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二章 崩壊

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「ならば――その義のために、彼らは犠牲になるのだろうな!」
「!?」

 現場に駆けつけたεは、振りかざされた相手の男の腕を見た。人間の手ではない。義肢。そこから伸びた隠し刃が、エメレオに向かって振り下ろされようとした。遠巻きに見ていた人間たちから悲鳴が上がる。
「博士!」
 地を蹴って手を伸ばした。エメレオがはっと振り向いた。
「だめだ、ε! 止まれ!」
 εは相手に体当たりをした。
 人間相手だ、手加減をしている。突き飛ばされた男は少し飛び、壁にぶつかった。

 だが。
 パンッ、と破裂音がした。

「…………え?」

 一瞬で壁いっぱいに広がった鮮血に、εは呆然とした。
 それは、人体が叩きつけられてひしゃげたというよりも、内側からの破裂に近い様相だった。せるような血の匂い。白い施設ホームの壁をしたたり落ちた大量の血液に、その場にいた人間は誰もが蒼白になった。後ろにいた三機のアンドロイドも、予想外の結果に声を失った。
 誰か、女性が悲鳴を上げた。見てはいけない、と男性職員が咄嗟に彼女の視界をさえぎっている。
「――み、見ろ」
 上がった声に、弾かれたようにεは声の主を見た。別の制服の男が、震える手でεを指さして、恐怖に引きつれた、いびつな笑みを浮かべた。
「ほら見ろ。……あ、アンドロイドが、人間を殺した! 戦力過剰防衛だ。気に入らないから殺して黙らせたんだ!」
「!? ち、違う」
 εは反論しようとした。
 明らかに不自然だった。内部に爆薬でも仕組まれていないと説明できない死に方をした。εは、人間にだって出せる力で相手を突き飛ばしたのだ。間違いない。
「違う、僕は、僕は殺してない……!」
「嘘をつくな!」
「嘘じゃない!」
「……εは殺していない。そもそもあの速度で突き飛ばされた程度で、人間がこんな潰れ方をするものか!」
 吐き気をこらえるようにしながら、エメレオが反論する。
「――人間は感情の生き物だ」
「っ!」
「おまえが言ったんだ! そのアンドロイドは殺人を犯した! 世論は現場を見ていない! あっても出せないだろうな、こんな証拠の衝撃映像なんて! だったら、恐れる人間が多ければ、おまえの味方はどこにもいなくなる!」
 勝ち誇ったように目をぎらぎらとさせ、青ざめた顔で男が叫ぶ。
「――、」
 εは絶句した。
 自分のせいで。自分のせいで、博士が。
「う、そだ」
 小さな声が背後から上がった。ωだった。
「εが、そんなことするわけない。僕らがどんなにしょうもないことをやったって、率先して技師たちに謝ったり、僕たちを叱りつけたりして、リーダーをやってくれてたんだ。……それをおまえが、おまえたちが!」
「ひぃっ!」
「「ω!」」
 前に飛び出し、ωが男に掴みかかろうとするのを、慌ててγとφが止める。
「生み出すだけ生み出して! 好き勝手に利用して! 都合が悪くなるとどうとでも言い訳をつけて! そうして僕たちを捨てて廃棄処分スクラップか!」
 ωの叫びがホールに響いた。
「あんまりだ……! それなら、僕たちは何のために生まれてきた! 人間が求めるならと、だから僕たちは……!」
 人間が助けて欲しいと言うから。そのために生み出されたから。技師たちがありがとうと言ってくれたから。訓練が終わるたびに、頼もしいなと笑ってくれたから。だからオーギルの空でも、あの巨大機兵を相手に逃げずに戦えたのだ。信をかけてくれた彼らが、後ろにいたから。博士の言ったことは、なにひとつ、間違いなどではない。

「――そこまでだ、木偶人形ども」

 突然、ホールに別の男の声がした。
「!? がっ――」
 振り向きかけたεは、突然がくんと体が力を無くしたことに気づいた。後ろにいた三機も同じように崩れ落ち、床の上に倒れていく。
 視界の端に見えたのは、何かを手にした別の男だった。
(あれは――リモートキー……!?)
 施設に保管されていたものを、どうやってか取り出してきたらしい。管理していた監視員も無事ではないのかもしれない。
(なら、この体の状態は……!)
「おまえ、たち……強制停止、信号を…………!」
「ほう、まだ喋れるのか。まぁ、そのうちシステムもダウンするだろう。――こいつらのエンジンは廃棄処分の決定後はいい電池になるからな。残りの奴らの回収は終わったか?」
 は、と、複数人の声がした。
「全て、ドロイドリード社が回してくれたトラックに。施設のものも搬出システムを利用して全て裏で積み込みました。残りの分はこちらにいる五機……いや、四機だけですか。数がひとつ足りませんね。我々で搬出することになりましたから、あとで探しましょう」
「……なるほど。最初からこれで僕を頷かせるつもりで、こんな茶番を用意したというわけだ。……僕の立場を悪くすれば、僕が保身で言うことを聞くと思ったな」
 エメレオが低く声を落とした。
「――なら、この言いがかりはなくそうか。過剰防衛、ね……死者が一人出れば過剰ではなくなるかな?」
「は?」
 男が怪訝そうに眉を潜める。何を言っているのか分からないという顔だ。
 だが、εは見ていた。エメレオが右腕を触り、服の上から何かを外す仕草をすると、手の中に小さな携帯用の注射チューブが落ちてきたのだ。
(あれは――! あの、薬剤は――!)
「どのみちあといくばくもなかった命・・・・・・・・・・・・だ。ここで使おう。僕の神の気も知らずに好き勝手する奴らに、ほとほと嫌気が差した」
 
「何を――おい、何を!」

「――おまえたちの思い通りになど、何ひとつならないと知ればいい!」

 焦る男が駆け寄るよりも先に。
 エメレオはチューブを握りしめ、自分の足へ勢いよく振り下ろした。

 ――だが。

 チューブの針がエメレオを貫くよりも先に、轟音と凄まじい揺れが施設を襲った。

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