17 / 83
二章 欠陥だらけの殺戮人形(キリングドール)
四
しおりを挟む
*
アンドロイドにもフレーバーとしての個性はある。しかし、μたちほど癖や個性を発現したアンドロイドは他にはいないと、施設の技師たちから聞いたことがある。警護任務に着くタイプのアンドロイドは何度か学習訓練で見たことがあるものの、これほど強い目や覇気は持たないはずだ。μはこっそりと、男の様子をうかがった。
「――ずいぶん熱い視線をくれるな、ガール」
「!」
口を開いた彼に、μは少し驚いた。
「気づかれてないと思ってたかい? お手本みたいな型どおりの動きだから、すぐに分かっちまったよ」
「……失礼いたしました」
目を伏せて謝罪しながら、内心首をかしげる。喋りに妙な訛りがある。
(……アンドロイドなら訛りがあるのは妙だ……もしかして、生体の大部分を機械で代替したサイボーグ人間?)
「あの。もしかして、エントの方ですか」
ぴゅう、と口笛が鳴った。
「正解だ。何で分かった?」
「見た目から、我が国で多く見られる人種ではないことは言わずもがな。あとは……訛り、です」
「すげぇな、少し話しただけで当てるとは。さすがシンカナウスの、いや、ヴァーチン博士の技術というべきか? どっから見ても人間にしか見えないが。……いや、やっぱおまえはアンドロイドだな、ガール。まだまだ表情が硬い」
ニヤニヤと笑う男に、μはますます眉が寄る。――何かが嫌な男だ。得体の知れない予感を覚えて、μの体の中の温度が少し下がったような気がした。
「ドリウスだ」
右手が差し出される。μは眉を寄せながら、渋々握手をした。
「ガール、そんなに怖い顔をするもんじゃない。俺は今でこそこんな体だが、これでもエントでは名の知れた傭兵さ」
「……傭兵の方が、どうしてこんなところに?」
「うん、そりゃ、秘密の話をしにきた高官の護衛に決まっているだろう? 分かるだろう、ガール」
ちらりとエメレオを見る。先ほどから聞こえてくる会話の断片からすると、物騒な会合と言ったことの正体が分かる。
「……軍事演習に関する打合せが?」
「エント軍とシンカナウス軍での共同演習だ。このあたりの海で行う予定でね、今日はアンドロイドも投入しての演習が可能かどうか、技術的に相談したくて、あんたの生みの親に相談しにきたって訳さ」
「……」
エント。知識の中では、確か、シンカナウスの技術者たちと共同で何か兵器の軍事開発をしている国だという話だったが。
それにしても、さっきから何かがぴりぴりとする。首の後ろを灼くような、何かが。
「μ」
エメレオがこちらを呼ぶ声がした。
「ちょっと実地で見ないといけなくなってね。海沿いの三十四番基地まで移動するそうだ。来てくれるかい」
「――はい、ただいま」
結局、首のちりちりとした違和感の正体は分からぬまま、μはエメレオに追従しようとして――
「――待て」
「へぇ、まさか止められるとは思わなかった」
エメレオの背へ伸ばされた、ドリウスの手をつかんでいた。体の陰に隠れて見えないが、空気中に漂うのは、即効性の薬剤の成分だ。人間の意識を数秒で刈り取るには十分な代物である。
何を言うこともなく、μは素早くドリウスを投げ飛ばした。役人だといったグループの視界や動きを制限できれば、それでいい。
「ミュ――ぐほっ」
「行きますよ、博士」
ぽかんとしている間抜け顔の優男の腹に、肘をひっかけて抱え上げる。
「ごふっ、ちょ、いいところに入ったんだけ――」
「舌噛んで死にたいならしゃべっていいですよ」
「ごめん」
鉄製の脚のテーブルを磁力で浮かせ、さらに周囲を攪乱。豪速でホールのガラスにぶつけた。派手な音をたててガラスが弾け飛ぶ。破片の雨を追い越して吹き散らすように突っ切ると、遠隔で発進信号を送信しておいた車がやってきた。その中に、開いたルーフの上からエメレオを(できる限り力加減をして)突っ込んだ。
シートの上でもんどり打って転がるエメレオに言い放つ。
「――逃げてください、博士。どうやらエントはあなたの身柄が欲しいみたいです」
「ああ、知ってる」
μが片眉を上げると、息を整えていたエメレオは苦笑した。
「十年来の友人兼護衛に、向こうへの亡命を打診されてね。僕は嫌だと言ったら、殺されかけて、逃げたんだ」
ああ、だから。それで昨夜、彼は急いでやってきて、MOTHERに助けてほしいと言ったのだ。事情を漠然と察しながら、μは一言だけ発した。
「――ご愁傷様です」
ルーフを閉めると、μは振り向いた。車が慌ただしく発進するのを背にして、突っ込んできたドリウスの重い突進を受け止める。およそ人間が発揮できる速度ではない。ガン!と鐘楼を割るような金属音があたりに鳴り響いた。
「けっ、無傷かよ。大層丈夫な体してんじゃねぇか。こちとら十数年改造を重ね、Gにも衝撃にも強くしたってのによ。たった数年で開発されたアンドロイドに先を超されちゃ、俺の体が泣いちまわぁ」
「……あなたの苦労話なんか知ったことじゃない……!」
受け止めた腕がぎちぎちと軋みを上げた。機械化されているせいか、出力だけならアンドロイドにも迫る勢いだ。
「つれねぇなぁ、ガール。若いんだから、ちったぁおっさんの話に付き合ってくれや――なァ!」
吼えるような笑い声。それが開戦の合図となった。
アンドロイドにもフレーバーとしての個性はある。しかし、μたちほど癖や個性を発現したアンドロイドは他にはいないと、施設の技師たちから聞いたことがある。警護任務に着くタイプのアンドロイドは何度か学習訓練で見たことがあるものの、これほど強い目や覇気は持たないはずだ。μはこっそりと、男の様子をうかがった。
「――ずいぶん熱い視線をくれるな、ガール」
「!」
口を開いた彼に、μは少し驚いた。
「気づかれてないと思ってたかい? お手本みたいな型どおりの動きだから、すぐに分かっちまったよ」
「……失礼いたしました」
目を伏せて謝罪しながら、内心首をかしげる。喋りに妙な訛りがある。
(……アンドロイドなら訛りがあるのは妙だ……もしかして、生体の大部分を機械で代替したサイボーグ人間?)
「あの。もしかして、エントの方ですか」
ぴゅう、と口笛が鳴った。
「正解だ。何で分かった?」
「見た目から、我が国で多く見られる人種ではないことは言わずもがな。あとは……訛り、です」
「すげぇな、少し話しただけで当てるとは。さすがシンカナウスの、いや、ヴァーチン博士の技術というべきか? どっから見ても人間にしか見えないが。……いや、やっぱおまえはアンドロイドだな、ガール。まだまだ表情が硬い」
ニヤニヤと笑う男に、μはますます眉が寄る。――何かが嫌な男だ。得体の知れない予感を覚えて、μの体の中の温度が少し下がったような気がした。
「ドリウスだ」
右手が差し出される。μは眉を寄せながら、渋々握手をした。
「ガール、そんなに怖い顔をするもんじゃない。俺は今でこそこんな体だが、これでもエントでは名の知れた傭兵さ」
「……傭兵の方が、どうしてこんなところに?」
「うん、そりゃ、秘密の話をしにきた高官の護衛に決まっているだろう? 分かるだろう、ガール」
ちらりとエメレオを見る。先ほどから聞こえてくる会話の断片からすると、物騒な会合と言ったことの正体が分かる。
「……軍事演習に関する打合せが?」
「エント軍とシンカナウス軍での共同演習だ。このあたりの海で行う予定でね、今日はアンドロイドも投入しての演習が可能かどうか、技術的に相談したくて、あんたの生みの親に相談しにきたって訳さ」
「……」
エント。知識の中では、確か、シンカナウスの技術者たちと共同で何か兵器の軍事開発をしている国だという話だったが。
それにしても、さっきから何かがぴりぴりとする。首の後ろを灼くような、何かが。
「μ」
エメレオがこちらを呼ぶ声がした。
「ちょっと実地で見ないといけなくなってね。海沿いの三十四番基地まで移動するそうだ。来てくれるかい」
「――はい、ただいま」
結局、首のちりちりとした違和感の正体は分からぬまま、μはエメレオに追従しようとして――
「――待て」
「へぇ、まさか止められるとは思わなかった」
エメレオの背へ伸ばされた、ドリウスの手をつかんでいた。体の陰に隠れて見えないが、空気中に漂うのは、即効性の薬剤の成分だ。人間の意識を数秒で刈り取るには十分な代物である。
何を言うこともなく、μは素早くドリウスを投げ飛ばした。役人だといったグループの視界や動きを制限できれば、それでいい。
「ミュ――ぐほっ」
「行きますよ、博士」
ぽかんとしている間抜け顔の優男の腹に、肘をひっかけて抱え上げる。
「ごふっ、ちょ、いいところに入ったんだけ――」
「舌噛んで死にたいならしゃべっていいですよ」
「ごめん」
鉄製の脚のテーブルを磁力で浮かせ、さらに周囲を攪乱。豪速でホールのガラスにぶつけた。派手な音をたててガラスが弾け飛ぶ。破片の雨を追い越して吹き散らすように突っ切ると、遠隔で発進信号を送信しておいた車がやってきた。その中に、開いたルーフの上からエメレオを(できる限り力加減をして)突っ込んだ。
シートの上でもんどり打って転がるエメレオに言い放つ。
「――逃げてください、博士。どうやらエントはあなたの身柄が欲しいみたいです」
「ああ、知ってる」
μが片眉を上げると、息を整えていたエメレオは苦笑した。
「十年来の友人兼護衛に、向こうへの亡命を打診されてね。僕は嫌だと言ったら、殺されかけて、逃げたんだ」
ああ、だから。それで昨夜、彼は急いでやってきて、MOTHERに助けてほしいと言ったのだ。事情を漠然と察しながら、μは一言だけ発した。
「――ご愁傷様です」
ルーフを閉めると、μは振り向いた。車が慌ただしく発進するのを背にして、突っ込んできたドリウスの重い突進を受け止める。およそ人間が発揮できる速度ではない。ガン!と鐘楼を割るような金属音があたりに鳴り響いた。
「けっ、無傷かよ。大層丈夫な体してんじゃねぇか。こちとら十数年改造を重ね、Gにも衝撃にも強くしたってのによ。たった数年で開発されたアンドロイドに先を超されちゃ、俺の体が泣いちまわぁ」
「……あなたの苦労話なんか知ったことじゃない……!」
受け止めた腕がぎちぎちと軋みを上げた。機械化されているせいか、出力だけならアンドロイドにも迫る勢いだ。
「つれねぇなぁ、ガール。若いんだから、ちったぁおっさんの話に付き合ってくれや――なァ!」
吼えるような笑い声。それが開戦の合図となった。
0
本業が忙しいため、なかなかコメントへの返信はできませんが、すべて読ませていただきます。ご感想ありましたら嬉しいです。
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
宇宙打撃空母クリシュナ ――異次元星域の傭兵軍師――
黒鯛の刺身♪
SF
半機械化生命体であるバイオロイド戦闘員のカーヴは、科学の進んだ未来にて作られる。
彼の乗る亜光速戦闘機は撃墜され、とある惑星に不時着。
救助を待つために深い眠りにつく。
しかし、カーヴが目覚めた世界は、地球がある宇宙とは整合性の取れない別次元の宇宙だった。
カーヴを助けた少女の名はセーラ。
戦い慣れたカーヴは日雇いの軍師として彼女に雇われる。
カーヴは少女を助け、侵略国家であるマーダ連邦との戦いに身を投じていく。
――時に宇宙暦880年
銀河は再び熱い戦いの幕を開けた。
◆DATE
艦名◇クリシュナ
兵装◇艦首固定式25cmビーム砲32門。
砲塔型36cm連装レールガン3基。
収納型兵装ハードポイント4基。
電磁カタパルト2基。
搭載◇亜光速戦闘機12機(内、補用4機)
高機動戦車4台他
全長◇300m
全幅◇76m
(以上、10話時点)
表紙画像の原作はこたかん様です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
伯爵令嬢の秘密の知識
シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる