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四章 そのコードの名前は

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【μ、よせ! 無茶だ!?】
【無茶じゃない!】
 μがやろうとしていることは、仲間にも伝わっている。無茶なことは分かっている。だが――関係ない。関係ないのだ。僕だって嫌だ、とεが言ったのと同じだ。ここで何もせずに逃げるより、ずっとマシだ。
【――抜けないなら、せめて、嫌がらせぐらいはさせてもらう!】
 敵艦隊の牽制の弾幕を、一陣の風になって貫通する。戦闘機が追いすがる。あえて巨兵の射線に入る。砲撃が来るまで、残り時間があるかないか。来るなら来い、と度胸試しをけしかけた。μの示した蛮勇に、砲撃に巻き込まれたくない相手は躊躇ためらうように機首を上げた。その隙を縫ってμは駆け抜け、引き離した。――駆け引きに勝った。
【μ! ――あああ、もう、ままよ! ε、私たちだって手がないんだから、あの子の案に乗っかってから逃げたって変わらないわよね!?】
【――ずるい。でも、僕の負けだよ、λラムダ。……全員、μの支援に入れ!】
【無鉄砲ものめ】
【でも、嫌いじゃない、そういうの】
 アンドロイド二十三機が、そうして遅れて行動を開始した。
 機兵が近づく。胸元から、腹から、大腿部から、大量の火器が飛んでくる。あらゆる致死の軌道を、高速機動ですれ違い、掻い潜り、時に叩き落として前進し――あまつさえ、加速する。
 特攻ではあり得ない。これは、仕事とはいえ、託されたものを守るための戦いなのだから。
 手にしていた遠距離砲装のヘッドをわざと脱落させ、エネルギーを噴出するに任せた。手動で形状制御を最大限にかけていけば、身の丈以上もあるプラズマカッターが創出される。そのまままっすぐ前へ突き出せば、砲装は巨大な矛となった。
 最大速度にして、最大硬化を重ねたアンドロイドの突撃は、狙いをあやまたず――機兵を通り過ぎ、背後にいた駆逐艦のひとつに激突した。
「ぐぁあああああ!?」
「何だ!?」
「アンドロイドだ! あの空の悪魔どもが突っ込んできたぞ!」
 遠くで悲鳴が上がるのをアンドロイドの聴力で耳にしながら、艦船内部に突入したのを確認すると、μは迷わず壁に向かって拳を振るった。あっけなく壁を化粧していたパネルは壊れ、電気回線が露出する。
 電気信号を読み取ることも、そこに信号を与えることも、アンドロイドのμにとって造作はない。そして――暗号化を解き、戦艦の操作・制御システムのロックパターンを数秒で解析、解除。制御を乗っ取り、他のシステム各所も不正な信号を送ることで破壊した。
「――防御を抜けないなら、崩すまでだ……!」
 突如、姿勢を保持していたはずの戦艦が急旋回を始めた。
「今度は何だ!?」
「おかしいです、艦長! 舵がききません……っ!?」
「何だとぉお!?」
 仰天の声の間に、戦艦はほぼ横倒しになり――制御を失って、回転しながら宙を滑るただの金属の塊と化した。
 μは最後の信号を送り――艦内に残っていた全弾すべてに対する自爆命令をセットし終えると、急いで戦艦の外装を突き破って脱出する。機兵の巨大な脚部がすぐ側まで迫っていた。
(ごめんなさい、ごめんなさい――!)
 謝りながら、μは急降下し、海面に近い低いところを鋭く飛んだ。計算が正しければ――今から始まる凶悪な嵐は、海に近い方がまだ回避できるはずだった。
 そして、指定された時間に合わせ、戦艦は一体の巨大機兵の右膝裏に激突。凄まじい爆発を起こしながら撃沈した。
 全く同じタイミングで、別の戦艦が他のアンドロイドたちの工作を受け、巨兵の右肩に正面から激突する。
 機兵は不気味な唸りを上げながら姿勢を崩した。発射された砲塔からの光線が隣の機兵を撫で上げて、見当違いの上空へと上っていく。
 直撃を食らった機兵も大爆発を引き起こし、その爆風と衝撃は周りの機兵の姿勢をさらに崩した。海面からの浮遊を制御していたのは背中と足裏だったらしく、海へと機兵の大質量が墜落するのを止められるほどの性能ではなかったようだ。すさまじい量の海水が跳ね上げられ、狙いのぶれた熱線が水に触れれば激しい水蒸気爆発が連続して巻き起こる。大瀑布が降り注ぐ混沌とした中を、μは必死に飛んで逃げ切った。
『な――何だとぉおおおおおおおおお!?』
 ウォルター・バレットの驚愕の叫びが、このせめてもの意趣返しが、ぎりぎりの成功を収めたことを意味している。
【っ――これ以上の戦果はない。撤退だ!】
 εの声に、μも他のアンドロイドも、なりふりかまわず敗走を始めた。
 背後で起きている凄まじい爆発音の連鎖に、何が起きているのか振り返るのも恐ろしくなった。


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