セルリアン

吉谷新次

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チャプター01-01

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 この子どもは、生きている。それとも、子どもに見える大人なのだろうか。

 惑星シストンに住む、魔術師少女のランスは、ゴミ山に埋もれている砂まみれの男子を見つけて驚いていた。

 魔界族の下級民と位置づけられている、魔界二次惑星の惑星シストンに、大量の粗大ごみが持ち込まれた。それは、最上階級に位置する魔界一次惑星の惑星スティーアンの、巨大な輸送船や戦闘艦が、戦場のゴミなどを惑星シストンの砂漠地に落としていくのだ。

 ごみ山のなかには、戦場派遣された魔術師の死体や現地動物の死体も、少なくはなかった。腐敗していない動物の死体を見つけては、それを食肉として加工することにしているのが、この惑星の村人達だった。

 砂漠と粗大ゴミ投棄所で覆われたこの惑星は、毎日のように風が強く吹き荒れ、その強風から免れるように丸みを帯びた粘土基礎で仕上がった住宅や施設で、魔術師は住んでいた。また、資源の少なさから、投棄されるゴミを回収しては、生活に活かせそうなものを探る日々を送っていた。

 そんななか、資源回収という名のゴミ拾いを手伝うランスの発見は、今日だけは特別だった。ゴミのなかで、息をしている人間を見つけたからだ。魔術師の血が流れていない、人界族のかなり若い男子が、ゴミに埋もれていることなど初めての光景である。彼自身が、魔気を発していれば、もっとはやく見つけられたのかもしれないが、彼からは、なにも魔力を感じられなかった。身長も低いうえに茶色の外套から、見つけられたのが奇跡に近かった。

 ランスという見習い魔術師は、この惑星では魔力が強い女性になるだろうと評価されており、その前兆を活かすかのように、ランスは自身の周囲に強力な魔気を放射し、異変がないかを察知して、対象の男子を見つけているところだった。

 ランスは、初めて見る人界族に関心を持ち、その男子の顔を触ろうと、恐る恐る指を伸ばしてみた。

 とたんに、男子は目を覚まし、ゴミをまき散らして、高く跳躍した。

「きゃっ」ランスは腰を抜かして尻餅をつき、顔を腕で覆ってしまった。

 男子は、ゴミ山の天辺に着地すると、念力を使って適当な場所にあった金属の棒を引き寄せては、それを掴んで構えた。その念力を使う姿によって、この場はさらに殺伐とした雰囲気となった。魔力ではなく念力を扱う人物は、人界族の特殊人間とされており、銀河連邦軍の軍人以外であれば、危険な人物として指定されることがあるからだ。

「動くな!」異変に気づいた警備隊員四人が、その男子を取り囲んだ。全員が、自身の身長と同じほどの長さの杖を持ち、その先端を男子に向けた。「……あいつ、人界族か?」

「来るな!」男子は発した。見た目は子どもではあるが、たくさんの知識量があるのか、ここが廃れた惑星で、自身が危険な立場であることはすぐに把握しているようだった。

 男子が握る金属の棒とは別に、腰から小さなグリップを取り出すと、電源を入れて、鮮やかな青緑色に光るレーザーの剣をつくりあげた。それは、雷刀、と言われる人界族を統治する銀河連邦の軍人を含む行政の戦闘員などが装備している兵器で、金属や生物を切断できる立派な武器なのだ。殺傷能力が高い危険なものであり、連邦に所属しているような雰囲気でもない男子が、緊張した表情で雷刀の先を周囲に向けていた。

 雷刀を持つその男子に対し、この惑星にいる魔術師は皆、警戒対象であると判断していた。本来、銀河連邦の軍人が持つ雷刀は白色に輝くはずなのだが、男子の雷刀は青緑色に輝いているうえに、男子自身の体型に合わせた短さに改造されていることで、おかしな団体に所属している者、あるいは、危険な賞金稼ぎである、という予想がすぐにできた。軍人を殺して奪った経歴を持つ者かもしれない、という疑いが真っ先に浮かぶのが、ここにいる警備隊員だった。

 四人の警備隊員も、装備する魔法の杖に水色の稲妻を撒いて、魔杖、というものを完成させて、打撃戦闘になった際の雷刀を受け止められるようにしたうえ、稲妻を発射できるように戦闘態勢に入った。

「ここは、惑星シストン」警備隊員の一人が言った。「魔界二次惑星に分類される場所だ。……お前の名前と所属、取得外交権を申せ」

「く、来るな!」男子は必死になって相手を威嚇しているものの、衰弱しているのは見て取れた。全身を覆う外套はかなり汚れており、顔色も悪いからだ。今にも倒れそうな彼は、ゴミの山に立つこともままならない状態だった。「サリーは……、サリーはどこだ!」

「武器を捨てろ!」警備隊員の一人が一歩前へと出た。

 とたんに、男子は念力を展開した。雷刀とは別に持っていた金属の棒を飛ばし、近づいた警備隊員に衝突させたのだ。それは、相手を牽制する程度の威力で、金属の棒をぶつけられた警備隊員は、魔杖を立てて防御に専念していたものの、男子の念力と、棒との衝突の力に負けて尻餅をついてしまった。

 もう一人の警備隊員が、男子の背後を取り、魔杖から稲妻を発射すると、男子の背中に命中させることができた。男子は、その影響でゴミ山から落ちてしまったものの、うまく体勢を整えて地面へ不時着し、改めて雷刀を構えた。

「やめて!」ランスは、全員に言った。

 とたんに、男子はランスに視線を送り、警戒心に隙ができた。

 そこへ、警備隊員の稲妻がもう一度発射されると、男子の胸部に命中し、彼は後方へ吹き飛び、ゴミ山のなかへと埋もれてしまった。

 それをきっかけに、警備隊員の複数人が拘束稲妻を発射すると、ゴミ山のなかに埋もれていた男子に稲妻を巻いて引っ張り出していた。男子は、気を失っている状態で、稲妻に巻かれて引っ張られていた。


※※※


 身元不明の男子を保護して、二日が経過した。

 惑星シストンの警備隊は、旧式の通信機を使用して、外交権を持つ他惑星の魔術師と通信を行い、ゴミ山から出没した男子に似る、警戒対象者リストに当てはまる人物を参照していた。けれど、魔界に属しておらず、銀河連邦にも属していない、そんな人権を持たない男子の情報は十分に得られなかった。唯一わかることは、銀河連邦の者ではない、ということだけである。もしも、反銀河連邦団の者であるならば、彼らの思想の悪さから、そんな団体の本部を相手に、こちらから確認の通信などをするつもりはなかった。

 どこに所属しているかわからないそんな男子が、なぜ魔界へ踏み入れたのかは、時間が経過しようとも、不明のままだった。

 それらの警備隊の話を盗み聞きしていたランスは、あの男子が気になって仕方がなかった。外の世界には関心があり、他惑星の者と知ってからは、外出規則を破ってまでも、成人達の話を聞きまわりたいと思っていた。

 あの男子は、どこかの抗争に巻き込まれて、ここに捨てられた可能性があった。こちらの住民に対するあれだけの警戒心があり、魔界の戦闘艦から捨てられたとなれば、魔界の誰かに襲撃された可能性も予想できている。こちら側を敵視しているのか、ただただ恐怖しているのか。

 ランスは、警備隊が打ち合わせをするなか、警備局施設の外から小窓へ顔を覗かせていた。

 惑星シストンの民家や集合施設は、砂嵐から避けるように地下を少し掘り、丸みを帯びた屋根が成人男性の高さぐらいしかない。階段を数段降りてから入室するようなその警備局施設は、子どもであるこちらが木箱を持ち運べば、大人達の打ち合わせを盗み聞きすることなど簡単だった。

 そこで、ランスは背後からの気配で振り向いた。そこには、母がいた。

「こら、ランス。そこでなにをしているの?」母は心配そうにしていた。

「あの男の子のお話を聞いてたの」と答える。

「あの侵入者は、男の子じゃない。少年のように見える、立派な男の人よ」と母。「長老様が、魔術を使って、侵入者の体質を調べたうえ、魔界公文書網にも参照。銀河連邦所属惑星の低身長人種なんだって」

「でも、賞金稼ぎの疑いがある、って警備隊が言ってた」ランスは、窓の傍にあった木箱から降り、母に近寄った。「銀河連邦に所属してる人のなかに、賞金稼ぎはいない、って」

「ということは、ここに来た侵入者は、銀河連邦から外れて、たくさん悪いことをしてきた可能性があるの」母はそう言って手を引いてくると、自宅のほうへと歩き始めた。「……侵入者が工作員だったら、どうするの? あなたは、外交の場には顔を出さない約束だったでしょ? 工作員なら、あなたの情報も取られちゃうのよ」

「私の魔力が強いから?」と母に聞いてみた。「魔気を強く感じる、って警備隊の男が言ってた」

 すると、母の動きは止まり、こちらに身体を向けた。

「ランスの魔力は、まだ発達の途中なの」母はしゃがんだ。「……ランスがどんな魔術師になっても、危険はいっぱい。知らない人に、自分の情報を与えてはいけない。それに、外交権を持たない私達は、外の人とは話してはいけない。わかる?」

「発達の途中なら、良いじゃん」ランスは反抗した。「まだ弱いなら、目立たないよ」

「良い? 大人達は皆、ランスの魔力に気づき始めてるの。もし、ランスの生まれ持った才能が開花して、惑星スティーアンに所属する魔術師に発見されたら、あなたは、この惑星から離れなくちゃいけなくなるの。上級魔力を所持する女の子、って情報を出来る限り知れ渡らないようにしないといけないの」

「私は、もっとお外で遊びたい」と希望を言ってみる。「……あの男の子にも会ってみたい」

「それはだめ。あの侵入者は、警備隊が対応するから、ああいった部外者には関わらないで」母は感情的にならず、丁寧に説明してくれた。「パパやママと会えなくなっても良いの?」

「やだ」ランスは首を横に振った。

「悪い人に見られないうちに、お家に入っていなさい」

「……わかった」ランスは、ここでは理解したように返事をした。

 けれど、あの男子に会ってみたい、という気持ちは変わらなかった。なぜなら、そこまで悪い人には見て感じ取れなかったからだ。
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人物設定(イラスト有り) → https://www.pixiv.net/artworks/120358944
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