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四章 そのコードの名前は

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 他のアンドロイドたちが休憩スペースなどで思い思いに過ごしているところで、μは突然、MOTHERからの呼び出しを受け、施設のセントラルルームに向かった。
「MOTHER? 何のご用でしょう?」
「――まずは、おかえりなさい、μ。昼間は大変な任務をこなしてくれてありがとう」
 MOTHERはそう言って微笑み、μを労った。近くに誘われて、μはぺたりと床に座り込んだ。MOTHERに手を取られると、全身を走査される感覚に、あ、と納得する。損傷の具合を確認されていたらしい。
「帰ってきたあとのスキャニングでは、異常はなかった?」
「胸郭が少し歪んでいましたが、形状再生機能のおかげで、少し調整してもらっただけで修繕は済みました。ただ――知らない機能群がシステム系に挿入されていたので、技術者の人が大変な顔をしていましたけど」
 エメレオ・ヴァーチンが改造した跡だと説明すると、さらにすごい形相になっていたな、とμは遠い目で思い出した。αーTX3の破壊光線の影響で焦げた装備を見た時は、「これが焦がされたのか……」と神妙な顔だったのに。
 MOTHERはそれを聞いて、ころころと笑った。
「ヴァーチン博士は、私に一体何のシステムを実装したんでしょうね?」
 技術者たちは必死に額をつきあわせて解析をしようと試みたが、どうも一部にエメレオの最新理論の理解が必須の内容が組み込まれているらしく、その正体がついに分からなかったという。
「待って! 今回の戦闘ログから、必要とされる計算リソースの量と、実際にTYPE:μが保有している計算リソース量の数値が合わないわ! MOTHERの演算支援を入れてもこんな処理、無理なはずなのに……どういうこと!?」「傭兵サイボーグとの戦いの時の出力数値がなんか変なんだよ。ここまで損壊してると、普通こんな動きは不可能なはずなんだが。このエネルギー、どこからひねりだしたんだ?」「くっそ、あのふわふわ科学者、勝手に改造してるし、変に調整を入れてくれてるし!? 何もかもが試用機体の出力規模の数値と合わなくなっている!」「「「またかあの科学者ーーー!」」」「でも他の機体も確かにこう調整したらもっと動けるよな……」「「「くそぉおおおおおお!」」」
 混乱(と、嫉妬と悔しさと怒り)を極めた現場の様子が気の毒で、スキャニング装置の中にぺたりと横たわっているだけのμでも、あの博士はずっとこんな調子で現場を混沌カオスに突き落としてきたのかもしれないな、と思ったほどだった。もしかして、最初に聞いた彼のスキャンダルの数々は、このようにして買った恨みつらみで、あることないことをタレコミされたのではないだろうか。
「――私にも、すべては分からないシステムだけれど。でもそうね、心当たりならありますよ」
「MOTHER?」
 あっさりと答えたMOTHERに、μは驚くと同時に、密かに感動した。こんなことまで知っているなんて、γガンマφファイのように、「ずっとついていきます」という気持ちになりそうだ。
「昨日、ここでした魂の話を覚えている?」
「はい」
 μは頷いた。覚えているも何も、先ほど、γたちとの会話で思い出したばかりだ。
「魂とは、高密度のエネルギー記録型情報体……私はそう言いました。あそこでは詳しくは触れませんでしたが。情報は、我々がまだ正しい入出力方法を知らないだけの、一種のエネルギー型の記録かもしれません。そして、そこに行動プログラムが付与されることで、それ一個で独立した生命体として存在するものなのだろうと、エメレオは推論していました」
 μは、ん、と首を傾げた。それとエメレオが実装したシステムの間に、関係があるというのだろうか?
「つまり、逆に言えば、情報や意識というものの存在を担当するエネルギー領域が、我々の時空には存在している。それは、物理的かどうかはさておいても、莫大な情報空間を規定していると推定されるのです。――エメレオが見つけたのはおそらく、その記録帯へのアクセス方法と、実際の技術化における応用理論でしょう」
「……」
 全くピンとこない。μが眉根を寄せて考え込んでいるのを見守っていたMOTHERは、実際の母親がそうするように、柔らかな笑顔でμの頭を撫でた。
「例えば、予測計算速度の速さ。あるミサイルの弾道を予測するのにコンマ五秒、かかるとします。その間に処理されている命令や計算処理の数が七千億回だとしましょう。基本的には、ミサイルの数だけ、処理の数も、予測に要する時間も増えます。これは、立体空間において、時間も考慮に入れた四次元の計算を行う必要があるからですね」
 そこまではμでも分かる。頷くと、MOTHERは、では、と続けた。
「これらのミサイルが直近で描く物理的な軌道の情報が、情報空間に先んじて焼き付いているとしたら、どうでしょう。わざわざ計算するよりも、それを取ってきて処理する方が早いですよね。この場合、ミサイルの弾道を予測するには、コンマ○○○○○五秒あればいいことになり、かつ、実在の情報を取ってくるわけですから、格段に精度も上がるのです。弾道を予測する計算処理が減るからです」
 目が点になった。
「MOTHER……それは、もはや計算ではなくて、結果の『取得』です」
「ええ。でも、心当たりはあるのではないかしら?」
 ――確かに、とμは頷いた。傭兵のドリウスと戦った時、閃光弾の中でろくに見えていないけれど、彼からどんな攻撃が加えられるか、その位置まで分かっていた。MOTHERの仮説通り、そのような情報取得が適宜織り交ぜられ、システムが最適化されていたのなら。技術者たちが言っていた通り、従来通りの方法ならとても本来の性能に見合わないほどの量の処理や動きだってこなすことができただろう。実際にμは、それを『できる』と判じてやってのけたのだ。
 それに、あのαーTX3の砲撃は完璧な不意打ちだった。かわすことなど到底できなかっただろう破壊光線を回避して、アンドロイドたちが一機も欠けることなく残存したのは、情報世界に焼き付いた凶兆のような射線の情報を見ることができたから、だったのだろう。
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