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二章 欠陥だらけの殺戮人形(キリングドール)
五
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「っ、μ――!」
エメレオは急発進した車の座席から身を起こし、耳をつんざくような轟音に一瞬肩をすくめた。
ルームミラーに手をかざして角度を調整し、背後を確認すれば、遠ざかる景色の中、ぶつかり合った二人の人影が見える。
ひとまず、しばらくは持ちこたえそうだが――。考えたエメレオは軽く首を振り、車の通信装置と自分の懐に入れていた端末を接続した。
「――〝パペット〟だ。当初想定されたとおり、獲物が釣れた。かなり暴れている」
『了解。押さえ込むために増援を送り出している』
「急いでくれ。他にもまだいるかもしれない」
通信相手――国家保安局の局員に頼みながら、エメレオは目を伏せた。
(――すまない、μ)
天才科学者、エメレオ・ヴァーチンを囮にした、敵性勢力のあぶり出し。最初は、連絡をしてきたMOTHERの発案だった。
(『おそらく、向こうには「時間がない」のではないか、と思うのです』)
記憶の中で、MOTHERの声が蘇る。
(『期限が決まっているからこそ、その前に、できるだけ収穫できそうなものは収穫し、潰せるものは潰しておく。一連のエージェントたちの様子からは、そういった動きが予測されました。――なので、博士。彼らが欲しいと思っているあなたを囮にして、このまま現状のアポイントメントへの対応を続行し、釣り出すことはできないかしら?』)
無茶な提案だなぁ、と、一昨日の夜のエメレオは苦笑した。それでも何とかやってのけた。通信が傍聴されている可能性を考慮して、λたちには何も言えなかった。せめてあの『物騒な会合』の一言で、何かしら事情を察してくれていればよいのだが。
「……だが、このままでは終わらせない」
通信端末を操作して、エメレオは呟いた。
「僕は僕の力で、あの子を守る。――僕謹製の最高傑作のシステムだ、お試し体験と行こうじゃないか」
口元に笑みが浮かんでしまうのは、少しだけ許してほしい。男の子のロマンというやつだ。
通信装置の画面に表示されたメッセージに従い、ポケットから取り出した黒いキーカードを装置の下のスリットに差し込んだ。
――システム□□□□、機能限定解除。□□□□領域と接続。リソースの規定量を確認。演算フィールドを制定。
エメレオが施したログハック対策のマスキング処理によって、ほとんど意味を成さないメッセージが画面上に流れる。
「――情報とは何だと思う、μ」
エメレオは遠くから彼女に向かって語りかける。届くはずがない、だから、これは科学者の独り言だ。
情報。最も一般的な意味で言えば、それは『知らせ』だ。だから、情報は知らせる、作る主体がいなければ情報たり得ない。
ならば、情報とは知らせる主体の生命活動の結果である。生命活動は複雑な仕組みをしているが、すべての仕組みの間にはそれぞれに情報伝達系が存在する。情報はあらゆるところに遍在する。
――本当に?
エメレオがそれに気づいたのは本当に『偶然』だ。情報は一種のエネルギー場を規定している。情報は質量を伴うものではない、概念だ。
だが、質量を得る前の『段階』が物質には存在している。
「生命が必然的に発生するのであれば、すべての出来事には目的と意味が生じる。この宇宙は何らかの目的を持って存在する。ならば――発生の前に必ず、必然を招く『情報』が、理由がある」
固体液体気体、そして幽体。
この質量に溢れた宇宙の原点は超高温高密度のプラズマだ。そのエネルギー量はエメレオの視点から見れば、まさに神の生誕と受肉に等しい。その原点の向こうに、さらに大量のエネルギーを、情報を、物語を、エメレオは幻視した。
「量子とは波であり点である。それは視点や次元が異なるだけで、単なる見方の話。僕からすればその正体は、概念的にいえば、塵のような肉体を得た巨大なエネルギー……いいや、意志の欠片」
だから、順序が逆なのだ。
情報とは知らせる主体の生命活動の結果――ではない。
情報とは、生命の正体そのもの。生命とは意志あるエネルギーだ。そして、世界の塵になり損なっただけの、エネルギーはそこかしこに存在している。
「この宇宙が『肉』を得たのはたったの数パーセントぽっち。残りの十数から数十パーセントは……『僕たち』だ」
MOTHERは、魂を高密度のエネルギー記録型情報体と表現したけれど。
「魂とは、存在理由を確かに宿した指向性を持ったエネルギーの塊、いわば意識だけを持った生命、意識体だ。それが物質として記録されていたのが、僕が見つけたソウルコード。物質的なソウルコードから逆再生して、エネルギーを意識体たらしめるには、エネルギーにプログラムを宿すための継続的な接点と場と、それなりのエネルギー量が必要だが――幸い、君たちの体でも再現できた。『協力者』は必要だったけどね」
だからそう、これは、その発展型。
「さあ、準備はできた。魂を宿した、世界初の、いや、宇宙初の人造生命。君たちを次の段階へ進めよう」
「っ、μ――!」
エメレオは急発進した車の座席から身を起こし、耳をつんざくような轟音に一瞬肩をすくめた。
ルームミラーに手をかざして角度を調整し、背後を確認すれば、遠ざかる景色の中、ぶつかり合った二人の人影が見える。
ひとまず、しばらくは持ちこたえそうだが――。考えたエメレオは軽く首を振り、車の通信装置と自分の懐に入れていた端末を接続した。
「――〝パペット〟だ。当初想定されたとおり、獲物が釣れた。かなり暴れている」
『了解。押さえ込むために増援を送り出している』
「急いでくれ。他にもまだいるかもしれない」
通信相手――国家保安局の局員に頼みながら、エメレオは目を伏せた。
(――すまない、μ)
天才科学者、エメレオ・ヴァーチンを囮にした、敵性勢力のあぶり出し。最初は、連絡をしてきたMOTHERの発案だった。
(『おそらく、向こうには「時間がない」のではないか、と思うのです』)
記憶の中で、MOTHERの声が蘇る。
(『期限が決まっているからこそ、その前に、できるだけ収穫できそうなものは収穫し、潰せるものは潰しておく。一連のエージェントたちの様子からは、そういった動きが予測されました。――なので、博士。彼らが欲しいと思っているあなたを囮にして、このまま現状のアポイントメントへの対応を続行し、釣り出すことはできないかしら?』)
無茶な提案だなぁ、と、一昨日の夜のエメレオは苦笑した。それでも何とかやってのけた。通信が傍聴されている可能性を考慮して、λたちには何も言えなかった。せめてあの『物騒な会合』の一言で、何かしら事情を察してくれていればよいのだが。
「……だが、このままでは終わらせない」
通信端末を操作して、エメレオは呟いた。
「僕は僕の力で、あの子を守る。――僕謹製の最高傑作のシステムだ、お試し体験と行こうじゃないか」
口元に笑みが浮かんでしまうのは、少しだけ許してほしい。男の子のロマンというやつだ。
通信装置の画面に表示されたメッセージに従い、ポケットから取り出した黒いキーカードを装置の下のスリットに差し込んだ。
――システム□□□□、機能限定解除。□□□□領域と接続。リソースの規定量を確認。演算フィールドを制定。
エメレオが施したログハック対策のマスキング処理によって、ほとんど意味を成さないメッセージが画面上に流れる。
「――情報とは何だと思う、μ」
エメレオは遠くから彼女に向かって語りかける。届くはずがない、だから、これは科学者の独り言だ。
情報。最も一般的な意味で言えば、それは『知らせ』だ。だから、情報は知らせる、作る主体がいなければ情報たり得ない。
ならば、情報とは知らせる主体の生命活動の結果である。生命活動は複雑な仕組みをしているが、すべての仕組みの間にはそれぞれに情報伝達系が存在する。情報はあらゆるところに遍在する。
――本当に?
エメレオがそれに気づいたのは本当に『偶然』だ。情報は一種のエネルギー場を規定している。情報は質量を伴うものではない、概念だ。
だが、質量を得る前の『段階』が物質には存在している。
「生命が必然的に発生するのであれば、すべての出来事には目的と意味が生じる。この宇宙は何らかの目的を持って存在する。ならば――発生の前に必ず、必然を招く『情報』が、理由がある」
固体液体気体、そして幽体。
この質量に溢れた宇宙の原点は超高温高密度のプラズマだ。そのエネルギー量はエメレオの視点から見れば、まさに神の生誕と受肉に等しい。その原点の向こうに、さらに大量のエネルギーを、情報を、物語を、エメレオは幻視した。
「量子とは波であり点である。それは視点や次元が異なるだけで、単なる見方の話。僕からすればその正体は、概念的にいえば、塵のような肉体を得た巨大なエネルギー……いいや、意志の欠片」
だから、順序が逆なのだ。
情報とは知らせる主体の生命活動の結果――ではない。
情報とは、生命の正体そのもの。生命とは意志あるエネルギーだ。そして、世界の塵になり損なっただけの、エネルギーはそこかしこに存在している。
「この宇宙が『肉』を得たのはたったの数パーセントぽっち。残りの十数から数十パーセントは……『僕たち』だ」
MOTHERは、魂を高密度のエネルギー記録型情報体と表現したけれど。
「魂とは、存在理由を確かに宿した指向性を持ったエネルギーの塊、いわば意識だけを持った生命、意識体だ。それが物質として記録されていたのが、僕が見つけたソウルコード。物質的なソウルコードから逆再生して、エネルギーを意識体たらしめるには、エネルギーにプログラムを宿すための継続的な接点と場と、それなりのエネルギー量が必要だが――幸い、君たちの体でも再現できた。『協力者』は必要だったけどね」
だからそう、これは、その発展型。
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