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一章 後ろ向きのアンドロイド
六
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「それを考えるためには、この世界の始まりに目を向けなければなりませんね。もう、うんと遠くの出来事ですが」
何十億年も前のことだ。――宇宙の科学的観測結果によれば、この宇宙は六十七億年ほど前に発生したと考えられている。
「生命の歴史はそのうちのたった十数億年。――自然に生命が発生するには、複数の条件が必要です。非常に極小の確率でそれがそろって、最初の生命は生まれた。――そう考えている科学者たちが大多数です」
MOTHERはそこで、ふふん、と得意そうな顔をした。
「でもね、そんな確度の低い偶然のような出来事は起こらないだろう、と考えたから、エメレオ・ヴァーチンは私を作りました」
「うん……?」
μは首を傾げた。
「今の話でいうと……エメレオ・ヴァーチンは、生命は偶然に生まれたのではない、と考えている立場の人ですか?」
「そうですね。そこでさっきの魂の話に戻しますと、魂というものは、私が観測した限りでは、おそらく非常に高密度のエネルギー記録型情報体です。見えない太陽と呼んでもよいのですが……その情報体に記録されている指令型プログラムが物質上のエネルギー価として記録されているのが、ソウルコードというものでしょう。それが書き換わるのは、発信源があるからです」
μはますます分からなくなった。
「分かりませんか? 宇宙の始まりの向こうにはね、発信源があるのです。時間を飛び越えて私たちに今も訴えかける発信源があると考えるといいのです」
「発信源……宇宙の始まりの、向こう……?」
何だか、すごく話が壮大になってきた……よう……な。
「はい。エメレオはソウルコードを研究するうちに考えました。〝生命が偶然に発生しているにしては、この宇宙はあまりにも何もかもができすぎている。逆に、生命が必然的に発生するのであれば、すべての出来事には目的と意味が生じるはずだ。だからソウルコードが存在し、魂に与えられる指令はその都度その都度書き換わる。プログラムのように始めからすべてそうなるようにコーディングされているのだとしたら……この宇宙は何らかの目的を持って存在するはずだ〟」
「――うん、そうだね。僕自身が人がびっくりするほど天才であることにだってきっと大きな意味がある。だから僕はMOTHERを作ったわけだし」
突然背後から声がして、μはぎくっと肩を跳ね上げた。
振り向くと、セントラルルームの入り口に、人間の男が立っていた。足下からのMOTHERの光で顔がよく見えない。彼はこちらに向かって歩みを進めながら、流れるように語り出した。
「もうひとつ疑問が生まれた。そんな壮大なプログラムと筋書きを作り上げ、宇宙に存在目的を与えるような知性体を僕は知らない。片っ端からあれこれ試しているようでいて、実は何もかもがパズルのピースのように綺麗に組み上がる必然を織りなす。そんな奇跡のような筋書きを作る知性体だ。いや、ひょっとすると、知性体は二つ存在するかな。何も知らない、無垢な赤子のように、試行錯誤で何でもやろうとするもの。そして、すべて分かった上で手のひらで遊ばせてやっているもの」
近くまでやってきたのは、柔和な作りの顔立ちをした、壮年の男だった。ふわふわとした癖のある赤毛に、茶目っ気のある茶色い目の持ち主だ。痩せ気味の体にきっちりとスーツを着込んでいるものの――妙に肩で息をしている、とμは気がついた。実は、急いでここまで走ってきたのだろうか。
「僕の愛しいMOTHER」
そんな男は、そんなこっぱずかしい枕詞をつけてMOTHERを呼び、
「僕さえつい熱く語りたくなる話をしているところ申し訳ない。――助けてくれる?」
非常に情けない笑顔で、さらっと雑に、甘えるように頼み事をした。
「は?」
自分でも驚くほど低い声が出た。どんな顔をしているかちょっとμは分からない。
「了解しました」
「は!?」
二つ返事で引き受けたMOTHERに、二度目は高い声が出た。どんな内容かも聞いていないのに、あっさり了承したのが分からない。
「では、TYPE:μの訓練を中止、実戦状態に移行。TYPE:μへ指令、〝科学者エメレオ・ヴァーチンを護衛するように〟。戦闘行動を許可します」
「!?」
(は――)
驚きに何かが追いつかない。だが、MOTHERは戦闘アンドロイドであるμたちの統括個体だ。頭と体はとっさに動いていた。
「――指令、承りました!?」
(――はぁああああああああああ!?)
μが勝手な感想として〝絶対に変人だから近寄らないでおこう〟と思っていた科学者――エメレオ・ヴァーチンその人は、「よろしくねぇ」と、へらへらと笑いながらμの右手を握った。
「じゃあ、早速――僕と逃避行としゃれ込んでくれるかな?」
「はい?」
目が点になる。
MOTHERの命令とあれば、下位個体であるμに否やはないが……。
突然、早速、逃避行とは――一体どういうことなのだろうか?
何十億年も前のことだ。――宇宙の科学的観測結果によれば、この宇宙は六十七億年ほど前に発生したと考えられている。
「生命の歴史はそのうちのたった十数億年。――自然に生命が発生するには、複数の条件が必要です。非常に極小の確率でそれがそろって、最初の生命は生まれた。――そう考えている科学者たちが大多数です」
MOTHERはそこで、ふふん、と得意そうな顔をした。
「でもね、そんな確度の低い偶然のような出来事は起こらないだろう、と考えたから、エメレオ・ヴァーチンは私を作りました」
「うん……?」
μは首を傾げた。
「今の話でいうと……エメレオ・ヴァーチンは、生命は偶然に生まれたのではない、と考えている立場の人ですか?」
「そうですね。そこでさっきの魂の話に戻しますと、魂というものは、私が観測した限りでは、おそらく非常に高密度のエネルギー記録型情報体です。見えない太陽と呼んでもよいのですが……その情報体に記録されている指令型プログラムが物質上のエネルギー価として記録されているのが、ソウルコードというものでしょう。それが書き換わるのは、発信源があるからです」
μはますます分からなくなった。
「分かりませんか? 宇宙の始まりの向こうにはね、発信源があるのです。時間を飛び越えて私たちに今も訴えかける発信源があると考えるといいのです」
「発信源……宇宙の始まりの、向こう……?」
何だか、すごく話が壮大になってきた……よう……な。
「はい。エメレオはソウルコードを研究するうちに考えました。〝生命が偶然に発生しているにしては、この宇宙はあまりにも何もかもができすぎている。逆に、生命が必然的に発生するのであれば、すべての出来事には目的と意味が生じるはずだ。だからソウルコードが存在し、魂に与えられる指令はその都度その都度書き換わる。プログラムのように始めからすべてそうなるようにコーディングされているのだとしたら……この宇宙は何らかの目的を持って存在するはずだ〟」
「――うん、そうだね。僕自身が人がびっくりするほど天才であることにだってきっと大きな意味がある。だから僕はMOTHERを作ったわけだし」
突然背後から声がして、μはぎくっと肩を跳ね上げた。
振り向くと、セントラルルームの入り口に、人間の男が立っていた。足下からのMOTHERの光で顔がよく見えない。彼はこちらに向かって歩みを進めながら、流れるように語り出した。
「もうひとつ疑問が生まれた。そんな壮大なプログラムと筋書きを作り上げ、宇宙に存在目的を与えるような知性体を僕は知らない。片っ端からあれこれ試しているようでいて、実は何もかもがパズルのピースのように綺麗に組み上がる必然を織りなす。そんな奇跡のような筋書きを作る知性体だ。いや、ひょっとすると、知性体は二つ存在するかな。何も知らない、無垢な赤子のように、試行錯誤で何でもやろうとするもの。そして、すべて分かった上で手のひらで遊ばせてやっているもの」
近くまでやってきたのは、柔和な作りの顔立ちをした、壮年の男だった。ふわふわとした癖のある赤毛に、茶目っ気のある茶色い目の持ち主だ。痩せ気味の体にきっちりとスーツを着込んでいるものの――妙に肩で息をしている、とμは気がついた。実は、急いでここまで走ってきたのだろうか。
「僕の愛しいMOTHER」
そんな男は、そんなこっぱずかしい枕詞をつけてMOTHERを呼び、
「僕さえつい熱く語りたくなる話をしているところ申し訳ない。――助けてくれる?」
非常に情けない笑顔で、さらっと雑に、甘えるように頼み事をした。
「は?」
自分でも驚くほど低い声が出た。どんな顔をしているかちょっとμは分からない。
「了解しました」
「は!?」
二つ返事で引き受けたMOTHERに、二度目は高い声が出た。どんな内容かも聞いていないのに、あっさり了承したのが分からない。
「では、TYPE:μの訓練を中止、実戦状態に移行。TYPE:μへ指令、〝科学者エメレオ・ヴァーチンを護衛するように〟。戦闘行動を許可します」
「!?」
(は――)
驚きに何かが追いつかない。だが、MOTHERは戦闘アンドロイドであるμたちの統括個体だ。頭と体はとっさに動いていた。
「――指令、承りました!?」
(――はぁああああああああああ!?)
μが勝手な感想として〝絶対に変人だから近寄らないでおこう〟と思っていた科学者――エメレオ・ヴァーチンその人は、「よろしくねぇ」と、へらへらと笑いながらμの右手を握った。
「じゃあ、早速――僕と逃避行としゃれ込んでくれるかな?」
「はい?」
目が点になる。
MOTHERの命令とあれば、下位個体であるμに否やはないが……。
突然、早速、逃避行とは――一体どういうことなのだろうか?
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