セルリアン

吉谷新次

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チャプター01-03

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 リップルを保護してから五日が経過した朝。

 改めて勾留場の接近禁止令が出てからというもの、リップルの情報は得られなくなってしまった。ただ、名前を聞いたことと、食事を取らせたことの貢献は大きかったらしく、ランス自身にこの村での罰則はなかった。

 ランスは、リップルのことが気になりつつも、普段どおりの生活を送っていた。朝に起床し、勉学に勤め、昼食を取ったあとには、資源回収の手伝いをし、魔術の訓練も行う。

 それらの一日が、また始まろうとしている朝だった。

 自宅で母と朝食を終えたところで、玄関の木製扉が軽く叩かれた。母が立ち上がり、食卓から離れて玄関対応を始めた。ランスも気になり、母のあとについていった。母が扉を開けてみると、そこには長老と、監禁所の門番を務める警備隊員一人が立っていた。

「すまないが、君の娘に頼みがある」長老は言った。「リップルという少年が、また食事を取らなくなった。ランスさんの協力が必要かもしれない」

 ランスは、長老のその言葉に、監禁所へ行くことにした。


※※※


 ランスは、あの時と同じように、今度は朝食を持って監禁所へとやってきた。リップルは端に座って、大人しくじっとしていた。

「リップル。朝食だよ……」と言ってみると。

「うん」彼は、すぐに返事をしてくれた。「……そこに置いて良いよ。長老みたいな爺に、制限でもされてるだろ」と気に掛けることまでしていた。そして、こちらの傍まで来てくれた。

 ランスは、朝食のトレーをリップルの手が届くところに置いた。すると彼は、格子から手を伸ばして匙を握り、素直に食事を始めていた。長老の言っていたことが嘘のように、黙々と食事を進めていた。門番を外させている分、彼はこちらの言葉に耳を傾けてくれていた。

「待って」ランスは、格子から腕を伸ばして食事をする彼の姿に申し訳なく思い、朝食のトレーを再び持ち、立ち上がった。続けて、格子扉を開けて、なかへと入った。「ちゃんと食べないとね」

「……ありがとう」リップルの体調は、徐々に回復しているようだった。声の調子も良くなっていた。「……それで、俺をどうするつもりかな?」彼は、自身が魔界族によって囚われている、と理解していた。

 ランスは、惑星スティーアンに関連した戦闘艦から粗大ゴミとして捨てられたことを教え、これまでの、この村の住民が行った対応についても伝えた。

 すると、リップルは、首をかしげて顔をしかめていた。本人にとって、なにか納得のいかないことがあったのだろうと察することができた。それもそうである。これからのリップルへの対応は未定とされているうえ、数日前にゴミとして捨てられている立場にも関わらず、食事も与えられているのだから。殺されてもおかしくはない、という状況下において、生かされているのも疑問となる。ここの村人は、部外者の対応に悩んでいる。

「……それにしても」そこで、リップルは意外な言葉を口にした。「君は、強力な魔術師なの?」

「え?」ランスは、この質問に戸惑ってしまった。「私から、なにかを感じるの?」

「俺は、念力を持つ特殊人間でね」リップルは軽い自己紹介を交えて、この場で感じ取っていることを話した。「人界の特殊人間と、魔界の魔術師は似た者同士。双方、見えない波動を察知できる。俺からすれば、ランスからは強い魔気を感じる」

 彼からの魔力評価は、この村の住民からも言われていることだった。短時間の接触で、ほとんどを悟られてしまったような気分だった。そう考えると、自身は特別な魔術師なのかもしれない、と思ってしまいそうだった。

「それと」リップルは、こちらに目を合わせた。「退屈そうな顔だね。楽しいことをしてる?」

「退屈?」ランスは、この質問にも戸惑ってしまった。まるで、こちらが見透かされているようだった。「……争いごとが起きなければ、それで幸せなのかも」

「そうかな?」と言って食事を続けた。「毎日、同じ生活をして、幸せかな?」

「そんなことないよ。……私は、見習いだから、行動制限があるだけ。まだ外交権がないから、本当はこうやってほかの種族との会話は禁じられてる」ランスは、彼に質問をしてみた。「……リップルは、どこから来たの?」

「ゴミ山からここに来た」と言って微笑んだ。「住んでる場所は、監禁所かな」

「ふふ」ランスも、彼の自虐に思わず小さく笑ってしまった。

「……実は、滞在してる惑星はない」彼は食事をしながらも、優しく答えてくれた。「縛られるのが嫌いでね。銀河連邦の憲章を考えながら生活することに飽きて、反銀河連邦団にも所属せずに、宇宙を漂いながら生活をしてる自由と自己責任がある賞金稼ぎ」

「ゴミ山にいた時に、サリー、って名前を言ってたけど、その人は誰?」ランスにとって、惑星外の人間との会話が楽しかった。

「サリーね」そこで、リップルの表情が落ち着いた。「サリーは、俺と同じ賞金稼ぎで、相棒だった。それでいて、過去に色々とあって、命の恩人でもある人なんだ」

「……そ、そういえば」ランスは、彼を落ち込ませてしまったと思い、話題を変えた。「金属の棒を引き寄せたのも、特殊人間が持つ念力?」

「そういうこと。人界族で稀に生まれてくる特殊な赤ちゃんが成長して得る力。それを特殊人間と呼ばれていて、俺もその一人。小物を引き寄せることや、脆い壁を破壊する。場合によっては、魔術も受け止められる」リップルは、意外とお喋りのようだ。心を開けば、とても良さそうな人柄だった。「基本的には、銀河連邦の軍人としてすぐに採用される」

「リップルは、色々な惑星を見てきたの?」ランスは、興味深そうに質問を繰り返した。

「もちろん。最近だと、妖精族と交流を持ち始めていて、彼女らの問題を補助する契約をしてて、妖精の住む惑星に行く予定だったんだ。大金を手に入れるためにね」

「私も行きたい」ランスは目を輝かせた。「妖精族って、とても小さいんでしょ?」

「妖界は、四次惑星まであるから、妖精達の大きさは一概に結論づけられない。僕が行こうとしてた惑星に住む妖精は、自分の大きさを自分で変えられる第一級妖精だ」そこで、微笑みかけていたリップルは、次第に落胆していった。「……でも、その前の仕事の帰り道に、惑星スティーアンから独立したカッツィ団という団体に襲撃されて、仲間を殺されて、船も壊された」

 リップルという男は、ここの村人にとって第一印象こそ悪いほうではあったものの、そんな先入観を捨てるべきだと決め、彼から出る言葉には、素直に聞くようにした。また、長老と母からの情報では、少年に見える成人男性ということだったが、見た目だけでなく、その好奇心も、元気な男子という印象であり、ますます、興味が湧いていた。

「スティーアン人は、嫌い?」リップルは、聞いてきた。

「それは……」ランスは、暗黙の了解でもあり、目上の惑星を否定することはできなかった。

「わかってる」リップルは、意外と知識も豊富だった。「それが魔界二次惑星の掟だもんね。一次惑星に歯向かえるのは、銀河連邦政府の政治家だけだ。……ごめんね、悪い質問をして」そう言うと、食事を終えてトレーをこちらに差し出した。「今日も、ごちそうさま」

「そうだ。あなたが悪い人じゃない、って村の人達が理解したら、開放してくれると思うの。もし、頼みごとがあれば言って……」と聞いてみると。

「俺は、この惑星の秩序紊乱で、しばらく監禁されるでしょ?」

「そんなことない」ランスは、思わず力んでしまった。「リップルは、とても良い人」

「……ありがとう。もし可能なら、雷刀を今すぐ返してほしい。それが頼みごと。できるかな?」

「あれって、危険な武器?」とランスは聞いてみた。

「危険でもあるけど、武器の性能だけじゃないんだ。送迎屋のブーチという女に救難信号を送る情報棒があるんだ。それを起動させなくちゃいけない。絶対に、ここの村人を怪我させるような使い方はしない。約束する」とリップル。そして、にやけながらつけ加えた。「ここの門番の態度が悪いから、門番は怪我させちゃうかもしれないけどね」

「……」ランスは迷っていた。自分自身がリップルを信じたとしても、村人が信じるかはわからないからだ。武器庫に保管されている物を、勝手に持ち出すことなど許されない。

「俺は、約束は守る人だ」とリップル。「……ただ、無理はしなくて良いよ」

「……わかった」彼のその言葉に、信じることにした。トレーを持って立ち上がった。

「ランス」リップルは、もう一度微笑んでくれた。「もし、俺が開放されたら、その妖精族に合わせてあげる。これも、約束だ」

「うん!」ランスは、その約束に嬉しくなり、彼に協力することを決意した。

 ランスは、走ってこの場から去った。


※※※


 リップルは、ランスを見送ったあと、監禁所の端に座った。

 そこで、ランスと入れ替わりで魔術師の気配を感じ取り、それが門番であることがわかった。

 門番が持ち場に戻ってくると、格子状の仕切りの向こうで椅子に座り、じっとこちらを見ていた。

「今日は、良い天気だな。風が少ない珍しい日だ」門番は、わざとらしい世間話を始めつつ、本題に入った。「……ランスになにを言った?」

「……」リップルは、ここでも黙った。ランスとの会話内容を話す気にはないからだ。

 そのうえ、この惑星にも、スティーアン人の仲間がいる可能性がある、と考えなくてはいけないのだ。魔気の強い魔術師や貴重な資源を発見しようとしている隠密がいてもおかしくないは、どの惑星でもあることで、すべては、疑いから始めなくてはいけない。

「いい加減、喋ったらどうだ?」門番は、立ち上がった。

 リップルも、門番に続くようにゆっくりと立ち上がった。それは、門番からの挑発がきっかけではなかった。ランスと会話をしている最中に、頭上から降り注ぐ違和感に気づいたからだ。天井を見上げ、宇宙からこの惑星に注がれる不思議な熱量に、緊張を走らせた。ランスとは違う人物の魔気が、宇宙からこちらへと近づいてくるようである。

「お前は、俺の話に耳を傾けられるのか?」リップルは、門番に聞いてみた。

「ようやく、口を開いたと思ったら、偉そうに質問か」と門番。

「他人の話に耳を傾けない人は嫌いだ。でも、お前が他人の言葉に耳を傾けられる人間であることを祈ってるよ」リップルは、相手の態度に苛立ちが募り、門番に目を向けて言い返してしまった。「……階級の高い魔術師がここに訪問することは?」

「するわけねぇだろ」門番は、こちらを見下すように返してきた。「こんな辺境の星に」

「どの惑星にも、軍人にも、種族にも、良い人もいればクソ野郎もいる」とリップル。「お前のその目は、クソだ。まともに魔術の訓練を受けなかったような、中途半端な魔気を感じる。魔気の強いランスとは大違いだ」

 ここでも、ランスのことを思い出していた。彼女の、スティーアン人の好き嫌いの受け答えの様子や、ここにいる門番の受け答えの仕方から、少なくとも、ランスがスティーアン人ではないのはわかっており、監禁所の警備隊のなかにスティーアン人がいる確率も低いことがわかった。

 ただ、ランスから感じ取れる魔気は、すさまじいもの。成人になれば、大物の魔術師になれると予想できた。言ってしまえば、魔界一次惑星の魔術師が欲しがる人材となり得る可能性だってあった。それに比べて、今目の前にしている門番は、なにも脅威を感じない。

 となれば、頭上から感じ取れる魔気は、ランスと関連している可能性がある。

「お前、本性でも出したか」門番は鼻笑いをした。「俺は、ランスより弱いと?」

「そういうこと。魔力が弱ければ、度胸もない。ここでずっと死ぬまで門番をする毎日を送るのが良いかもな」と返す。「それもそれで、人生だ。他人を罵るような魔術師を続けて、出世のない道を歩き続けておけ」

「少なくとも、動くな、と言われて動いたお前よりかは、まともな人間だ」と門番は反論してきた。彼は、格子ドアに蹴りを入れた。「お前みたいな、ゴミの面倒を見ることには向いてねえんだ。ランスに甘えてんのか?」

「その格子。お前の魔力だとぶち破れない。でも、俺なら破壊できる」リップルは、これまで微弱の念力を周囲に飛ばし、脱獄ができそうな脆い壁を探っていた。そして、周辺の格子や壁は意外にも脆く、こちらの念力で破壊できることをすでに知っている。

「なるほど」門番はもう一度、格子ドアに蹴りを入れた。「じゃあ、やってみろ」

「……」リップルは、これ以上の会話にはつき合わないと決め、黙ることにした。

 ただ、上空から注がれる魔気には緊張していた。その魔気が、徐々に強くなっているからだ。


※※※


 ランスは走っていた。警備隊集合施設のあいだを抜け、道に迷うことなく倉庫に向かっていた。昔から、勾留所や監禁所に収容されている人物が身に着けていた衣類を洗濯したこともあり、勾留者の所有物を保管する場所を知っていた。惑星外の人物の所有物とはいえ、こんな小さな村では、保管場所は一緒である。

 リップルは、悪い人ではない。この考えは、自分勝手なものかもしれないが、魔界一次惑星の政治家や、その上の階級魔術師と比べてしまえば、彼は良い人に決まっている。

 やがて、集合施設の奥にある倉庫にたどり着くと、そこにも見張りがいた。やはり、念力と剣術を習得している人物の監禁となれば、彼の所有物の監視も厳重になっていた。

 ランスは、どうにかして、あの見張りの目を盗んで、倉庫に侵入できないか、と考えていた。そして、一歩前へと出ようとした時だった。

 強い風が吹き荒れた。周囲も騒めき始め、目の前にいる見張りも、空を見上げていた。次第に、集合施設の各構内にいた魔術師達が一斉に外へと飛び出し、ある一定の方向へ走っていった。

 倉庫にいる見張りも、緊急事態だと言わんばかりに、自身の持ち場を忘れたかのように、倉庫から離れ、こちらとすれ違いながら、風の起きている方向へ走ったのだ。

 ランスは、警備隊員は防風対応をしていない施設へ行くことにしたのだろう、と勝手な予想をしていた。警備隊が向かっていく方向は、砂埃で視界が悪く、なにが起きているのかわからない状況だった。なぜ、突如として強風が吹き荒れたのかはうまく把握しきれていなかったものの、倉庫の出入りが自由になった状況に嬉しくなり、警備が手薄になった倉庫に向かって走った。


※※※


 リップルは、先程からの異変に対して、目を閉じて座り、瞑想をしていた。全身で感じるのは、魔気だけではなくなったからだ。隙間からくる風と、風に混じった人工的な油の臭い。そして、変化熱などを利用した論理原動機を起動しているような音。

しかもそれは、銀河連邦軍や反銀河連邦団ではすでに排除されて存在しない旧式かつ独特な原動機の音だった。それが、徐々に大きくなっていくとなれば、その音を放つ巨大な物体は、この惑星への着陸を意味していた。

「おい」リップルは、目を見開いて立ち上がり、格子状の仕切りに近づいて門番に言った。「この音、わかるか?」

「……嘘だろ」門番も気づいており、隙間から出る光と風に目をやった。「スティーアンの戦闘艦だ」

「違う!」リップルは格子を握った。「これは、カッツィ団の中型輸送艦だ!」

「格子から離れろ!」門番は、こちらに杖を向けた。

「この惑星に、希少な天然物や、飛び抜けた魔力を持つ魔術師はいるのか?」リップルがそういった質問をした時だった。

 この場が青白く輝いた。門番が持つ杖が水色に閃光し、その先端から稲妻が発射されたのだ。その稲妻はリップルの胸部に命中し、リップルは尻餅をついた。

「なにをするんだ!」リップルはすぐに起き上がった。「カッツィ団は、お前らを抑えつけてまで、資源か人材を奪うぞ。数日前に俺が被害に遭ってる!」

「黙れ! 大人しくしていろ!」門番は、聞く耳を持ってはくれなかった。

「ランスが今、一人だ。彼女も危ないかもしれない」リップルは、拳に力を入れた。

 もしも、この惑星に来たのがカッツィ団であり、この惑星に来た目的が、希少な天然物または優秀な人材であれば、ランスを拉致する可能性があった。

「ゴミは、黙ってろ!」門番は、そう言って椅子に座ってしまった。「俺は、ここにいるのが仕事だ」

 リップルは、握っていた拳を開き、念力を展開した。手のひらを格子に向かって勢い良くかざし、力を前方に向けて開放した。とたんに、格子状の仕切りや周辺の粘土が吹き飛び、破片が門番に直撃した。門番は、不意打ちの念力により地面に倒れ、気絶してしまった。

 リップルにとって、この状況下で迷うことはなかった。監禁所から脱獄し、簡易勾留場から飛び出した。表の敷地へと出てみれば、カッツィ団の輸送艦を見つけることとなった。その輸送艦はすでに、どこかに着陸を試みようと低空で浮遊している状況だった。

「カッツィ……」リップルは、サリーのことを思い出すと同時に、ランスの顔も思い浮かべた。

 そして、あの輸送艦から放たれる魔気は、カッツィ団にしては強すぎた。魔界から独立を試みた団体であるならば、大抵は中途半端な魔気である。今は、強力な魔気が放出されているため、カッツィ団とは違うほかの何者かが搭乗している可能性もあった。

 リップルは、我に返り、一人で倉庫に向かったランスを探すため、ランスの魔気を感じる方向へ走った。
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