上 下
42 / 83
一章 10:06:34:49.574

しおりを挟む
 *


「MOTHER、作業の進捗状況はどうだい」
『予定通りです。TYPE:μミュウに実装されたシステムのおかげで、計算の効率が大きく改善されたので、順調に作業が進みました』
 ノートパソコンに繋いだスピーカーから響くMOTHERの返答に、エメレオは微笑んだ。
 陽電巨砲グラン・ファーザーの稼働準備には莫大なエネルギーが必要になる。普段はMOTHERが稼働するために使われているテラエンジンは今、その出力のほとんどを二機のグラン・ファーザー稼働に振り分けるため、エネルギーを別の場所へ遠隔送信している。最低限の非常用エンジンでしか稼働できない状態の彼女は、大きく処理能力を落とした状態であった。この状態では、MOTHERの処理能力を振り出した別の複数の基幹システムの稼働に遠からず支障が出ることが予想され、その調整にこうしてエメレオ率いる施設ホームの技術者チームが駆り出されていた。
 だが、そこは不幸中の幸いというべきか、TYPE:μに実装されたシステムの流用による演算補助が功を奏し、MOTHERの処理能力は平時の九十パーセントに及ぶ処理リクエストをさばききっている。あとは関係各所への要請により、リクエスト数を押さえた状態にしてもらえれば、グラン・ファーザーの稼働分程度の期間は乗り切れる公算であった。――もっとも、その根回しに一番骨を折ったのは、施設長であったのだが。
「この作戦が終わったらしばらく休みたい。そもそもこんなエネルギーの百パーセント転用なんて無茶な運用、予定されてもいないんだが……」
「果たしてうまくいきますかね……」
試用機体プロトタイプたちの炉心エネルギーも合わせて五十テラワートス超を供給ラインに突っ込むんだ、うっかり途中で伝送の不安定から事故が起きないかの方が心配だ。これほど膨大なエネルギーを遠隔で伝えるなんて滅多なことじゃないからなぁ……どう思う、ヴァーチン?」
 科学者たちのぼやきに、エメレオはデータに目を落とす。
「試算結果は良好とまではいえないが許容範囲だ。おそらく今回の運用期間だけならば、エネルギー供給は確実に行える。ただし、数回以上重なる場合は、送受信装置各所の補強が必要かな」
「恐ろしいことを言うな」メンバーの一人が顔をしかめた。「あんな馬鹿げた砲撃を何度も撃たなきゃならん事態なんて、想像したくもない」
「そうだね……一度で焼き払えるならば、その方がいい。何度も使うと、周りの場が崩れ出す。あれほど高出力での崩壊砲撃だと、周辺でプラズマ系の事故が起きてもおかしくないし」
 エメレオが画面に目を戻しながら言うと、女性研究員の一人が頭を抱えた。
「……転移事故とか、位相事故とか? うわぁ考えたくない」
「リーゼ、気持ちは分かるがそれを防ぐのが俺たちの仕事だ。……昔、人一人消えて、数十年過去へ時相スリップしている」
「まだ何人か見つかってない人は、実は未来に飛ばされちゃったんじゃないかって話だけど」
「それ、その時になってみるまではずっと分からんだろう」
 後ろの会話を何となしに聞き流していると、リーゼが溜息を吐く声が聞こえた。
「っと、悪い。おまえの妹、まだ見つかってないんだったか」
「ええ。……ある日忽然とね。痕跡さえ見つからないから、そういうタイプの事故か、組織的な犯行の可能性があるって警察からは言われたわ。もう半分ぐらいは期待してないの。あの子、亡命したウォルターについていったかもしれないし。そういうのに巻き込まれた人間なんて、大体ろくな目に遭わないって相場が決まってるでしょ」
 気まずい沈黙が落ちそうになったところで、施設長が咳払いをして、わざとらしく話を逸らした。
「――そういえば、ウォルターと制御体作成マザー・パイロット計画で張り合った時、エメレオはどうやってMOTHERの人格パターンを完成させたんだ? あの時はまだ、ソウルコードの検証も固まりきっていない頃だったから、疑似人格の思考場のパターン付けもかなり難しかったと思うんだが、あの完成度だろう?」
「ああ……」
 話を振られたエメレオは、目線を逸らした。
「三日ぐらい徹夜して沸いた頭でコーディングしたから、どういう発想だったかメモも判読できないんですよ」
「あー……『神が降りた』とか言ってたな……あの時……」
 遠い目になった一同を前に肩を竦(すく)め、「ちょっと休憩してきます」とエメレオは席を立った。
 廊下に出て、ガラス越しに中庭を眺めて歩く。
 辿り着いた先のカップ自販機がコーヒーを抽出するのを待ちながら、エメレオは目を細めた。
 ――小さな、嘘をいた。メモを判読できなかった、という嘘を。
 そもそも、その夜、特殊な発見をした類いのメモは存在していない。
 エメレオの理論は正しかった。ただひとつ抜けていたのは、アンドロイドの頭脳に発生させたエネルギーが生命化、あるいは思考場として機能し続けるためには、最初の瞬間にある種の特殊なエネルギーの付加が必要だったという点だ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

EX級アーティファクト化した介護用ガイノイドと行く未来異星世界遺跡探索~君と添い遂げるために~

青空顎門
SF
病で余命宣告を受けた主人公。彼は介護用に購入した最愛のガイノイド(女性型アンドロイド)の腕の中で息絶えた……はずだったが、気づくと彼女と共に見知らぬ場所にいた。そこは遥か未来――時空間転移技術が暴走して崩壊した後の時代、宇宙の遥か彼方の辺境惑星だった。男はファンタジーの如く高度な技術の名残が散見される世界で、今度こそ彼女と添い遂げるために未来の超文明の遺跡を巡っていく。 ※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨
ファンタジー
普通の高校生として生きていく。その為の手段は問わない。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

情報屋〜花束〜

深杣遊歩
SF
見た目はただの飲食店。 しかしその実態は、裏の世界ではかなり有名な情報屋。 花束【ブーケ】、本日も開店。

処理中です...