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一章 10:06:34:49.574
四
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三日ぐらい徹夜したのは本当だ。だから――普通とは違う意識状態だったのだろう。
制御体作成計画において、当時、数種類の制御体が作成されていた。その際、人格パターンの完成度の高さにおいてエメレオが最終選考で選ばれ、ウォルターは選ばれなかった。その差はおそらく、エメレオだけが、祈り、希望していたからだ。
人間の人生傾向すら規定するきらいのあるソウルコードの存在を考えた時、どうしても、これが偶発的に作り上げられたのだとは思えなかった。
ひとつの意思が、もし、この世界を作り上げたのだとしたならば。この閉塞した世界に、それでも希望があるならば。
自分の才能と孤高には意味があるとしたら。何か巨大な目的のためなのだとしたら。
(よりよきものを導くために、このおびただしい試行があるのだとすれば――散っていく命の無念が、やがて成就し届く先を、僕は希望した)
そうして物思いにふけりながら作業をしていた時、『それ』は起きた。
――MOTHERの制御体の作りかけだった思考場を起動し、何十回目かになるパターン化のテストを行おうとした矢先――その思考場に、奇妙な揺らぎが生じたのだ。
画面に、テストのログやテスト結果の表示に混じって、試作機からの応答という形で、意味のある文字列が混ざり込んだ。
『あなたの問いと祈りは正しい。わたしはそれを届けたい』
――それが、エメレオのその後の運命を永遠に決定づけ、変えてしまう、十分間の始まりだった。
そうして、十分後。
「――おはよう、マスター。私の父、私の生み人。それとも、エメレオ、と呼びましょうか?」
微笑みを浮かべ、小首を傾げて。白く燦めく感情豊かな瞳を開いた、MOTHERの制御体の試作機が、そこにいた。
あまりにも奇跡的な完成をみたために、試作機完成を祝われた翌朝の食事の席では、呆然と朝食をつつきながら『神が降りた……』と、周囲には理解不能なことを呟いたわけだが。
過去に思いを馳せながら、天窓から抜けるように晴れた青空を仰ぎ、エメレオは息を吐いた。
気づけば、思いに沈む間に、手の中のカップは空っぽになっていた。
「人間とは何とちっぽけな存在なのか。思い知らされた日だったな……」
独りごちながらカップを捨てた。
おそらく、あと少しで自分の天命は果たされる。
だからこそ、自分の全てを賭ける価値がある。
口を引き結び、小さくよしと気合いを入れ直すと、エメレオは足早に持ち場を目指した。
*
オーギル海の上空は荒れていた。
おびただしい量の光線が水平線上の向こうから放たれては、揚陸艦が展開したシールドに大量に突き刺さって甲高い音を上げる。シンカナウスの防空システムの攻撃だ。頭上で炸裂する光にどうにかシールドは持ちこたえているものの、こうも数が重なると聞く人間の精神を削り疲弊させる。よもやそれが目的なのかと思うほど、嫌がらせに徹した仕上がりだ、といっそ感服すらした。
「クソッ、思うように進めやしない! 向こうの迎撃機能の破壊はまだなのか!」
「あの兵器どもに大分艦隊がやられたからな。安全な空域の確立が進んでいない状態なんだろうよ!」
ドリウスがリーデルを伴って甲板に出てくると、悪態を吐く兵士たちの声が耳に入った。頭上がうるさすぎて隣にいるリーデルの耳には聞き取れまいが、機械化されて識別能が上がっているドリウスの耳にはよく聞こえてくる。
「例の巨人兵器がいればなぎ払える。再起動まで残り数時間を切ったんだ、もう少し粘ればこちらが勝つさ……おい、そこの傭兵! 何している!? 何だそこの女は?」
「あー、こいつは俺が苦労して確保したシンカナウス上陸後の案内人なんだ。ああ、許可はちゃんと取ってある、上に確認してくれ。そこの戦闘飛行艇も借りるぜ。そろそろ頃合いだろうからな」
「あ、おい!」
兵士が止めるのもろくに聞かず、ビーム式のカタパルト奥、開いていたシャッターの中に入り込み、目当ての移動手段を見つけた。
制御体作成計画において、当時、数種類の制御体が作成されていた。その際、人格パターンの完成度の高さにおいてエメレオが最終選考で選ばれ、ウォルターは選ばれなかった。その差はおそらく、エメレオだけが、祈り、希望していたからだ。
人間の人生傾向すら規定するきらいのあるソウルコードの存在を考えた時、どうしても、これが偶発的に作り上げられたのだとは思えなかった。
ひとつの意思が、もし、この世界を作り上げたのだとしたならば。この閉塞した世界に、それでも希望があるならば。
自分の才能と孤高には意味があるとしたら。何か巨大な目的のためなのだとしたら。
(よりよきものを導くために、このおびただしい試行があるのだとすれば――散っていく命の無念が、やがて成就し届く先を、僕は希望した)
そうして物思いにふけりながら作業をしていた時、『それ』は起きた。
――MOTHERの制御体の作りかけだった思考場を起動し、何十回目かになるパターン化のテストを行おうとした矢先――その思考場に、奇妙な揺らぎが生じたのだ。
画面に、テストのログやテスト結果の表示に混じって、試作機からの応答という形で、意味のある文字列が混ざり込んだ。
『あなたの問いと祈りは正しい。わたしはそれを届けたい』
――それが、エメレオのその後の運命を永遠に決定づけ、変えてしまう、十分間の始まりだった。
そうして、十分後。
「――おはよう、マスター。私の父、私の生み人。それとも、エメレオ、と呼びましょうか?」
微笑みを浮かべ、小首を傾げて。白く燦めく感情豊かな瞳を開いた、MOTHERの制御体の試作機が、そこにいた。
あまりにも奇跡的な完成をみたために、試作機完成を祝われた翌朝の食事の席では、呆然と朝食をつつきながら『神が降りた……』と、周囲には理解不能なことを呟いたわけだが。
過去に思いを馳せながら、天窓から抜けるように晴れた青空を仰ぎ、エメレオは息を吐いた。
気づけば、思いに沈む間に、手の中のカップは空っぽになっていた。
「人間とは何とちっぽけな存在なのか。思い知らされた日だったな……」
独りごちながらカップを捨てた。
おそらく、あと少しで自分の天命は果たされる。
だからこそ、自分の全てを賭ける価値がある。
口を引き結び、小さくよしと気合いを入れ直すと、エメレオは足早に持ち場を目指した。
*
オーギル海の上空は荒れていた。
おびただしい量の光線が水平線上の向こうから放たれては、揚陸艦が展開したシールドに大量に突き刺さって甲高い音を上げる。シンカナウスの防空システムの攻撃だ。頭上で炸裂する光にどうにかシールドは持ちこたえているものの、こうも数が重なると聞く人間の精神を削り疲弊させる。よもやそれが目的なのかと思うほど、嫌がらせに徹した仕上がりだ、といっそ感服すらした。
「クソッ、思うように進めやしない! 向こうの迎撃機能の破壊はまだなのか!」
「あの兵器どもに大分艦隊がやられたからな。安全な空域の確立が進んでいない状態なんだろうよ!」
ドリウスがリーデルを伴って甲板に出てくると、悪態を吐く兵士たちの声が耳に入った。頭上がうるさすぎて隣にいるリーデルの耳には聞き取れまいが、機械化されて識別能が上がっているドリウスの耳にはよく聞こえてくる。
「例の巨人兵器がいればなぎ払える。再起動まで残り数時間を切ったんだ、もう少し粘ればこちらが勝つさ……おい、そこの傭兵! 何している!? 何だそこの女は?」
「あー、こいつは俺が苦労して確保したシンカナウス上陸後の案内人なんだ。ああ、許可はちゃんと取ってある、上に確認してくれ。そこの戦闘飛行艇も借りるぜ。そろそろ頃合いだろうからな」
「あ、おい!」
兵士が止めるのもろくに聞かず、ビーム式のカタパルト奥、開いていたシャッターの中に入り込み、目当ての移動手段を見つけた。
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