上 下
73 / 83
五章 00:00:00:00.000(エンド・ポイント) - ゼロ

しおりを挟む


 ドリウス・シュタウツァーは、実際に以前のミュウを見ていたからこそ、戦っていたからこそ、すぐに分かった。

 この野郎、少し見ない間にバカ強くなっていやがる・・・・・・・・・・・、と。

 一撃一撃、透徹した目つきでドリウスの挙動を捕らえ、あまつさえ反撃し、海の中に叩き落とし。
浮上のタイミングさえ完璧に読んで、電磁加速砲レールガンなんて物騒な飛び道具さえ使って完封してきた。
(しかも、最悪なタイミングでエントの敵を味方にしてけしかけてきやがった!)
 引きつった笑みを浮かべながら、ドリウスは海面近くから成長したミュウを見上げ、内心歓喜に胸を高鳴らせ――そして、どす黒い怒りと妬みに慟哭した。

 無視をするな、俺を見ろ、と。

 あのアンドロイドどもだけで構成された、イかれた大軍勢を作り上げるには、並大抵の演算処理・・・・・・・・じゃあ追いつかない。
 いくらTYPE:MOTHERを名乗ったとはいえ、少なくとも数日単位で、ミュウはその作業にかかりきりだったはずだ。この七日間、ちらりとも姿を見せなかったのは、間違いなく演算処理にリソースの大半を割かれ、十全の力を発揮できず、戦力の準備ができる前に自らの身を脅かされるのを恐れたためだろう。だから、最初出てきた時は嫌々だったわけだ。ドリウスはその、いっそ臆病なぐらいの慎重さと狡猾さが理解できた。
 ずっと、ドリウスは、友軍の艦隊は、その膨大な処理を実行する片手間に相手をされていたのだ。
 だから、それが終わったとみえる『とある瞬間』から、ミュウの速さと出力は劇的に変わった。ドリウスは追いつけなくなった。だからよそ見された。だから途中から圧倒された。
 ミュウにとって、自分が何らの『脅威』でもなくなっていたからだ。
 それは、戦場において己の武勇と快楽を求めるドリウスにとっては、凄まじい屈辱だった。

 ――足りねぇ。
 力が足りねぇ。
 速さが足りねぇ。
 演算も、何もかも、あいつに及ばなくなっちまった。
 どうしてくれる。せっかくの楽しみを、せっかくの生きがいを、こんな形で相手にもされず、勝てないまま、蹂躙できないままに終わらせるのか?

 そんなことは耐えられない。ふざけるな。
 このまま終わってたまるものか。このまま逃げ切らせてなるものか。
 あいつを、あの顔を、叩き潰して、踏みにじって、ぐちゃぐちゃに歪ませて、優越感に嗤うまで、終わらせてやれるものか。

( ――いい悪意だ )

 だから、その声が頭の中に響いた時、ドリウスは目を見開いた。
 周りの景色は何ひとつ変わらない。だのに急に、とっぷりと――そう、ちょうど、魂が闇に囚われたような心地になった。

( その殺意、戦意、嗜虐性、全てにおいて、おれが使うにふさわしい )
( めざわりな 神を気取る白い女の差し金 いいかげん排除したいと思っていたところだ )
( あれはおれたちの世界を否定する悪 おれたちの世界を滅ぼす天の敵 )
( 力が欲しいか? 速さが欲しいか? ならば何でも望む限り与えてやろう )
( 女だろうと 金だろうと 力だろうと いかなる暴威もおれのものだ )

 その代わり。

( ――おれの役に立て )

 それは、ドリウスでさえ言い知れぬ不安を覚えるほどの、一欠片の善すらも見えぬ邪悪な漆黒の意思だった。それが、全ての生命を憎み、妬み、嘲り、わらい、穢し、犯し、殺すことを至上としていることが、なぜか分かった。
 およそ人が応えてはならぬいざないだった。
 だが、知ったことではなかった。
 あのアンドロイドを、下さなくては気が済まぬ。

 かつて、戦いで欠損だらけになった体。幾ばくの猶予もない命を国の実験に差し出し、つなぎ合わせ、得た力――機械作りの恵まれた体、誰にも負けぬ確かな力。それが、これより半歩も動けぬまま死にゆくのだと、そう絶望したドリウスを自信づけたものなのだ。
 誰よりも強く生き抜けることを確認するのは、ドリウスにとっては基本的な生存戦略である。

 だから――どうやっても勝てない存在など、ドリウスの生には、あってはならない。

(何でもいい――俺に、力を寄越しやがれ!)
( おや、判断がはやい )

 即決だった。

( ――ならば、その体をいただこう )

 にたり、と。闇が嗤った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

『身体交換可能社会」

ニボシん
SF
もしも身体のパーツを自由に入れ替えれたら…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

性転換タイムマシーン

廣瀬純一
SF
バグで性転換してしまうタイムマシーンの話

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

意識転送装置2

廣瀬純一
SF
ワイヤレスイヤホン型の意識を遠隔地に転送できる装置の話

処理中です...