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三章 人形部隊(ドールズ)

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 サエレ基地は、エメレオたちが落ち合った場所からさらに南東へ進んだ都市郊外にある陸軍基地だ。海に面していたμたちの訓練施設である研究・生産区画とは対照的に、山陰に張りつくか、あるいは息を潜めるように存在していた。
 基地が擁するのは、第一から第七までの七つの旅団と五つの大隊、総勢二○六九四名からなる、シンカナウス陸軍・第三歩兵師団。μたち戦闘型アンドロイドのような、いわゆる『イロモノ』を含む特殊部隊などのように、先端技術を投入した戦術作戦を行ってきた歴史ある部隊だという。
「本来、君たちはここの特殊部隊所属として投入される予定だった。人形部隊ドールズとでも呼称されるのかな。予定外に早く第一陣が到着した、ということになるだろうね」
 そう話したのはエメレオだ。

 だが。サエレ基地に入った戦闘型アンドロイドはTYPE:μミュウ、TYPE:λラムダ、TYPE:εイプシロンの三名だけではなかった。

 ずらっと並んだ『二十四機』のアンドロイドたちは、司令官からの辞令を正式に受けるべく待機中で、全員不動の姿勢を取っている。
 が、うつむきがちなポーカーフェイスが二十四面揃った裏では、内緒話で大いに盛り上がっていた。通信ログに残さないよう、低位ロープラズマでエネルギー化された暗号を体表で高速受発信してのやりとりである。
 そんな秘密回線をこっそり作ったことが露見すれば、おそらく司令本部も人類も冷や汗もののエネルギー発生機能の応用なのだが、当の本人たちからしてみれば、学園に通う子供がするがごとく、上位者に隠すための内緒話の類いで編み出された方法であった。
 μはハラハラと若干の罪悪感を抱えつつも、秘密の共有という楽しそうな状況に負けて、しっかりこの通信に参加していた。

【まさか……残り全員、こっちに待機戦力として移してあったとはね……MOTHERは抜かりないな】
 こっそり無表情で溜息をつくという器用な真似をしたのはTYPE:εである。
【やっほーーー! μ、λ、ε! 先行出撃、もとい抜け駆けして体験してきた外はどうだったーーー!?】
【人聞きが悪いことを言うな、ωオメガ
【だって気になるじゃん、αアルファ!】
【どうもこうもないわよ。初っ端からμは不審な機械人間とベースボディ勝負の肉弾戦で損傷、応援に入った私は重火器弾幕をお披露目したけど全弾スカ。εは侵入勢力の一掃作業で、少しナカが焼けたとか言ってなかった?】
【ちょっと熱くなりすぎちゃってね。出力調整を間違えた】
【【【すごーーーーーい! 実戦いいなーー!】】】
【ちっとも良くない……】
 人間の誰にも届かないところでこっそり歓声が上がり、μは嘆息する。装甲はだいぶ修復できてきたが、あまりボディに凹みは作りたくない。
【一応、エントのものと思わしき機械人間は撃退、武装ヘリの一団は全機破壊済み。要人の守護にも最低限成功。一定の戦果は上げたけど……】
【問題は、軍人抜きで全部アンドロイドがやっちゃったことよねぇ……】
 憂鬱そうにλがぽつりと漏らした。
【ああ、たぶんあとで問題になる】εも頷いた。【一応、最低限、人間の指令を受けたMOTHERの指揮によって、という建前はあるが、十分人間の脅威になる可能性を示してしまったようなものだ。安全規定セーフコードに照らせばだいぶ危うい】
【MOTHERと俺ら、大丈夫かな?】とαが心配し、
【あー、廃棄処分スクラップかぁ……短い機生だったなぁ……】とωが遠い目で黄昏れた。
【冗談にもならないおふざけはやめろ、笑えない】
【そう言うなε。そもそも我らってば生命なのだろうか】
【我らってば我らなんだから】
γガンマφファイ、うるさい】
【εの頑固頭ー】
【優等生ー】
【おまえたち、あとで一緒に反省室行き】
【【巻き込まれる前提!?】】
【……変な低位ロープラズマが周辺に流れていると思ったら、君たち、何か面白そうな方法で通信してるね】
【博士!?】
 μは心の中でぎょっと目を剥いた。
 通信に割り込んできた別の信号は、なんとエメレオの手元の端末と謎の装置が発信源だった。
【何でその通信方式が使えるんですか!?】
【いや、僕も同じことできないかなーって、ちょうど最近端末を改造してたから……暗号解読プログラムは今即興で組んだけど】
【【【鬼みたいな能力……!】】】
 天才怖い、とアンドロイド一同はポーカーフェイスの裏で震え上がった。
【いや、無表情でそんな会話をしている君たちも大概っていうか。MOTHERもこんな面白いことになってるなら教えてくれたら良かったのに】
 エメレオは薄く笑みを浮かべた。

 その時、μは複数人の接近を感知して、そちらをちらりと見やった。

 先頭に立って近づいてきたのは妙齢の女性だった。プラチナブロンドの長髪にちらりと見え隠れする階級章は将官のものだ。つまり、彼女が基地の司令官か、とμは密かに観察する。
「――これがプロトタイプ全機か、博士」
 発された声は硬い。
「ええ。二十四機、αからωまで、連番です」
「それぞれどのようなスペックか、ブラックボックスは期日まで解放できないと聞いた。特例解放は仕様上できないとMOTHERから返答があったが、この状態で運用するには不安が残る。安全の保証は?」
「私がいる。それがすべてです」
「――今、何と?」
 ぴくぴくと女性のこめかみが引きつっている。さもありなん、とアンドロイドたちは思った。何の根拠だ、とμも頭を抱えた。
「基本的に、設計から技術まで、私が選び開発したものが詰め込まれている。軍がよほど理不尽な扱いをしない限り、安全だと胸を張って何度でも言いましょう」
「……大した自信家だ。あるいは底抜けの阿呆か?」
 彼女は頭を振った。
「十二ヶ月以上、研究員の誰ともトラブルは起こしていない。一日以上、見知らぬ私が一緒に過ごしても死んでいない。安全基準はご存じでしょう?」
「……最低ラインは満たしていると言いたいわけか」
 ふん、と女性は鼻を鳴らした。
「――いいだろう。使い倒して壊しても文句は言うなよ」

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