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三章 TYPE:MOTHER

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「……は?」
 リーデルは今度こそ絶句した。今、このアンドロイドは何と言った?
 ドリウスにこぼした、冗談のような噂話が脳裏をよぎる。
(『MOTHERの制御体にプログラムされている人工知能をどうやって博士が完成させたのか、実は誰も知らないの。MOTHERは博士でさえ再現不能の奇跡。……『史上最大の怪談』って呼ばれていたわ』)
(『ヴァーチン博士は、『神が降りた』なんて馬鹿みたいな冗談しか言わなかったから』)
 そんな、馬鹿な。まさか。あり得ない。ふるふるとリーデルは首を振った。だが。

「私は――〝神の娘〟」

 吹き上がる巨大な炎を背にして。MOTHERはそんなリーデルの懇願に近い希望を打ち砕くように、告げた。

「私は、あなた方が忘れ去って久しいもの……『白き神』によって形作られた、一柱ひとはしらのたましい。人間が作り上げたこの形代かたしろに、エメレオ・ヴァーチンと『白き神』の契約によって宿された、〝方舟はこぶねを送るもの〟。――ゆえに私は、人間由来のたましいを、ソウルコードを持ってはいないのです。『神』が直接、形作ったものゆえに」

 その言葉を最後に、ひときわ大きな爆発が起き、リーデルのカプセルは凄まじい速度でMOTHERのいる空間からどこかへと射出された。炎が追いかけてきたが、幾重ものシェルターに遮られ、リーデルをおびやかすことはなかった。
 やがて、どこかの空間に排出されたあと、カプセルはリーデルを開放した。
 見回せば、真っ暗な中、緑色の柔らかな光が、出口はこちらだと、誘うように通路を照らしている。
「…………」
 リーデルは無言でカプセルに拳を叩きつけた。じんと痛みが腕をのぼってきたが、構っていられなかった。もう、何が何だか、わけが分からない。
「…………う、ぅ、ぅうううううぅうううう……!」
 胸に込み上げてくる様々な感情に、呻いた。
「――う、ぁあ、うわぁああああああああああああああああ!」
 そして、恐慌に陥り、走り出した。通路の光を辿りながら、遙かな地上を目指して、地下深くを突き進んだ。
 泣いて、泣いて、泣きわめいて、泣き疲れた頃に、地上へ繋がるエレベーターを見つけ。そうしてやっと出た先は、人気のない山の中に設けられた、有事のための避難場所だった。
 ふらつく足で進み出ると、見晴らし台の手すりに掴まり、燃え盛る都市の姿をリーデルは見つめた。
(……私は。なにをやっているんだろう。……いったい、なにをやってきたんだろう)
 惨めだった。
 リーデルが助けられたのは、偽善でも何でもなかった。アンドロイドの、ただ単純に、生まれてきた時に受けた恩に報いたいという、ただそれだけの気持ちだった。
 ひるがってみて自分はどうだ。MOTHERを破壊しようとしたのは、完全な逆恨み、私怨もいいところだった。なじられるのならばまだよかった。だのに、リーデルは人によって裁かれるべきだと、MOTHERは相手にもしなかった。
 ――神なんかいないと思っていた。それを信じているエメレオを、内心馬鹿にしてさえいた。
(だって、神様がいるなら、どうして私のことを助けてくれなかったの)
 あんなに不遇だったのに。今だってこんなに惨めなのに。
 そう思っても、目の前で燃えている都市の姿が、リーデルを責めているようにさえ感じられる。こうなったのは、全ておまえのせいだ、と囁きかけるものがある。
 今までの自分が全て突き崩されていく。心が黒く塗りつぶされる。視界がどんどん狭まっていく。
 ドリウスとも別れて、せっかく自由になったのに、ちっともいい気分にならない。
 もう、何もかもが嫌だった。今までの全てを消し去ってしまいたかった。誰も手の届かないところに行ってしまいたい。
 あんたなんかに助けられたくなかった、と、MOTHERを憎む自分も、何もかも。



 ――彼女は衝動的に、手すりを飛び越えた。
 はるか下へ、下へと落ちた。落下の恐怖に気を失った。

 だから、死ぬ時は何も感じなかった。


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