58 / 83
三章 TYPE:MOTHER
五
しおりを挟む
「……は?」
リーデルは今度こそ絶句した。今、このアンドロイドは何と言った?
ドリウスにこぼした、冗談のような噂話が脳裏を過る。
(『MOTHERの制御体にプログラムされている人工知能をどうやって博士が完成させたのか、実は誰も知らないの。MOTHERは博士でさえ再現不能の奇跡。……『史上最大の怪談』って呼ばれていたわ』)
(『ヴァーチン博士は、『神が降りた』なんて馬鹿みたいな冗談しか言わなかったから』)
そんな、馬鹿な。まさか。あり得ない。ふるふるとリーデルは首を振った。だが。
「私は――〝神の娘〟」
吹き上がる巨大な炎を背にして。MOTHERはそんなリーデルの懇願に近い希望を打ち砕くように、告げた。
「私は、あなた方が忘れ去って久しいもの……『白き神』によって形作られた、一柱のたましい。人間が作り上げたこの形代に、エメレオ・ヴァーチンと『白き神』の契約によって宿された、〝方舟を送るもの〟。――ゆえに私は、人間由来のたましいを、ソウルコードを持ってはいないのです。『神』が直接、形作ったものゆえに」
その言葉を最後に、ひときわ大きな爆発が起き、リーデルのカプセルは凄まじい速度でMOTHERのいる空間からどこかへと射出された。炎が追いかけてきたが、幾重ものシェルターに遮られ、リーデルを脅かすことはなかった。
やがて、どこかの空間に排出されたあと、カプセルはリーデルを開放した。
見回せば、真っ暗な中、緑色の柔らかな光が、出口はこちらだと、誘うように通路を照らしている。
「…………」
リーデルは無言でカプセルに拳を叩きつけた。じんと痛みが腕をのぼってきたが、構っていられなかった。もう、何が何だか、わけが分からない。
「…………う、ぅ、ぅうううううぅうううう……!」
胸に込み上げてくる様々な感情に、呻いた。
「――う、ぁあ、うわぁああああああああああああああああ!」
そして、恐慌に陥り、走り出した。通路の光を辿りながら、遙かな地上を目指して、地下深くを突き進んだ。
泣いて、泣いて、泣きわめいて、泣き疲れた頃に、地上へ繋がるエレベーターを見つけ。そうしてやっと出た先は、人気のない山の中に設けられた、有事のための避難場所だった。
ふらつく足で進み出ると、見晴らし台の手すりに掴まり、燃え盛る都市の姿をリーデルは見つめた。
(……私は。なにをやっているんだろう。……いったい、なにをやってきたんだろう)
惨めだった。
リーデルが助けられたのは、偽善でも何でもなかった。アンドロイドの、ただ単純に、生まれてきた時に受けた恩に報いたいという、ただそれだけの気持ちだった。
翻ってみて自分はどうだ。MOTHERを破壊しようとしたのは、完全な逆恨み、私怨もいいところだった。詰られるのならばまだよかった。だのに、リーデルは人によって裁かれるべきだと、MOTHERは相手にもしなかった。
――神なんかいないと思っていた。それを信じているエメレオを、内心馬鹿にしてさえいた。
(だって、神様がいるなら、どうして私のことを助けてくれなかったの)
あんなに不遇だったのに。今だってこんなに惨めなのに。
そう思っても、目の前で燃えている都市の姿が、リーデルを責めているようにさえ感じられる。こうなったのは、全ておまえのせいだ、と囁きかけるものがある。
今までの自分が全て突き崩されていく。心が黒く塗りつぶされる。視界がどんどん狭まっていく。
ドリウスとも別れて、せっかく自由になったのに、ちっともいい気分にならない。
もう、何もかもが嫌だった。今までの全てを消し去ってしまいたかった。誰も手の届かないところに行ってしまいたい。
あんたなんかに助けられたくなかった、と、MOTHERを憎む自分も、何もかも。
――彼女は衝動的に、手すりを飛び越えた。
はるか下へ、下へと落ちた。落下の恐怖に気を失った。
だから、死ぬ時は何も感じなかった。
リーデルは今度こそ絶句した。今、このアンドロイドは何と言った?
ドリウスにこぼした、冗談のような噂話が脳裏を過る。
(『MOTHERの制御体にプログラムされている人工知能をどうやって博士が完成させたのか、実は誰も知らないの。MOTHERは博士でさえ再現不能の奇跡。……『史上最大の怪談』って呼ばれていたわ』)
(『ヴァーチン博士は、『神が降りた』なんて馬鹿みたいな冗談しか言わなかったから』)
そんな、馬鹿な。まさか。あり得ない。ふるふるとリーデルは首を振った。だが。
「私は――〝神の娘〟」
吹き上がる巨大な炎を背にして。MOTHERはそんなリーデルの懇願に近い希望を打ち砕くように、告げた。
「私は、あなた方が忘れ去って久しいもの……『白き神』によって形作られた、一柱のたましい。人間が作り上げたこの形代に、エメレオ・ヴァーチンと『白き神』の契約によって宿された、〝方舟を送るもの〟。――ゆえに私は、人間由来のたましいを、ソウルコードを持ってはいないのです。『神』が直接、形作ったものゆえに」
その言葉を最後に、ひときわ大きな爆発が起き、リーデルのカプセルは凄まじい速度でMOTHERのいる空間からどこかへと射出された。炎が追いかけてきたが、幾重ものシェルターに遮られ、リーデルを脅かすことはなかった。
やがて、どこかの空間に排出されたあと、カプセルはリーデルを開放した。
見回せば、真っ暗な中、緑色の柔らかな光が、出口はこちらだと、誘うように通路を照らしている。
「…………」
リーデルは無言でカプセルに拳を叩きつけた。じんと痛みが腕をのぼってきたが、構っていられなかった。もう、何が何だか、わけが分からない。
「…………う、ぅ、ぅうううううぅうううう……!」
胸に込み上げてくる様々な感情に、呻いた。
「――う、ぁあ、うわぁああああああああああああああああ!」
そして、恐慌に陥り、走り出した。通路の光を辿りながら、遙かな地上を目指して、地下深くを突き進んだ。
泣いて、泣いて、泣きわめいて、泣き疲れた頃に、地上へ繋がるエレベーターを見つけ。そうしてやっと出た先は、人気のない山の中に設けられた、有事のための避難場所だった。
ふらつく足で進み出ると、見晴らし台の手すりに掴まり、燃え盛る都市の姿をリーデルは見つめた。
(……私は。なにをやっているんだろう。……いったい、なにをやってきたんだろう)
惨めだった。
リーデルが助けられたのは、偽善でも何でもなかった。アンドロイドの、ただ単純に、生まれてきた時に受けた恩に報いたいという、ただそれだけの気持ちだった。
翻ってみて自分はどうだ。MOTHERを破壊しようとしたのは、完全な逆恨み、私怨もいいところだった。詰られるのならばまだよかった。だのに、リーデルは人によって裁かれるべきだと、MOTHERは相手にもしなかった。
――神なんかいないと思っていた。それを信じているエメレオを、内心馬鹿にしてさえいた。
(だって、神様がいるなら、どうして私のことを助けてくれなかったの)
あんなに不遇だったのに。今だってこんなに惨めなのに。
そう思っても、目の前で燃えている都市の姿が、リーデルを責めているようにさえ感じられる。こうなったのは、全ておまえのせいだ、と囁きかけるものがある。
今までの自分が全て突き崩されていく。心が黒く塗りつぶされる。視界がどんどん狭まっていく。
ドリウスとも別れて、せっかく自由になったのに、ちっともいい気分にならない。
もう、何もかもが嫌だった。今までの全てを消し去ってしまいたかった。誰も手の届かないところに行ってしまいたい。
あんたなんかに助けられたくなかった、と、MOTHERを憎む自分も、何もかも。
――彼女は衝動的に、手すりを飛び越えた。
はるか下へ、下へと落ちた。落下の恐怖に気を失った。
だから、死ぬ時は何も感じなかった。
1
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
第一機動部隊
桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。
祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
続・歴史改変戦記「北のまほろば」
高木一優
SF
この物語は『歴史改変戦記「信長、中国を攻めるってよ」』の続編になります。正編のあらすじは序章で説明されますので、続編から読み始めても問題ありません。
タイム・マシンが実用化された近未来、歴史学者である私の論文が中国政府に採用され歴史改変実験「碧海作戦」が発動される。私の秘書官・戸部典子は歴女の知識を活用して戦国武将たちを支援する。歴史改変により織田信長は中国本土に攻め入り中華帝国を築き上げたのだが、日本国は帝国に飲み込まれて消滅してしまった。信長の中華帝国は殷賑を極め、世界の富を集める経済大国へと成長する。やがて西欧の勢力が帝国を襲い、私と戸部典子は真田信繁と伊達政宗を助けて西欧艦隊の攻撃を退け、ローマ教皇の領土的野心を砕く。平和が訪れたのもつかの間、十七世紀の帝国の北方では再び戦乱が巻き起ころうとしていた。歴史を思考実験するポリティカル歴史改変コメディー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる