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一章 10:06:34:49.574
八
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『――あらあら』
どこかのんびりとした女性の声が、スピーカーから響いた。
『そこまで気張らずとも、当初の予定通り、時間稼ぎならできますよ、皆様。想定損耗率は十パーセント以内には何とか収まるでしょう』
「!?」
絶望的状況の中で示された、奇跡のような破格の数字に、シスリー中将は目を瞠った。
『失礼。急を要する様子でしたので、こちらから強引に通信を繋がせていただきましたが。国内最高峰の戦略演算システム支援による、最適化された戦艦の動作サポートはご入り用ではありませんか?』
戦略演算システム。
確かに声はそう言った。
この国でそれを名乗ることを許された存在など、ひとつしかない。
「戦略演算システム――まさか、その声、MOTHERか!?」
司令室がざわついた。声は明るく答えた。
『はい、その通りです、シスリー中将。――それで、お返事はいかがでしょう?』
シスリーは拳を握りしめ、息を吐いた。
「――頼む」
『承知いたしました』
司令室の中でただ一人、『強引に通信を繋いだ』という言葉に反応した通信官は、青ざめていた。
「非常用エンジンで回してるっていうのに……それでもうちの通信システムに介入できる余力があるのか、あのオペレーションAI……」
シスリーは息を呑む。
その声が届いていたのか、くすりとMOTHERが悪戯めいた笑いを漏らした。
『さすがに数が数ですので、戦艦を戦闘機として運用します。重力制御でGの大幅な軽減があるといえど、相当動きますので、皆様、お手元にエチケット袋を用意しておくことをおすすめしますよ』
それから、奇妙な言葉が聞こえた。
『――そういうわけで、TYPE:μ、オーギル海は、戦闘支援と操縦制御をお願いね。私は北面を担当します』
『――了解しました、MOTHER』
*
(また戦艦でこれと戦う羽目になるとは……)
何かと機兵とは縁があるということか、とμはカプセルの中で据わった目つきになった。
戦艦の中にはたくさんの人が乗っている。なるべく揺れないようにしたいが、そのためには手数を押さえる必要がある。赤い死線が無数に飛び交う激しい空戦の現場を膨大な演算処理で把握しながら、戦艦制御という慣れない巨体での戦いに挑むことになり、こっそり溜息を押し殺した。
体がいくつもあるようなものだ。メインの体はカプセルの中に入れているからいいとして、そこから遠隔で操縦権を得て手に入れた体たちはとにかく鈍重で、予測演算を駆使しなければ向こうの火器をかわすこともおぼつかない。
一隻の正面から飛んできた破壊光線を大きく旋回してかわすと、そのまま一気に鋭くカーブを切った。最小限の飛行でくるりと逆さになり、相手の頭上を取る。カタログスペックでは可能だが、戦艦では本来ほぼ想定されていない背面飛行だ。Gと重力方向の調整はしているから大きな怪我はないだろうが、兵士たちの悲鳴が艦内で響いた。
数と敏捷性で有利だと誤認しているらしい機兵には小型誘導弾を叩き込んでいく。予想通り、海上に現れた巨大機兵に比べれば、小さな機兵のシールド出力は小さい。防御を剥がせば打ち込める、と確信すると、連携して動かしていた別の戦艦で機兵たちに体当たりをしかけた。機兵に当たればシールドが発動し、大きくノックバックさせることで隊形を乱しにかかった。
『シールドバッシュだとぉ!?』
『対人戦術を戦艦でやりやがった……!』
『正気の沙汰じゃねぇ!』
(……ごめんなさい)
これしか咄嗟に選択できなかった。とμはカプセルの中でだらだらと冷却液を流しながら戦艦の中の兵士たちに謝った。そもそもこの戦況をひっくり返すのは無理無茶というもので、生き残らせるにも普通の方法では難しい。正気の沙汰じゃあない、もちろん百も承知の上だ。
だが――と、眦を鋭くする。
一機でいい、まずは墜とす。優位ではないと相手に分からせれば余裕は剥がれ、勢い押し込んで一割落とせば戦意が削げる。ドリウス相手ではできなかったが、気迫ならはったりでもかませるのだとオーギル海上の空戦で分かった。
――今一度、この空で駆け引きを。
(この一機を確実にやる!)
空高く打ち上げられた機兵に、戦艦の一隻で照準を合わせた。周囲には弾幕を張り、他の機兵の射線が戦艦のどれかひとつへ追いつく前に主力火器を連続で叩き込む。一射がシールドを叩き割り、二射が機兵の胴体と下半身を引きちぎった。頭上で盛大に火が吹き出し、爆発音が鳴り響く。
まずは、ひとつ。これで、反撃の狼煙は上がった。
(……だが、一機が墜ちた程度では退かない。押し切れると思っているのか。通信はあと少しで何とか読み切れそうだけど……、……ん?)
相手方の通信暗号を読めないかと解析していたμは、ふと、復号したデータから、聞き覚えのある空気振動――声を拾った。何やら激している様子だが。
(この声――)
「……ウォルター・バレット?」
ぽつりと。目を見開き、カプセルの中でμはその名前をこぼした。
どこかのんびりとした女性の声が、スピーカーから響いた。
『そこまで気張らずとも、当初の予定通り、時間稼ぎならできますよ、皆様。想定損耗率は十パーセント以内には何とか収まるでしょう』
「!?」
絶望的状況の中で示された、奇跡のような破格の数字に、シスリー中将は目を瞠った。
『失礼。急を要する様子でしたので、こちらから強引に通信を繋がせていただきましたが。国内最高峰の戦略演算システム支援による、最適化された戦艦の動作サポートはご入り用ではありませんか?』
戦略演算システム。
確かに声はそう言った。
この国でそれを名乗ることを許された存在など、ひとつしかない。
「戦略演算システム――まさか、その声、MOTHERか!?」
司令室がざわついた。声は明るく答えた。
『はい、その通りです、シスリー中将。――それで、お返事はいかがでしょう?』
シスリーは拳を握りしめ、息を吐いた。
「――頼む」
『承知いたしました』
司令室の中でただ一人、『強引に通信を繋いだ』という言葉に反応した通信官は、青ざめていた。
「非常用エンジンで回してるっていうのに……それでもうちの通信システムに介入できる余力があるのか、あのオペレーションAI……」
シスリーは息を呑む。
その声が届いていたのか、くすりとMOTHERが悪戯めいた笑いを漏らした。
『さすがに数が数ですので、戦艦を戦闘機として運用します。重力制御でGの大幅な軽減があるといえど、相当動きますので、皆様、お手元にエチケット袋を用意しておくことをおすすめしますよ』
それから、奇妙な言葉が聞こえた。
『――そういうわけで、TYPE:μ、オーギル海は、戦闘支援と操縦制御をお願いね。私は北面を担当します』
『――了解しました、MOTHER』
*
(また戦艦でこれと戦う羽目になるとは……)
何かと機兵とは縁があるということか、とμはカプセルの中で据わった目つきになった。
戦艦の中にはたくさんの人が乗っている。なるべく揺れないようにしたいが、そのためには手数を押さえる必要がある。赤い死線が無数に飛び交う激しい空戦の現場を膨大な演算処理で把握しながら、戦艦制御という慣れない巨体での戦いに挑むことになり、こっそり溜息を押し殺した。
体がいくつもあるようなものだ。メインの体はカプセルの中に入れているからいいとして、そこから遠隔で操縦権を得て手に入れた体たちはとにかく鈍重で、予測演算を駆使しなければ向こうの火器をかわすこともおぼつかない。
一隻の正面から飛んできた破壊光線を大きく旋回してかわすと、そのまま一気に鋭くカーブを切った。最小限の飛行でくるりと逆さになり、相手の頭上を取る。カタログスペックでは可能だが、戦艦では本来ほぼ想定されていない背面飛行だ。Gと重力方向の調整はしているから大きな怪我はないだろうが、兵士たちの悲鳴が艦内で響いた。
数と敏捷性で有利だと誤認しているらしい機兵には小型誘導弾を叩き込んでいく。予想通り、海上に現れた巨大機兵に比べれば、小さな機兵のシールド出力は小さい。防御を剥がせば打ち込める、と確信すると、連携して動かしていた別の戦艦で機兵たちに体当たりをしかけた。機兵に当たればシールドが発動し、大きくノックバックさせることで隊形を乱しにかかった。
『シールドバッシュだとぉ!?』
『対人戦術を戦艦でやりやがった……!』
『正気の沙汰じゃねぇ!』
(……ごめんなさい)
これしか咄嗟に選択できなかった。とμはカプセルの中でだらだらと冷却液を流しながら戦艦の中の兵士たちに謝った。そもそもこの戦況をひっくり返すのは無理無茶というもので、生き残らせるにも普通の方法では難しい。正気の沙汰じゃあない、もちろん百も承知の上だ。
だが――と、眦を鋭くする。
一機でいい、まずは墜とす。優位ではないと相手に分からせれば余裕は剥がれ、勢い押し込んで一割落とせば戦意が削げる。ドリウス相手ではできなかったが、気迫ならはったりでもかませるのだとオーギル海上の空戦で分かった。
――今一度、この空で駆け引きを。
(この一機を確実にやる!)
空高く打ち上げられた機兵に、戦艦の一隻で照準を合わせた。周囲には弾幕を張り、他の機兵の射線が戦艦のどれかひとつへ追いつく前に主力火器を連続で叩き込む。一射がシールドを叩き割り、二射が機兵の胴体と下半身を引きちぎった。頭上で盛大に火が吹き出し、爆発音が鳴り響く。
まずは、ひとつ。これで、反撃の狼煙は上がった。
(……だが、一機が墜ちた程度では退かない。押し切れると思っているのか。通信はあと少しで何とか読み切れそうだけど……、……ん?)
相手方の通信暗号を読めないかと解析していたμは、ふと、復号したデータから、聞き覚えのある空気振動――声を拾った。何やら激している様子だが。
(この声――)
「……ウォルター・バレット?」
ぽつりと。目を見開き、カプセルの中でμはその名前をこぼした。
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