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二章 欠陥だらけの殺戮人形(キリングドール)
三
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「MOTHER……お願いです、私たちもTYPE:μの支援に行かせてください」
「μ一人だけでは、これまでの実績からして、カバー力に若干の不安があります。僕たちもバックアップを行うことで、よりヴァーチン博士に万全の警備体制が敷けるかと思うのですが」
セントラルルームに入ってくるなり、開口一番、TYPE:λとTYPE:εの二人はそう並べ立てた。
その声を聞いていたMOTHERはというと、目を伏せて周囲の情報負荷を減らし、一連の演算処理を行っていたところだった。きりがいいところでバックグラウンド処理に切り替えたらしく、振り向いたMOTHERは、あら、と口元に微笑みを佩いた。
「珍しい組み合わせの二人だこと。εは昨日、μと話をしていたわね。ここに来させるきっかけになったこと、案外、気に負っていたりするのかしら?」
「分かってるんなら言わないでください……」
εは眼を逸らした。本人からは優等生と目されて、湿度の高い眼で見られることの多い彼でも、わずかながら後ろめたい思いをしているらしい。
「……μの支援に行きたい理由は?」
MOTHERが訪ねると、λが一歩前に踏み出した。
「あの子は優しい子です。下手をすれば殺傷行為が発生するような、武力行使の伴う任務では、一瞬のためらいが致命的な事態に繋がる恐れがあります」
MOTHERは小首をかしげた。
「…………それを示唆する具体的データはありませんね。これまでの生体を対象とした模擬戦闘では、彼女は問題なく対象の動物を殺しています。誤差も想定の範囲内に収まっていますが、それでも任務の障害となり得ると感じますか?」
そうだ。λはMOTHERの疑問に歯がみした。なまじ、μは真面目だ。求められる結果を出そうとする。だから、殺傷行為を想定した訓練でも、求められる成果の範囲に結果を収めるように努力している。それでもμが本当は殺すという行為を苦手としていることぐらいは、周りのアンドロイドも分かっている。MOTHERがそれを知らないはずがないのに。
「別の観点から、本件について僕は疑問を呈します」
隣でεが声を上げる。MOTHERは片眉を上げて続きを促した。
「エメレオ・ヴァーチン博士。彼は確かに、その頭脳と技術力は他の追随を許しません。彼を失うことは我が国シンカナウスにとっても重大な損失になり得る。それゆえに、護衛が常に彼の周りには配されていたはず。――なぜ、今、彼の側にはμしかいないのですか? 本来彼の側にいるべき護衛はどこに行ったのですか?」
そして、とεは続けた。
「博士は、今、誰も信用できない状態にあると言っていた。人間よりも自分が開発したアンドロイドの方がよほど信用できる、と。――何か、隠していませんか、MOTHER。護衛任務に就くにあたって、μに告げるべきことが、もっとあったんじゃないですか?」
「――まさにその件について、今、情報の裏取りを進めていたのですよ」
MOTHERは冷静な声で、εの猜疑をなだめた。
「不確かな情報で彼女を混乱させるわけにはいかないので、あの夜は何も言えなかった、というのが正しい。緊急事態が発生した直後だったものですから、μには来るものすべてに対処してもらうという選択しかとれませんでした」
「緊急事態?」
「エメレオ・ヴァーチンがたった一人でこのセントラルルームにやってきたのは、施設内で小規模戦闘が発生していたせいです。対処したのはゼムでした」
思わぬ返答に、二人は息を呑む。施設内のすべての出来事を把握しているのは、警備員や施設管理者の他にはMOTHERしかいない。戦闘型アンドロイドたちが感知できない規模とごく短時間での戦闘ということは、ほぼ数秒で勝敗が決したということだ。
「戦闘で死者が一名、出ています。――亡くなったのは、博士の護衛であるパトリック・ファラー。本名は、どうやらルゼルガム・ウォーというようですが」
本名? λは目を見開いた。それの意味するところは、つまり。
「博士の護衛が、他国のエージェントだったってことですか?」
「残念ながら」
十年来の護衛でしたので、彼にも予想外の事態だったようですが、とMOTHERは呟いた。
「その可能性が高いと判定したために、私はエメレオに警告を行いました。それを受け、最も重要な機密情報を奪取される危険を回避するために、博士はゼムを盾にして時間を稼ぎ、単独でこのセントラルルームがあるエリアに逃げ込んでいます」
「そこにたまたまμがいて、巻き込まれた……? しかも、帰り道に、もう一度ヴァーチン博士は襲われている……」
λの言葉に、MOTHERは頷いた。
「一連の出来事は同じ勢力の差し金です。そして、攻撃はまだ終わっていません。彼らの目的は、エメレオ・ヴァーチンの奪取もしくは殺害。さらには――」
MOTHERの告げた内容に、λたちは目を瞠る。
「――おや、政府からメッセージが入りましたね」
MOTHERは宙を見上げて呟いた。メッセージの内容を咀嚼していたのか、視線を少し巡らせたあと。
「……指令。緊急事態につき、追加の戦力投入の承認が成されました。二人とも、TYPE:μの支援につきなさい」
λとεは顔を見合わせ、急いでセントラルルームを飛び出した。
一人、セントラルルームの中央で、MOTHERは目を伏せる。
「――たまさかに? いいえ、まさか」
ぽそりと小さく呟きが落ちた。
「『そんな生やさしい運命の悪戯など、この世界には存在しない。神は常に無慈悲なものだ』。――そうよね、エメレオ」
「MOTHER……お願いです、私たちもTYPE:μの支援に行かせてください」
「μ一人だけでは、これまでの実績からして、カバー力に若干の不安があります。僕たちもバックアップを行うことで、よりヴァーチン博士に万全の警備体制が敷けるかと思うのですが」
セントラルルームに入ってくるなり、開口一番、TYPE:λとTYPE:εの二人はそう並べ立てた。
その声を聞いていたMOTHERはというと、目を伏せて周囲の情報負荷を減らし、一連の演算処理を行っていたところだった。きりがいいところでバックグラウンド処理に切り替えたらしく、振り向いたMOTHERは、あら、と口元に微笑みを佩いた。
「珍しい組み合わせの二人だこと。εは昨日、μと話をしていたわね。ここに来させるきっかけになったこと、案外、気に負っていたりするのかしら?」
「分かってるんなら言わないでください……」
εは眼を逸らした。本人からは優等生と目されて、湿度の高い眼で見られることの多い彼でも、わずかながら後ろめたい思いをしているらしい。
「……μの支援に行きたい理由は?」
MOTHERが訪ねると、λが一歩前に踏み出した。
「あの子は優しい子です。下手をすれば殺傷行為が発生するような、武力行使の伴う任務では、一瞬のためらいが致命的な事態に繋がる恐れがあります」
MOTHERは小首をかしげた。
「…………それを示唆する具体的データはありませんね。これまでの生体を対象とした模擬戦闘では、彼女は問題なく対象の動物を殺しています。誤差も想定の範囲内に収まっていますが、それでも任務の障害となり得ると感じますか?」
そうだ。λはMOTHERの疑問に歯がみした。なまじ、μは真面目だ。求められる結果を出そうとする。だから、殺傷行為を想定した訓練でも、求められる成果の範囲に結果を収めるように努力している。それでもμが本当は殺すという行為を苦手としていることぐらいは、周りのアンドロイドも分かっている。MOTHERがそれを知らないはずがないのに。
「別の観点から、本件について僕は疑問を呈します」
隣でεが声を上げる。MOTHERは片眉を上げて続きを促した。
「エメレオ・ヴァーチン博士。彼は確かに、その頭脳と技術力は他の追随を許しません。彼を失うことは我が国シンカナウスにとっても重大な損失になり得る。それゆえに、護衛が常に彼の周りには配されていたはず。――なぜ、今、彼の側にはμしかいないのですか? 本来彼の側にいるべき護衛はどこに行ったのですか?」
そして、とεは続けた。
「博士は、今、誰も信用できない状態にあると言っていた。人間よりも自分が開発したアンドロイドの方がよほど信用できる、と。――何か、隠していませんか、MOTHER。護衛任務に就くにあたって、μに告げるべきことが、もっとあったんじゃないですか?」
「――まさにその件について、今、情報の裏取りを進めていたのですよ」
MOTHERは冷静な声で、εの猜疑をなだめた。
「不確かな情報で彼女を混乱させるわけにはいかないので、あの夜は何も言えなかった、というのが正しい。緊急事態が発生した直後だったものですから、μには来るものすべてに対処してもらうという選択しかとれませんでした」
「緊急事態?」
「エメレオ・ヴァーチンがたった一人でこのセントラルルームにやってきたのは、施設内で小規模戦闘が発生していたせいです。対処したのはゼムでした」
思わぬ返答に、二人は息を呑む。施設内のすべての出来事を把握しているのは、警備員や施設管理者の他にはMOTHERしかいない。戦闘型アンドロイドたちが感知できない規模とごく短時間での戦闘ということは、ほぼ数秒で勝敗が決したということだ。
「戦闘で死者が一名、出ています。――亡くなったのは、博士の護衛であるパトリック・ファラー。本名は、どうやらルゼルガム・ウォーというようですが」
本名? λは目を見開いた。それの意味するところは、つまり。
「博士の護衛が、他国のエージェントだったってことですか?」
「残念ながら」
十年来の護衛でしたので、彼にも予想外の事態だったようですが、とMOTHERは呟いた。
「その可能性が高いと判定したために、私はエメレオに警告を行いました。それを受け、最も重要な機密情報を奪取される危険を回避するために、博士はゼムを盾にして時間を稼ぎ、単独でこのセントラルルームがあるエリアに逃げ込んでいます」
「そこにたまたまμがいて、巻き込まれた……? しかも、帰り道に、もう一度ヴァーチン博士は襲われている……」
λの言葉に、MOTHERは頷いた。
「一連の出来事は同じ勢力の差し金です。そして、攻撃はまだ終わっていません。彼らの目的は、エメレオ・ヴァーチンの奪取もしくは殺害。さらには――」
MOTHERの告げた内容に、λたちは目を瞠る。
「――おや、政府からメッセージが入りましたね」
MOTHERは宙を見上げて呟いた。メッセージの内容を咀嚼していたのか、視線を少し巡らせたあと。
「……指令。緊急事態につき、追加の戦力投入の承認が成されました。二人とも、TYPE:μの支援につきなさい」
λとεは顔を見合わせ、急いでセントラルルームを飛び出した。
一人、セントラルルームの中央で、MOTHERは目を伏せる。
「――たまさかに? いいえ、まさか」
ぽそりと小さく呟きが落ちた。
「『そんな生やさしい運命の悪戯など、この世界には存在しない。神は常に無慈悲なものだ』。――そうよね、エメレオ」
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本業が忙しいため、なかなかコメントへの返信はできませんが、すべて読ませていただきます。ご感想ありましたら嬉しいです。
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