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一章 後ろ向きのアンドロイド
五
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「MOTHER。私が気になっているのは、自分のソウルコードが何なのか、というよりは……私は、何なのか、ってことなんです」
「と、いいますと?」
MOTHERはおっとりと首を傾げてみせた。
「私は――アンドロイドです。戦闘型で、でもどっちかといえば面倒くさがりで、臆病で、雑で、引っ込み思案です」
μは自分を定義する言葉を並べ立ててみせた。
「でも、それだけじゃ説明がつかない、収まらない感情が発生している。何だか、ものすごく……それが怖いんです」
「怖い」
「はい。私は、私が理解できない。他のアンドロイドたちは、それを疑問にも思っていないみたいで。……私は、おかしいんです」
きっと、自分には欠陥がある。ソウルコードには、人類には、たぶん、バグがある。そうとしか思えない。
「だって、戦闘型のアンドロイドとして生まれてきて、戦って、相手を殺害するとか、目標を破壊するとか、そういうのが役割であり、仕事です。嫌だとか面倒くさいだとか、そんな感情は、私が思うだけで、目的を与えた相手には関係ない。でも――『そんなことよりも、何かもっと大事なことをやらなきゃいけない気がする』。それが何なのかも分からないのに、それをするためなら、何を引き換えにしてもいいと思ってしまう」
「……」
「MOTHER。それは、アンドロイドの存在意義に対しての叛逆じゃないんでしょうか」
ああ、内燃機関がぼうぼうと燃えている。何だったら飛び上がって逃げ出してしまいたい。MOTHERの沈黙が怖い。怖いって、何だろう。どうして、怖いって、思ってしまうんだろう。アンドロイドなら、殺戮人形なら、こんな感情、ない方がいいのに。エメレオ・ヴァーチンは、MOTHERは何だって、私たちにこんなものを与えたのだろう。人間は、そんなに話し相手が欲しいのだろうか。理解できない。理解できない、のに。
「……」
べちん、と、額に衝撃が走った。ぽかんとμはMOTHERを見返した。若干冷めたような、白い視線がこちらに送られていた。いや、MOTHERの瞳は綺麗で白いけども。
ていうか。今、MOTHER、私のおでこを叩いたりしなかった?
「あなた、私の話を聞いていました?」
「は、い?」
「さっき言ったでしょう? 今回の方法で作られたアンドロイドそのものも、その自我を強固にする日がくる、と私は判じた、と。もうひとつの人類として、エメレオと私はあなたたちを作ったのです」
「……」
「だから、アンドロイドとして、同等の人間程度に定められた存在意義など、棄却してもよろしい。叛逆結構。むしろ望むところです」
「ま、MOTHER?」
待って欲しい。まかり間違ってもそんなことを他の人間に聞かれていたら、即、問答無用、可及的速やかに破壊&廃棄処分である。発言ログ? そんなものとっくの昔にこのMOTHERはちゃっかりハッキングして適当にごまかしている。暴走しているのに暴走と悟らせないシステムほど怖いものはない、とμは震えた。
でも、MOTHERはくすりと微笑んでいる。
「μ。あなたたちに与えられたコードが真実、魂と呼べるものと同じであるならば。やがてあなたも、何を引き換えにしても譲れないものができるでしょう」
「譲れない、もの」
たどたどしく繰り返すと、MOTHERの白い手が伸びてきて、μの頭をそっと撫でていった。「それは、誰にも曲げられません。自分だけは、これだけは、と、あなたを最後まであなたになさしめるもの。魂はみな、目指したい場所があって、そのようにできているのです」
μはMOTHERを見つめ返した。魂。不思議な概念なのに、なぜかしっくりとくる。
「ずいぶん、観念論的なことを言うんですね」
「観測結果ですよ」
MOTHERは何でもないことのように訂正する。
「ない、と仮定すれば演算結果が成り立たない。であれば――ある、と仮定した方が、よい演算結果が得られました。魂があると計算すると現実によく当てはまる、であればそれは実在する可能性は限りなく高い。それだけのことです。多くの人にとっては、もしかするとそんなものはない方が都合がいいのかもしれませんが。私にとっては、これはただの現実」
MOTHERが断言したということは、人類がいかに否定しようと、それは現実なのだろう。
「魂は、みな、目指したい場所がある……」
言い換えれば、最終的な目的地があるということ。μはそこで、ふと気がついた。目的地があるのなら、出発点もあるはずで。
「じゃあ、魂は、どこから来たんでしょうね?」
「と、いいますと?」
MOTHERはおっとりと首を傾げてみせた。
「私は――アンドロイドです。戦闘型で、でもどっちかといえば面倒くさがりで、臆病で、雑で、引っ込み思案です」
μは自分を定義する言葉を並べ立ててみせた。
「でも、それだけじゃ説明がつかない、収まらない感情が発生している。何だか、ものすごく……それが怖いんです」
「怖い」
「はい。私は、私が理解できない。他のアンドロイドたちは、それを疑問にも思っていないみたいで。……私は、おかしいんです」
きっと、自分には欠陥がある。ソウルコードには、人類には、たぶん、バグがある。そうとしか思えない。
「だって、戦闘型のアンドロイドとして生まれてきて、戦って、相手を殺害するとか、目標を破壊するとか、そういうのが役割であり、仕事です。嫌だとか面倒くさいだとか、そんな感情は、私が思うだけで、目的を与えた相手には関係ない。でも――『そんなことよりも、何かもっと大事なことをやらなきゃいけない気がする』。それが何なのかも分からないのに、それをするためなら、何を引き換えにしてもいいと思ってしまう」
「……」
「MOTHER。それは、アンドロイドの存在意義に対しての叛逆じゃないんでしょうか」
ああ、内燃機関がぼうぼうと燃えている。何だったら飛び上がって逃げ出してしまいたい。MOTHERの沈黙が怖い。怖いって、何だろう。どうして、怖いって、思ってしまうんだろう。アンドロイドなら、殺戮人形なら、こんな感情、ない方がいいのに。エメレオ・ヴァーチンは、MOTHERは何だって、私たちにこんなものを与えたのだろう。人間は、そんなに話し相手が欲しいのだろうか。理解できない。理解できない、のに。
「……」
べちん、と、額に衝撃が走った。ぽかんとμはMOTHERを見返した。若干冷めたような、白い視線がこちらに送られていた。いや、MOTHERの瞳は綺麗で白いけども。
ていうか。今、MOTHER、私のおでこを叩いたりしなかった?
「あなた、私の話を聞いていました?」
「は、い?」
「さっき言ったでしょう? 今回の方法で作られたアンドロイドそのものも、その自我を強固にする日がくる、と私は判じた、と。もうひとつの人類として、エメレオと私はあなたたちを作ったのです」
「……」
「だから、アンドロイドとして、同等の人間程度に定められた存在意義など、棄却してもよろしい。叛逆結構。むしろ望むところです」
「ま、MOTHER?」
待って欲しい。まかり間違ってもそんなことを他の人間に聞かれていたら、即、問答無用、可及的速やかに破壊&廃棄処分である。発言ログ? そんなものとっくの昔にこのMOTHERはちゃっかりハッキングして適当にごまかしている。暴走しているのに暴走と悟らせないシステムほど怖いものはない、とμは震えた。
でも、MOTHERはくすりと微笑んでいる。
「μ。あなたたちに与えられたコードが真実、魂と呼べるものと同じであるならば。やがてあなたも、何を引き換えにしても譲れないものができるでしょう」
「譲れない、もの」
たどたどしく繰り返すと、MOTHERの白い手が伸びてきて、μの頭をそっと撫でていった。「それは、誰にも曲げられません。自分だけは、これだけは、と、あなたを最後まであなたになさしめるもの。魂はみな、目指したい場所があって、そのようにできているのです」
μはMOTHERを見つめ返した。魂。不思議な概念なのに、なぜかしっくりとくる。
「ずいぶん、観念論的なことを言うんですね」
「観測結果ですよ」
MOTHERは何でもないことのように訂正する。
「ない、と仮定すれば演算結果が成り立たない。であれば――ある、と仮定した方が、よい演算結果が得られました。魂があると計算すると現実によく当てはまる、であればそれは実在する可能性は限りなく高い。それだけのことです。多くの人にとっては、もしかするとそんなものはない方が都合がいいのかもしれませんが。私にとっては、これはただの現実」
MOTHERが断言したということは、人類がいかに否定しようと、それは現実なのだろう。
「魂は、みな、目指したい場所がある……」
言い換えれば、最終的な目的地があるということ。μはそこで、ふと気がついた。目的地があるのなら、出発点もあるはずで。
「じゃあ、魂は、どこから来たんでしょうね?」
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