「どうだろうな」リップルも笑った。「ただ、長生きできれば、色々な女の子とデートができる」

 リップルにとって、異性に身体を触られることに照れてしまうことはあったが、彼女の真剣な目を見ていると、感謝の気持ちでいっぱいになった。

「魔術師の魔術をくらったら、循環器や呼吸器から壊死して、私のような通常人間なら、そのまま死んじゃうんでしょ? 特殊人間のリップルでも、いくら自己再生能力が高いからといっても、痛みは長時間続く。それぐらい、元軍人の私からしたら知ってる」とブーチ。「こうやって万能軟膏を塗らないと、元気になれないよ」

「魔女の稲妻、やばい威力だ。……でも、不思議なことがある」リップルは、あの時に感じた感覚を思い出した。「赤髪の魔女だったけど、本気で稲妻を発射してこなかった。俺を殺す気ではなかったみたい。なんでかな?」

「さあ。子どもに見えたからじゃない?」ブーチはまた微笑んだ。「本気だと、どのくらいの威力?」

「銀河連邦基準の第四級魔術師だから、俺がくらったら、気を失う。一般人なら即死。銀河連邦の中型戦闘艦なら一隻の破壊。反銀河連邦の中型戦闘艦なら、三隻まで同時破壊できるだろうね。それぐらいの魔力はある」

「わお……」ブーチは、本題に入っていないからか、こちらの回答に対して反応は薄かった。

「やっぱり、俺で塗るから……」リップルは、この場の雰囲気を嫌うように、服を取ろうとした。

「待ちなさい」ブーチは、こちらの腕を取って、動きを止めてきた。ここからが本題のようだった。「ミアちゃんから聞いた。連邦軍の軍人を殺した話」

「……ったく」リップルは、肩をすくめた。「サリーには聞かなかったんだな」

「ふーん、あの子も知ってたんだ」とブーチ。「もし良かったら、私にも話してちょうだい。私は、リップルのことをほとんど知らない。……軍に追われたあげく、海で沈むことになったあなたを、私とサリーで回収したことしか、連邦との関連性を把握してない。サリーがいたから、リップルを信用してた。そのサリーがいない今、もっとリップルを信用できる情報が欲しい」

 リップルは、暴露をするように、ゆっくりと口を開いた。

 特殊人間として生まれたこちらを恐れた両親は、軍事施設の孤児院にこちらを預けて姿を消した。このことから、この賞金稼ぎになる人生が始まった。物心がついた頃には、すでに軍事訓練生として生活をしており、雷刀を扱った剣術の取得だけでなく、念力や精神力を鍛え上げられ、基礎知識も習得し、軍人とほぼ変わらない戦闘能力を身に着けることができた。

 そして、初めての任務に参加したのが、救援物資の投下作戦、だった。戦闘艦に乗りながら、戦場へ資源箱を落とす作業をするだけの内容ではあったが、複数ある箱のうち、一つの箱に違和感をおぼえたことで、軍人による汚職が発覚した瞬間だった。

 ある箱のなかには、一人の少女が入っていたのだ。その少女からは念力を感じ取ることもでき、特殊人間を投下して、反銀河連邦団に売りつけようとしていたのが、その戦闘艦に配置されていた小隊の隊長の意図だった。隊長は、賄賂を貰っていたのか、わざと座標を変えて、少女を売り飛ばすつもりだったようだ。

「俺は、少女を箱から出して、隊長に異常を知らせたけど、その異常を起こしていたのが隊長自身だったんだ」リップルからは、笑顔が消えていた。「少女を箱に戻すことを指示された俺が拒否をすると、隊長は警報を鳴らすために退室。隊長とグルだった軍人三人が、俺に雷刀を向けた」

 その時のリップルは、少女を守ることを決意し、汚職に関わっている軍人三人と戦うことになった。

「少女の名前はハスレイ。まだ、念力展開もうまくできない少女だった。軍人三人を切った時、俺はハスレイに言った。俺が君を守ることを約束するよ、ってね」リップルにとって、これが初めて人を殺した瞬間だった。「俺は、脱出する前に寄り道をして、軍本部に汚職実態をメッセージとして送信。そのあとは、脱出ポットで逃げるだけだった。……あともう少しで脱出、というところで隊長を含めた一三人の軍人に包囲された。とりあえず、軍本部へは、関係のない少女が乗り込んでいたことは証明できて、彼女が箱のなかに押し込まれていたことも説明した。だけど、隊長は、リップルを殺せ、という命令を出した。だから、俺は、包囲してきた全員を殺した」ある程度答えると、リップルは服を着た。「汚職がばれないように、死者数は、連邦が変えて七人にしたけど、実際は一六人殺してる」

「ちょっと待って。その隊長と部下を同時に相手にできたの?」ブーチは立ち上がり、軟膏を置いた。

「うん。俺からしたら、そこにいた全員が剣術の未熟者だったよ」と答える。「悪い噂ばかりの、ザッパ隊長を知ってるだろ? あいつの戦死情報も、変更されたもの」

「それで、ハスレイはどうしたの?」

「ハスレイは、隊長に切られそうになった俺を守るために、身体を張って切られた。当時の俺も、雷刀の扱いが未熟で、軍人を相手にできても、隊長の剣術だと、苦戦を要した」リップルは、ハスレイを思い出して涙した。その涙を手で拭って、続けた。「逆に、俺がハスレイに守られた。それが原因でハスレイは死亡。俺は、隊長も切って殺し、その戦闘艦から飛び降りて逃亡。……ハスレイとの約束は守れなかった」

「なんとなく、聞いたことのある噂だったけど。このことだったのね」ブーチも気を落としていた。「確かに、ザッパ隊長はクソ野郎だったね」

「この汚職に絡んだ噂話が広まったおかげで、連邦は汚職を隠蔽するために、俺を指名手配にせず、行方不明者にした」リップルは、そのあとの出来事も伝えた。「軍人の暗殺者は行方不明、という処理がされたあと、憲章上では俺は死亡扱い。人権の失効となった。そのあとも、一般人には知られないように、連邦軍の一部は秘密裏に俺を追ってきた。その連邦軍は次第に、賞金稼ぎも雇うようになって、軍人と賞金稼ぎから同時に見つかった時に逃亡に失敗。安物の短距離船と一緒に海底に沈んで、数ヶ月の仮死状態。俺の存在と才能を認識していたサリーが、海底に沈んでた俺を見つけて救ってくれたということ。当時のサリーは、軍の操縦士を退役した直後の、送迎屋か賞金稼ぎをやってた頃だった。そして、今の俺がある」

「……そう」ブーチは、心の整理をしているのか、こちらのことを理解しようとしてくれているようだった。

「海底に沈まされた時、海中に広がる青緑色の光を見て、その時に思った」リップルは、雷刀のグリップを手に握った。「地上に戻れたら、約束を守れる人になる。それで、悪い奴には、青緑色の屈辱をくらわす、ってね」

「ごめんね。疑ったりして」ブーチは、優しく言った。「それと、色々と言ってくれて、ありがとう」

「……いいや。俺が悪かったよ。黙っててごめん」リップルは、ブーチを見た。「それで、惑星シストンの村人と約束したんだ。ランスを連れてくるよ、と」

「……強いんだね」ブーチは微笑むと、また目の前でしゃがんだ。

 その、強い、という言葉は、剣術だけを差しているわけではなかった。それは、リップルでも感じ取ることができ、嬉しく思った。

「今なら、本気を出せばどんな強敵でも二人までは同時に相手にできるかな」そう答えた。「……軍の訓練生時代よりかは強くなっただろうし」

「強いんだね!」ブーチは、強く抱きしめてきた。「このちっちゃい子め!」

「やめろよ! くっつくなよ!」リップルは赤面した。
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人物設定(イラスト有り) → https://www.pixiv.net/artworks/120358944
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